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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
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争いの果て

 ラファエル様の祠で待つこと三日。星空が綺麗な夜にフォイちゃんは戻って来た。


「お帰り、フォイちゃん」


“隊長! ただいま!”


 戻って来たフォイちゃんは、普段と変わらず元気だった。だけど心は大きな成長を遂げているようで、落ち着きがあり、大袈裟に帰って来た喜びを表さなかった。

 それでも俺が差し出す指に真っ先に止まる姿はフォイちゃんそのもので、再び触れ合える小さな体には、本当にお帰りなさいという感じだった。


「へぇ~、大天使様はやっぱり凄いな。フォイちゃんのじゅ……フォイちゃんから凄いエネルギーを感じる」


“あてぃしも聖刻貰ったからね。これであてぃしも隊長やチンパンたちと同じだかんね”


「あぁ、そうだったね。これでフォイちゃんもチンパンたちに生意気言える」


“ハハハハハッ! そうだね!”


 フォイちゃん自身は気付いてはいないが、ラファエル様は聖刻を与えるときに、フォイちゃんに寿命も与えていた。

 これが聖刻の力なのか大天使様の力なのかは分からないが、蜂である以上寿命は仕方がなく、いざとなれば俺が強制的に寿命を延ばそうと考えていただけに、とてもありがたい祝福だった。


 ただこれがフォイちゃんにとって良い事なのかは分からない。おそらくこれは、より聖刻争いを激化させるための、ラファエル様の都合。

 これだけ取りに来るのが難しい聖刻だけに、出来るだけ聖刻争い以外で無駄に失わせない措置なのだろう。

 良く言えば、それだけチャンスが与えられた慈悲。悪く言えば、争いの中でしか死ねない呪縛。

 延命までさせて戦わせようとするラファエル様は、もしかすると最も恐ろしい存在なのかもしれなかった。


 だがこれをフォイちゃんに伝える理由も無い。これはラファエル様とその聖刻者の契約。この先魔王を倒すまで、もしくはそれ以上命を共にする仲間だったとしても、この領域での話は俺が踏み込んで良い物ではなかった。


「じゃあ船に戻ろう。カスケードたちも待ってる」


“うん!”


 アズ様の力を授かった俺だからこそ分かるフォイちゃんの寿命の延長。これはおそらくカスケードたちには分からないだろう。伝えたとしても何も変わらないだろう。そして延命してまで天寿を全うすることが正しいのかも俺は分からない。


 結局命を司ると言われるアズ様の力を得ても、命に関しては未だに何が正しいのかは分からない。それほどまでに複雑で緻密に創られた命に、改めて気付かされた。

 それはアズ様の聖刻者としてまた一つ成長する切っ掛けとはなったのだろうが、身近な者の犠牲の上に成り立っているのだと思うと、寂しい気持ちになった……


 小舟が迎えに来て船に戻ると、チンパンが出迎えてくれた。フォイちゃんは大喜びで聖刻を授かった事を報告し、カスケードの元へ向かった。そこでもフォイちゃんは楽しそうに聖刻を自慢し、カスケードたちも嬉しそうにしていた。

 三人はとても楽しそうに会話をし、隣にいるカマボコまで巻き込んで盛り上がっていた。

 俺もフォイちゃんが喜ぶ姿が嬉しくて、今日がこの旅の中で最高の日だと感じるほどだった。

 だが、その最中に伝えられた情報により、最高の日は突然最悪な日に変わった。


 五人での談笑中、バイオレットさんは『ご報告があります』と俺だけを部屋の外へ連れ出した。その様子はいつもとは違い、俺を“アルバイン様”と呼ぶほど神妙だった。


「え? ……」

「これは、残念ながら確かな情報です。遺体の確認も、回収も全てこちらで行っております」


 アドラが死んだ。


「葬儀の方もアルカナで行う予定です。日程に関しましては、船の航行上、誠に申し訳ありませんが、アルバイン様はご参列適いません。ご了承ください」


 これだけ命を司るアズ様の力を得ても、友が死んだという報告には、全く頭が働かなかった。 

 しかも悪い事に、アドラと共に、父であるモルドル、姉のフィオラさんまで亡くなっており、その衝撃は俺から考える力を全て奪った。


「何かご質問はありますか?」

「い、いえ……」


 何度も生を越え、死を越えてきたはず。何度も命を奪ってきたはず。何度も人を捨ててきたと思っていたはず。なのに何も考えられない。寧ろ淡々と説明するバイオレットさんの方が命を知っているようで、俺はただの小さな子供にしか過ぎなかった。


「それでは、こちらをお受け取り下さい。こちらはエドワード・アルバイン様より授かった文です」


 渡されたのは、バイオレットさんが白手袋をして持つほど慎重に扱う、黒い高級そうな箱に入っていた封筒だった。封筒も厚みのある良い紙で作られており、赤い蝋でしっかりと封がされていた。


