世界の裏にはいつも大切なものがある
「……そういうわけだ。モチロン・マックス、お前の意見を聞きたい」
いよいよ動き出した作戦。ルーベルトとカスケードが密会するという情報を流し、そこへ俺がカンパネラを誘導し、その後はどうなるかは分からないという作戦。
おそらくそこでカスケードたちが何とかしてルーベルトとカンパネラを一騎討ちさせるのだろうが、詳細は全く分からない俺は、とにかく言われた通りにやるしかなかった。
そんな作戦だったが、意外にも俺はカンパネラ姉さんに信頼されていたようで、作戦は上手くいきそうな兆しを見せていた。
この日俺は、カンパネラ姉さんに呼び出された。それは勿論カスケードたちが上手く流した情報によるもので、密会についての話だった。
「俺の意見?」
「そうだ。お前もブラービの聖刻者だ。二人の密会について無視はできないだろう?」
これは嬉しい言葉だった。俺は今まで、この作り上げた筋肉キャラによりカンパネラ姉さんには嫌われていると思っていた。しかし姉さんはこんな重要な話でも意見が聞きたいと言い、それは裏を返せば信頼の証であったからだ。
俺は、あくまでルーベルトを仲間にするためにブラービへ潜入した。そこにはマフィアの問題や、標的であるカンパネラへの感情も何も持ち合わせてはいなかった。そのはずだった。
だが姉さんからの信頼には仲間意識のような感情が芽生え、ここは嘘ではなく、ブラービの一員として正直に応えてあげるのが礼儀だと感じた。
「姉さんは、二人が密会する理由は何だと思う?」
「愚問だな。やはりカポンとサルーテは繋がっていた。それだけだ」
「なるほど。じゃあ、これは二人が何か取引するかもしれないって事だと思って良いの? それも超重要な」
「そうだ。今の膠着状態を良く思っていないのはどこも同じだ。特に我々とカポンの関係に最も迷惑しているのがサルーテだ。我々がいなくなれば、奴らはクスリと“道具”で島を分け合い良好な関係を築ける。利益を見れば、奴らが組んで我々を先に叩くのは目に見えていた」
「道具?」
「拳銃や軍用品の事だ」
「マジかっ⁉」
ルーベルトたちは麻薬反対派だと言っていた。だが、まさかピストルや戦車とかを密売しているとは、所詮アイツもマフィアだったとガッカリした。
「我々は、カポンとはクスリと売りで、サルーテとは道具と土場で商売がぶつかっている。その中でも……」
「売り? 土場?」
「お前は本当にこちらの事は何も知らないのだな?」
「ま、まぁ……すみません……」
「気にするな。売春と賭場……カジノと言えば分かるか?」
「あ、ありがとうございます……」
「続けるぞ?」
「あ、はい。お願いします……」
姉さんは意外と優しい。最初は“気持ち悪い奴だな”と絶対思っていたのに、今では穏やかな表情を見せてくれるほどで、頭も良いしカッコいいし、多分世でいう理想の女性のような、頼れる女性だった。
そんな姉さんに優しい言葉を掛けられると、増々絆が深まった気がした。
「まぁ簡単に言えば、奴らにとっては、我々を叩くことでしばらくは稼ぎには困らない。それどころかお互い美味しい部分を分かち合える。それが理由だろう」
「何となく分かりました」
「それを聞いてお前はどう思う? こちらはどう動けば良いと思う?」
現在ブラービには、俺と姉さんしか聖刻者はいない。そしてサルーテにはルーベルト、ファウナ、フォイちゃんの三人。カポンにはカスケードとチンパンの二人の聖刻者がいる。この時のパワーバランスを考えれば、姉さんが俺の意見を聞きたいのは当たり前なのだが、こんなに真剣に尋ねられれば嫌でも期待に応えたくなってしまう。
「俺は二人の密会は止めるべきだと思う」
「何故だ?」
「この戦いは聖刻者が大きな影響を与える。アイツらが組んだら俺たちじゃ勝ち目は無くなる。時間と場所は分かっているんだ。三つ巴の戦いになれば何とかなるだろう?」
