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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
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とっつぁ~ん!

 ルキフェル様の聖刻者との最終ラウンド。船ごと全てを終わらせようと大斧を巨大化させた相手に対して、俺も魂の大鎌を作り出したことで船上は修羅場となった。

 互いに切り札を出し合った以上、次のぶつかり合いは決着を意味していた。


 怨怨哭く大鎌は悍ましい炎を放ち、対する大斧は忌まわしい気配を放つ。その二つが交わる景色は幻想的で、炎熱地獄にでもいるかのようだった。


 右利き同士の戦いは、鏡に映したかのように得物を両手に持ち、斜に構える。距離は十分あるが、互いが持つ巨大な武器故に間合いは一歩ほどしかない。


 当たれば即終わり。いくら不死の力を持つ俺でも、ルキフェル様の聖刻を纏った大斧で切られればどうなるか分からず、仮に再生できてもその前にラクリマ達がやられて全てを失う。相手もまた魂まで切られれば無事では済まない。


 自分の命以上に大きな代償を掛けた戦いは、冷たい汗を掻くほどの緊張感がある。しかしそこに恐れはなく、ただただ己の全てをぶつけられる瞬間への期待しかなかった。

 怨嗟が木霊する炎熱地獄の静けさはその気持ちを落ち着かせ、より集中力を高める。それがまた心地良く、今この瞬間は全てを忘れ、勝負にだけ拘ることが出来た。


 最初に動いたのは俺の方だった。一歩の間合いをすり足でゆっくり半歩縮めた。それに応えるように、少し間をおいて向こうも半歩進めた。これで相手の間合いギリギリ外。

 

 得物のデカさは向こうが圧倒的だった。だが巨大さ故の重さを考慮すれば、まだ間合いは縮めても良い気がする。そこに相手の身体能力が無ければ。


 デビルトリガーを発動させたような彼の姿は、鬼を通り越して悪魔と例えた方が正しい。それほどまでにルキフェル様の恩恵を受けている今の彼の運動能力は、計り知れない。下手をすればあれだけの大斧を持っていても、先ほど以上の速度もあり得る。


 まだまだ距離を縮めて、俺の間合いで一気に勝負したかったが、ここで一時の膠着状態に入った。


 巨大な武器を構えての睨み合いは、その全てがぶつかる絶頂とはまた違う心地良さがあった。 

 強くリズムを刻む脈動。息苦しい呼吸。ベトつく汗。瞬きも許さぬ空気。そこに馴染む大鎌の握り。こうして睨み合っている非日常は悪くは無かった。


 そんな時間も、いよいよ決心がついたのか、彼の方から間合いを縮めだしたことで終わりを告げる。


 右足を大きく踏ん張り、左足を大きく前へ出す。それは力強く、素早く、大地に根を張る大樹のようにしっかりしている。それに合わせ上半身は大きな溜を作り、重心移動と共に大斧を振り抜く。

 その姿はとても見事で、勢い良く動く視界の中で、それだけで金が貰えると思ってしまうほど美しかった。


 迫り来る大斧は、まるで隕石が落ちてくるようだった。そのプレッシャーがまた気持ちを高揚させ、迷わずこちらも全身全霊を込めて大鎌を振り抜いた。


 この時、魂の炎は物理的な力を持っていない事や、大斧の重さによる衝撃に耐えられない事など一切頭を過らなかった。

 あるのはとにかくこの大鎌を使いたいという想いだけで、何も考えていなかった。


 振り下ろされた巨大な武器は、互いの今この瞬間という想いを込めてぶつかり合った。そのぶつかりは想いを反映したかのように一瞬で、ぶつかり合ったはずなのに全くの手応えを与えてくれなかった。


 あったのは、俺の大鎌が大斧を切り裂いた事実だけ。


 大斧は魔力を具現化させた魔具。魔力とは生命エネルギー。生命を司るアズ様との相性は最悪だった。もし大斧が製造された物だったら、もしウリエル様の変化の力で作った“物質”だったのなら、勝ったのは彼の方だった。

 実力や聖刻の力ではなく、純粋に相性が勝敗を分けた。


 だがまだ白黒は着いてはいない。


 武器の性能ではこちらが勝ったが、まだ決定打は無い。すぐさま逆薙ぎで追撃を狙う。


 大きな踏み込みで間合いもクソも無くなった一撃は、容易に彼に届く。しかし彼もまた聖刻に選ばれた存在。一度目でのぶつかり合いで負けても動きは止まることなく、直ぐに後方へ大きく飛び回避行動を起こす。

