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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
145/186

キリング

 ルキフェル様の聖刻者であるフルとの戦いは、多分俺の勝利で終わりを告げた。後はカスケード達の戦いを残すのみとなり、一時船上にはゆったりとした時間が流れていた。


「はぁ~……」

「どうしたの?」

「い、いや……何でもない……」


 現在船上では、チンパンのバリアの中で、カスケードたちがウリエル様の聖刻を賭けて死闘を繰り広げている。それも一対一で刃物を使い、血みどろに肉迫して。だがチンパンのバリアは音すらも遮断するため、船上は穏やかさに包まれていた。


「諦めた方が良いよ。殺し合いをして友情が芽生えるなんて、空想の世界だけだから」

「分かってる……」


 ラクリマは心を読む力を持つ。っというか、ここまで感情が出てしまえば、言わずもがな察しが付く。


「大体リーパーは自分の力を理解してないんだよ?」

「え?」

「アズ神様の炎だよ。あんなので攻撃されたら、誰だって生きた心地しないよ?」

「向こうだって大きな斧出してたじゃん? 同じだろ?」

「全然違うよ。魂まで震える怖さだよ? 見ているだけの私でも息苦しかったんだよ?」

「ま、まぁ……そうかもしれない……」

「そうだよ」


 言われてみれば確かにそう。当たれば地獄行き決定のおまけ付きなら、死の恐怖は倍増する。

 フルがあんなに疲労していたのは、もしかしたら悪魔状態のせいじゃなかったのかもしれない。


「それに、暫くバイオレットたちにも近づかない方が良いかもしれないよ?」

「なんで?」


 そう言うとラクリマは客室の方を見た。すると俺が切断したフルの大斧の切れ端が、大きく客室の両端を切り裂いているのが見えた。


「い、いや、あれは……悪い。修理代はアルバイン家にツケといて。もう家には四十億くらい借金あるから、いつか払うから……」


 アレは俺のせいじゃない。斧を切断したのは俺かもしれないが、あっち側に斧を振ったのはフル。


「船の事じゃないよ? 船は経費で直すから心配しないで?」

「えっ⁉ ふぉんとに⁉」

「うん」


 これは嬉しい誤算だった。なんかちょっと、気持ちが軽くなった。


「それに、そういう事じゃないよ? 思い切りやっても良いって言ったけど、やり過ぎだから。鎌作る時結構力集めたでしょう? 誰も死んじゃいないだろうけど、影響は出てるから」

「あっ!」


 見ると、船の中ではかなり人がざわざわしている。船が壊れた事で騒いでいるのかと思っていたが、関係ない所でも忙しなく人が動いているのが見えると、一番ヤバいのはそっちの方だと気が付いた。


「でででも! い、一応人からは魂取ったつもりは無いよ!」


 人というか生物。もっと言えば船側の生物からは収集していない……はず。だけどやっぱり無理だったみたい。


「リーパーにはそのつもりは無くても、アズ神様の力はそれだけ強力だってこと。これからは気を付けた方が良いよ?」

「わ、分かった……気を付ける……」

「バイオレットたちも分かってはいると思うけど、アレを経験したんだからしばらくはよそよそしくなるけど、気持ちを分かってあげて?」

「う、うん……」


 何でアズ様の聖刻者が死神と言われるのか。結局俺みたいな使い方をするからなのだと、酷く反省した。


 そんな話をしていると、ここでチンパンのバリアが解除された。


 バリアの解除は、勝負が決着した合図というわけではなかった。両者は離れ、荒々しい呼吸の中膝を付いてはいるが、未だに目には強い光を宿している。


 両者共にボロボロ。殴り合いの喧嘩なんてレベルじゃなく、風呂でも入っていたのかというほど髪が血で濡れ、顔全体、服全部が真っ赤っか。

 カスケードは、繋がってはいるが左腕が爆発したかのように酷い損傷をし、左足は急増でこしらえたようで木の一本足になっている。その足も相当無理をしたのか、皮膚との繋ぎ目からはぼたぼた血が垂れ落ち、まさに出血大サービス状態。

 対するウリエル様の聖刻者も、左手が紫色に変色してパンパンに腫れ、指のほとんどが変な方向に向いている。それに加え、カスケードが撃った左足は応急処置で包帯はされてはいるがもう意味はなしてはおらず、同様に出血大サービス状態になっていた。

 

 二人の戦い方は、俺から見ても狂気じみていた。あの状態では後遺症は間違いなく残り、下手をすれば勝っても命を落としかねない。俺のような回復力を持たない二人が、次に繋がらない負傷をしている姿には、とても正気とは思えなかった。


 それでもまだ戦うつもりなのか、呼吸が整い出すと二人は立ち上がった。


 チンパンが決着前にバリアを解いたのは、そういう事。チンパンには二人の戦いを止められない。

 これは聖刻を賭けた、神聖な戦い。それも相棒と認める漢の戦い。口出しなんて出来るはずが無い。だけどこのまま続けさせても何も残らない。だからチンパンはバリアを解いた。もう自分には何が正解なのかが分からないから。言われなくても、目がそう物語っていた。

