早業
ウリエル様の聖刻を賭けたポーカー勝負は、いよいよ佳境を迎えていた。ファウナを追い込んだカルロスは、全掛けでファウナを倒すことを宣言し、それにカスケードが応えるように対戦を望んだ。
これを受けてファウナは、残りのチップを全てカスケードに預けた。
これにより、次ゲーム、互いが全てのチップを賭けての一騎打ち勝負が始まった。
最後の勝負に選ばれたのは、世界でここだけにしかないというオリジナルの金のトランプ。それは高級な装飾品のように金の光沢があり、ダイヤが散りばめられたかのような煌びやかな輝きを放つ。
そのトランプを、ディーラーは箱から出すと綺麗な扇状にテーブルに広げ、タネも仕掛けも無い新品だと確認させる。
そしてカスケードが問題ないと合図すると、ディーラーは華麗な手さばきでトランプをシャッフルする。
その動きは正にプロそのもので、ここで仮にディーラーが何か仕込みを入れていても、俺には一切分からないレベルだった。だが、その対策としてカスケードは一度自らカットするという方法で仕込みを潰す。
シャッフルが終わったディーラーは、これまた華麗に、世界一のバーテンダーのようにトランプをカスケードの前に差し出す。するとカスケードは、意外と緊張しているようで、今までの一連の動きではなく、呼吸を整えるように煙草に火を点けた。そしてひと吸いすると灰を落とし、また一呼吸おいてから静かにカットを始めた。
カスケードは今まで、全て見に徹していた。その間カスケードには特に緊張感があったわけでもなく、自然体だった。しかし今の動きには、間違いなく緊張感があった。
それは勝負に対して真剣になっているのか、もしくはガチで緊張しているだけなのかは分からない。だけどこの局面でそんな動きを見せるカスケードには、期待感は無かった。
このままでは普通にやられる! 呑気にタバコなんて吸ってんじゃないよ! 本当に大丈夫なの⁉ カットするほんの数秒だが、心底そう思った。
そう思った矢先。カスケードがトランプの上半分を下ろし、その上に残りの半分を乗せた瞬間、聖刻の力を感じた。
それはマジで稲光が光ったか? くらいのほんの一瞬の出来事で、それが誰の聖刻なのかも分からないくらいの速さだった。だから気のせいかと思うほどだった。
これにはあの気持ち悪い天使も含め、全員が気付いたはず。だけどカスケードは気付かなかったようで、カットが終わるとゲーム代のチップを放り投げ、また普通にタバコを吸い、ディーラーも普通にトランプを手に取り配り始めた事で、確信が無いのか誰も指摘することは無かった。
それくらい速い不思議な感覚に何だったのかを探っていると、直ぐにカードが配り終わり、ゲームが始まる。
「では約束通り、オールインだ。もちろん応えてくれるだろう?」
カルロスは集中しているのか、先ほどの聖刻の感覚など無かったかのように宣言通り全てのチップを賭ける。まだ配られたカードの確認も、カード交換もしていないのに全て賭ける様子は、ギャンブルが好きなのではなく、ただ銅像を作るための生贄が欲しいだけのサイコパスが滲み出ていた。
それに対してカスケードも、宣言通りファウナの分も含めたチップを全て賭ける。
「さっさと終わらせよう」
煙草を咥え、チップを前へ押し出すカスケードは、この時に限ってはギャンブラーの風格だった。
そしていよいよカード交換に入る。だがここでやっぱりカルロスは仕掛けてくる。
「では、私はこのまま勝負だ」
ここ一番での交換無しは、間違いなくイカサマが終了している合図だった。恐らくカルロスは何らかの方法で最強の手役を既に揃えている。でなければこの局面でノールック、ノーチェンジはあり得ない。
こいつはいよいよ物理的な戦闘でカスケードを助けなければいけないようだった。
そう思っていたのに、余程カスケードは強者なのか阿保なのかは知らないが、まさかの発言をする。
「そうか。なら俺もこのまま勝負だ」
カスケードは、まだ配られたカードの確認もしていない。それなのにノーチェンジ発言は、もう諦めているのか、ただカッコいいから言いたいだけなのか分からない状態だった。
そんでも言っちゃったもんだからカルロスも真に受けてしまい、俺たちが止めるよりも早くまさかの緊急事態に発展した。
「ではショーダウンだ」
もう手遅れだった。カルロスはそう言うとカードをひっくり返し、手札を公開してしまった。
「私は、ロイヤルフラッシュだ」
カルロスの手役は、最強のロイヤルストレートフラッシュ。ジョーカーの入っていないこのルールでは最強の手役! のはず!
