ニュース2
「モルドルの聖刻は、パオラが受け継いでいます」
前英雄モルドルの死。それは魔王復活を企む皇太子の仕業だった。
「どういう事だよファウナ⁉ モルドル様は皇太子たちにやられたんじゃないの⁉」
皇太子がモルドル様を狙った目的は、その強大な聖刻。そして実際モルドル様は皇太子たちに殺されている。なのに何故かその聖刻をパオラが受け継いでいるという言葉には、矛盾を感じた。
「聖刻とはただの力ではありません。魂と結び付く、聖なる刻印です。相手を殺す事だけがその入手方法ではありません」
ファウナの言う通り、聖刻はその肉体に宿る物ではなく、魂に宿る物。だから俺は、肉体は滅んでも、自身のたった一つの魂さえ無事ならアズ様の力で肉体を再生できる。
「魂とは受け継がれるものです。それは心であったり、生き様であったり、時には想いであったりします。死を迎えてしまった魂が近くの聖刻を拠り所としてしまうわけではありません。リーパーは今まで二度勝ち取っていますが、その全てに何かしらのメッセージを感じているはずです」
今まで俺は、ブロリーとエモという強者から聖刻を受け取っている。一方は死に、一方は生存したまま。
聖刻がただ殺して奪う物ではない事は、十分承知していた。そして何かははっきりとは分からないが、そこには確かに想いというメッセージは込められていて、ファウナに言われなくとも既に自分では理解していたのだと認識した。
「その様子だと、これ以上の説明は必要無いようですね?」
「あぁ」
モルドル様の聖刻がパオラに受け継がれたのは、モルドル様がそれほどパオラを愛していたから。
最後の最後までパオラを想い続けた。だからアドラたちでさえ死んでしまう戦いの中でもパオラだけは生き残り、この短期間で異常な聖刻の強さを手に入れた。
化身とさえ恐れられたモルドル様が、愛娘のパオラを死んでも尚愛しているのだと思うと、親の愛の深さに強い力を感じた。
「でも一つだけ分からないことがある」
「何ですか?」
「いくらモルドル様が全盛期ほどの力が無くなったとはいえ、それでも現状でモルドル様を倒せるほどの聖刻者がいるとは思えない。今のファウナと同じくらい強かったんだろ?」
聖刻の差がある以上、正確には同じとは言えない。だがそれでもあのラクリマ以上の力は持っていたはず。
今目の前にいる化け物と伝説を築いたモルドル様が、弱いはずが無かった。
「モルドルは、戦いにおいては神の領域に達していました。その一振りは天を切り裂き、山をも貫きました。彼の力は容易に地形を変え、幾度も世界地図が書き換えられたほどです」
正に闘神。一振りで地形を変えてしまうほどの力を持つというのなら、パオラが言っていた『一発でいっぱい死んだ』は、強ち誇張ではないようだった。
「なら、皇太子たちはどうやってモルドル様を倒したんだ? いくらチームだって言っても、アドラたちだっていたんだろ?」
「彼らは七つの聖刻者のチームと、謎の紋章と呼んでいた黒い刻印を持つメンバー、さらに自らが組織した私兵に加え民間軍事会社を雇い、八百人を超える人数で挑んでいます」
それはもう戦争。七つの聖刻者チームだけでも恐ろしい話なのに、そこにさらに現代軍隊と謎の紋章チームまで加わった組織は、超大国の軍事力を遥かに凌駕していた。
だが、それほどまでの武力を用意しなければならない相手。現代の聖刻者がどれほど対抗できたのかは謎だった。
「それで、相手の被害の方は?」
「軍隊、刻印を持つメンバーはほぼ全滅。聖刻者は、七チーム中、四チームが壊滅しています」
「四チーム⁉ 人数は⁉」
「二十八名中、十七名の死亡が確認されています」
「十七人⁉」
モルドル様、アドラ、パオラ、フィオラさんのルキフェル様の聖刻者四名に対し、アテナ神様、フィーリア神様の聖刻者を除く各聖刻者二十八名で挑み、十七名の死亡。
そのほとんどがモルドル様の手による物だと知ると、前英雄の強さは計り知れなかった。
「ですが、勘違いしないで下さい。この戦いがモルドル一人なら、間違いなく敗北はあり得ません」
「はぁ⁉ それはいくら何でも言い過ぎだろファウナ⁉ 結構聖刻レベル高い奴だっているぞ⁉ 現に俺はもうそのくらい強い奴に会ってる!」
「いえ、間違いありません。いくら強いと言ってもまだまだ聖刻の濃度が足りません。実際モルドルの一振りで、十七名の内のほとんどが死んだようです」
「本当に⁉」
「はい。いくら数が多く総合的には勝っていても、百の力に対して十がいくら連なっても太刀打ちできません」
総合的にはレベルが二百あっても、所詮は十の集まり。モルドル様の百の攻撃に対して十がいくら壁になっても簡単に破壊されてしまう。次元が全く違った。
「じゃ、じゃあどうやって皇太子たちは勝ったの⁉」
「彼らはアドラとパオラを狙いました。多くの犠牲を払いながらも的確に二人を負傷させることで、モルドルに防衛戦を強いり、戦力を削ぎました」