 俺が封筒を受け取ると、バイオレットさんは仰々しくお辞儀をして、何も言わずにその場を去った。

 その姿は、不幸を知らせに来た関係者そのもので、より現実を鮮明に俺に伝えた。


 それでも進まなければならない旅。人間であるリーパー・アルバインが呆然としていても、聖刻者である俺が立ち止まらせなければ良いだけの事。

 ここで自問自答をしていても時間だけが過ぎていくと思い、とりあえずカスケードたちの元へと戻ることにした。


「どうした大将? 何か良からぬことでも起きたのか?」


 部屋に戻ると、流石は聖刻で引き付け合った仲らしく、カスケードたちは良からぬ知らせを受けた事が分かるのか、さっきまでと一変し重たい空気を放っていた。

 それはもう全てを知っているかのようで、こちらが話すつもりがなく腰を下ろしても、話さずを得ない雰囲気だった。


「俺の友達……ルキフェル様の聖刻を持つ友達が、死んだんだって」


 アズ様の聖刻を授かったからなのか、もしくは何度もその力で生死を繰り返したのかは分からないが、思ったよりも軽く、まるで他人事のように言葉が出た。

 そのあまりの軽さには、自分でも驚きだった。


「そうか……それは残念だな」

「あぁ。まぁ、聖刻を持った以上、仕方ないからな」


 アドラと交わした最後の言葉は覚えていない。それどころか、最後に見た姿もはっきりとは覚えてさえいない。だけど沢山言葉は交わした。沢山時間も共にした。それに悲しいとも感じている。当然仕方がないとも思っていない。

 本体の俺と聖刻者の俺。二つの感情が入り乱れているせいなのか気持ちは暗い。だがとても落ち着いており、問題なくカスケードに言葉を返すことが出来た。


 そんな俺が気に入らなかったのか、カマボコが言う。


「友の死は初めてか?」

「あぁ。こう見えても俺はまだ十六……いや十七? 十八……あ~……まぁ、まだ学生だ。生憎葬式なんてもんもほとんど行った事がねぇ」

「ならば、少し一人で考えるといい。時間はある」

「何をだ?」

「死というものを」


 もうカマボコは敵じゃないし、恨みも憎しみも全くない。今は魔王を倒そうとする同じ意思を持った同士という感じ。

 だからこの言葉は、普通にカマボコの一意見として受け止めることが出来た。


「命を司るアズ様の聖刻者である俺が? 今まで何回死んだと思ってんだよ?」

「他人の死と、己の死は違う。その友から受け取ったものもあるだろう」


 形あるものではなく、心や生き様、そこから俺が受けた影響。カマボコが何を伝えたいのかは理解できた。


「命を司るアズ神様の聖刻を持つお前だからこそ、より考えるべきだ。次にそこの三人の誰かが死んだ時、今のように力が使えなくなっているようでは、お前たちは生き残れないぞ」

「力? 何言ってんだ? 別に俺は力が使えなくなったわけじゃ……」


 どうやら自分ではしっかりしているようでも、まだまだ俺は未熟だったらしい。

 カマボコが何を言っているのかさっぱりだったが、チンパンとフォイちゃんの顔を見て、いつの間にかノンバーバルコミュニケーションが解けていた事に気が付いた。


「お前は、運よく聖刻の力だけで生き残ってきたのだろう。良い機会だ。友を思い出してみるといい」

「ケッ! どんな人生送って来たのか知らねぇが先輩面すんじゃねぇよ」


 カマボコがまともな人生を送ってきていないのは分かっていた。だけどレベルも聖刻も格下の癖に偉そうに言う姿は、優しさを感じた。


「ほらよ。お前らの怪我治してやった。お前らも陸に着くまで二人仲良く聖刻について良く考えろ。俺はこれからカマボコ先生の言う通り少し考えるからよ」


 目を背けてはいけない事も、しばらくアドラの事を考える事も分かっていた。そして、忙しいという言い訳を作り、逃げてしっかりと考えない自分も分かっていた。きっとカスケードたちもそれを直ぐには指摘しなかっただろう。

 

 意外な所で良いアドバイスを得られたことに、カマボコと出会えて良かったと思った。


「くれぐれも聖刻の奪い合いなんてすんなよ。この船には俺よりも強いラクリマが乗ってんだかんな」

「安心してくれ大将。ここにはチンパンとフォイもいる。怪我を治療してくれて感謝する。そうだろう、カマボコ?」

「あぁ。礼を言う」


 この二人は聖刻で引き付け合ったわけでは無いのだろう。もしそうならばあの状態でもベッドの上で喧嘩していただろう。

 まぁ、喧嘩したらしたで海に放り投げるだけで、怪我を完治させても問題は無かった。


「じゃあ、俺は一人寂しく黄昏るわ。ありがとなカマボコ」


 そう言ってもカマボコは、何もリアクションを取らなかった。だけどそれがまた有難く、カスケードとトレードしようかと思った。


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