動き出す世界
ルキフェル様の聖刻を持つ新たな仲間、ルーベルト。しかしルーベルトはマフィアに属し、問題を抱えていた。本来であれば人間社会の問題などに干渉するつもりは無かった俺たちだが、待っていてはいつまで掛かるか分からないため、俺たちはルーベルトを手伝う事になった。
そんなこんなで、無事ブラービに潜入する事に成功した俺は、次なるミッションのために、日々筋トレに励んでいた。
「ふんっ! フンッ! FUNnnn!」
今回の作戦は、俺たちがそれぞれ各マフィアに属し、同じ聖刻を持つルーベルトとカンパネラを一騎打ちさせること。各マフィアにはそれぞれ聖刻者がいる事で均衡を保っているが、実質カポンと“テレーサ”は俺たちの手中にあるため、カンパネラ姉さんがいなくなればこの問題は解決する。
俺の役目は、とにかくブラービに属し、標的をルーベルトがいるテレーサへ向けさせる事。後は……カスケードたちが何とかしてくれるみたいなので、とにかく俺は何かあるまでは朝から晩まで筋肉を鍛えている事くらいしか出来なかった。
そんな夢のような日々が続き、早一週間。姉さんからもカスケードたちからも何もなく、流石に“俺は一体何をしているのだろう?”となってきたある日、やっと作戦が動き始めた。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
その日もいつものように朝から胸板をさらに厚くするため勤しんでいると、ちょっとした事件が起きた。
「おい! 勝手に近づくな!」
今日もなかなかのパンプアップが決まり、程良い張りに気分を良くしていると、ブラービの筋肉仲間が突然大きな声で筋肉をぶつけ合い始めた。
「この人を誰だと思っているんだ! さっさと離れろ!」
「おい、どうした? 急に大きな“バルク”を上げて。筋肉場に罵声は駄目だと言っているだろう? いつも言ってるだろう。筋肉に一番悪いのは傷付ける言葉だと」
「あ、済みません、“筋肉マックス”ですがこの男が……」
「この男?」
そう言われ見ると、白髪頭の、年齢にしてはかなり良い体つきの御老人がいた。
「この方がどうしたんだ?」
「いえ。この男が筋肉マックスと話がしたいというもので……」
「俺と話?」
「えぇ。この男、無礼ながらも筋肉マックスのトレーニングではダメだと言うのです」
「何っ? ……いいだろう。少し話をしようじゃないか」
「いえ、それはカンパネラに怒られます。筋肉マックスには、ブラービの人間以外誰も近づけるなと言われています」
信用はある程度得てはいるだろうが、今三つのマフィアの関係はかなりの緊張状態にある。カンパネラの姉さんがここまで用心深くなるのは仕方がなかった。まぁちなみに、その原因を作ったのはほぼ俺。
「ここは俺たちの店だ。それにこの爺さんは良く見た事がある。問題無いだろう?」
「ですが筋肉マックス。この男の親族にはサルーテの関係者がいます」
「えっ? そうなのか?」
「はい」
さすがマフィア。自分の店に出入りする者の素性はきちんと調べているようで、報連相まで出来ている素晴らしい組織だった。
「じゃあなんで出入りさせてるんだよ? ヤバいだろ?」
「関係者がいるだけで、この男は堅気です。それに」
「それに?」
「この男は過去にボディービルダーをやっていて、実は俺たちも色々教えてもらっていて……それで……」
「バカヤロウ! 何でそれを先に言わない! 人一人の力など知れている。だから俺たちは先人たちから知識を与えてもらい成長するんだ! 特に筋肉の先輩だ。頭を下げてこちらからご教授願うのが筋だろ!」
「す、すみませんでしたっ! 筋肉マックス!」
「分かったら良い。カンパネラの姉さんには筋肉の先生だと伝えろ。ただ、それでもダメだって言ったら、その時は教えろ。謝りに行く」
「分かりました筋肉マックス!」
このジムにもトレーナーはいる。だけどここのトレーナーは、プロテインや機材に頼った見せる筋肉を作るトレーニングばかりを進めてくる。
俺は、美しく、それでいて実用的なナチュラルな筋肉を求めている。
機材もサプリメントも充実していなかった時代に、それもプロで戦っていたという御老人からの鞭撻を受けられるのなら、例え姉さんに怒られると分かっていても勝ち得なければいけない機会だった。