「たったそれだけで⁉」
確かに防衛戦は難しいとは聞く。だが一撃でほとんどを片付けられる戦力を有しているのに、たったそれだけの理由で敗北するとは到底思えなかった。
「たったそれだけの事ではありませんよ、リーパー。親にとって子というのは大きな宝です。今の私が常にクレアと共に行動する事を、リーパーは不思議に思う事はありますか?」
「……いや」
親になった事など無いからそれがどれほどのものなのかは全く分からない。だけど、モルドル様がパオラを守って死んだ事も、ファウナが迷惑レベルでクレアに干渉することも間違っているとは思わない。寧ろ俺の中では当然だろうと納得しているくらいで、命を賭してまで守ろうとする行為には、議論の余地すらなかった。
「それでもまだ分かんないな。仮にモルドル様がそうだったとしても、今のファウナを見てもそれでも負けるなんて思えない。恐らくモルドル様の一撃目でほとんど死んだんだと思うから。それなら数なんて意味ないだろ?」
確かに子が弱点というのは納得がいく。しかしモルドル様が今のファウナクラスの力を持っていたのなら、聖刻の使い方とか戦略とかそんな話じゃなく、俺が千人いても勝てる気がしない。それほど今のファウナからは次元の差を感じる。
「ただの人海戦術や戦略だったのなら、私もそう思います。アドラやパオラも聖刻者ですから。そんな相手ならわざわざ私たちがこの戦いに参加する意味はありません」
「…………」
これを聞いて、俺はてっきりじいちゃんたちがクラスメイトにまでなって参加したのは、結局孫たちが心配だったからというわけじゃない事を知った。それと同時に、前英雄たちまで参加しなければいけない状況だという事も知り、そういう超面倒な話には巻き込まれたくないと思った。
だからこれ以上は聞かないつもりでいようと思っていたのだが、この人はどうしても俺たちを巻き込みたいようで、余計な話を続ける。
「今回の件には、皇太子であるアレックスの他、貴方の父親であるルーカス・アルバインも関与しています」
「なるほどね」
じいちゃんが参加しようと思うほどの理由。それが自分の息子だと知ると、まぁ納得がいった。
「あら? 驚かないんですね?」
「別に俺は会ったことないから。それに、俺は関係ないから」
「そうですか……」
俺は別に父親に対して憎しみや恨みを抱いているわけじゃない。寧ろリリアたちと出会い、こんな大冒険までさせてもらえる人生を与えてくれた事に感謝しているほどだ。唯一恨みがあるとすれば、貧乏な事だけ。
まだこれがキアヌ・リーヴスとかジョニー・デップとかなら、テンション爆上がりだったくらいで、良く知らんおっさんの名を出されても、今と変わらず干渉しなければ良いだけの話だった。
そんな感じで、俺の食いつきが悪かったことがお気に召さなかったのか、ファウナはなんか取って置きみたいな感じの情報を出す。
「ただ、これだけではありません。キリアとエリックもこの戦いには参加しています」
「えっ⁉ どういう事⁉」
「どうやら二人は、アレックスの考えには賛成しているようで、彼らも魔王復活に協力しているようです」
「はぁ⁉」
これが本当なら、奴らは完全に裏切り者だ。エリックが逃げた際、リリアは裏切り者だと俺にメールを送っていた。それはあのクソ長い船旅に協力したのに逃げたからだと思っていた。しかしそういう理由だったのかと分かると、エリックは一発ぶん殴ってやる必要があった。プラモデルまで上げたのに。
「他にも……」
「他にも⁉」
「フィリアとジョニーの父親であるジョン、ツクモの兄である聖陽、そして三年一組の担任、アニー・ウォールもあちら側に付いています」
裏切り者勢ぞろい! っというか、今回の事件、ほぼ前英雄関係者ばかり。
「あ、それと」
「それと⁉」
「キャメロットにいたあの猫、ミニアもいます」
「ミィアね!」
余程驚かせたかったようだが、おまけはどうでも良かった。
それでもこれだけ知り合いが魔王復活に関与しているという事実には、マジでビビった。
「どうですかリーパー? 如何に今のリーパーたちにクレアが必要なのか分かりましたか?」
「え?」
「今の私たちに必要なのは、アレックスたちに対抗する力です。既に彼らは自身の組織の拡大だけでなく、政治に干渉して傘下に加えている国まであります。それだけではありません。反社会勢力と言われるマフィアや民間軍事組織、さらにそれを利用して超大国とも同盟を築いているとも言われています。これからの戦い、アテナ様、フィーリア神様の聖刻者の確保は絶対必要条件なのです」
アテナ神様、フィーリア神様の聖刻者は、その強大な力により圧倒的な支配力を持つ。この二柱の聖刻者は、ファウナの言う通り未来へのカギを握る存在。そのためにファウナはクレアを連れてきた。だが……
