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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
第八章
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僕の友達

 黒い紋章を持つ気配を察知し、成敗するために奴らの元へ向かう俺たちは、地理も分からない異国の地で迷子となった。しかし奴らの正確な位置だけは分かる俺たちは、この窮地を脱するために建物を乗り越えていく作戦を決行した。


「ちょっ、ちょちょっ!」


 開始僅か数秒。俺、まさかの脱落。


「えっ⁉ 嘘でしょ⁉」


 スタートと同時に、カスケード、チンパン、フォイちゃんは、途轍もない速さで建物を登り始めた。フォイちゃんは羽を使い、チンパンはバリアを足場に、カスケードは何か知らんが舞空術のように猛烈に。

 そのどれもがほぼノーモーションからの加速で、助走をつけて蹴上がりしていく俺なんかでは全く付いていけないくらい速かった。


 その速さは異常で、建物の屋根に上がった時にはもう彼らの背中は遥か彼方にあり、まるで自分がセル編のチャオズにでもなった気分だった。


「そっ、そんな馬鹿なっ⁉」


 ――私は、このチームに置いては最も秀でた聖刻を有していた。それだけじゃない。その強さもチームにおいては最も優れていており、事実メンバーも全てが私をリーダーと認めているほどだった。

 しかし不思議な事に彼らの背中は私の遥か前方にあり、フォイ氏に至っては小さすぎて既に目視では確認できないほどだった。

 このような事態は想像だにしていなかった私は、既に感じる黒い気配への苛立ちなど忘れ、“もしかして皆実は俺に気を使ってリーダーという大役を任せてくれている振りをしていたのでは?”という寂しさにも似た感情に包まれ、幼き日の母を待つあの日を思い出してしまうほど切なくなっていた。

 

 いっ、一体何があった⁉ お、俺は……俺は哀れみでリーダーにされたわけじゃない! 


 フォイちゃんは生まれ持った飛行能力。チンパンは聖刻の力と生まれ持った身体能力。そしてカスケードは空気なんだか風なんだかよう分からんが自然の力。それに比べ俺はただの身体能力の強化。

 圧倒的な聖刻の使い方の差が、俺を語り部にしてしまう事態を招いていた。


 四人の中で俺の聖刻は、強さ、格は、間違いなく最上位。だけどそんな俺が出来るのは肉体変化と肉体強化するくらい。

 今まで“聖刻は強さじゃなくて使い方だ”と皆に散々のたまっていたはずなのに、こんな所で自分が最もそれが出来ていなかったという事実は、何か知らんがカスケードたちに怒りを感じるほどだった。


 しかも離れれば離れるほどその差はさらに広がり、ちょっと大きな道路を前にすると、“カスケードはどうやってここを越えたの⁉”となるばかりで、もう俺ではどうやっても飛び越えられない距離に、無理を覚悟で身投げするしかなかった。


 当然そんな覚悟を抱くほどの距離。例え神の力を以てしても現実は超えられず、車道の真ん中に転げ落ちる。だが頑張っただけあって真ん中よりはちょっと奥へと辿り着く。だけど現実は非情な物でもあり、急ブレーキをかけて止まった車にクラクションを鳴らされる始末。

 幼い頃に、生まれて初めて鬼ごっこをして、皆が逃げる姿に暗い気持ちになったあの日を思い出した。


 それでももう泣かない世代。ぐっと悔しさを噛みしめると再び歩き出し、次なる壁をよじ登る。


 その壁は高く、見上げる空はさらに高い。流れる白い雲には手を伸ばしても届かず、去っていた仲間たちの背中はもう無いだろう。生まれて初めて、空の大きさを感じた気がした。


 それでも彼らが通った道はある。こんな俺だけど、まだ体は動く。目頭が熱を帯び始めたが、そびえる壁の上部になんとか手が届いた。


「……大将。何をやっている?」


 高い高い壁の向こう。一つの困難を乗り越えた先に見える景色は違うという。その意味は俺には良く分かっていなかった。しかし、乗り越えた先に聞こえた声は、やっぱり違う景色だった。


