世界とか付けとけば、なんか深い話になると思う
夜明け前の薄暗い早朝、俺たちの作戦は遂に始まった。
「動き出したようだ。準備は良いか、モチロン・マックス」
「はい」
カポンとサルーテの聖刻者が密会するという情報を得た俺たちは、密会を阻止すべく待機していた。そしてその情報は確かなものだったようで、カスケードたちが動き出したと見張りからの一報が届いた。
もちろんこの情報はカスケードたちが姉さんを誘い出すために流した情報で、カスケードたちは俺たちがそれを邪魔する事を知っている。そしてブラービもカンパネラの姉さんも既にサルーテとカポンが繋がっているとは知らず、加えて俺までがスパイという完璧な罠。
姉さんを深く知ってしまった事で罪悪感しかない作戦になってしまったが、既に車は動き出し、もう俺には止められないところまで来ていた。
「何度も言うが、無理はするなよモチロン・マックス。お前か私、どちらかが生き延びなければ意味が無いからな」
「分かってますよ姉さん。だったら二人とも絶対生き残りましょう」
「あぁ。そうだな」
今回の俺たちブラービの作戦は、密会に向かうために動き出したカスケードとチンパンに奇襲を掛け、潰す事。
これはルーベルト側にはアテナ神様の聖刻者のファウナがいるため、聖刻的に弱い方を倒すというちょっとセコイ作戦ではあったが、最早これは聖刻者の争いではなくマフィア同士の抗争にまで発展しており、この激突はファミリーの命運を賭けた戦いだった。
この作戦には、俺と姉さんだけでなく、ブラービのほぼ全員が参加していた。聖刻を持たないメンバーは俺たちのサポートに回り、各所に待機する見張りから逐一情報が入る。
「……分かった。そのままそこに待機し、異常があれば報告しろ」
連絡は全て姉さんに入る。そのため俺には見張りからの情報は姉さんを通さなければならない。これは、俺のノンバーバルコミュニケーションでは、無線や電話のように間接的な言葉は翻訳できないという弱点のせいで、俺が連絡を受けても日本語以外では理解できないからだった。
「サルーテ側も動き出したようだ。予定通り行くぞ、モチロン・マックス」
「分かりました」
カスケードたちは余程上手く情報を流したようで、これだけ正確な動きを見せても姉さんたちは一切の疑念を抱いてはいないようだった。
それが増々俺の不安を煽り、どんどん自分が嫌になっていった。
「了解」
カスケードたちなのか、俺たちなのかは知らないが、作戦は順調そのものだった。逐一入る連絡も予定通りの進路を辿っているようで、姉さんの運転も不快な音を立てることは無かった。
「……了解。奴らは予定通りの道を進んでいる。計画通り、あのポイントで迎え撃つ。少し速度を上げる。しっかりと掴っていろ、モチロン・マックス」
「分かりました……」
俺はブラービに潜入してから、一度もカスケードたちとは連絡を取ってはいない。だからカスケードたちは、俺たちがどういう動きをするのかは知らないはず。
町外れの廃工場で俺たちはカスケードたちが乗る車を攻撃する予定なのだが、それは車ごと爆破させる作戦で、それはそれで増々不安を煽った。
だけど姉さんは本気。連絡が入ると姉さんは今まで静かに走らせていた車を狂暴化させ、薄暗い朝の街を疾走した――
一直線の道路の脇に、ぽつらぽつら民家が並ぶ町外れ、そこをさらに進むと畑が広がり始める少し前に、俺たちがポイントとしている廃工場はあった。
工場には赤さびた大きなサイロが二つ並び、四角い建物の周りにはいくつものパイプが伸びていた。
そのパイプを隠れ蓑に、二十名ほどのブラービのメンバーは銃火器を携え、中には車を爆破させるためかロケットランチャーを持つ者もいた。
時間はまだ日も昇る前の早朝。辺りは薄暗く、息を殺して待ち構える人間の静けさがやけに寂しかった。
「……分かった。奴らは間もなく街を出る。用意は良いか、モチロン・マックス」
「……はい、大丈夫です」
街を出てからここまでは数分。これだけ完璧な作戦を考えたカスケードたちなら、当然奇襲を受けることくらいは考えているはず。だけどさすがに車ごと爆破は超心配。
姉さんには大丈夫だとは言ったが、内心は全然大丈夫じゃなかった。
