連携
統率力の無いチームVS戦ったことが無いチームの戦いは、グッダグダの泥仕合の様相を呈した。ある者は自由に戦い、またある者は訳が分からずオロオロするだけ。そんな素人同士の戦いは、法女ラクリマの参戦によってがらりと表情を変えた。
“リッ、ストップ! おサルさんカスケードに寄って!”
法女ラクリマが持つ未来を見通せる瞳と、俺の脳内に響くノンバーバルコミュニケーションの能力は、相性が抜群に良かった。
その力を駆使するラクリマの指示のお陰で、俺たちは歴戦のチームの如し戦いを繰り広げていた。
ラクリマの指示で俺がその場に止まると、チンパンを狙って放たれた弾丸がルキフェル様の聖刻者を襲う。そこで動きが止まったルキフェル様の聖刻者を俺が拳で襲う。
「くそっ! テメェどこ狙って撃ってんだ! テメェから狩るぞ!」
「黙ってろカス! テメェが避けやがれ!」
俺たちは基本的に、ラクリマの指示があるまでは自由に戦う。俺はルキフェル様の聖刻者と、チンパンはラファエル様の聖刻者。そしてカスケードはラクリマの魔法援護を受けながらウリエル様の聖刻者と対峙する。その中で時折来る指示に従うだけで、相手チームはフレンドリーファイヤーで混乱を来す。
「随分と仲が良いなお前ら。良い仲間を持ったじゃないか?」
「うるせぇ。アイツらはただの荷物だ」
正直ルキフェル様の聖刻者を相手にするのはキツかった。だけどラクリマのお陰で、かなり斬られてはいたが善戦は出来ていた。
それというのも、チンパンの動きが大きかったからだ。どうやらラファエル様の聖刻の力にもミカエル様のバリアを突破する力があるらしく、それを避けるためにも戦場を駆け回っていたからだ。
それを利用してラクリマは上手く同士討ちをさせており、俺たちを動かしながらも、盤面全体を自在に操作していた。そのうえ相手チーム内は徐々に険悪になり、流れも勢いも全てが味方に付いていた。
“カスケード! リーパーを撃って!”
“了解!”
“リッ! 顔を狙って!”
ラクリマの指示で、既に大斧を振りかぶっているルキフェル様の聖刻者の顔面を狙い、拳を振り抜いた。するとまるで奇跡のようにカスケードが適当に撃った銃弾がルキフェル様の聖刻者の右腕に当たり、一瞬相手の気がそれた事で俺の拳が見事に顔にヒットする。
「くそっ!」
基本的に彼らはミカエル様のバリアを纏っている。そのため顔と手にしか攻撃が通らない。それはかなりの絶対防御だったが、ミカエル様の聖刻者はそのために動けなくなり、また彼らはバリアが拘束具となっており、上手く聖刻の力は使えなくなっていた。
ミカエル様のバリアを鎧として使い防御力を高める作戦は、チーム全体の耐久力を極端に上げる。しかしその反面、力を押さえつけるというデメリットもあった。
そんな事も分からない彼らに、今俺たちが何をしているのかなんて分かるはずもなく、もうこの戦いは誰が見ても結果がはっきりとしていた。
「テメェらどれだけ雑魚なんだよ! 俺の邪魔ばかりしやがって!」
「お前たちがそんな奴ら相手にいつまでも手こずってるからだろ! 敵も味方も区別できないそこの女にもいい加減愛想が尽きたぜ」
「何だとっ!」
ラクリマが作り出す流れは、遂に相手チームに火を点けた。連携が全く取れない彼らは、溜まりに溜まったフラストレーションを互いにぶつけ始めた。
「テメェらが勝手に私の射線に入るからだろ馬鹿が!」
「猿相手にいつまでも当てられないテメェが悪いんだろが!」
「殺すぞテメェ!」
完全に崩れたチームは、遂には戦闘を止め、言い合いを始めた。それどころかもう仲間意識も無いのか、ジーパン女はルキフェル様、ウリエル様の聖刻者目掛け、明らかに狙って発砲した。
「くそ女が」
この発砲に対しぶちぎれたのが、ウリエル様の聖刻者だった。弾丸を弾くとあろう事かカスケードに背中を向け、閃光のような魔法でジーパン女を攻撃する。ジーパン女はそれを避けまた発砲するが、避けた魔法はそのままミカエル様の聖刻者を襲い、ミカエル様の聖刻者はこの攻撃に動揺してしまったために、仲間全員に掛けていたバリアを解いてしまった。
ここまでチームワークが悪いと、何が四人を引き付け合ったのかが謎だった。もしかするとたまたま出会いチームを組んだのかもしれないが、あまりにも考えが甘すぎた。
そんな阿保なチームのお陰で、後は何もしなくても勝手に崩壊してくれると見世物を楽しんでいたのだが、うちのチームはやはり優秀だったようで、このチャンスにカスケードが発砲する。
狙ったのはウリエル様の聖刻者の足。突然の攻撃と、ミカエル様のバリアが解けていたという油断が仇となったのか、カスケードが撃った弾はウリエル様の聖刻者の左ふくらはぎを打ち抜いた。
後ろから足を打ち抜かれたウリエル様の聖刻者は、これには全く反応できず倒れる。そこへさらにカスケードは追い打ちを掛ける。
“チンパン!”