もうこうなってしまえば、ハートとかスペードとかで強さがあるのか知らんが、カスケードも同じロイヤルストレートフラッシュでなければ勝てないはず。
「どうやら最後は私に運が味方したようだ」
おそらくカルロスはディーラーの力も借りてあの手を作ったはずだから、ファウナの抜けた今、一人であの手に対抗する手を作る手段はカスケードには無い。こいつはもう力技でカルロスをぶっ倒すしかなかった。
しかしどうやらまだ勝負は着いていなかったようで、カスケードは『フッ』と笑うと、ニヒルに放つ。
「運? そいつは何の運だ? この“遊び”に最初から運など必要無い」
そう言い、カスケードは勢いよくカードをめくった。それを見て全員が驚く。
「なっ⁉ なんだそれはっ⁉」
めくられたカスケードの手役は、真っ白だった。それは文字通り真っ白で、数字も絵柄も全て消えた、何も描かれていないトランプだった。
「カットする時、トランプの表を全て白に変えた。この勝負、最初からポーカーなんていうゲームはしていないのさ」
あの一瞬感じた聖刻の力。あれはカスケードがトランプの図柄を全て白に変化させるために使用した物。だけど俺でも気のせいかと思うほどの速さには、耳を疑った。
「ま、まさかっ⁉」
やはりあの速さの聖刻は、カルロスにも正確な感知が不可能だったらしい。直ぐに残ったトランプの束を取ると表を広げ、真偽を確かめ始めた。
するとどうやら本当だったようで、カルロスの手が止まる。
そこへカスケードの止めの一発。
「一体どうすれば何も描かれていないトランプでロイヤルフラッシュが出来るんだ?」
カルロスがどうやってロイヤルストレートフラッシュを作ったのかは分からない。だけど真っ白なトランプからは絶対に揃えられない。
完全にイカサマではカスケードの勝ちだった。だけど……聖刻使うのは反則じゃね? そもそも最初から駄目だったから。
カスケードの早業でのイカサマ破りは、確かに見事だった。だが、聖刻はそれとこれとは別次元での話で、使えば本来人間では不可能な事も可能になってしまうため、俺としてもやっぱり駄目なような気もした。
当然カルロスもそれは指摘するようで、外聞もへったくれも無く吠える。
「貴様! 聖刻を使うとは! それ……」
カルロスがそこまで言った時だった。カスケードはやっぱり最高の男のようで、ここで俺が思わずゾッとして目を丸くするほどの物凄い殺気を放った。そしてそれと同時に懐から拳銃を抜き、迷うことなく気持ち悪い天使に向けて発砲した。
それが切っ掛けとなり、一気に場が動く。
カスケードは天使に発砲すると一瞬チンパンに目配りをした。それを受けてチンパンは直ぐに意図を察して、一撃で仕留められずカスケードを襲おうとする天使をバリアで拘束した。
その連携の速さは見事で、流石だと思ったのだが、やはりうちのチームはそんなレベルじゃなかった。
チンパンが天使を拘束するとほぼ同時、いや、下手をすればそれよりも早くフォイちゃんが動き出しており、ラファエル様の聖刻を纏ったフォイちゃんは弾丸と化し天使に突っ込む。
そしてチンパンのバリアなんてお構いなしに突破して、天使を打ち抜く。それだけならまだしも、超飛行能力を持つフォイちゃんは、高速で折り返してきて何度も何度も天使を打ち抜き。文字通りハチの巣にする。
その瞬間は、ナショナルジオグラフィックの昆虫の恐ろしい生態を見ているようだった。
そんな事を思っていると、こちらもやっぱりグルだったようで、騒ぎを聞きつけた客に扮したカルロスの手下たちが銃を片手に集まって来た。
ここは俺の出番だった。
折角盛り上がって来た舞台を台無しにされては困るため、店全体を聖刻で包んだ。そして手下たちの体に干渉して、一気に魂を縛り上げた。
所詮人間であるカルロスの手下程度では、いくら集まっても今の俺でも拘束するくらいなら簡単だった。
これでやっと舞台は整い、最後は主役のカスケードとカルロスの演目を残すのみとなった。
カスケードは、聖刻のレベルが低い事をずっと悩んでいました。それはチームのためであり、自分の必要性です。だからカスケードは強さではなく、技術をずっと磨いて来ました。器用さや変化速度など弱くても出来る事を探し、鍛錬を怠りませんでした。その結果、簡単な変化速度と何度も繰り返した変換に関しては、現聖刻者の中ではトップスリーに入る程です。




