VS作者
「答えろ! 第八研究所はどこだ!」
「そんなとこ知らねぇな」
「嘘を付くな! お前たちがここへ来たには理由があるはずだ!」
「知らねぇって言ってんだ。俺たちがイタリアへ来たのは、マルコという男に会うためだ」
「そのマルコという男は誰なんだ!」
「ただの聖刻者だよ。前任者と入れ替わったから挨拶に行くだけだ」
「その男はどこにいる!」
「知らねぇよ。俺はただ付いて来ただけだ。知りたけりゃ俺を置いて行ったあいつらに聞けよ」
「嘘を付くな!」
金髪ツンツン頭の彼が無事生還し、遂に始まった研究所編への誘い。もちろん関わりたくない俺たちは、全てを彼らに任せ知らんぷりを決め込んでいた。それなのに余程神様は俺たちを研究所編へ送り込みたいのか、彼らの尋問は白熱し、すっかり俺たちは逃げる機会を逃していた。
「では聞きますが、貴方たちが持っているアーティファクトはどこにありますか?」
「そんなの俺たち下っ端が知る訳ねぇだろ。お前たちが言う第八研究所にでもあるんだろう?」
「訊き方が悪かったようですね。誰が持っているんですか?」
「そんなの幹部連中の誰かだろ? 何度も言うが、俺たちは下っ端だ。そんなもんに在処なんて教えねぇだろ。もし教えるとしたらそれはお前たちを騙すための嘘だ」
「なるほど……それは貴重な情報です。でしたら……」
なんか、彼らにとってはかなり重要な話みたいで、偉そうな人から様々な角度で質問が飛ぶ。それもなんかアーティファクトとか中二病みたいな言葉も飛び出してきて、完全に流れはメインストーリー。だけど俺たちからしたらどうでも良い話。
こんな感じでもう十分ほど尋問が続いており、できれば早々に退散したい俺たちはただ立って見ているだけだった。
それというのも、もしここで話に割って入るような事をすれば、間違いなく研究所編へ連れ込まれる流れになるし、『じゃあ、後は任せた』みたいに逃げようとしても絶対止められるし、最後の手段でいつの間にかいなくなっていたを使っても縁は切れてないため、いずれは捕まる。
つまり、今こちら側から動くことは死を意味し、彼らが俺たちの存在を忘れる事こそが最善だった。
そんな感じで、得意の周囲の気配への同化を試みているのだが、ツンツン頭の彼が俺にやられたことでかなり素直になってしまっていて、今この場は俺たちを含めてのメインイベントとなっていた。
「お前たちが第六世代と呼ぶ中にいる、ルッツという少年を知らないか?」
「誰だそれ?」
「俺の弟だ」
「知らねぇな」
「そんなはずはない! お前たちの中じゃ上官に当たるはずだ!」
「そりゃ知らねぇな」
「嘘を付くな! お前らの上下関係が厳しいのは知ってるんだ! 名前も知らないはずないだろ!」
「嘘じゃねぇさ。俺たちは力を得たら名が変わる。本名なんてもんは誰も知らねぇよ」
「クソッ!」
もう彼らは殺すしかなかった。アーティファクトだけならまだしも、第六世代やら弟を探しているやら名が変わるやら、これは完全に作者が作り込んでいる物語のメイン部分が出てきており、中二病全開のキモイ本編真っ只中。ただ黙っているだけでもズルズル引き込まれる感覚は、恐怖しかない。
いくら俺たちが神の力を持っていても作者という神の前では抗う事は叶わず、この窮地を脱するには主要キャラ全員の抹殺以外あり得なかった。
“おいカスケード”
“どうした大将?”
“この人たち全員、記憶にも記録にも残さず殺す方法は無いか?”
”フッ……あるなら既に俺がやっている“
やはりカスケードもこの危機は理解している。その上で動けずにいる。
我がチーム最も頼れる男さえ四苦八苦している状況は、今までで一番の窮地を物語っていた。
“何とかして抜け出す方法は無いのかカスケード?”
“今こちらから動けば、彼らの思う壺だ。彼らはああやって情報を集めてはいるが、俺たちの力を求めている”
“そうなのか⁉”
“あぁ、間違いない。オーラがそう言っている”
“クソッ! えげつねぇ事しやがる!”
うんなもん考えなくても分かる。間違いなく彼らは俺の事を知っている。だって敵には俺の父親がいるし、俺がキャメロットに集められたことも知っている。そのうえこの状況で結果的には助けにも入っている。
こんなの彼らからしたら絶対同じ目的を持つ仲間と変わらない。それでも直ぐに声を掛けてこないのは、俺たちが聖刻者だから。
彼らにとっては聖刻者が仲間になってくれれば正に千人力。それも敵を知る聖刻者となれば。
彼らは間違いなく作者という神の使いだった。
“ど、どうする皆? このままじゃ俺たち、あの人たちと一緒にボスを倒しに行かなけりゃならなくなるぞ!”
