ノーコンテスト
再戦当日。空はこの舞台に、今日も眩しい太陽を掲げ、白い雲とどこまでも青い色を広げる。船下では、穏やかな海も負けじと輝く青い大地を作り出し、爽やかな風がその音を伝えていた。
時刻は間もなく正午。決戦の場には、まだ彼らの姿は無かった。
「後何秒だ?」
「後一分」
これから繰り広げられる死闘。ある者は窓から、またある者はデッキにて、会場では観客が静かにその時を待つ。
そこには期待と不安が入り混じり、独特の静けさがあった。
「時間よ」
ラクリマが言う。だがそこに彼らの姿は無い。まさかの遅刻だ。
「やっぱり無理だったね、リーパー? リーパーって意外と鬼だね?」
「仕方ないだろ。こうでもしなきゃ、二人とも死ぬまで戦うんだから」
二人は、狂ったような戦い方をする。それこそ後先考えず、死んでも勝とうとする戦い方をする。それを止めるため、敢えて二人の傷は治さず、日を改めての再戦の場を設けた。
それが功を奏した。
「どうする?」
「遅刻は遅刻。この勝負、二人の遅刻によりドローとする」
「二人がそれで納得するかな?」
「時は金なりだ。時間は常に命より重い。俺たちから時間を奪った罪は重い。本来なら死刑だから。寧ろドローで済ましてやるんだから、文句は言えないだろう?」
「まぁ……リーパーがそれで二人を納得させてくれるんなら問題ないけど……」
「しなかったら俺が相手になる」
「そ、そう……じゃあ任せる。二人の所に行こう」
「あぁ」
折角貴重な時間を費やして一対一の再戦の場を設けたのに、まさかの遅刻は死罪に値した。そんなダメダメな二人だが、このままお開きというわけにもいかず、直接行って説教する必要があった。
二人は、会場へ向かうための廊下で、包帯とギブスだらけの体でぶっ倒れていた。一応やる気はあるようで、碇司令でもエヴァに乗れと言わないレベルの怪我をしていても頑張って会場に向かっているようだったが、到着までの時間を計算していなかったようで、全然間に合っていなかった。
っというか、昨日の今日でとても動けるレベルじゃないのに、這い蹲ってでも自力で行こうとしている始末で、馬鹿だった。だから俺たちはここへ来る途中彼らを見つけても一切声も掛けず置いて来たのだが、やっぱり駄目だった。
そんな彼ら、大分頑張ったようで、会場まであと少しの所で仲良くぶっ倒れていた。
「おい。オメェら遅刻だぞ」
「た……大将……す、済まない……」
「くっ……くっそ……」
何の謝罪と何の悔しさかは知らないが、うつ伏せで倒れる二人は、ある意味激闘を繰り広げていた。
「今日はもう終わりだ。オメェら部屋戻れ」
「そ、そうは言われても……大将…………ま、まだ……戦いは、終わって、ない……そ、そうだろう? ……に、兄ちゃん……?」
「と……当然……だ……」
ぶっ倒れたまま何をほざいているのか、二人はまだ戦うつもりらしい。だけど聖刻を使うどころか、まともに動く事すらできない状態では、どっちが先に死ぬかの勝負をした方が早かった。
「き、傷さえ治してもらえれば……す、直ぐに終わる。た、大将……た、頼めるか……?」
「甘えんじゃねぇ! オメェらがいつまでもダラダラやってっからこうなってんだろ! オメェらも聖刻者だろ! 気合と根性で何とかすれ!」
ダラダラというか、後先考えず戦うからこうなる。実力が伯仲しているとか、上手く戦術がかみ合ったとかどうこうより、まだまだ先があるのにこんなんなるまで戦う方が悪い。もっと言えば、別に決着を急ぐ必要も無いのに、意地をぶつけあって動けなくなるまで戦う方が悪い。
こいつはただの説教だった。
「大体オメェら、怪我治したらまたおっ始めるだろ?」
「い、いや……そ、そんなことは、ない……今、急いで、戦う必要は……ない、からな……フッ」
「フッじゃねぇよ! じゃあなんで戦おうとしてんだよ!」
「た、大将が、今日……戦えと、言う、からさ……」
「馬鹿!」