「いやファウナ。俺は騙されないから」
「何ですとっ⁉」
「何か上手く言ってクレアの必要性を説いているみたいだけど、もうここまで来たら魔王復活させて、それをぶっ叩いた方が早いから」
俺は知っている。大体こういう話は、頑張るけど結局最後は魔王復活して、結局最終決戦になる。大体超大国とも同盟組めるほどの組織を持つなら、進行速度は絶対あっちが早いし、分かっていながらさっさと動かなかったじいちゃんたちが悪い。そんでもって、それを理由にして何とかして俺とクレアを良い感じにさせたいファウナ。
もう最初から魔王復活は約束されたものだった。
残念ながら漫画主人公じゃなかった俺の現実主義の前では、あのファウナと言えど開いた口が塞がらなかった。
「し、しかし! 魔王が復活すれば多くの犠牲が生まれます! 本当にリーパーはそれで良いと考えているのですか⁉」
「俺、一応命を司るアズ様の聖刻者だけど?」
「そ、それはそうですが……」
ファウナのこの反応。流石元英雄だけあって、アズ様の聖刻者に命を説いても敵わない事は知っているようだった。
「ファウナだって知ってんだろ? 魔王復活は生命のバランスを取るための摂理だって?」
五百年に一度復活する魔王。しかしその全てで支配に失敗している。それは英雄たちが強すぎたというわけではなく、これが生命バランスを取るシステムの一つだから。
おそらく魔王は、アズ様と同じ生命を司る力を持つ。いや、もしかするとアズ様自体が魔王の可能性だってある。そうやってこの星はバランスを取って来た。
今回のイレギュラーだって、おそらくそういう理由。世界は既にバランスを失い始め、生態系だけでなく自然現象、人間にまで異常な事態を引き起こしている。皇太子たちがやらずとも、増えすぎた人間を減らすことを目的にいずれ魔王は復活する。
ここまでアズ様の聖刻と共に生きれば、今の俺でも何となく分かっていた。
それはやはりファウナも分かっている。
「……はい」
「なら、これだって摂理。今更焦っても仕方が無いよ。皇太子やキリアたちが何を考えているのかは分からない。下手をすればこれだって魔王の仕業かもしれない。なるようになる、そんなもんだろファウナ?」
俺の言葉に観念したのか、ここでファウナは小さなため息のような息を吐いた。
「エドワードの言う通り、貴方はアズ神様の加護を受けているようですね。それとも、エドワードの育て方が正しかったのでしょうか。この段階でそれに気付いているとは、貴方は本当に世界を正しい方向へと導く存在なのかもしれません」
「それは無いよ。俺が正しい方向へと導く存在なら、皆プラモデルが趣味の世界になるよ」
「フフフ。正しく生きるというのは難しいものです」
そういうファウナは、思う所があるようでクレアの顔を見た。
「これ以上難しい話は必要無いようですね。これからは全てを貴方に預けます。どうぞよろしくお願いいたします」
どうやら俺は、ファウナに認められたようだった。その理由が一体何だったのかは分からないが、ファウナが深く頭を下げた事で、信頼を越えた何かを示したことが分かった。
まぁただ、これが服従や主従関係というわけではなく、とにかく一回クレアをリリアたちの所へ戻そうとしても頑なに拒否する姿勢には、結局何も変わっていないという事だけは確かだった。
今回の事件については、ツクモの父親である刀剣が、息子の聖陽と兄であるジョンを倒すために追っています。他にもジョニーのチームもラファエル様の加護者を救うため、アレックスの支配下にあるマフィアと戦っています。マリアたちもフウラを勧誘しようとする手下とも戦っており、ウィラはガブリエル様の聖刻を授かり、美女三人をお供に旅をしています。リリアたちは後に出てきますが、アレックスたちの策略によりハムスターとインコに変えられています。
ちなみに、リリアたちのチームには、エヴァの他、聖刻をフィリアに譲った元英雄ジャックも同行しており、キリアの祖父であるロバートはアレックスたちを探るために単独行動をしています。
キリアは、エリックの他に、アズ様の聖刻者。以前キリアたちを襲い、謎の紋章を持ち、尚且つルキフェル様の聖刻を手に入れたヌル。そして聖陽と共に、組織の資金集めを行いつつ傘下組織を増やす行動をしています。
他にも他にも裏では色々と世界は動いていますが、多分ほとんどリーパーサイドのストーリーには出て来ないと思いますので、そこはご想像にお任せします。
最後に、アレックスの組織ですが、名前はありません。これは考えるのが面倒という事もありますが、敢えて名を持たぬことで、後にアレックスたちが世界を支配した時にその名を歴史に残さないためでもあります。
これはアレックスたちの組織は一切公にはされておらず、名が無い事で悪名を広がりにくくする事でもあり、最後には都市伝説として治まるようにという戦略でもあります。




