青春の一ページ
先生とのバトルという、アニメとかである学園物のイベントのような授業。そこへ今まで不仲である同級生の実力が次々判明し、倒れていく仲間にバラバラだったクラスは少しずつまとまり始めた。
そんな中、ある意味このイベント最大の山場とも言える、アドラとパオラの出番が回って来た。
ここで不良役の二人が巻き起こす風は、さらに俺たちの青春を彩ってくれる。そんな感満載の二人に、俺は胸を膨らませて見守っていた。
その期待を裏切らない二人は、ポケットに手を入れたまま先生の前へ立つと、これから何をするんだと言う感じでダラダラ感満載で立ち並ぶ。
「それでは、アドラさん、パオラさん。どちらからお手合わせ願いましょうか?」
「お手合わせ?」
「私と剣を使って戦う練習をするんですよ、アドラさん?」
「え? なんで? なんで俺が先生と戦わなきゃなんねぇんだ?」
いいねぇ~。良いよアドラ。本当は分け分からなくなってるだけだろうけど、その舐め腐ったような姿勢は素晴らしいよ~。あ~、先生の事“お前”って呼ぶ癖直さなきゃ良かった。
アドラとパオラは意外と賢く、俺たちが教えた事は素直に大体覚える。特に礼儀に関してはフィオラさんにもかなり厳しく教えられたようで、真面目に知識を得ようとしてくれる。まぁ敬語は全然だめだけど……。
二人の間柄は、アドラが一応兄だ。社交性や積極性はパオラの方が強いため、普段は妹のパオラが主導権を握る。だがこういういざこざは妹を守ろうとする本能か、アドラが率先して前へ出る。
「そうだよ先生? なんで私たちが先生と戦うの? 敵でもないのに?」
パオラも自分の立場を理解しているようで、あくまで兄を立たせつつも援護する。
アドラとパオラの言い分に、先生は少し困った顔をした。しかし一週間ほど経ち、俺たちの情報は先生たちの間でも共有されているようで、二人が良くこの授業の意味を理解していないと知る先生は、上手に言葉を選ぶ。
「これは、アドラさんやパオラさんたちの成長に合わせ、これから先生たちが授業内容をどうするか確認するための授業でもあります。アドラさんとパオラさんの実力が分かれば、先生としてもとてもありがたいのです。どうですか? ほんの少しでも良いので、先生と試合をしてみませんか?」
“ヴィニシス先生”は元々アスリートだったためか、アニー先生よりは少し生徒との接し方が下手なようで、まるで幼稚園児に語り掛けるようにアドラたちを優しく説得する。するとそのせいか、不良という感じだった二人が、途端に幼稚園児のように見え始めた。
「でも先生、敵じゃないでしょ?」
「そうですよ、私は味方です。でもこれは練習なので、大丈夫ですよ?」
「どっちなんだよ先生?」
「それはもちろん味方ですよ?」
「じゃあ戦う意味ないじゃん」
「そうだ~。味方は仲間なんだよ先生?」
折角キリア達が作ってくれた最高の舞台なのに、ここに来て幼稚な二人のせいで全て台無し! しかし逆に二人が幼稚過ぎるためか、場にはなんだか温かい空気が流れ、これはこれでなんだか良い青春の一ページになりそうな予感がした……っというか、戦わないとか言ってる二人だけど、でっかい剣持って、腰にも片手剣携えてるのってどうなの? 一応ふにゃふにゃの剣だけど、色々反則じゃないの?
純粋すぎるが故、俺が言ったことを素直に実行する二人は、体は大きいけどまるでスクーピーと同じ子供に見え、とても愛らしかった。それでもこれ以上先生を困らせるのは可哀そうだと思い、師匠として弟子に声を掛けた。
「良いから先生の言う通り戦えよ!」
「え~! だって師匠! こいつ敵じゃないんだぜ?」
これアドラの悪いとこ。先生にはきちんと先生と呼ぶが、ちょっと外れるとお前。この辺が不良と勘違いされる原因。
「先生だって困ってんだろ! これは授業なの! アドラたち剣習ってたんだろ?」
「そうだけど師匠……でも先生敵じゃないんだよ?」
「そんなん分かってんだよ! 練習! 二人とも練習って言葉くらい知ってんだろ?」
「ぅん……まぁ……分かった……」
何故二人が敵味方に拘るのかは分からないが、このままでは時間の無駄だと思い、とにかく先生と戦うよう指示した。
それを受けて先生も満足したのか、感謝するように俺に頭を下げた。
俺たちがここまで嫌がるアドラとパオラを戦わせたいのには理由があった。二人のおじいちゃんだがお父さんだかは、あの調子だから良く分からんが、魔王の瘴気に感染してそこから戻って来た黄泉返りと呼ばれる人種の元英雄らしく、二人もその血を引く黄泉返りの子孫だからだ。
黄泉返りの人は、悪く言えばゲームなどで出てくるモンスターのような姿をしていることが多く、知性に障害があったり、言葉が喋られないなど重い障害を持っているが、寿命の長さや体の丈夫さなど様々な特性を持っている。特に身体能力と魔力に関しては人の域を軽々超越しているらしく、オリジンピック(魔力の使用有りのオリンピック)やほとんどのスポーツで参加が禁止されているほど凄いらしい。
そんな血を引く二人だからこそ、先生も戦わせようとしていたのだろうし、俺たちも将来の超戦力に期待しているところがあった。
ちなみに、髪の色や瞳の色は黄泉返りの影響だろうが、知能に関しては天然だと思う……いや、友達をそんな風に思うのは良くない! だからあれは絶対天然!