「な、何でもねぇよ。お、お金が落ちてるって思って降りただけだ……」

「そうか……」


 高い空の向こう。その景色は決して見る事は出来ないだろう。だけど今いるここからの景色。カスケードがいて、チンパンがいて、フォイちゃんがいる。そして全員が俺を見ている。空の向こうなんて見る必要などなかった。


「じゃあ急ごう。奴らは結構派手に暴れているらしい。このままでは関係の無い人間まで巻き添えに会う。俺たちはヒーローじゃないが、止めるくらいは出来るだろう大将?」

「あ、あぁ……急ごう……」


 なんて頼りがいのある仲間たちなんだ。こんな俺でもまだ一緒に行こうと言ってくれる。班を作れと言われて、俺だけが取り残され、悲しみに暮れる中『私たちの班においでよ』と言ってくれた、あの日の好美ちゃんを思い出した。


「どうした大将?」

「いや、何でもない」


”…………“


「……そうか。なら行こう」

「あ、あぁ……」


 また行っても直ぐに置いて行かれる。それは皆も分かっている。いっそ『もうここに居ろ』と言ってくれた方が楽だった。いや、彼らは決してそうは言わない。何故ならうちのチームは、本人が諦めると言わない限り支え合うチームだから。

 だから皆は、もう俺が付いていけない事を知っていても前を向き背中で語る。なんと素晴らしいチームだろう。


「良し、じゃあ行く……」

「あ、あのさ。ちょっと待って……」

「どうした大将?」


 もうこれ以上皆に迷惑は掛けられなかった。


「あ、あのさ……皆なんでそんなに速いの……? 俺……もう付いていけないよ……」


 もうこれ以上は俺には無理だった。もうリーダーでもなんでもなくても良いから、もう置いて行かれるのは嫌だった。


 恥もプライドも捨てての質問だった。だけど僕の友達は優しいから、こんな惨めな事を訊いても誰も笑わなかった。


“ダンナ。ダンナは多分体を強くする事に拘り過ぎなんじゃないか?”


「え?」


“そうだよ隊長。速く動くには別に体の強さは関係ないと思うよ?”


「そ、そうなの?」

「あぁ。フォイは空気抵抗を抑えるために体の周りをラファエル様の力で包んでいるし、チンパンはバリアに乗っているだけじゃなく、離れるときにバリアを押し出してカタパルトのようにしている」

「え? そうなの?」

「あぁ。それに俺だって空気を圧縮してロケットのように打ち出している。その代わり強烈な圧に耐えるために義足の左足でしか出来ないが」

「そ、そうなんだ……?」


 皆己を知り、自分に合った力の使い方をしている。それもきちんと考えて体現しており、ずっと一緒にいたはずなのにこんなに優等生だったなんて、増々情けなくなった。


「所詮肉体なんて物は、神から借りたただの器だ。どんなに頑張っても無機物に比べれば上限は遥かに小さい。アズ神様の聖刻を持つ大将なら分かるだろう?」

「ま、まぁ……」


 石と骨。肉と土。同じ自然界から発生した物質でも、その性能は遥かに違う。柔軟性の面では生命は遥かに優れていても、剛性においては圧倒的に劣る。速さや強さにおいては剛性、耐久力が物を言う。

 生命しか扱えない俺の聖刻では、やはりここが限界だった。


 そうガッカリしていると、やっぱり僕の友達は優しくて、慰めてくれる。


「しかしだ。エネルギーという面においては、生命力というのは他を圧倒するんじゃないのか?」

「え?」

「赤ん坊が持つ、何にでもなれそうな活力。追い詰められた時に見せる人間の底力。何千キロも飛び続けられる渡り鳥。他にも何日も食べずに生きられる生物や、首だけでも生きられるゴキブリとかたくさんあるが、エネルギーという力では生命はこの世で最も強い力を持つと俺は思っている。大将が扱える命という力を、エネルギーと考えて使ってみてはどうだ?」