どうやらこの二人、ぶつかり合ったから戦っただけで、俺が再戦と言ったから戦おうとしていたらしい。そして意地を張り合ってしまったから、とにかく会場を目指していただけらしい。
今更別に戦う必要は無いという言葉には、びっくりだった。
「じゃあ戻って寝てろ。怪我治したらうっせぇから、しばらく痛い思いしとけ」
「そ、そうか……そ、そいつは、た、助かるぜ、大将……うっ……」
カスケードは戦わなくていいと言うと、本当に戦いたくは無かったようで、弱弱しい笑顔を見せると力尽きた。
「あんたはどうすんだ?」
「お、俺は…………」
「…………」
「…………」
「もう寝てれや!」
意地なんだかプライドなんだか知らないが、男はなんか“お前らの手は借りん!”的な事を言おうとしてたようだが、今の状況ではそれは言えず葛藤していた。
仲間に見捨てられた境遇を考えれば、仕方がないことかもしれない。それも大怪我を負っていれば尚更。そしてカスケードのライバルであっても敵ではない。
この男もしばらく傷を治さず放置して、陸に戻ったときに野生に帰してあげるのが一番だった。
結局この二人は、しばらく放置することにした。
そこから二日後――
「おお、これがラファエル様の祠か。かなりお洒落だな」
まだ薄暗い明け方、船は遂にラファエル様の祠に辿り着いた。
祠は海の上にポツンとあり、小さな祠は白い柱で造られた、海外のお金持ちとかの庭にでもありそうなお洒落な物だった。
小舟に乗り換えて上陸した祠内は、風通しが良く、ベンチもある。快晴の空に見渡す限りの海は、ここで紅茶でも楽しむには最高の建造物だった。
「んじゃ、後は任せたよフォイちゃん。俺たちはこれ以上進めないから」
“うん。大丈夫だよ隊長。あてぃし一人で行ってくる。だけど、絶対ここで待っててよ?”
「分かってるよフォイちゃん。チンパンとラクリマたちはカスケードが寝てるから戻るけど、俺はフォイちゃんが戻ってくるまでいつまでも待ってるから」
カスケードと、黒コートの男またの名をカマボコは、現在も二人仲良く同じ部屋で療養中。
流石はウリエル様の聖刻者だけあって二人の回復力は異常に高いが、それでもまだしばらくは大人しくしていなければならなかった。
ちなみにカマボコという名は、聞いても『俺ももう名を捨てた』とか言うから、俺が適当に付けた。
“絶対だよ!”
「あぁ、約束する。もし戻って来て俺がいなかったら、刺してもいいから」
“約束だかんね! 置いてかないでよ!”
「置いて行かないよ」
フォイちゃんは不安症でもある。人見知りする癖に独りぼっちになるのも嫌いなようで、守りたくなる。
“ほんとにほんとだかんね!”
「ほんとだよ。だから早く行って来いよ! 羽もぐぞ!」
“ハハハハハッ!”
そのくせ結構な内弁慶で、今では俺も怖がらずにフォイちゃんに冗談を言えるようになっていた。
“じゃあ行ってくる!”
「あぁ。気を付けてね」
“うん!”
最後に触角を軽く撫でると、フォイちゃんは少し照れ臭そうに顔を撫で、飛び立った。そして何度も振り返りながら祠の奥へ向かい、最後に“バイバイ”と言うと、祠の奥へと姿を消した。
「んじゃ、チンパンとラクリマたちは船に戻ってくれ。後は俺が、フォイちゃんが戻って来るまで待つから」
もういきなり敵が襲ってくるようなことは無いだろうが、ここは祠である以上他の聖刻者が現れる可能性もある。念のためにチンパンたちには船とカスケードたちを守っていてもらいたかった。
怪我を治しても良かったのだが、あの二人は怪我を治せば何をしでかすか分からないための処置だった。
”分かった。フォイさんをよろしく頼むよダンナ”
「あぁ、任せろ」
「じゃあ私も戻るね。何かあったらすぐ呼んで」
「分かった。そのときは頼むよ」
「うん。じゃあね」
チンパンたちが船に戻り一人になると、ベンチに腰を下ろした。
海を眺められる時間は、久しぶりの一人の時間だった。そこはとても穏やかで、ほんの少し昔を黄昏るには悪くは無かった。




