世界に唯一
「私は、フルハウスです」
「……フッ。なかなかお強いですね」
「ありがとうございます。貴方のようなプロに褒められるとは光栄です」
カルロス、カスケード、ファウナの三人で始まった、ウリエル様の聖刻を賭けたポーカー勝負。
カルロスのイカサマにより苦戦を強いられると思われた戦いは、意外にも意外、ファウナの善戦により互角以上の勝負を繰り広げていた。
「そろそろ参加してはどうかな? 何を“数えている”のかは知らないが、彼女に任せてばかりでは男が廃るのではないかな?」
カルロスとファウナは、マジで良い勝負をしていた。それに比べ、カスケードはカードが配られると確認はするが全て降りており、ただただゲーム代を失い続けるという謎行動をしていた。
それは何かしらの戦略なのかもしれないが、チップを一枚投げてトランプをカットするだけというウンコ製造機と変わらない戦術には、さすがにカルロスも業を煮やしたようだった。
「まだまだチップはたくさんある。それに、俺が参加せずとも二人は十分楽しい勝負をしているじゃないか」
「この勝負には、ウリエル様の聖刻も賭かっているんだ。誰と誰が勝負しなければいけないのかは分かっているのだろう? いい加減下らないカウンティングなどやめて、実力で勝負しようじゃないか?」
「カウンティング? チップなど数えても何の役にも立たないだろ?」
「フンッ。君とは面白い勝負が出来ると思っていたのだがね。あまり幻滅させないでくれよ」
「安心しろ。まだまだ勝負は始まったばかりだ」
やはりカスケードは何かをしていたようだった。だが、どうやらそれは糞みたいな技だったらしく、何かカッコつけて煙草を吹かしているが、駄目そうだった。
現在勝負は、ファウナが若干カルロスよりも多くチップを所有している。二人とも大きくチップを賭けるような事はしないが、互いが何かしているようで、必ず二人ともツーペア以上の手役を作り、勝ったり負けたりの熱い戦いを繰り広げている。
そんな中でカスケードだけが未だに見を続けており、彼だけが何の役にも立っていなかった。
「まぁいいだろう。では君がもう少しやる気が出るように、こちらも一肌脱ごうじゃないか。アレを出してくれ」
カルロスのターゲットはやはりカスケード。いつまで経っても全くやる気を見せないカスケードに対して何かを仕掛けるようで、カルロスはディーラーに何かを指示した。
指示を受けたディーラーは一度テーブルを離れ、高級そうなアタッシュケースを持って戻って来た。
「私はトランプも好きでね。この店のためにオリジナルのデックを作らせたんだ。安心してくれ、マークドデックなんてオチはないし、きちんとしたメーカーに頼んだ物だ。世界にここだけの正真正銘のトランプだ」
ディーラーがアタッシュケースを開けると、そこには全て色が違う、十種類のトランプが入っていた。
「金と銀色は特に拘ってね、この二つは一箱三千ドルはする。本来ならこれはコレクションとして使用するつもりは無かったのだが、君の本気を見たくてね。特別サービスだ」
カルロスは余程カスケードと戦いたいようで、取って置きだと言う。まぁ確かに、トランプは一回ごとに新品を使うから特別と言えば特別だが、ギャンブラー伝説哲也をよく読んでいた俺からすれば、それはあくまで建前なのだとすぐに分かった。
おそらくカルロスの目的は、ファウナのイカサマ封じ。残念ながらこの俺では二人がどんなイカサマしているのかなんてさっぱりだが、毎回手役を作るファウナを見ていると、隠し持っているトランプと手札をすり替えている可能性を感じていた。
実際、一度だけだが、ファウナが勝ったとき、カルロスとディーラーがほんの一瞬驚いたような挙動を見せた時があった。それはほんの一瞬と言うにはあまりにも短い時間だったが、魂の揺れのようなものは確かに感じた。
その瞬間は、ファウナが手札を見せた時でもあった。そのことから、おそらくあの時二人は、ファウナが持っているはずの無いカードを見て驚いた。
ファウナがどうやってトランプを入手したのかは分からない。しかし俺の推測が正しければ、世界にここだけしかないトランプを使用されれば、ファウナは間違いなくすり替えは出来なくなる。
すり替えだけがイカサマではないが、かなりのイカサマだけに封じられればファウナには大きなダメージにはなる。
ここから一気に勝負は決する! っと、そう思いたかった。
っというのも、長くはなるが、なんか時折ほんの一瞬だがアテナ神様の強い聖刻の力を感じるような時があった。本当はこんな事言ってはいけないのかもしれないが、ルール上聖刻は使っちゃ駄目なのに、もしかしたらファウナは聖刻を使っているような気もしないでもない。
多分これは誰も気づいていない所を見ると勘違いなのかもしれないが、技術としてのイカサマ勝負なのに、まさかそんな、そこまでのズルをしているとはそんな腐れ外道のような……いや、おそらくここからは間違いなくカルロスの猛攻が始まる!