「エネルギー?」

「あぁそうだ。炎のように燃え上がり、爆発するような感じだ。魂は炎に例えられるんだ、同じことが出来るはずだろう?」


 確かに肉体に留まっている魂は、炎と呼んでも良い形をしている。だけど熱がある訳じゃないし、そこに有ってもそこには存在しない難しい存在。それこそ有であって無であるような物で、俺にも良く分からない。だけど魂が持つ爆発力は凄まじく、どこにも属さない漂う魂であっても強大な存在感を放っている。

 

 その魂を、命としてではなく、力として認識して扱うというのは、今まで何となくやっていたことが明確になり、正に雷に打たれたような衝撃を受けた。


「お、お前天才だな⁉ 分かった! やってみる!」

 

 やることはいつもと同じ。魂を体に集めて自分の力に変化させるだけ。だけどいつもと違うのは、それを肉体にではなく純粋なエネルギーとして……


「なぁ? エネルギーにして、どうすれば良いんだ?」


 集めた。そして一つにまとめた。だけどそれを肉体にではなくそのまま扱うにはどうすれば良いか分からなかった。


「燃やすイメージだ」

「分かった」


 カスケードの言う通りやった。体が燃えたみたいに魂の青白い炎で包まれた。だけど、ただ燃えている人になった。


「…………」

「…………」

「…………」

「……どうすれば良い?」


 すんごいエネルギー。だけどただすんごいエネルギーに包まれているだけ。肉体の強化にもなっていないから、ただの燃える人だった。唯一効果があるとすれば、触れた者に引火するくらい。

 やっぱり俺には無理だった。


「よ、良し、落ち着け大将。先ず俺たちは少し離れる。危ないから近づかないでくれ」


 どうやら引火はするようで、燃え上がるとカスケードたちは俺を宥め、結構距離を取った。


「で、どうすれば良いんだ?」

「そうだな……」


 言ってはみたものの、多分カスケードも良く分かっていないらしい。しばらく俺を見つめて黙り込む。その間に揺らめく魂の炎は、とても切なかった。


“隊長も炎になれば良いんじゃない?”


「それだ!」


 な~にが『それだ!』なのか知らないが、フォイちゃんの言葉に頷くカスケードとチンパンは、俺よりも優れているという事実は神の手違いで間違いなかった。

 それでもフォイちゃんのお陰で希望が見えてきた。


“多分隊長も炎になれば同じだから、なると良いと思うよ?”


「わ、分かった。やってみる」


 フォイちゃんは適当な事を言っている。絶対。だけど今はフォイちゃんの野生の勘を信じるしかない。

 希望を胸に、体を肉体としてではなく魂の炎のイメージで同化させてみた。すると……


「でっ、出来たっ……」


 確かにフォイちゃんのイメージ通りには出来た。だけど何か違うようで、何故か二の腕だけが炎になった。


「ふっ。やれば出来るじゃないか大将」


“さすがはダンナだぜ。あんたがダンナで良かったぜ”


“さ、さすが隊長だね! じゃ、じゃあ行こうか……?”


「そ、そうだな」


「待て待て待て待て! ダメならちゃんと言わなきゃ駄目だぞ! こんなん二の腕だけ炎になったって足なんて速くならねぇだろ! どうすんだよコレ! 俺だって絶対違うくらい分かんだよ!」


 優しさと愛情は違う。こんなんじゃ俺は一生成長せず、ただ二の腕がちょっとカッコいいだけのキャラになってしまう。やっぱり自身の成長は自分で行うしかないようだった。


「もういい! お前ら先に行けよ。なんとなく分かったから。それにもし失敗してお前らにも炎移ったら嫌だから、先行ってくれ」

「分かった」


“おいらはいつまでも待ってますぜダンナ”


“うん。隊長なら絶対追い付いて来るって信じてるから”


 こいつらは、本当は僕の友達じゃないのかもしれない。先に行けと言うとあっという間に手のひらを返し、あっけなく旅立っていった。おそらく彼らは、そのうちいなくなるだろう。

 

 去り行く背中にそう思う今日この頃だった。


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