治療
傷ついたパオラの怪我を治すエジプトの旅は、地獄の使者牛タウロスに案内され遂にパオラの部屋に辿り着いた。しかし扉の前にはエスパーダが立ちはだかり、扉の奥からは崩玉融合した藍染様でもいるのか、異様な聖刻の気配が漂っていた。
そこは最早魔王城と変わらず、家庭環境の差で既に大きな傷を抱えていた俺は、妬みにも似た感情を糧とし、強い気持ちを持って進むだけだった。
そんな扉が、いよいよ開かれる。
「あっ! 師匠、元気!」
扉が開かれ先ず目にしたのは、放たれる異様な聖刻とは打って変わって、ピンクや白が多いお姫様のような部屋だった。匂いもちゃんと甘く、窓とかデカいし本棚もデカいし、お花なんかも高そうな花瓶にきちんと飾られている。
その景色に驚いていると、ふつ~うに『遊びに来たの?』くらいの感覚で、パオラの声が耳に飛び込んで来た。
「あ、パオラ……」
「来てくれたんだ! ありがとう!」
これまたデカいお姫様のようなベッドから元気に呼ぶパオラ。横にはファウナとクレアが家政婦のように座っており、ベッドの大きさがより際立つ。その姿は一瞬マジでお姫様に見えたが、顔半分、体中に包帯を巻き、左腕まで失っているのを目にすると、思わず言葉を濁してしまった。
「あのね師匠、私手とか無くなっちゃったんだ。師匠なら治せるんでしょう?」
「えっ……あ、あぁ! 大丈夫だ」
家族を失い、腕まで失っているが、パオラはいつもと変わらず元気だった。それは心に闇を抱えて病んでしまったという感じでもなく、仕方がないという感じだった。
その姿は、パオラは想像も出来ない過酷な人生を送って来たというのが滲み出ており、裕福な生活を与えられているように見えて、俺なんかよりもずっと英雄の悪影響を受け続けていた。
それがまたショックで、少し考える時間が欲しかった。
そんな俺の気持ちを払拭するように、牛タウロスが俺とパオラの間に割って入った。
牛タウロスはパオラに近づくと、いつ手に入れたのかは知らないが、小さな赤い花をパオラに差し出した。
「ありがとうアックン。そこに置いておいて」
AKUNNN⁉ こいつアックンって言うの⁉
アイアンゴーレムが子供村人にポピーを渡すかのような行動は、愛があった。
アックンはパオラがそこに置けと言うと、既にフォイちゃんとチンパンが戯れる花瓶に進み、そこに赤い花を添えた。その花瓶には様々な色の花が添えられており、その全てが手摘みによる物。
間違いなくアックンはパオラに恋をしていた。
パオラとアックンがどういう関係かは分からない。だけどパオラは愛されているのだと分かると、こんな状況でも少し気持ちが和らいだ。
そんなアックンの姿を見ていると、ファウナが声を掛けてきた。
「お久しぶりですリーパー。逞しくなりましたね」
「え? あ、あぁ……久しぶりだなファウナ」
「ええ」
傷ついたパオラ、恋するアックン、激動の心の動きで忘れており、声を掛けられた瞬間は突然ファウナとクレアが出現したと驚くほどだった。それでも決して『あっ! いたの⁉』とは口が裂けても言えず、事なきを得た。
「ファウナたちも元気そうだな?」
「はい。お陰様で」
「ん?」
ファウナはいつも通りだった。だが、何故かクレアは声を掛けると隠れるようにファウナの影に入った。それは照れているという感じではなく、怯えているという感じだった。
「どうしたんだクレア?」
「い……いや……な、何でもない……」
何でも無いというクレアだが、声はとても小さく、目は落ち着きがない。まるで怯える子猫のようで、精神的な病気を患っているとさえ感じてしまった。
「何があったんだよファウナ?」
尋ねるとファウナはクレアを見て逡巡した。そこに生まれた間は、問題を抱えている事を示唆しており、クレアの怯え方からパオラ以上の重症度を伺えた。
「話は後でします。先ずはパオラの怪我を診てあげて下さい」
「分かった」
余程込み入った話らしい。何があったのかは知らないが、一つずつ問題をクリアしていくしかないようだった。
その手始めとして、先ずはパオラの治療を開始しなければいけないのだが、その最初の一歩目がいきなりの困難だった。
っというのも、俺は今までフィリアやカスケード、カマボコくらいしか大きな怪我を治療したことが無かったからだ。その怪我も凍傷や骨折、打撲程度の治療で、腕の欠損というレベルの大怪我までなると自信が全くなかった。
それでもここまで来て『出来ません』とは言えず、先ずはパオラの手を取り触診から始めた。すると、予想外の秘密が判明する。
「え?」
「どうしたの師匠? 私、治らないの?」
「い、いや! え? いや、ちょちょちょっと待ってパオラ!」
「どうしたの師匠?」
パオラの体に魂を流し状態を調べると、何か知らんがパオラの体の中が大変な事になっていた。それは作りが違うとか聖刻がどうとかという話じゃなく、何か知らんがパオラの体は、通常の人間の数倍の数の魂で溢れかえっていた。