俺のノンバーバルコミュニケーションが届く範囲は、約六百メートル。限界ギリギリまで広げてカスケードたちが乗る車が範囲に入れば即連絡を入れようとは思っていても、ロケットランチャーまで見せられてしまっては、最悪カスケードたちとはここでお別れの可能性も十分あり得る。
信じて良いんだか俺が何とかした方が良いのか。経験上このままでは多分車は爆破してしまう方向だった。
そんなピンチだからこそ、ここで異変に気が付いた。
「ん? ……ちょっと待ってくれ姉さん」
「どうしたモチロン・マックス?」
「何か変だ」
「どういう事だ?」
何とかしてカスケードたちに車が爆破される事を知らせようとタイミングを計っていると、おかしなことにカスケードたちが近づいて来ていない事に気が付いた。
「ちょっと待ってくれ姉さん……」
「どうしたんだモチロン・マックス」
最初は既にチンパンが奇襲に備えてバリアを張っているからだと思っていた。しかし聖刻の気配を追うと、俺たちがいる工場よりも遥か先に既に二人の気配があり、今になって完全にやられたことに気が付いた。
「やられた! 奴らはもうずっと先にいる!」
「どういう事だモチロン・マックス⁉」
「聖刻の気配だよ! 俺たちは無線で“カスケード”たちの動きを信じてたけど、今来る車に乗ってるのは偽物だ!」
「何だとっ⁉」
「姉さんも探れば分かる!」
「…………くそっ! おいお前たち! 車は攻撃するなっ! あれは囮だっ!」
流石は俺を散々騙してきた面子。まさかここでも俺を騙すとは、奴らはどこまで行っても裏切者だった。
「どうする姉さん⁉ 今からでも追うか⁉」
この問いかけに、姉さんは口に手を当て考える。
「追うぞ、モチロン・マックス!」
俺たちの作戦はかなり入念に計画され、人員も多く投入されていた。そのためここで突然の作戦変更はブラービに大きな混乱をもたらす。それでも姉さんは直ぐに決断を下した。
それほどカポンとサルーテの結託はブラービにとって大きな問題。
俺はただルーベルトが仲間になればそれで良かった話だったのだが、もう事態は多くの人生の運命を掛けたところまで来ていた。
「もう車では間に合わない! 走るぞモチロン・マックス! 付いて来れるか!」
「俺も聖刻者です。もし姉さんに付いて行けなければ置いて行って下さい。必ず追い付いて見せます」
聖刻では俺の方が上。しかし姉さんは黄泉返りの上に、肉体強化の怪物ルキフェル様の聖刻を持つ。カスケードたちのお陰でそれなりに速くは動けるようになったが、多分俺では付いていけない。
それでも今この状況で姉さんだけを行かせるのは、俺のプライドが許さなかった。
そのプライドを姉さんは汲み取ってくれたのか、無理かもしれないと言っても迷うことなく飛び出した。
「よし! 付いて来い!」
「はい!」
一度掴んだ聖刻の気配で、カスケードたちの位置は分かる。それを頼りに俺たちは全開で飛び出した。すると案の定スタート直後に姉さんのスピードには付いて行けず離された。
それもカスケードたちの比じゃないくらい速く、あれだけ使い方を覚えた魂の炎化でも全く付いて行けず、一気に離される。
ここまで聖刻の特化した能力に差があるのには驚いた。
しかし姉さんは本当に俺を信頼してくれているようで、これだけ離されても一切速度を落とす事も気にすることも無く進む。
その背中には信頼が溢れ、どんどん小さくなるが、まるでカスケードたちと一緒にいるかのような心地良さがあった。
まぁ、それでも現実は現実。どんなに信頼に溢れていようが、どんなに必死になって追いかけても追い付けず、何だかんだ言って俺は役立たずだった。
そんな役立たず感に、さすがの姉さんも業を煮やしたのか、突然姉さんが足を止めたのが分かった。だけどそれは俺を待っていたわけではなかったようで、今がチャンスだと必死になって追い付くと、姉さんはまさかのカスケード、チンパンに道を阻まれていた。
「姉さん!」
カスケードたちと姉さんは既に臨戦態勢。直ぐにでも戦いが始まりそうな勢いだった。
「この男がマルコだ、モチロン・マックス。どうやら腕には相当自信があるらしい。やるぞ」
「ちょっと待ってくれ姉さん! こいつらがここで待ち伏せしているなら何か罠があるはずだ!」
俺はカスケードたちがどんな作戦を組んだのか一切知らない。だから本来なら姉さんとルーベルトを一騎打ちさせるはずなのに、ここでカスケードとチンパンが待ち構えている理由は全く分からなかった。
