世界はここにある
町外れにある穏やかな農村。小高い丘やサイロが所々にあり、放牧された牛や馬がのんびりと草を食べる。春に来れば緑が生い茂り、タンポポを傍らに鳥たちがさえずるような、ファンタジーの世界。
カンパネラの姉さんが言う“散歩”に同行した俺は、殺伐とした空気から一変して、とても穏やかな世界にいた。
「姉さん、こんなに離れて大丈夫ですか?」
「少しの散歩だ。細かい事は気にするな」
「……そうですね」
事務所を出た俺たちは、姉さんの運転で二人っきりのドライブに出発した。途中言っていた通り姉さんはスーパーに寄り、普通に買い物をした。
スーパーでは主に食材を買い、お菓子やジュースも大量に買っていた。
その時の姉さんは優しい女性という感じで、店員に笑みを見せる姿からはとてもマフィアの幹部には見えなかった。そして初めて見る煙草を吸う姿からは仮面を外している素顔を感じさせ、いつもとは違う姉さんに、少しだけ心の距離が縮まったような気がした。
そんな姉さんとのドライブは、緩やかな時間が過ぎるとやっと目的地に到着した。
「教会……?」
姉さんが車を停めたのは、教会というには寂れていて、民家というには少し大き過ぎる建物だった。
「教会ではない、モチロン・マックス。私には残念ながら信仰心は無い。とにかく降りろ。荷物を降ろすのを手伝ってくれ」
「分かりました! 今こそ俺の筋肉が何のために鍛えたのかを教えます! ふんっ!」
「良いからさっさと降りろ」
「むぅんっ!」
姉さんの家と言うには、あまりにも似合わない建物だった。しかし荷物を降ろすのを手伝ってくれという嬉しいお願いをされてしまっては、もうここが何の建物なのかなんてどうでも良い話だった。
何よりも姉さんが仕入れた荷物は速筋を鍛えるのには程よく、寧ろ誰も荷物には触れないで欲しいくらいだった。
大自然の中での筋トレ。澄んだ空気は筋肉たちを歓迎してくれているようで、最高の環境。出来るだけ姉さんには荷物は触らせず重い物を選ぶ。この瞬間に限っては、姉さんは敵だった。
するとここで天が味方したのか、建物から誰か出てきたようで姉さんはトランクから離れた。
「お帰りなさいカンパネラ。今日もいっぱい買って来てくれたの?」
「いや。今日は友人を連れてきた。今日は私の買い物じゃないよジェーン」
「あら! そうなの!」
「モチロン・マックス、紹介したい人がいる。荷物を置いて少し来てくれないか?」
会話を聞いていると、二人は家族というより友人という関係のようだった。それに姉さんも普段よりもずっと言葉が優しく、俺の事を友人とまで言ってくれて、もうこれはマフィア編は終了したと言っても過言ではなかった。
まぁとにかく、姉さんが俺の事を友人なんて呼んでくれたし、もう筋トレなんて今じゃなくても良いし、ちょっとドキドキしちゃったりなんかしたりして、タンクトップを整えてから二人の元へと参上した。
「あら! とても素敵な人ね! 友人とか言って、本当は恋人じゃないのカンパネラ?」
「私たちはそんな大層な関係じゃないよジェーン」
「本当に?」
「あぁ、本当だ。ただ、彼とは一生を共にするという意味では、そうかもしれない」
「まぁ!」
マジですかっ姉さん⁉ おおお俺は、そそそそんなに! そんな風に想ってくれていたんですかっ⁉
正直アズ様の聖刻を授かって人間じゃなくなってからは、愛だの恋だのエロだのはほとんど関心が無くなっていた。だが、やはり誰かに想われるという心だけはいくつになっても嬉しい物で、久しぶりに生きているという実感が湧いた。
「彼はモチロン・マックスだ。彼はアズ神様の聖刻を持つ聖刻者だ」
「モ、モチロン・マックスです。初めまして」
「初めましてモチロン・マックス様。私はジェーンです。これからもカンパネラをよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
このジェーンという女性。二十代前半で、前掛けをして農民という感じの普通の女性だが、俺がアズ様の聖刻者だと聞いても一切へりくだる事も無く、普通の人間として接してくれた。
それがとても強い女性なのだと感じさせ、明るく社交的な彼女に、とても良い好感が持てた。
「カンパネラはちょっと人見知りするところがあって普段は怖そうに見えるけど、本当はとても優しい人だから。たまに言葉も悪いことあるけど、気にしないでね?」
「分かってます。それでも俺はカンパネラを姉さんだと思っていますから」
「あら! でもカンパネラは力が強いから、気を付けないと駄目よ?」
「それも分かってますよ」
