表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
第八章
159/186

呪縛

 ウリエル様の聖刻を賭けたポーカー戦は、カスケードのトランプ真っ白作戦で見事にカルロスのイカサマを破り勝利した。

 これにより戦いは、ポーカーから本当の命がけの戦いへと移り変わった。


「フォ、フォイちゃん?」


 ドスドスドスドス!


「フォ、フォイちゃん!」

 

 ドスドス……


「フォイちゃん!」


“ん? 何隊長?”


「も、もうそいつは死んでるよ。も、もう良いよ」


“ふぇ? あ……うん”


 カスケードの天使への銃弾一発からのチンパンの拘束、そこからフォイちゃんの突撃へという超速の連携での撃破は見事で、三位一体の必殺技だった。しかし怒りで我を忘れるというスズメバチの特性を持つフォイちゃんだけは相手が死しても止まることを知らず、肉片へと変貌した天使に対しても未だに執拗な攻撃を続けていた。

 

 それは昆虫が持つ狂暴性を露わにし、ナショナルジオグラフィックを超えたリアルをお届けしていた。

 それでも尚治まらないのか、俺が声を掛けても肉片に噛り付き毒針をぶすぶす刺すフォイちゃんの姿は、最恐の称号を与えるには恥じぬ功績だった。


 まぁそれでも、今の主人公はカスケード達。フォイちゃんの最恐伝説はまた次の機会に語られるのであった。


 チンパンが天使を拘束すると、カスケードは直ぐにカルロスに目掛け二発目を発砲した。それと同時にカルロスに駆け寄り、床に倒れるカルロスに銃口を向けた。

 カルロスは左肩に銃弾を受け、カスケードが銃口を向けた時には、完全に体勢は無防備な状態だった。


「さぁ、ここからは本当の戦いだ。俺がポーカーゲームに付き合ったんだ、もちろん付き合ってくれるだろう?」


 片手ではなく、両手で銃を持つカスケードの姿は、アニメなどで見る格好良さは無かった。しかしそのリアルな姿勢がより緊張感を放ち、命の重みが周囲の空気へと伝わる。


「どうした? この緊張感は初めてか?」


 カスケードの放つオーラは今までになく重く、怨嗟を好む魂を引き付けるくらい黒い。それをさらに呼び寄せるようにカスケードの目は座り、静かに話す声は地響きのように低かった。


 これがカスケードの本性。カスケードがどんな生い立ちをして来たのかなんて全く知らないが、銃を放つ一瞬の殺気や今放つオーラは間違いなく人を何人も殺してきており、普段のギャップから余計にそれが大きなふり幅を作り、とても心地良かった。


 そのカスケードの変わりようには、幾度となく窮地を越えてきたであろうはずのカルロスも驚いたのか、声も発さず銃口を見つめるだけだった。


「さぁどうする? 俺のベットは終わった、コールするかドロップするか決めろ」


 今のカスケードに隙は無い。カルロスもいきなりの事に両手は床にさえ付いていない。そのうえカスケードには強さは無いが、圧倒的瞬時な変化能力もある。

 今の状態のカルロスが危機を脱するには、本当の駆け引きが必要だった。


 ここからが真の勝負。奇襲により優位性を確保したカスケードだが、聖刻ではカルロスが圧倒的に勝る。次の一瞬で勝負が着きそうなこの状況は、今までの退屈を全て吹き飛ばす最高の局面だった。だが……


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 多分カルロスは本当に戦いという肉弾戦は苦手。床に倒れ込み銃口を見つめるのだが、息は荒いし汗も凄い。それだけならまだしも、痛みに対しても全然駄目で、撃たれた傷を押さえるのに腕を抱え、直ぐに聖刻も使えるような状態でもない。

 こんなヤバイ店でギャンブラーをしているほどだからかなり期待していたが、駄目そうだった。


「さぁ早く答えろ。俺は待てても客が待てない。うちのチームは短気が多いんだ」


 カルロスはこの状況を打開するために、今必死に考えているのだろう。だがカスケードの言う通り我がチームは退屈を嫌う。特にスイッチの入ったフォイちゃんは間もなく天使を跡形も無くす。そうなれば次は……と思っていると、フォイちゃんはもう仕事が終わったようで、あの不気味な羽音を立てて飛んできて、カスケードの肩に止まった。それを見てチンパンも歩み寄り、俺もついでにカルロスの背中側に近づいた。


 囲まれたカルロスはさらに挙動がおかしくなり、息も荒くなる。


「カルロスとか言ったっけ。もう諦めろ。この勝負はお前がポーカーでイカサマをした時点で何でもありになってんだ。それでもきちんとカスケードがお前のイカサマ見破ってんだ。これ以上やるって言ってんなら、こっちは四対一でも平然とやるぜ」


 カスケードならこんなカルロスなら一瞬でやれた。だけどカスケードはそれをしなかった。何が目的なのかは知らないが、カスケードに何か考えがあるのなら、ここは場違いだと分かっていても、俺が出張った。