「さぁ好きな色を選んでくれ」
「俺はトランプには興味は無い。何でも良いさ」
「そうか。ならここはレィディーに選んでもらおう。君にとって幸運の女神となるかもしれないだろう?」
「それで構わない」
これを聞いて、ファウナは喜ぶように「まぁ!」と笑みを見せる。
「ではレィディー。お好きな華をお選びください」
「お華とは、とても上品ですね。こんなにも美しいお言葉を語る殿方とゲームをできるなんて、久しぶりです」
このカルロスの仕掛けが俺の考える攻撃なのか、はたまた本当にトランプが好きで自慢したいだけなのかは分からないが、ファウナにはかなり効果的だったようで、増々上機嫌になる。
そんな感じで簡単にカルロスの罠に引っ掛かるものだから、ここからファウナは一気にチップを減らし始めた。
「――私はフラッシュです」
「あらあら、本当にお強いですね。あれだけあったチップが、もう数枚になってしまいました」
「どうやら貴女の選ぶデックは、彼ではなく私に味方したようです。もしかすると、貴女は私の幸運の女神なのかもしれませんね」
「まぁ! 女神なんて! いくつになってもそう呼ばれると、ときめいてしまいます」
「貴女とは縁があるようですね?」
「そうかもしれませんね」
あれから何連敗したのかはもう覚えていないが、ファウナは余裕たっぷり。
多分ファウナにとっては、いつでもカルロスを殺せるから、本当にゲーム感覚なのだろう。もしくは、カルロスに恋をしたか。
とにかくカスケードにとっては良い流れではなかった。
おそらくファウナは、本当に数枚のカードを隠し持っていて、それと手札をすり替えていた。だからトランプが変わったせいでそれが出来なくなった。
ファウナ程の技術があれば他のイカサマも出来そうな気もするが、手札入れ替えという強力なイカサマを封じられれば、カルロスには太刀打ちできないのだろう。
このままでは、ファウナはやられ、次はカスケードだ。そうなってしまえば……いや、上手くいけばファウナだけやられてカスケードだけが勝てば……結局カスケードが勝てばカルロスは従者となり、ファウナは戻って来る。
もういい加減ポーカーも飽きてきたし、結局そうなるならもう直接攻撃の力技でさっさと終わらせて欲しかった。
それはカルロスも同じようで、一気に仕掛ける。
「さて、そろそろ準備は良いだろう? このままでは先にレィディーの方が御退場になってしまう。次のゲーム、私はオールインしようと思う。君はどうするのかね?」
オールインとは、多分全額掛けの事。ポーカーは手役が決まってから勝負を考えるゲームだし、ファウナはもう数枚しかチップが無いのにその必要は無い。これはカルロスからの、次でファウナを殺す宣言だった。
カスケードはここまで、最初と同じ、ゲーム代を払い、トランプをカットして、最初に配られたカードの端を折って確認して、降りるしかしていない。それと煙草を吸うくらい。
何を待っているのかは知らないが、ここが限界だった。
カルロスの挑発を受けたカスケードは、少し間を置くと煙草に火を点け、静かに言う。
「いいだろう。次は俺もオールインだ。いい加減このつまらないゲームにも飽きてきたところだ」
ここが機だと思ったのか、カスケードは歴戦のギャンブラーのような言葉を放つ。しかし『いい加減このつまらないゲーム』発言には、こいつはただつまらなくて何もしていなかったのかと驚き、格好良さなんてものは微塵も感じさせなかった。
それに続き、今度はファウナが動く。
「では、私はこの辺で席を外しましょう。私の残りのチップは全て彼に預けます。問題ありませんね?」
二人はどうやら本当に何かを仕込んでいたようだった。
これを受けてカルロスも準備万端のようで、あっさりと受け入れる。
「構いませんよ。テーブルから花が無くなるのは残念ですが」
「安心してください。華ならあるではないですか?」
「ふっ。そうでした。では、最後は貴女が取って置いてくれた、この金のデックで勝負しましょう」
カルロスが最後の勝負に選んだのは金色のトランプ。それはダイヤでも装飾されているんじゃないかというほどキラキラ輝き、とても高級感があった。
「さぁ、ここからがメインイベントだ。最高のショーにしよう!」
カルロスは本当にギャンブルが好きなようで、やっと巡って来たカスケードとの一騎打ちに目を輝かせた。
それに対しカスケードは、『フッ』と鼻で笑い、煙草の灰を落とそうとして煙草を灰皿に落とし険しい表情を見せるだけで、多分駄目そうだった。
カルロスが言うカウンティングとは、出目を数えカードの出現率を計算するカードカウントの事です。ただ、この勝負はイカサマだらけで意味がなく、実はカスケードもそんなことはしていません。さらに、ファウナは手札のすり替えをしておらず、聖刻の力で時間を限りなく停止させ、カルロスの手札を見て、普通にデッキの中から勝てる手役にすり替えているという、ルール無用の残虐ファイトをしています。
ファウナの聖刻にリーパーだけが気付いたのは、同じ神の聖刻を持つためです。ただし、まだリーパーはレベルが低いため、気のせいくらいにしか気づいていません。