「ええっ⁉ えっ⁉ ええ⁉」
「もしかして、私……臭い?」
「いやいやいや! そうじゃないよパオラ! おお! 落ち着けアックン!」
パオラの魂の多さの驚き、パオラの臭い発言で生まれた誤解、パオラを侮辱されたと思ったアックンの臨戦態勢。分け分からんパオラのせいで、危うくバトルが始まりそうだった。
「ち、違うよパオラ! ただちょっとパ、パオラの体に驚いただけ! おお、落ち着けってアックン! そういう意味じゃないから!」
アックンはマジでパオラにぞっこんらしい。もう全部いやらしい事に聞こえるらしい。
「私の体? 何かあったの師匠? 私ちゃんとおっぱいあるよ?」
「おい! 余計な事言うなパオラ! だからちげぇってアックン! まだ触れただけだ! まだ中見てないから! いやだからそういう意味じゃねぇから!」
所詮アックンも男。助平以外の何物でもないようだった。
「とにかく一旦落ち着けパオラ」
「私は落ち着いてるよ師匠?」
「そうか。なら一つ質問させてくれ」
「何?」
「パオラって体重何キロあんだ?」
「え~、師匠エッチ」
「いやだからそういう意味じゃねぇんだって! だからアックンも落ち着け! これはパオラの体を治すための物なの! パオラ治らなくても良いの? 良いなら俺帰るよ?」
体重を聞いて何がエッチなのかは知らんが、やっぱりパオラに絡むと話が全く進まない。
「とにかく。パオラの体は普通の人とは違うんだよ。だから治すのに必要な事なの」
「そうなの?」
「そう。だから体重教えて?」
「え~」
一応パオラも女の子。なんか知らんがやっぱり体重は知られたくないらしい。それでもこの魂の量。少しでもこの異常な量の秘密を知らなければ下手に触れない。
「え~じゃなくって。これが体の特性なのか異常なのかを知りたいの」
「う~……ん。じゃあ秘密だよ?」
「もちろん」
別に相撲取りや競走馬じゃないんだから、体重を隠す必要も無い。大体大切なのは体型であって重さではない。フィリアに関しては寧ろ六十五キロは欲しいと言うほどで、重いか軽いかなんて意味を成していない。
女性のこういう所が良く分からなかった。
それでもやっぱりパオラは女の子。かなり恥ずかしいのか有る方の腕の指をモジモジさせて、渋る。
「三……」
「三?」
「三百キロは……無いよ……」
普段何食ってんだよ⁉ その体系で三百キロもあんの⁉
「二……二百……ううん。やっぱり三百キロは無いよ!」
何の宣言なのかは知らないが、どうやら本当らしい。恥ずかしがり方から間違いなさそうだった。
「アドラは何キロあった?」
「アドラはデブだから、五百キロくらいあったよ?」
それは絶対言い過ぎ。
「お父さんは?」
「う~ん……分かんない。だけどフィオラは私より重かったよ? 多分千キロくらいあったよ」
まさかの姉売り。
黄泉返りの異常なまでの身体能力と怪力。それに加え異形な物の多い性質。その秘密は、通常の人の何倍もの魂を宿すことにあるらしい。
魂は尋常じゃないエネルギーを宿す。それが多ければ多いほど沢山の恩恵を受けられる。怪我の治りや疲労の回復、貯蔵エネルギーに睡眠時間の短縮。肉体だってその数に合わせて強化され、進化だって早い。
おそらく維持のために摂取しなければならないエネルギー量はその分多くなるだろうが、メリットに比べれば有り余るほどだった。
「絶対秘密だよ師匠?」
「分かってるよパオラ」
もうファウナにもカスケードたちにも聞かれているが、それでも秘密だというパオラには、愛嬌があった。
「でもこれで何とかなるかもしれない。ちょっと時間かかるかもしれないけど、治すよ」
これだけ魂があれば、そう簡単には壊れない。かなり繊細な作業が必要だとハラハラしていたが、パオラの頑丈な体のお陰で希望が見えてきた。
「ほんと! ありがとう師匠! じゃあどうぞ」
そう言い、パオラは早く治せと目を閉じた。その横暴ぶりはパオラらしく、いつもと変わらない元気な姿に、何も心配しなくても大丈夫なほど強い心を持っているのだと思い知らされた。
こうしてパオラの治療が始まったのだが、やっぱり色々と説明が足りないのがパオラだったらしく、治療を開始してみるとまさかの両足まで失っており、ここから三日ほどアックンの監視の下、過酷な治療を余儀なくされた。
黄泉返りはその魂の多さにより、全個体の体重が非常に重いです。その分筋力も強く、頑丈です。また、体を構成する物質も多様な生物の魂を取り入れている事で十人十色で、見た目は人間でも遺伝的には全く違う造りをしている者もいます。パオラたちはニ十パーセントほどが人とは違う遺伝子をしています。
ちなみに、リーパーは食事量が違うと言っていましたが、パオラたちはそれほど変わらず、甲子園球児ほどの食事量です。