そんな二人、俺が指示したものだから渋々戦う事を決めたようだが、やはり納得がいかないのか、嫌々感満載で俺たちに背中を向けて話し合う。
「どうするアドラ? 師匠戦えって言ってる……戦わないと怒られるかな?」
「怒られると思う……でも戦ったらフィオラに怒られんじゃないのか?」
「え~! ……でも師匠言ったって言えば怒られないよ……どうする?」
「じゃあさ、フィオラに言われたら、『師匠が戦え』って言ったって言おうぜ? そしたらさ、フィオラ怒らないぞ?」
「そうか! そうだねアドラ! そうだ! 師匠が言ったって言えばいいんだ!」
やべぇ! あいつらなんかあったら全部俺のせいにして裏切るつもりだ! あいつら師匠ってそういう事に利用できる便利な人って思ってるの⁉
驚愕だった。まさかこの短期間に三回も裏切りを受けるとは思ってもおらず、もしかして俺はそのうちこの学校から追放されるんじゃないかと不安になった。
ヒソヒソ話も良く理解していない二人の声は、丸聞こえだった。ただ、その姿もまた愛らしく、例え裏切りを受けても特にパオラの姿はスクーピー並みに可愛く見えた。
「じゃあ何使う? 一杯武器あるよ?」
「パオラ何使うの?」
「ん~……私剣!」
「じゃあ俺も剣!」
「やっぱり私斧!」
「じゃあ俺も斧!」
「アドラも斧使うの?」
「パオラが使うなら使う」
「じゃあ私も斧使う!」
仲が良い二人は、師匠を生贄に捧げることでフィオラさん問題が解決したのか、俄然やる気を見せて、兄妹仲良く今度は何使う? で盛り上がりだした。
妹が使う物と同じ物を使いたい。兄が自分が選んだ物を使うなら自分も使う。見た目はかなりルックスの良い二人は、傍から見れば超お似合いのカップル。だが俺たちからしたら幼稚な仲の良い兄妹。
悪くは無い時間だが、さすがに時間をかけ過ぎたのか、クレアがヤンヤヤンヤ歯ぎしりをし出したのを見て、そろそろ始めた方が良さそうだと不安になって来た。っとその時だった。
ヒソヒソできていないが背中を向けて話し合っていたパオラが、突然先生に向けて持っていた大きな剣を下手げで、それもかなりの速度で投げつけた。
この見事な不意打ちには先生も驚いたが、さすがレジェンドだけあって軽々片手で叩き落とした。するとその陰に隠れて接近していたのか、いつの間にか先生の背後に回っていたアドラが何を思ったのか、持っていた片手剣で先生の頭を思い切り引っ叩いた。それもジャンプ切りで!
その衝撃は凄く、バコンッ! という音が鳴るほどで、まだ防具も付けていなかった先生は思わずクラっときて、持っていた剣を落とすほどだった。しかしこの悪童二人はそれだけでは終わらず、今度はいつの間にか先生の横に近づいていたパオラが、横から先生の顔を持っていた剣で引っ叩いた。
この一撃もまたものすごい音を鳴らし、まさかの攻撃にさすがの先生も、正に糸の切れた人形のように膝からストンッと崩れ落ちた。
「先生弱っ」
ええっ⁉ 何してんだよこの二人⁉
まさかの奇襲に、修練場には一瞬沈黙が訪れた。そして次のイーサン王子の叫び声で一気に騒然とした。
「先生⁉ 大丈夫ですか⁉」
「医務員! 早く来い! ヴィニシウス先生が大変だ!」
「おい! 医務員が来るまで動かすな! 意識が無い!」
レジェンドまさかの失神! そりゃあれだけ見事な奇襲と強烈な二撃は無理だよ! 先生死んでない?
倒れる先生に群がる先生や医務員たちで、修練場は大パニックになった。しかしそれ以上に驚いたのは、倒れる先生を他所に、普通に戻って来たアドラとパオラが『先生弱かった』と俺に報告して、普通に今度は何するの的な感じで元居た場所に腰を下ろした事だった。
これによりこの日の授業は終了となり、放課後先生たちからはお咎めは無かったが、案の定フィオラさんに二人が裏切りを告白したことで、俺はフィオラさんに『あの二人には、学校では乱暴な事はさせないで下さい』とやんわり怒られる羽目になった。