「わ、分かった! 私の負けだ! だから殺さないでくれ! わ、私は本当にこういう事が苦手なんだ!」


 まぁ言わなくても態度を見ていれば分かる。俺の言葉に怯えるカルロスはやっぱり駄目なようで、必死に命声をする。だけどやっぱりプロから見てもそれは駄目なようで、カスケードはさらに威圧感を上げる。


「だったら何をすれば良いのか分かるはずだ。お前が今まで人形にして来た奴らはどうしていた」


 本当にカスケードは凄い。ここに来てさらに放つ殺気はワクワクしてしまうほどで、楽しくなってきた。

 だが今のカルロスには死ぬよりも恐ろしかったようで、遂に体から聖刻が抜け出し、カスケードへと渡った。


 その瞬間は、カルロスが完全にカスケードに服従した瞬間でもあった。


「こ、これで許してくれ! もう私には何も出来ることは無い!」


 聖刻を渡したカルロスは、土下座するように蹲る。その姿は情けなさ過ぎて、こんな状況になっても一切テーブルを離れなかったディーラーの方がよほど逞しかった。

 まぁでも、これでやっと決着。カルロスが負けを認めるとカスケードは銃をしまい、殺気を消した。


 カルロスの全ての聖刻がカスケードに渡ると、あまりにも情けない終焉に誰も口を開かず、しばらくの沈黙が訪れた。

 俯くカルロス、それを見つめる俺たち。なんでカルロスのような男が聖刻を授かれたのかが不思議なくらい哀れな時間は、聖刻者の末路としては最低だった。


 そんな沈黙を、最初に破ったのはまさかのカルロスだった。


「……ハッハッハッ」


 余程見っとも無い姿を晒したことが苦痛だったのか、耐えかねたカルロスは気でも狂ったのか笑い始めた。

 それはギャンブルで破産してしまった哀れな人間のようで、あまりの悲痛さに誰も止めない。


「ハッハッハッ!」


 徐々に声が大きくなるカルロスは遂には壊れてしまったようで、立ち上がると天を仰ぐように笑いテーブルへと向かう。その体には声に比べ力が無く、やつれたというよりも精神的に参ってしまったという感じだった。

 そして椅子に腰を下ろすとディーラーに静かに語り始めた。


「随分と苦労を掛けたようだレオネ。すまなかった……」


 ディーラーに語り掛けるカルロスの背中は小さく、とても先ほどまで命がけでギャンブルをしていた男には見えなかった。そんな惨めさが誰も寄せ付けない負のオーラを放っており、勝手な行動を取っていてもカスケードでさえ黙って見守っていた。


「いえ。その姿もまた、俺には学びとなりました。ご苦労様です」

「そうか……」


 どうやらカルロスとディーラーは、俺が思うよりもずっと深い関係だったようで、言葉が重かった。


「これからは彼がお前たちを引っ張る。なぁに私よりもずっと良い男だ、誰も苦労することは無い。後はお前が支えてやれ」

「分かりました。貴方から学んだことは忘れません。ありがとうございました」

「フッ……」


 会話から、二人はおそらく師弟関係だったのだろう。意気消沈するカルロスに対してしっかりと返事を返すディーラーを見ていると、カルロスよりもよっぽど聖刻者に相応しい弟子だった。


 そんな弟子は師匠を労うようにそれ以上は何も言わず、静かに一つの箱をカルロスに差し出した。

 箱を差し出されたカルロスは静かに見つめ、少し沈黙すると箱を開けた。すると箱の中にはリボルバー拳銃が入っており、カルロスは拳銃を手に取ると弾を込め始めた。


 こいつは超びっくりだった。恐らく弟子は、聖刻を奪われたことでカルロスはカスケードの従者となりお供するから武器として銃を渡したのだろう。そしてカルロスもそれが分かっているから弟子に別れの挨拶をしたのだろう。だけどこちらからすればそれは完全に情けない師匠の押し付けであり、正直いらねぇ~と思ってしまうほどだった。


 だけどそれはカスケードが決める事。あんな男でも僅かに聖刻を残しており、今現在クレアよりは役に立つ。俺としてはあんなのを連れて歩くのは正直御免被りたいが、ここは主従関係にあるカスケードの判断に委ねるしかなかった。


 拳銃に弾を込め終えると、カルロスはいよいよこちらに体の正面を向けた。


「随分と情けない姿を見せてしまった。どうやら私は聖刻を手に入れた事によって、勝負師ではなくなってしまったようだ。君の言う通り、つまらない遊びに付き合わせてしまいすまなかった」


 なんかカルロスは、さっきの情けない姿は聖刻を授かったことで本来のギャンブラーとしてのプライドを忘れていた。実は自分は本当に何度も命がけの戦いをして、何度も命を落としかけた。だが自分は、本来なら命など惜しくは無い男で、本当はもっとカッコいい男なんだと言いたげで、喋れば喋る程情けなさが増していた。


