やる気
カスケードとチンパンが作った絶対的チャンス。このチャンスを逃さぬために、俺はルキフェル様とラファエル様の聖刻者二名を相手に、時間を稼ぐこととなった。
「もらったっ!」
「チッ!」
ラファエル様とルキフェル様の聖刻者を相手にするのは、さすがにキツかった。それはどれくらいかと言えば、開始数秒後には斬られて被弾するほどで、そこからさらに数秒後には、早くも左腕を切り落とされるほどだった。
「いくらタフでも、腕を切り落とされりゃ終わりだろ? 大したことはねぇな、英雄の孫さんよ」
バフの掛かったルキフェル様の聖刻者は、異常に強かった。溜めはデカく、大斧の軌道は分かりやすいが、振りは早いしリーチは長いし動きは早いしでもう人間の動きじゃなかった。その上何キロあるのかは知らないが大斧は異様に重く、ほんの少し掠るだけでも簡単に深い傷を負う。
それにさ、あれだけ仲が悪そうだったのにこの二人だけは異常に息が合うし、皮膚が壊死する銃弾も間髪入れずバンバン飛んで来る。
あれだけ化け物たちと訓練したはずだったが、聖刻の力の前では所詮人間如きの努力など意味を成さなかった。
「ったくよ。これでも一応プロたちと訓練したんだぜ俺。ブンブンブンブン斧振り回しやがってよ、ルキフェル様の聖刻はチートかよ?」
「プロ? そりゃプロじゃねぇな。プロに教えられたなら、もっと綺麗に首を斬られてるはずだぜ?」
「そりゃオメェが下手くそなだけだ」
「なら、そろそろ首を落とすぜ」
こいつはかなりキツかった。恐らくこれ以上戦闘での時間稼ぎは無理。何故なら、まだ一分も経ってないから。
そこで、別のパフォーマンスで時間を稼ぐことにした。
「まぁそう焦るな。折角だ、俺の力を見せてやるよ」
ギリギリまで見せたくはなかった能力。相手はまだ俺が異様な回復能力を持っているくらいにしか思ってはいない。だけどこれ以上は無理だった。
斬り飛ばされた左腕を拾うと、それをくっ付け再生した。
「どうだ? 凄いだろ?」
きちんと繋がっている事を示すため、指を開いて動くところを見せた。
「すげぇ手品だな。首も落とせば戻せんのか?」
「首だろうが腕だろうが目だろうが、何でも治せる」
「そりゃすげぇ! どこまで壊せば死ぬのか楽しみだぜ」
腕を拾って治したのは、少しでも不死を知られたくないという抵抗と、再生できることをギリギリまで教えないため。だがこれでもう少しだけ時間が稼げそうだった。
「おい! 聞いたか! なんでもくっ付けれるらしいぞ!」
「あぁ。なら私の銃でハチの巣にしてやるよ」
ラファエル様の聖刻の力は、ルキフェル様の力とは違う無力化の力に近い。銃弾を受けるとそこがボロボロ崩れるような感じで、治癒や再生させるにはその場所を切り離すか、ラファエル様の聖刻の力を押さえてからでなければならない。
このひと手間がかなり回復速度落とし、聖刻の力を余分に使わせる。
意外と阿呆に見えた彼らだが、直ぐに俺の聖刻の力に対応する辺りには、かなりの経験値の差を感じていた。
「それじゃ、切断マジックショーの続きと行こうぜ」
こいつらはもう仲間の事など気にしちゃいない。俺が時間稼ぎをしている事など分かっているはずなのに、全く気にする様子もなく戦闘を楽しんでいる。
カスケード達があとどれくらい掛かるのかは知らないが、もう限界だった。
そうなるともうやけくそに近い状態となり、切り札とか戦略とか言ってはいられず、全部出すしかなかった。
ルキフェル様の聖刻者が斧を構えると、もう殺す気で行くしかなくなり、両手の指に命を集中させ魂の炎を纏った。
エモに貰った聖刻のお陰で聖刻のレベルは上がり、かなり魂の炎の扱いには慣れた。しかし今の俺ではあまり大きな炎を作っても、長い時間維持できない。本当は大鎌のような大きな武器を作って対抗したかったのだが、ジーパン女がいる以上機動力も落とせず、当たれば激痛を与える力だけに、この規模でも十分だと納得するしかなかった。
そのハッタリが功を奏した。
こんな炎でも、仮にも神の力。二人にはそれだけでも脅威だったらしく、ルキフェル様の聖刻者は一気に顔が強張り、叫ぶ。
「おいハゲ! そんな奴はもういい! 鎧を寄こせ!」
彼が言うハゲとは、ミカエル様の聖刻者の事。どうやら本能的に魂の炎の危険性を感知したようで、ここでミカエル様の鎧で守りを固めるつもりらしい。
ミカエル様の力は断絶。これは絶対防御と言われるだけあって強力で、纏われれば魂の炎ですらダメージを与える事は出来ない。
ただでさえこっちはピンチなのに、絶対防御を纏い、さらに三対一となれば不死であってももう勝ち目は無い。
カスケード達を見捨てるか、このまま行くところまで行くかの瀬戸際だった。
そんなピンチだったが、ここで彼らの連携の悪さが味方をする。
「おい! 聞いてんのかハゲ!」
呼ばれたミカエル様の聖刻者は、心ここにあらずという感じで、まさかの無視を決め込む。それもぼ~っと空を見上げるような感じで、まるで聞いちゃいなかった。
「テメェふざけてんじゃねぇぞ!」
「…………」
何度怒鳴られてもミカエル様の聖刻者は反応すらしない。それは無視をしているというよりも本当に聞こえていないという感じで、異様だった。
“ラクリマ、ミカエル様の聖刻者はどうしたんだよ?”
