グダグダスイッチ
大海原で突如会敵した聖刻者のチーム。ウリエル様、ミカエル様、ラファエル様、ルキフェル様の四人で構成される彼らは、余程育ちが悪いようで、こちらの話など聞く耳を持たず、いきなりのチームバトルへと発展した。
“チンパン! ラクリマを守れ!”
“了解ダンナ!”
“カスケードは自分で何とかしろ! 死ぬんじゃねぇぞ!”
“了解”
本当に突然開戦した物だから、完全に俺たちは後手に回った。それこそ陣形すら出来上がっていない状態だった。
俺をセンターに、右手側にチンパン、左手側にカスケード、そして俺の少し後ろにラクリマという立ち位置。これでは俺が突破されればラクリマが危険となるため、直ぐにチンパンをラクリマに寄せ守りを固め、カスケードと俺の二枚看板でフロントを務めるしかなかった。
育ちが悪いと思っていた彼らだったが、陣形を整えつつの対応は戦術的には悪手だと知っていたようで、まんまと奇襲を成功させたルキフェル様の聖刻者は、俺に領域を広げる間も与えさせずに簡単に間合いを制した。
そして大きな斧を振り下ろされた時には、もう間に合わなかった。
「真っ二つだ!」
薙ぎ払うかのように振り下ろされる大斧は、予想以上にリーチが長く、当たれば言葉通り真っ二つにされる。
ここで切り捨てられてもダメージにはならないが、後ろにはラクリマが控えている以上、倒されるのは相当まずかった。
だが俺がバックステップをしようと重心をずらすよりも大斧の振りの方が圧倒的に速く、苦肉の策で魂の“領域を広げて威嚇するしかない!”と思うくらいしかできなかった。
そう思い領域を広げようとした瞬間、やはりうちのチームは優秀な人材が揃っていたようで、チンパンがバリアを張って守ってくれた。
チンパンのバリアにより、ルキフェル様の聖刻者の大斧は弾かれることも無く止まった。
“サンキューチン……あっ!”
チンパンのお陰で先ずは助かったと安堵した瞬間だった。ルキフェル様の聖刻者がバリアに阻まれても尚大斧を振り抜こうとしているのを見て、直感的にアニー先生の言葉を思い出した。
“ルキフェル様の聖刻は”侵略“です。あらゆる聖刻の力を無力化すると言われています”
それは本当に一瞬脳裏を過ったという感じだった。しかしその言葉のお陰でクリティカルヒットを逃れる。
アニー先生の言葉を思い出すと、咄嗟に後ろに大きく逃げた。それと同時に先生の言う通りチンパンのバリアは切り裂かれ、おまけで大斧は俺の胸を一文字に切り裂いた。
切り裂かれた傷は骨まで達しており、血があり得んほど飛び散る。それでも動けなくなるという状態にはならず、直ぐに応戦できる体勢だった。それが良かったのか、仕留めきれないと思った彼は追撃する素振りも無く、直ぐに離れた。
これで何とか体制を立て直せる。奇襲により崩されたが、これを防いだのはデカかった。そう喜んでいたのだが、あり得ん事が起こる。
ルキフェル様の聖刻者が離れたと思ったら、何とまさかの二人目が剣を持って俺に向かって突撃して来るのが見え、その後ろにはジーパン女が銃口を向ける姿も目に入った。
全員俺の方に来てる⁉
頼れる男カスケードがいる以上、もうこれ以上は無いと思っていただけに、このまさかの展開には驚きだった。
そんでももう一人は切りつける寸前まで来てるし、自分で何とかするしかなかった。
「うおおおぉぉぉ!」
お洒落な黒コートの男は、片手剣を振りかざし向かってきた。それももう間合いの中にいるくらいで、考える暇もなく咄嗟にタックルしてぶっ飛ばすしかなかった。
これは流石化け物たちと訓練していただけあって、見事に成功した。
タックルを喰らった黒コートは、まさか突っ込んで来るとは思ってはいなかったようで、思い切りぶっ飛んでいった。だけどまだ三人目が残っており、全然喜びに浸る間もなく対応しなければいけなかった。
黒コートの男がいなくなり俺がガラ空きとなると、ジーパン姿の女は待ってましたとばかりに二丁の拳銃を向け照準を合わせた。
こいつはもう避けるのは無理だった。タックルしたせいで重心は前にあるし、相手は二丁だし、一回死ぬしかなかった。
そんなピンチに登場するのが、カスケードだった。
撃たれると思った矢先、やっと銃の使い方でも分かったのか、今になってやっと女に向けて発砲し、気を反らしてくれた。
これにより、俺はほぼ一人でこの窮地を脱した。
「遅ぇよカスケード! もう少しで死ぬところだったぞ! 何やってたんだよ!」
「い、いや……すまん大将……まさか全員が大将に向かうとは思ってなかった……」
やはり彼らの作戦は、傍から見ても異常だったらしい。あのカスケードが素で言い訳する姿に、今あり得ない事が起きていたのだと改めて知った。
「そ、そうか……」
「す、済まなかった大将……」
「い、いや、いい……」
あのカスケードがこんなにも驚くくらいだから、なんか強く言った俺が悪い気がして、何か……ちょっと嫌な気持ちになった。
“とにかく大将、傷を治せ。その傷じゃ、いくら痛みに耐えられても、直ぐに体が動かなくなるぞ”
俺たちはチンパンもいるからラクリマも含めノンバーバルコミュニケーションを使っていたが、カスケードは相手に情報を与えないためにうまく利用して使い分ける。この辺は流石だった。
“もう治した”
“まだ血が出てるぞ大将? もしかしてあの大斧のせいか?”