「これからは君がここのボスだ。この店も金も、メンバーも全て君の物だ。分からないことがあれば後はレオネに聞いてくれ」


 命声はしたが根はやはりギャンブラーだったようで、カルロスはこの店の全てをカスケードに譲り渡すと言う。

 これはカスケードにとってはとてもありがたい話。だけどまだまだ旅をしなければいけない俺からしたら、カルロスが付いて来ないが一番ありがたい話だった。


「なぁに店の事はレオネが全て仕切ってくれる。それにこの店はカポンファミリーと良い関係にもある。何か助けが必要な時は必ず君の力にもなる。君は私に勝った男だ、君にこそ相応しい」


 なんか、負けて情けない姿を晒したことでもう嫌になっちゃったのか、カルロスは上げるとは言うけどほとんど丸投げで面倒な事をカスケードに押し付けようとしている。おまけにマフィアまで付いているほどで、いらない物がてんこ盛りだった。


「フッ。俺は聖刻だけで十分だ。そいつは全部そこのレオネとかいう男にでも渡すといい」


 やはりカスケードにとってもいらない物だらけだったようで、何気にカルロスも要らないと言う感じには、やはり俺たちは似た者同士だったのだと安堵した。


 そんでもここまで来たら引き下がれないのか、カルロスは残された気力を振り絞り頑張る。


「そういうわけにはいかないさ。この店が無くなればまた争いが起こってしまう。この店は聖刻を持つ者が率いらなければならないのさ」

「クスリか」

「それももちろんある。だが、この辺りは色々と争いが絶えない地域でね。この店があることによって今は平和なんだ。子供が殺される世界なんて、聖刻者が望む世界じゃないだろう?」


 カルロスは本当に余計な奴だ。俺たちはただ聖刻のレベルアップのためだけにこの店に立ち寄ったのに、何か知らんがジョジョ五部みたいな世界に引き込もうとしている。このままでは麻薬だの抗争だの違うストーリーに巻き込まれそうで、早急にカルロスを抹殺しなければならなかった。


「そんなものは知ったこっちゃない。世界なんて俺一人が頑張った所で何も変わりはしない」

「そうか……それは残念な話だ……」

「まぁそう気を落とすな。変える事は出来なくても、変えられることはある。もうすぐ世界は変わる。その時に全て変えられるさ」


 カスケードなりの気遣いなのだろう。結局何が変わるのか変えられるのかさっぱりだが、言葉は優しかった。


 その優しさがカルロスを救ったのか、カスケードの言葉に少し寂しそうに笑うとカルロスの表情が明るくなった。


「長々とすまなかった。君に出会えたことに心から感謝するカスケード。さぁ行こう」


 カルロスが『さぁ行こう』と言った瞬間はいよいよかと思ったが、どうやらそういう意味では無かったらしく、カルロスは言い終わると突然銃口を自分のこめかみに向けた。


「おい何やって……」

「フッ」


“バンッ!”


 俺が止めるよりも早くカルロスは引き金を引いた。それは完全な自殺であり、何故カルロスがそんなことしたのか理解できなかった。


「おいどうゆう事だよカスケード⁉ なんでカルロスが自殺したんだよ⁉」


 さっきまであんなに殺さないでくれと騒いでいたのに自ら命を絶つのは、全く理解できなかった。それも即死したため即座に魂が抜け出てしまい、もうどれがカルロスの魂か分からない状況では蘇生も不可能だった。


「言っていた通りさ大将。アイツは聖刻を手に入れてしまったせいで力に自惚れてしまった」

「自惚れるってなんだよ⁉」

「おかしくなってしまったと言った方が伝わるか。カルロスはあんな命声をする情けない男じゃなかったって事さ」

「どういう事……」


 もう本当に手遅れのようで、カルロスに残っていた最後の聖刻までカスケードに流れ始めた。

 それを受けてカスケードは煙草に火を点けた。


「男のプライドというやつさ大将。聖刻の呪縛から解き放たれたことでカルロスは本来のプライドを取り戻した」

「呪縛?」

「俺たちも気を付けろという事さ大将。聖刻は宝くじのような物。巨大な力を突然手に入れてしまえば我も忘れる。俺たちはそうじゃないだろう? これからもよろしく頼むよ大将」


 そう言い、カスケードは俺の胸を軽く叩いた。


 その行為は今までのカスケードではあり得ない行動だったのだが、沢山のメッセージが込められており、なんとなく意味が分かった。


 おそらくカルロスは聖刻の影に吞まれた。その結果自身のプライドまで失った。それは初めからというわけではなく、徐々に力を付ける段階で蝕まれて行ったのだろう。

 これは俺たちにも言えた事で、この先レベルアップしていけば誰の身に起きてもおかしくは無い。カスケードはそれを伝えたかったのだろう。

 そして、そうならないために皆がいるし、俺もいる。


 こんなダメーズみたいなクソチームだが、カスケードのその想いになんだか、悪い気はしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