俺は、スパイだ。だけど今に関しては、ガチであいつらが手を組んで俺を潰そうとしているとさえ思うほどで、ガチで懲らしめてやろうとさえ思っていた。
「だが奴らは既に組んでいる。我々がそこへ行っても、三つ巴にはならんぞ?」
「あ……」
何という“大悟さん”(大誤算)。既に奴らは裏で繋がっている。姉さんの言う通り、俺たちが邪魔をしに行っても五対二の劣勢になるだけ。それだけじゃない。向こうには聖刻者最強武力を持つアテナ神様の聖刻者までいる。
こいつは既に詰んでいた。
「だけど姉さん! このままじゃ!」
「分かっている。落ち着けモチロン・マックス。向こうには三大神の聖刻者が二人もいる。我々に勝ち目は無い」
忘れていたが、一応ルーベルト側には、英雄の孫、リーパー・アルバインの俺がいる事になっている。
「じゃ、じゃあ! どうすんですかっ姉さん⁉」
「我々もアレックスと手を組む」
「アッ、アレックス⁉ 誰っすかそれ⁉」
「落ち着けモチロン・マックス。お前が言っていた皇太子様の事だ」
「そうでした! すみません姉さん!」
「分かったのなら少し落ち着け」
「分かりました!」
超ピンチにいきなり名前が出てきたから、新手のスタンド使いかとさえ思ってしまった。それほど今の俺はパニックだった。
「しかし家は一度断ったんじゃないんですか?」
アレックスの組織は、今揉めている全てのマフィアへ傘下に入るよう声を掛けていたらしい。もちろんブラービとルーベルトの所はそんな怪しい話は断ったらしいのだが、ここに来てまさかこちらからお願いしようとするとは、思っていたよりも姉さんも相当焦っているらしい。
「そうだ。だがそうも言ってはいられない状況だ。お前はどう思う?」
「それは駄目ですよ姉さん! 家にもプライドがあるし、それに一度傘下に下ったら、もう一生あいつらに従わなければならないんですよ!」
アレックスたちの力を借りられれば、この状況は一変する。しかしその代償があまりにもデカすぎた。
「それも分かっている。しかしこのままでは我々の末路は知れている」
アレックスたちの組織とは、軍事力資金力元より、抱えている聖刻者の数が違いすぎる。そこと一度手を組めば、脱退するには一家諸共抹殺以外あり得ない。確かに姉さんたちマフィアにとって今は死活問題だが、それでもそれは最終手段でもあり得なかった。
「もっと考えましょう! まだ時間はあります! 姉さんなら絶対良い方法を見つけられます!」
もう俺の中では、姉さんは絶対に生き残らなければならない人だった。それくらい俺は姉さんの事が好きになっていた。
そんな魂の叫びが届いたのか、姉さんは突然変な事を言い始めた。
「モチロン・マックス」
「はい!」
「少し時間はあるか?」
「え? 時間ですか?」
「少し用事があってな。お前のトレーニングが貴重な事は知っている。だが、今日は少しだけ私に時間をくれないか?」
「えっ⁉」
姉さんは少し寂しそうに言った。いや、そう俺が感じただけかもしれない。だけどその言葉は哀愁という感じがぴったりで、なんかちょっと、寂しかった。
「だ、大丈夫です……」
「そうか。では少し“散歩”に付き合ってくれ」
「散歩? ですか……?」
「あぁ。買い物をして、それから少し、静かな場所へ行く。お前にはつまらんかもしれんが、少し付き合ってくれ」
なんか……多分姉さんはとても大切な事を俺に伝えようとしている。だけどそれは、知ってしまえば後戻りできない気がした。
「構いませんよ。姉さんが俺で良いと言ってくれるのなら、どこへでも行きますよ。だってカンパネラの姉さんは、俺をブラービの一員にしてくれたから」
だけど行かないわけにはいかない。もう俺の中で姉さんは、間違いなく仲間。ここでこんな期待にも応えられないのなら、それこそ本当の裏切者。
いつも怖くて近寄りがたい雰囲気を醸し出している姉さんだが、この日、少しだけ本当の姉さんを知った気がした。