姉さんは孤独で、深い闇を抱えた寂しい人だとずっと思っていた。しかしジェーンさんのお陰でその暗さは全て消え、こんなにも姉さんを想ってくれている彼女に感謝さえ感じた。
「ジェーン、その話は後だ。ぼやぼやしていると夕飯の支度が間に合わなくなる。荷物を運ぶのが先だ」
姉さんも彼女の前では自然体でいられるようで、話をはぐらかすように会話を止めた。そこにはマフィアのドス黒い空気なんてものは入り込む余地などなく、平和とゆったりとした幸せが溢れていた。
そこから俺たちは荷物を運びこむと、今日は姉さんが手料理を作ってくれるようで、夕飯までの間俺はジェーンさんと共に畑仕事を手伝う事になった。そしたらそこには本当にゲームのような世界が溢れていて、俺は増々姉さんの事が好きになった。
建物の裏にある畑に着くと、そこには木柵で囲われた広い牛舎と小さな畑があり、数名の子供たちがいた。
「あの子供たちは?」
「あの子たちはここで預かってる孤児よ」
「孤児⁉ えっ⁉ ここって孤児院なの⁉ えっ⁉ でも……」
子供の数は五、六人。子供たちはそれぞれ牛舎や畑で仕事をしていたり、洗濯物を干したりしている。だがその全ての子供が肌の色や髪の色が普通の人間と違ったり、完全に獣人の姿の子もいる。
「そうなの。あの子たち全員黄泉返りなの。全員カンパネラが見つけてきた子」
「そうなの⁉」
「うん。でもここは孤児院じゃないの。カンパネラが全部お金出してくれてるだけだから」
「マジでっ⁉」
なんという事だ。こんなの作者が何とか人気を出そうとして考えたストーリーだと思って突入したマフィア編だったのに、ここまで根深いところまで引き込まれていたとは驚きだった。
こんなのやらなくてもいずれは誰か仲間になるだろうと思って、別にやらなくても良いサブイベントだと思っていたのに、これではもうルーベルトを諦めて姉さんを仲間に加えるしかないくらい温かい話。温かすぎて、最早牛のエサを狙うカラスでさえ愛らしい。
これならもうカスケードたちさえ要らなくなるくらいで、ここからがザ・新章突入だった。
「本当はね、私たちは黄泉返りだけの国にこの子たちを連れて行きたいんだけどね。まだ色々とカンパネラは忙しいから。それで今は私が面倒を見てるの。モルドル自治区って知ってる?」
「それは知ってますけど……ジェーンさんは姉さんが何の仕事してるのか知ってるんですか?」
「うん。私もカンパネラと一緒に働いてたから」
「あ……そうなんですね……」
すっごい社交的だから、きっとジェーンさんはケーキ屋とかで働いていたと思っていたが、意外とヤバイ人だったと知ると、ちょっと返答に困った。だけどやっぱりこの人は凄くて、それさえも穏やかなジョークに変える。
「こう見えても私ピストル上手いんだよ。バンバンバンッってね」
指鉄砲で撃つ真似をするジェーンさんの姿は素人そのもので、例えそれが演技であってもそのセンスの無さは空気を柔らかくする。その笑みと血生臭さが一切しないオーラは、彼女がどれだけ凄腕だったのかを物語っていた。
「何を手伝えば良いんですか? 力仕事は任せて下さい! いや、寧ろ力仕事以外は頼まないで下さい」
「良い体してるもんね」
「そりゃ当然です。毎日鍛えてますから」
本当にジェーンさんは話しやすい。まるで昔から知っているかのようで、雰囲気はとても良かった。
そしてジェーンさんも俺とは気が合うようで、何でも隠さず聞いてくれる。
「何も聞かないんだね?」
「え?」
「カンパネラや子供たちの事」
「それをジェーンさんから聞いても仕方ないですから」
「マックス君は、アズ神様のお力を授かっているんでしょう?」
「ええ。一応」
「アズ神様の力は、生命を司るって。ねぇ、カンパネラやあの子たちを、普通の人間に“戻す”事って出来る?」
明るい性格のジェーンさんだが、やはり悩みはあるようだ。それもとても深い悩み。神の使者とも言える俺相手でもそこまで言えるジェーンさんは、それほどの覚悟を持って今まで悩んでいたと思うと、やはりこれまでの問題は簡単な話ではなかったのだと、改めて思った。
だからこそ、俺も正直に全てを話すことにした。
「それは無理です。姉さんもあの子たちも、最初から完成された生物です。それを戻すというのは、そもそもが間違いです。人にすることは可能ですが、それは創り変えることになりますから、あの子たちがその体に馴染めなければ苦しむことになります」
「ごめん……私が間違ってた」