“任せろ相棒!”
圧倒的なチームワーク。倒れたウリエル様の聖刻者にカスケードが駆け寄ると、直ぐにチンパンも合流してバリアでドームを作った。
これによりウリエル様の聖刻者は、足を負傷した状態で援護も無く、カスケードとチンパン相手に二対一を余儀なくされた。
このチャンスは絶対に逃がせなかった。
“ラクリマ、残り三人は俺たちで対処するしかない。行けるか?”
“分かってる。リーパー、思い切り魂の結界広げて。圧力で全員の注意を引いて”
“分かった”
チンパンのバリアは、ルキフェル様、ラファエル様、そして同じ力を持つミカエル様の聖刻の力で突破される。二人が作ったチャンスは、俺が守らなければならなかった。
ラクリマの指示を受けると、戦場全体を包むように魂の領域を広げた。すると案の定この威圧に敏感に反応した残りの彼らは、一斉に俺に視線を向けた。
「ここからは俺一人で相手をしてやる。全員でかかって来い」
あくまでカスケード達がウリエル様の聖刻者を倒すまでの時間稼ぎ。残り全員がチンパンのバリアを突破できる以上、思い切りハッタリをかまして時間を稼ぐ。
アイツらがチャンスを作り出したのなら、全力で俺が応えるのが仲間としての礼儀だった。
“ラクリマは自分の身を守れ。後は俺が何とかする”
“分かった。じゃあ私は、カスケード達が終わるまで結界を守るわ。私の事は気にしないで派手にやって”
“了解。巻き込まれないように気を付けろよ”
“任せて”
カスケード達がどれくらいの時間を要するのかは分からない。正直残りの三人を相手にするには相当キツイが、ここが勝負所だった。それでもラクリマがチンパンたちの援護に付いてくれるのなら、意外と持ちこたえることが出来そうだった。
「さぁおっ始めようぜ。三対一だ、いくらお前らが弱くたって、少しくらいは良い勝負できるだろう?」
出来るわけが無かった。下手をすれば一瞬でやられる可能性もある。だけどこうでも言わんと彼らは熱くならない。嘘でも何でも良いから、彼ら全員の注意を集める必要があった。
しかしそんなもんは、彼らの前では杞憂だった。
「上等だ。おいテメェら手を出すな! こいつは俺一人でやる!」
「ちょっと待てよ! 私がやる! いい加減猿の相手は飽きたぜ! テメェは少し休んでろ!」
ジーパン女も相当口が悪い。黄泉返りであるはずのルキフェル様の聖刻者を相手にしても、引けを取らなかった。
「なら二人だ。おいハゲ! テメェはあのキザ野郎を助けろ! こいつは俺たちでやる!」
「は、はい……」
こいつらがどういった経緯で仲間になったのかは分からない。いがみ合っているようでジーパン女と黄泉返りは意外と仲が良く、ミカエル様の聖刻者はまるでイジメられているようだった。
何より仲間なのに、ハゲやキザなどと呼んでおり、絆があるとはとても思えなかった。
「さぁやろうぜ英雄の孫。今度は手加減なしで行くぞ」
「手加減? 今まで手加減してたのかよ?」
「そりゃテメェもだろ」
「かもな」
手加減というのにはかなり違う。俺が今までほとんど聖刻の力を使わなかったのは、彼らもミカエル様のバリアのせいで力を使えなかったから。しかし今はそのバリアは無い。ここからが本意気の勝負だった。
「んじゃ、そろそろおっ始めるぜっ!」
そう言うとルキフェル様の聖刻者は、一気に聖刻の力を解放した。すると魔力のようなオーラが体から噴き出し、血管が浮き出た皮膚は増々黒みを帯び、目が真っ赤な色に染まった。
ルキフェル様の聖刻の力は、他を侵略し、征服してその力を無力化する事。おそらく聖刻の中では一番応用が利かない能力。だがそれを補うように肉体にバフが掛かるという恩恵があり、黄泉返りの身体能力と合わせ強大な戦闘能力を誇る。
それに加え、全てを分解すると言われる、浄化の力を持つラファエル様の力を銃弾として放つ聖刻者。
もしかしたら過去一に厳しい相手に、出し惜しみなんて出来るはずも無かった。
そこでこちらも対抗するように領域の濃度を上げ、威嚇と守りを強めた。
「良い感じだぜ。流石英雄の孫だ。テメェは俺が戦った中で一番強いのが分かる。さぁ楽しもうぜ!」
二対一の異種バトル。一体どれだけ持ち堪えられるのかは不明だが、ここを越えられれば勝利はグッと近づく。
必死の戦いが始まった。
ルキフェル様の聖刻者とジーパン女は、聖刻で引き付け合った正当なパートナーです。しかしウリエル様の聖刻者は、これも何かの縁程度の理由で仲間となり、ミカエル様の聖刻者は、ジーパン女が聖刻を貰うために船が必要となり、船を持っていて操縦も出来るという理由で無理矢理仲間にさせられただけです。そのためこのチームは上手く連携が取れません。
ちなみに、ウリエル様の聖刻者は裏の世界ではそれなりに有名で、ジーパン女が知っていたという理由です。