 折れた大斧でも守りに徹せず、俺を狙う事で大鎌を誘導し、二度目のぶつかり合いを誘発。これによりまた斧は小さくなるが、俺の追撃を躱す。だがまだ俺の攻撃は止まらない。


 振り抜いた鎌の刃を返し、三度目の斬撃を繰り出す。


 今度の斬撃は、間合いも重心も安定し、また相手も後方に重心がある状態。さらに短くなった大斧ではもう俺にも届かない。振り抜く瞬間に心臓が浮き上がる感覚は、本能が完全決着を体に伝えていた。


「うおおおぉぉぉ!」


 相手の体が真っ二つになる瞬間を見る高揚なのか緊張なのかは分からない。勝手に体が叫んでいた。

 その瞬間だった。ギリギリで彼は右手からエネルギー弾のような魔法を放ち、俺をぶっ飛ばした。


 放たれた魔法弾はバスケットボールほどの大きさだったが、その威力はお相撲さんが突っ込んで来たかのようで、見事にヒットした胸部の骨がいくらか折れるほどの力を秘めていた。


 精度、威力、タイミング。俺の大鎌を無傷で回避し、あのタイミングで、あの速さで、あの威力は、こちらに驚きの声を出させる暇さえないほど完璧だった。


「……やりおるわ~」


 今の攻防は、間違いなく会心の出来だった。そして完全に勝っていた。にも関わらず“フル”はそれを切り抜けた。

 口から出た言葉は、そんなフルへの敬意と、俺の可能性を感じさせてくれた喜びから湧いた、感謝と友情のような想いから来たものだった。


 その気持ちはとても清々しく、暫く怨嗟の中、倒れたまま空を眺めていられるほどだった。


「やるなお前。やっぱすげぇな」


 もうここまで来ると尊敬しかなかった。だが、この気持ちなら相手も同じだろうと思い起き上がると、どうやらフルは違ったようで、かなり遠くで片膝をついており、大量の汗と息切れの中、疲労困憊という状態だった。


「おいどうした?」


 あれだけの身体能力があるフルが、さっきの攻防であそこまで疲れるはずは無かった。それなのにあの疲れ具合は異常で、大丈夫かと声を掛けた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「おい、大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 どうやら本当に疲れているらしい。声を掛けてもこちらを見たまま身動きせず、苦しそうに呼吸をしている。遂には悪魔のような状態も解けてしまうほどで、演技ではないようだった。


「やっぱりあの状態はキツかったのか?」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 フルの聖刻レベルは三。ジャンの時もそうだったが、特殊な形態は多大な聖刻の力を必要とする。ジャンの聖刻レベルは十はあったから怪我を負っても維持できたのだろうが、今のフルでは限界以上の力が必要だったのだろう。

 結局互いに命一杯の勝負だったのだと分かると、増々フルへの尊敬の念が高まった。


 そう思っていたのだが……


「まぁとにかく……え?」


 ここまで気持ち良く戦えたフルには、敵味方関係なくスカウトしようと声を掛けようとしたのだが、俺が一歩近づくと突然フルはまたあの悪魔形態に変化した。


「お、おいっ!」


 そして何か知らんがいきなりビビるように動き出すと、ぼ~っとしているミカエル様の聖刻者を抱きかかえ、そのまま海へ消えて行った。


「ええっ⁉」


 すんげぇ~ショックだった。『やるな』『お前こそ』みたいな感じになって、握手して『また会おうぜ』みたいな友情が芽生えそうな感じだったのに、なんか今までエサやって懐いていた猫が、急に牙を見せて逃げるような姿には、追いかけてしまうくらいショックだった。

 だからもう大鎌なんて捨てて必死こいて船首まで走った。


 するとなんでか知らんがマジで嫌われてしまったようで、俺が海面の見える位置まで来た時にはもうクルーザーは出発しており、ルパンのように走り去っていた。


 クルーザーを運転するジーパン女。デッキに片膝をつきこちらを見るフル。


 この時、俺は、初めて銭形警部の気持ちが分かった気がした。

 リーパーがフルと呼んでいるルキフェル様の聖刻者の名前は、フルートです。

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