下手をすれば四人がかりで姉さんを倒そうとしている可能性もあり、カスケードたちの作戦とか関係なく、姉さんを止める必要があった。
「罠? お前は何も知らないのか、モチロン・マックス?」
「え?」
姉さんの意味の分からない質問。この質問のせいで困惑して思考が止まると、突然姉さんの拳が俺の顔面に飛んで来た。
「なっ⁉」
殴られた衝撃は相当なもので、視界がグルグル回って数メートルぶっ飛ばされた。
「い、いきなり何をするんですか姉さん⁉」
「もうお前がマルコと繋がっている事は分かっている」
「な、何を言ってるんですか姉さん⁉」
「カスケード。お前にはその名は伝えていない」
「⁉」
姉さんは多分ずっと俺を信じていた。だがどこかで俺はカスケードの名を口にしていた。
たったそれだけの理由だが、たったそれだけで俺が裏切り者だと気付かれた。
姉さんも信用してくれていたが、それ以上に俺が姉さんを信じていたという油断。ただでさえ緊張状態が続いている争いの中、迂闊にカスケードの名を口にしていた俺のミスだった。だけど……黄泉返りの姉さんに殴られたはずなのに俺は致命傷を負っていない。姉さんは冷酷な目をしているが、まだ心の中では俺を信じているという気持ちが嫌というほど伝わった。
それに、俺だって姉さんに裏切り者だと思われるのは我慢できなかった。
「姉さん。確かに俺はそこのカスケードたちとグルだ。だけど俺は姉さんを大切な人だと思っている。この作戦だってブラービを潰したいとかそういうのじゃない! ただ俺たちはルーベルトがこの問題を解決しないと一緒に行けないって言うから手伝っただけだ! だからっ!」
「だからなんだ」
俺の言い訳は、結局はブラービを潰す事と同じ。見苦しく言い訳した事で、余計に姉さんから信用を失うだけだった。
そんでも俺にだって意地がある。誰が何と言おうが、絶対に姉さんたちに悪い思いをさせるわけにはいかなかった。
そこでこっちも本気になるしかないと思い、もう優しい筋肉マッチョ、モチロン・マックスを辞めた
「やはりお前がリーパー・アルバインだったのか」
「やはり? 姉さんだってさっき気付いたんでしょう? 俺だって馬鹿じゃない。俺がブラービにいる間、姉さんといる間は、本気で姉さんに感謝して慕っていた。だから姉さんだって俺に色々秘密を教えてくれたんでしょう?」
「…………」
俺が秘密を口にしても姉さんは一切眉を顰めなかった。それは俺がその秘密を盾に悪さをしない事を信じてる証であり、まだ俺を信じている証拠でもあった。
「姉さん。取引をしましょう」
「…………」
「姉さんはこれからルーベルトの所に行って、聖刻を賭けて一騎打ちして下さい。そうすれば俺たちはこれ以上何もしません。それで良いだろカスケード!」
「あぁ。大将が決めたのなら問題ない」
全然取引にはなっていない。寧ろ強引なこちらの都合で、誰も得をしないその場しのぎだった。
だが姉さんには取引になっていたようで、意外な言葉が返ってくる。
「仲間が死ぬかもしれないぞ」
「構いません。これはマフィアとか関係なく、ただの聖刻者としての戦いを望んでいるだけです」
「その戦いが終われば、お前たちはこの地を去るのか」
「はい。俺たちはただ仲間を集めに来ただけです。正直今の俺たちには魔王以外興味ありません」
「つまりカポンからも手を引くという事か」
「それはつまり……」
「アレックスの事だ」
「あ~……俺たちは奴らとは関係ありません」
「そうか……」
どうやら姉さんは、俺たちは皇太子様側の人間だと思っていたようだ。っというか、姉さんたちにとってはそれが一番の問題だったのだろう。
俺たちは違うと言うと、少しだけ姉さんから緊張が解けたのがなんとなく分かった。
意外とこの問題は、そこまで面倒な話ではなかったのかもしれない。
「ならばルーベルトという聖刻者の元へ連れて行け。その条件を飲んでやる」
「本当ですか姉さん!」
「あぁ。ただしお前たちも条件を守れ」
「分かりました!」
こうして、上手く行ったんだか行ってないんだか知らないが、とにかく俺たちの目的通りの展開となり、姉さんを連れて一路ルーベルトの元へと向かった。
サブタイトルに世界とは付けてきましたが、自分でも良く分かっていません。もう限界です。