完全に機を逃していた。カスケードが上手くツンツン頭の彼を利用して俺たちから目を反らしてくれたが、それが逆に彼らの“待ち”を作り出してしまった。これはもうチーム一丸となってこの危機を脱するしかなかった。
そんな状況に、人間の目線ではなく、動物昆虫の目線からの案が飛ぶ。
“ダンナ。こういう時こそ力を使うんだ”
“力? どうすんだチンパン⁉”
“俺たちにはそのために牙があるんだろ?”
“やめろチンパン! そんなことしたら ”あぁ、聖刻者様たちが悪を倒さんと怒りに打ち震えていらっしゃる“ なんて思われて、速攻でアジトに連れてかれるぞ!”
今の状況では、怒りの表情は世界を滅ぼそうとする皇太子たちへの闘志に捉えられ兼ねない。非常に危険だった。
“じゃあやっぱり攻撃するのが一番良いんじゃない隊長?”
“それも駄目だフォイちゃん! これでいきなり攻撃でもしてみろ。逆に俺たちは皇太子たちの仲間と思われて、今度はあのツンツン頭の彼にアジトに連れて行かれる!”
“じゃあ両方攻撃すれば良いんじゃないの?”
“それはそれで頭のおかしい奴らと思われて、今度は両方から狙われる。そうなったら皇太子、彼ら、俺たちの三竦みになって、それはそれで作者が喜ぶ!”
“作者って誰?”
完全に詰んでいた。それほど作者が張り巡らした罠は完璧で、もう俺たちには逃げ場は無かった。
その時、電流が走る。
“そうだ!”
“どうした大将? 何か閃いたのか?”
“あぁ。俺は作者と同じ神の力がある。それを使う”
“神の力? っというか大将、さっきから言う作者とは一体何の事だ?”
“別に気にすんな。彼らの下らないストーリー作った神様だよ”
“……何のことかは分からんが、とにかくこれ以上面倒ごとに巻き込まれないのなら任せる”
“あぁ任せとけ”
“ただし、穏便に頼むぜ大将”
“分かってるよ。集中するから、少し時間をくれ”
“分かった”
彼らには話しかけられない、勝手にも帰れない。漫画だったら絶対に切り抜けられない場面だが、これは漫画じゃない。彼らにも気付かれず、且つ絶対に逃げられる術は現実世界ならいくらでもある。その中でも俺は神の力を持つ。今こそ神の力を使う時だった。
勝負は一瞬。それでいて僅かなミスも許されない。今までで最も集中力を高めた。
その集中は自然と手に印を結び出し、瞳を閉じさせた。そして心の波が消えた瞬間、一気に魂の領域を広げ、包み込んだ彼らの体へ干渉。そこから瞬時に彼ら全員の意識を断った。
その所業、正に神がかり。自分でも驚くほど一切の無駄なく彼らに干渉し、電光石火の如く意識を断つことに成功した。それも先ほどのツンツン頭の彼での経験が物を言い、今度は間違いなく一時的な意識消失だけに成功した。
「ふぅ~……」
「凄いな大将。俺なんかよりもずっと速い」
「そんな事ねぇさ。俺のは意思の伝達だからな。それに、体内に入れば神経伝達と同じだからそう感じるだけだ。カスケードの誰のかも分からんくらいの聖刻のオンオフの瞬発力に比べれば、全然大したことないよ」
「比べる速さの違いというやつか」
「そういう事。それよりも皆、早く逃げるぞ。今なら彼らも何が起こったのか分からないはずだ。これでとんずらすれば夢だと思うはずだ。急ぐぞ! ファウナたちが待ってる!」
研究所編 完。
かなり強引な幕引きだが、正直これ以上の道草は食ってはいられない。彼らには彼らの物語があるのだろうが、こちらにもこちらの物語がある。
彼らは困難を乗り越え、いずれは事件解決というエンディングを迎えるだろう。そしてルッスとかいう弟とも再開することが出来るだろう。
一体彼らにどんな物語があるのかは何か分からんが、最後はもうそっちはそっちで作者が何とかするだろう。
世界を真面目に生きる彼ら。世界を自由に生きる俺たち。本来なら交わってはいけないストーリー。
彼らはきっと世界を救う。そう願いながら俺たちは、また別の物語へと進んだ。
ここでの作者というのは、私も知らない真の作者の事です。私としても研究所編なんて物には行きたくないし、ツンツン頭も制服の彼らが誰なのかも不明です。大体聖刻も持たないモブの話なんて興味がなく、さっさと魔王を倒してこの物語を終わらせたいのが本心です。正直ここまで長引かせてしまった事を後悔しているほどで、こんな話いくら書いても英雄譚にならない事は気付いてます。
何がアーティファクトなのか、何が第八研究所なのか、な~にが弟を探しているのだとか、そういうのは必殺技を叫ぶ物語の方でやって欲しいです。
最後に、制服の彼らの上官には、フウラの姉が所属しています。これは、こっちの作者が決めました。