“違う。ワザとに半分だけ治した。俺の不死は知られたくない。奴らにはあくまで俺は回復力が高いか、頑丈なだけだと思い込ませたい”
“なるほど。訓練の成果というやつか”
“そういう事だ”
ちょっとした駆け引き。爺さんに教えられたことがどれだけ役に立つかは分からないが、少しでも勝率が上がるのならやって置いて損は無かった。
“とにかくどうする大将? 彼らは誰かが指揮をしているわけでも、戦術を練り込んでいるわけでもない。おそらくそれぞれが勝手に動いている”
“そうなのか?”
“あぁ。でなければ、何も考えず全員が大将に突撃などしないはずだ”
“あ~……やっぱそうなんだ……”
カスケードもいる、チンパンもいる、ラクリマもいる。なのに彼らは何故か俺一人に集中した。俺一人の情報は漏れていても、他三人がどんな戦い方をするのか分かっていないのに、今の動きはちょっと安全配慮が足りなかった。
どうやら聖刻者同士で引き付け合うのは、息が合うだけではないようだった。
“とは言ってもよ。俺たちだって初めてのチーム戦だぞ? 作戦とかどうすんだよ?”
“それはいつものノリで行くしかないだろう。俺たちはそういうチームだろ?”
“それだったらあいつらと変わんねぇじゃねぇかよ!”
結局俺たちも似た者同士だった。そんなもんだから、俺とカスケードがごちゃごちゃしている間に大切なフェーズが終了してしまう。
「こうして睨み合ってても仕方ねぇ。さっさと続きをやろうぜ? もう準備運動はいいだろ? そろそろ実力を見せてくれよ、不死身のリーパーさんよ」
こっちが頭の中で喋っていても、時間は進む。彼らは睨み合いだと勘違いしていたようだったが、それも限界が来たようだった。
「まぁ待てよ。こっちはオメェに斬られた傷がまだ痛ぇんだ。傷が治るまで待てよ」
「不死身なんだろ? それくらい直ぐに治るだろ?」
「あぁ、直ぐに治る。だからもう少し待てよ」
「そりゃすげぇな。骨まで切った感触はあったのによ?」
やっぱり切った本人には分かるらしい。それならそれで、こっちもそれを利用しようと考えた。
「あぁ、骨までバッサリだ。だけどよ……」
そう言い、傷口に指を突っ込んだ。そしてドッサリ手に血を付けて、自分でそれを舐めてヒールを演出した。
「こんなんじゃ俺を殺せねぇよ。切るならココだ」
血の付いた指で、首に線を引いた。
「首を切らなきゃ俺は死なねぇ。オメェが分かりやすいよう印付けてやった。次はしっかり首ちょんぱしろよ」
彼は頭が悪そうだから、こうすれば間違いなく首を狙う。それに頭も悪そうだから、これだけ挑発すれば間違いなく俺だけを狙う。
一番ヤバそうな彼を俺に引き付け、さらにその目標まで教えてくれそうな彼は、意外と頭を使えば簡単に丸め込めそうだった。
そんな安易な挑発に彼は乗る。
「流石に英雄の孫は違うな。その辺の雑魚よりも楽しめそうだ。お望み通り次はその首切り落としてやるぜ」
「そいつは楽しみだ」
“カスケード、チンパン、ラクリマ! アイツは俺が引き付ける! 後は何とかしてくれ!”
“チンパンが動けないんじゃ、それはキツイぜ大将。お姫様は自分で何とか出来ないのか?”
“何とかってなんだよ? 俺だって大変なんだよ? チンパンのバリアの中に入って、そこからお前の銃でバンバン撃てよ”
“チンパンのバリアの中からじゃ無理だろ?”
“じゃあチンパン何とかしろよ?”
「んじゃ、こっちも遠慮なく行くぜ」
「えぇ?」
“それは無理ですぜダンナ?”
「え? じゃねぇよ。お前の首をとしてやるって言ってんだよ」
“誰かを守りながらは流石に……”
「おい! いっぺんに喋んな!」
「はぁ?」
「あ、いやっ! 何でもねぇよ!」
この力の弱点。それは、一度に声と頭ん中で喋られると、結局意味が分からんくなる事。これは新たな境地、聖徳太子を会得しなければいけなかった。
「んじゃ、おっ始めようぜ」
「ああ、ちょっと待て!」
“じゃあもうお前らチンパンのバリアの中に入ってろよ。後は俺があいつら全員領域に入れて何とかすっから”
“それは……う~ん……”
「どうした?」
“とにかく何とかすれよ!”
“そう言われても大将”
“そうだぜダンナ”
「なんだ? 言いたいことがあるなら早く言え。こっちも暇じゃないんだ」
所詮猿の集まり。あっちでも喋るしこっちでも喋るしで、もう訳が分かんなくなっていた。
「おい! 何の時間稼ぎかは知らねぇが、さっさと始めるぞ! 構えろ!」
「わ、分かった分かった! 落ち着け! こっちにも準備ってもんがあんだよ」
「死ぬ準備か?」
「そうだよ」
「ハハッ! なら早く祈れ。三秒待ってやる」
タイムリミット三秒。この戦い、多分最後に立っているのは、俺一人っぽかった。
「三……二……」
こんな事言っちゃなんだけど、ラクリマが邪魔だった。多分ラクリマがいなければ、俺たちはもっと上手く連携を取り戦っていた。やっぱり聖刻者同士が引き付け合うのには、それなりに意味があるようだった。
「一……」
もうこうなったらグダグダスイッチをするしかない。かなり甚大な被害をもたらすだろうが作戦を練る暇もなく、やるしかなかった。
そんなギリギリの状況で、やっとラクリマが動いた。
“もう私が指揮を執るわ! だから皆私の指示に従って!”
“えっ⁉”
「ゼロだ!」