 それを俺に託されても、困るだけだった。


 格上相手に、知恵と友の力を借りて互角の状況を作り出したカスケード。

 仲間に見捨てられても、二対一に追い込まれても、逃げずに戦い続けた男。


 もう意地だけで意識を繋いでいるような二人の戦いに口を出すのは、ただの恥知らず。仮にここで止めても、カスケードとの絆を失う可能性だって十分あった。


 立ち上がった二人は、本当にどちらかが死ぬまでやるつもりらしく、ゆっくりとだが距離を縮め始めた。互いにまだ刃物を持っており、カスケードはサバイバルナイフ、ウリエル様の聖刻者はドスのような刃物を手放さない。持っている腕だって傷だらけで、ほとんど振り回すくらいしかできないだろう。

 それでもまだやろうとする二人には、不死の俺でさえゾッとしてしまう人間の恐ろしさがあった。


 止めるべきか続けさせるべきか。二人が出す気迫の前では、俺も正解が分からなかった。

 だが迷っている時間も無い。だから、自分が後悔しない方を選んだ。


「もういい。二人とも止まれ」


 近づく二人の間に入り、壁になった。そして二人の魂が抜けてしまわないよう、最低限の治療を施した。


「どういうつもりだ、大将」


 治療したのは本当に最低限。ほとんど直ぐ死なない程度に体力を回復させた程度。それでも今のカスケードたちには余計なお世話だったようで、眼つきはさらに鋭くなる。


「どうもこうもねぇ。一度戦闘は止めろ」

「それは通用しないのは、大将も分かるだろう?」


 二人の中では、もう決着以外ありえない状態なのだろう。今の俺相手でも二人は全く殺気を消さなかった。


「通用するよ。オメェら敵じゃねぇだろうが。ここまでやる意味がねぇ」

「分からないな大将。言っている意味が」


 本当にもう止まる気が無いらしい。カスケードは俺にナイフを向けた。そしてそれを受けて、男も俺に刃を向けた。


「俺たちの敵は魔王様だ。聖刻は奪い合うが、別に俺たちは恨みがあって敵対しているわけじゃねぇって言ってんだよ。オメェらがここで潰し合いしても、喜ぶのは魔王様だけだ。それともオメェら、魔王様側の人間なのかよ?」

「…………」


 どちらかが生き残り、成長して強くなるなら問題ない。だが、どちらが勝っても何も残らないのなら、そこに大義は存在しない。


 お互い熱くなって引くに引けない状態なのだろう。正論に頭が冷えてもまだ武器は降ろさなかった。


「分かったよ。ならまだ続けろよ。だけど日を改めて仕切り直しだ。これは元々チーム戦だからよ、このまま続けるなら俺たちも参加する。こっちだってまだ治まってねぇんだ。だけどそれは納得しないだろう? だから次は一対一のサシでやらせてやる。それなら文句ねぇだろ?」


 四対一でボコって終わり。本来ならそれが一番良い。これは魔王との生存を賭けた戦い。正々堂々や卑怯なんて敗者の言い訳にしかならず、勝ち以外は意味を持たない。

 それでも機会を与えたのは、まだまだ俺も人間を辞められていない弱さだった。


「……分かった、大将。今日だけは甘えさせてもらう。構わないだろうハンサムな兄ちゃん? このままじゃ飯も美味くねぇ」

「…………いいだろう」


 カスケードは俺たちの気持ちを汲んで、自分の気持ちを押し殺してまで納得してくれた。それに対し黒コートの男は、ここで勝っても後が無いことでも計算したのか、納得はしていないが武器を下ろした。


「よし。じゃあ再戦は、明日、昼からだ。それまで二人は船で休め。あんたもしばらく何も食ってなかったんだろう? フルたちから聞いたぞ?」

「……チッ」


 もう全てを察しているのか、黒コートの男は悔しそうに舌打ちをするだけだった。


「安心しろよ。あんたが勝っても、俺たちはあんたには何もしない。仲間になりたいって言っても拒否もしねぇから。俺たちは敵じゃない」


 慰めや哀れみは一切ない。純粋に同志としての言葉だった。

 それが良かったのか、黒コートの男は鋭い目つきを止めた。


「とにかくさっさと休め。必要な物があれば用意もしてくれるから。ラクリマ、構わないだろう?」

「ええ。直ぐに部屋を用意させる」

「ありがとう」


 こうしてカスケード対黒男の再戦が決まった。彼らがどんな勝負を見せてくれるのか、どんな結果をもたらすのかは分からないが、今この時においては正解を導けたのだと満足だった。


「じゃあ、済まないが大将、俺たちの傷を癒してくれないか?」

「怪我を治すのも含めての戦いだ! 甘えてんじゃねぇ!」

「ええ⁉」


 明日、二人が一体どんな姿でリングに現れるのか、これもまた一興だった。


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