「友が大変失礼いたしました。私はマックスです。ここでは筋肉マックスと呼ばれています」
「いえいえ。貴方が聖刻者だと知っていても、その筋肉の可能性を見てしまっては、どうしても声を掛けずにはいられませんでした。声を掛けてくれてありがとうございます」
「いえいえ」
年齢は七十歳以上だろう。それでもしっかりと背筋は伸びており、体からは生気が溢れていた。
少なくともこの年齢でマフィアという事も無さそうで、怒られることもなさそうだった。
「では早速、ご教示をお願い致します」
「ではバーベルから始めましょう」
「よろしくお願いします」
こうして始まった先人からの有難いレッスン。運の無い俺だが、こういう面で無駄に強運を持っているのはどうなのかとは思いつつ、さらに筋肉ばかり鍛えられるのもどうかとは思いつつレッスンは開始されたが、やっぱりこんな場面描く必要あるの? という話ではなかったようで、しばらくレクチャーを受けていると話が変わって来た。
「そう。腰の筋肉ではなく、背筋を意識して体幹で持つ感じです」
「なる……ふんっ! ほど!」
おじいさんに腰を持たれ、イチャイチャバーベル上げ。キモイトレーニングだが全然ためになる。この調子でいけば、そのうち俺の背筋はドアを出られなくなるほど大きくなる。そう思い調子が上がっていると、突然おじいさんは耳元で囁いた。
「ファウナ様から伝言です」
「え?」
「ルーベルト様とカスケード様が密会をするという情報を流します。アルバイン様は上手くカンパネラを誘導して下さい。場所日時はブラービからあるのでお願いします」
どうやらこの爺さんは、ルーベルトが寄こした使い。っというか、この爺さんは俺がこのジムに来る前からの常連。
ここまで完璧に段取りが出来ているとは、やはりこういう闇の組織は侮れなかった。
「さぁもう一回。次は脚も背中の一部だと思って」
「え? あ、はい……」
「はい、い~ち……」
爺さんの言葉を聞いて、一気に憑りついていた筋肉の神様が俺から離れた。そう思ってしまうくらい現実に戻された。
これから本格的に作戦が始まる。カスケード、ファウナ、ルーベルトがどういった作戦を考えているのかは分からないが、おそらくここからは俺の動きが重要になってくる。
今まではただ言われた通りにしていれば良かっただけだったが、ここからは俺がカンパネラを誘導しなければならない。
こんな、筋肉しか鍛えていなかった状況なのに、いきなりの大役を任されても鼓動が早くなるばかりで、全校生徒の前で作文を発表するかのような気分になった。
「良い感じですね。では、これ以上貴方様の時間を奪うわけにもいきませんし、私もそろそろ帰宅しなければなりません。今日はありがとうございました」
「えっ⁉」
爺さんは本当に伝言のためだけに俺に近づいたらしい。教えてくれるのは本気じゃなかったのかと思うと、ちょっとがっかりだった。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「え、あ……ありがとうございました……」
「いえいえ。それでは、良い一日を」
「あ……はい……ありがとうございました」
多分爺さんはルーベルトのとこのマフィア。それほど変装は完璧で、放つ空気は一般人と見分けが付かなかった。
それがマフィアの深淵を感じさせ、関わるには面倒過ぎる世界なのだと思い知らされた。
それから五日後。爺さんの言う通り二人の密会の情報はカンパネラから伝えられ、俺の大役が回って来た。
ちなみに、爺さんは普通に次の日もジムにやって来て、普通に挨拶してきて、普通に俺たちと馴染みスパイを続け、超ガバガバなブラービの警戒網の脆弱さには、それはそれでマフィアの奥深さを感じた。
モチロン・マックスがジムに来てから、ジムの雰囲気はかなり良くなりました。それは、モチロン・マックスの筋肉に対する姿勢です。
モチロン・マックスは、筋肉に汚い環境、悪い言葉などはいけないとジムの教訓を作りました。それによってジムは清潔になり、喧嘩暴言もなくなり、最近では一般人女性も来るようになりました。さらにモチロン・マックスの誰からでも学ぶという姿勢により、ジム内では互いを認め、褒め合うという循環も生まれ、今では爽やかな笑みと汗が溢れています。