ラクリマはチンパンのバリアが突破されないように、ミカエル様の聖刻者をマークしていた。だが二人からは戦っているという感じは一切していなかった。
“催眠術をかけたの”
“催眠術⁉ ラクリマ、お前そんなことまで出来んのかよ⁉”
“精神的な力は、ガブリエル様の十八番よ”
“そうなのかよ⁉”
人々を導く役目を持つのがガブリエル様の聖刻。未来を見通して導くと思っていたが、やはり天界の力。そういう事らしい。
“だけど相手も聖刻者。そんなに長い時間は無理。リーパーも早くそいつら倒して手伝って”
“こっちだって無理だよ! カスケード達はあとどれくらい掛かんだよ⁉”
“ミカエル様の力無くなったから、ウリエル様の聖刻の力使い放題だからまだ掛かるよ”
見ると、チンパンのバリアの中では、カスケードとコートの男だけが肉弾戦を繰り広げている。あれだけ狭いバリアの中では、それくらいしか戦いようが無いのだろう。
それにウリエル様の聖刻者レベルは二。いくら同レベルのチンパンがいても、バリアの維持だけでも相当キツイのだろう。チャンスに見えても意外とそうでもなかった。
“大丈夫なのかよ⁉”
“使い放題って言っても、リソースは結界の中にあるだけだから”
ウリエル様の聖刻は変化。つまり変化させる物が少なければそれだけ力は弱まる。
“それに、カスケードもチンパンも思ってたよりもずっと強いよ。あの二人、聖刻の使い方凄く上手”
あの二人は、基本的に聖刻の力を、下らない事にしか使わなかった。物を置くためだけにバリアを作ったり、煙草を吸うためだけに灰皿を作ったり、飯食うためにフォークを作ったりしていた。
それはほぼ大罪人と変わらない蛮行だったが、今思えば日常生活レベルで使用していたと捉えれば、上手くて当然だった。
“良い仲間を持ったよリーパーは”
苦戦していると聞いた時は、二人は大きなミスをしたと眉を顰めた。しかし今のラクリマの言葉を聞くと、物凄い誇らしさと背中を押すような頼もしさを感じた。
“しばらくこっちは私が何とかするわ。だからリーパーは、早くそいつら倒してこっちを手伝って?”
“分かった”
カスケード達を褒められたことが嬉しいのか、はたまた二人の頼りがいに気持ちが大きくなったのかは分からない。だけどラクリマの声を聞くと、さっきまではもう無理だと思っていた時間稼ぎが、まだまだやれそうな気がした。そんでもって、おまけにやる気も出てきた。
これが精神的なものを司れるガブリエル様の聖刻の力なのか、ラクリマの力なのかは分からないが、伊達に長年法女様を名乗ってはいなかったラクリマのお陰で、もうちょっと頑張れそうな気になった。
聖刻レベルは、リーパーが勝手に言っているだけの造語です。それに、リーパーは相手を一人倒すとレベルが一上がると思っていますが、違います。
ブロリーとリーパーのような一同士なら二となりますが、エモは二だったため、二足す二で現在のリーパーのレベルは四です。
聖刻は、次に呼ばれている相手の元へ向かう途中に、ついでにレベルの低い相手を倒していくのが定石ですが、リーパーたちは真面目なのでそれをしていません。ですので、対戦中の相手は一ばかり倒して今のレベルになっています。当然レベルの低い相手ばかりから聖刻を得る場合と、同レベルや格上レベルの相手を倒して得る場合では、同レベル以上の方が高い次元の戦いをしており、遥かに潜在的な聖刻のレベルは上がります。
ちなみに、神であるアズ様の力と大天使である聖刻の力では、神の聖刻の方が三倍から十倍近く強いです。なので、本来ならアズ様の聖刻者であるリーパーが苦戦するのが異常です。つまり、それほどリーパーは基本的に弱いです。
後、チンパンが現在カスケードたちの戦いを見ているだけなのは、バリアの維持で精一杯というわけではなく、男同士の殴り合いだから、漢として見守っているだけです。