「問題ありませんよ。ジェーンさんが姉さんを、あの子たちを想う気持ちは間違ってはいません。間違いがあるとすれば、誰かを差別する人間と、生まれ持ったあの子たちの可能性を信じられないジェーンさんの心です。姉さんはその逆境を乗り越えて素晴らしい女性になっています。そしてジェーンさんも素晴らしい女性です。その二人があの子たちに、生き様として教えてあげれば、あの子たちはジェーンさんたち以上に素晴らしい“大人”に成れます」
ちょっと辛辣かもしれないが、ジェーンさんには自然と厳しい言葉が出た。
「やっぱりそれしかないか……でも! マックス君に言われたお陰で、私たちは間違ってなかったことが分かった! やっぱりそうだよね! あの子たち自身がどこででも生きていける強さを持たないと駄目なんだよね! ありがとうマックス君! 君のお陰でやっぱりそうすることに決めた!」
強い言葉に暗い表情を見せていたジェーンさんだが、やはり強い女性のようで、パッと明るくなるとまた元気になった。
「そうするって? 何か考えていたんですか?」
「うん! カンパネラはこの子たちをモルドル自治区に連れて行こうって考えていたけど、私はやっぱりこの子たちはここで暮らしていくのが一番良いと思ってたの。だってここはあの子たちにとって故郷だから! でも……やっぱりそういうのはあの子たちと相談した方が良いのかな?」
これを聞いて、ジェーンさんと気が合う理由が何となく分かった。彼女は俺と考え方が近い。おそらく性格も似ていて、もしかするとリリアたち以上に相性が良いのかもしれない。
「そりゃもちろん! あの子たちがここが故郷って言うのなら間違いありません。ジェーンさんたちが勝手に決めても、それが正しいわけじゃありませんから」
「そうだよね! ありがとうマックス君! やっぱり君と出会えて良かった! 全部終わったら、絶対カンパネラと結婚するんだよ!」
「それは……ちょっと考えておきます」
「なんで?」
「いや……実は……」
「実は?」
「姉さんには内緒ですよ? 俺、姉さんは好きだけど、ちょっとタイプじゃないんですよ」
「あ~……困ったね……?」
「はい」
カンパネラの姉さんはマジで理想の女性だ。だがしかし! 俺は美人よりも可愛い方が好きだ。それに、姉さんは結構乳もデカい。っというより、デカすぎる。何よりも俺は純潔な日本人じゃないが、生まれも育ちも心も純潔な日本人のため、やはりタイプは日本人に限る。やっぱり一番良いのは、ツクモあたりが理想だった。
「じゃあこうしようか! 君は結婚しなくても良いから、ずっと私たちと暮らそう? そうすれば全部解決するよ?」
「え? ……でも」
俺にはまだまだ魔王を倒すという目的がある。なかなか夢のある話だが、やはり約束は出来なかった。
「沢山子供いて、奥さんが二人もいるんだよ? お風呂だって一緒、寝るときも一緒、それにトレーニングも出来る。勿論夜もね」
「マジっすかっ⁉」
「それも美人の黄泉返りと可愛い人間の奥さんだよ?」
「そ、そそそれはっ! ふふっ二人同時も可という事ですかっ⁉」
「君が望むなら、二人でも三人でも良いよ?」
「マママジっすかっ⁉」
今物凄いことが起きている! ジェーンさんは是が非でも俺をここに残したいために、全てを奉げようとしている!
こいつはもういくら人間で無くなった聖刻者でも抗うことが出来るわけが無かった。
「どうする?」
「よろしくお願いします! これが終わったら速攻で魔王ぶっ倒して戻ってきます! そ、そしたら……お風呂お願いしやっす!」
「お風呂だけで良いの?」
「マジっすかっ⁉ これからジェーンさんの事も姉さんと呼ばせて頂きやすっ! これからよろしくお願いいたしやすっ!」
俺は今、夢と希望を手に入れた。それは魂に火が点いたかのように燃え上がり、今までは誰かが魔王を倒せば良いと思っていたが、俺がこの手で必ずぶっ倒してやると誓うほどで、力が満ち溢れていた。
その漲りは尽きることは無く、その後俺はバリバリ仕事を手伝って、カンパネラの姉さんの夕飯が出来るまで子供たちと遊び回るくらいで、正に夢の中にいるようだった。
リーパーを見ていて思ったことがあります。それは、彼は暇をしない人間だという事です。お盆休みに入りましたが、やることがありません。正確には、やることはあるが、やりたいことが無いという感じです。
小説書いて、スマホゲームして、資格取れって言われたからちょっと勉強して、最近ギター始めたからギター弾いて、コンビニに散歩行って、帰ってきたら小説書いてゲームして勉強してギター弾いてコンビニ行ってを一日三回くらい繰り返す日々です。
時間はお金と同じくらい貴重だと思っていますが、一日が長いです。リーパーのあの暇をしない性格はある意味羨ましいです。
8/15 書




