武道の授業
キャメロット城にある修練場。そこは、オリンピック選手や世界上位ランクのアスリートだけが使用を許される、スポーツをする誰しもが一度は憧れる究極の施設。
揃えられる機材や器具は常に最先端の物が用意され、常時スポーツ研究員がより効果的なトレーニングを研究し、指導員はその名を世界に轟かせるトレーナーばかり。
広いフロアはワックスにより輝き、遥か彼方の天井のライトをまるで鏡のように映し出す。計算された屋内は自然な空気の流れを生み出し、時に機械の力を借りて過酷に、またある時は常に快適な空調を作り出す。豊富に揃う道具はどれもが新品のように手入れされ、高級でお洒落な店のディスプレイかと見間違えるほど鮮やかに並ぶ。
この日、俺たちは魔王を倒すためには必要不可欠な武術を学ぶため、初の武道の授業を受けることになり、超VIPだけが許される貸し切り状態の修練場にいた。
「皆さん、おはようございます。私は、本日皆様方の講師を務めさせて頂きます、ヴィニシウス・シルヴァという者です。どうぞよろしくお願い致します」
一応教科によって担任がいるようで、今日はヴィニシウスなんちゃらとかいう、なんかとても動きが早そうなキレッキレの体をした、初めて見る黒人の先生が教えてくれるようだ。そして……
「そしてこちらは、本日特別講師としてお越しいただきました、キャメロット第二王子、イーサン・ウリエル・アーサー・キャメロット王子です」
あっ! やっぱなんかごちゃごちゃし過ぎて全く覚えられんかった!
ジョニーよりも背が高くボディービルダーみたいな体をしていて、前回挨拶に来た時にあまりのインパクトに顔を覚えており誰か直ぐに分かったが、やっぱり何度聞いても呪文みたいな長い名前は覚えられず、結局今回もイーサンしか覚えられなかった。
そんなイーサン王子。俺が名前など憶えていないなどとは思っていないのか、普通に自己紹介をする。
「よろしくお願いする。イーサン・ウリエル・アーサー・キャメロットだ。初めての方もいるようだが、今日は少しでも世界を救う英雄殿たちのお力になれるよう頑張るつもりだが、どうかよろしく頼む」
やっぱ覚えらんねぇ! イーサンまでは覚えられるが、早すぎてイーサンウリエルなんだかキャメロットしか覚えらんねぇ!
それでも一応王子という事もあって失礼なことは避け、皆に合わせてお辞儀をした。
「それとヴィニシウス殿。今日は俺が無理を言って参加させて貰っているんだ。俺が王子であるから、まるで俺がお願いされて来たかのような気遣いは必要ない。俺も今日はヴィニシウス殿に手解きを受ける立場、どうか遠慮なく生徒として扱ってくれ」
「分かりました王子。今日は私も講師として指導させて頂きます」
「それを止めてくれと言っているんだ。俺は王子ではない。そうだろうヴィニシウス“先生”?」
「ハハハッ! そうでした! では、よろしくお願いしますイーサン」
「はい。よろしくお願いします先生」
どうやらイーサン王子は貴族というより俺たち平民に近い気さくな人のようで、先生とも仲が良いのか、二人は冗談でもいうかのようにとても楽しそうな笑顔を見せた。
まぁ~それもそうだろう。確かに気品みたいな物は溢れているが、体が完全に違うもん! 王子ってあんなに筋肉いらないよね?
そんなこんなで、先生たちの自己紹介が終わると授業が始まった――
「それでは、今の動作を順番に練習してみて下さい」
授業が始まると、広い場内を歩き体をほぐし、ストレッチ。それが終わると今度はよう分からん動きの練習。そして二時限目に入ると自分たちの選択武器を選び、それぞれの武器に長けた先生の元、班に分かれての授業となった。
クレア、キリアは、形は違うが片手剣。エリックはフェンシングのようでほっそい剣。スクーピーも家柄なのかエリックと一緒。ジョニーは、先生と王子様が付いて大剣。そしてアドラとパオラは、最初は『もっと重たいのが良い』とか『もっと大きいのが良い』とか言ってなかなか決まらなかったが、最後はモンハンに出てくるようなめちゃくちゃデカい槍を選んでいた。
当然俺たちにはそんな剣術などというシャレオツな特技は存在せず、俺、リリア、ヒーの、扱うなら勿論ピストル組は初心者コース行きとなり、武器の使用についての授業のため、素手でしか戦えないフィリアも併せての、四人の班となった。
ちなみに、キャメロットでは警備員などの特定の職に就く者以外重火器の所持は禁止されているようで、残念ながら俺たちは片手剣と盾を使う授業となった。
それに、魔王やその配下のT-ウィルスみたいな毒をまき散らす魔人には、完全魔弾という魔力によって作られた弾でなければほとんど効果が無いらしく、それ自体が非常に難しい事から、元より銃は度外視されていた。
「は~い!」
授業が始まると、一応型や基本的な戦い方を教えられ、結局は理解できない俺たちは自由気ままに素振り。そして違うと怒られて説明。そしてまた自由気ままに素振り、説明。またまた自由に素振り、説明。素振り、説明、素振り、説明……そんなこんなで三時限目を迎え、俺たちはいよいよ対人訓練に入った。
「それでは先ず、アルバ……リーパーさん。理利愛様……リリアさんへ打って下さい。理利愛様……リリアさんはそれを盾で防御して頂き、アル……リーパーさんへ打ち返して下さい」
「分かりました」
どうやら先生たちは、余程偉い人に何かしら言われているようで、俺たちにめちゃめちゃ気を遣う。そのせいもあり、俺たちの上達スピードは著しく悪かった。
「よし。じゃあ行くぞリリア。ちゃんとガードしろよ?」
「はい! 任せて下さい!」
俺たちは初心者なので、全身防具を身に着け、武器もスポーツチャンバラに使われるようなほにゃほにゃの安全な物だ。それでも一応授業だし、何より気を使いながらも一生懸命教えてくれる先生たちのために真面目に練習を開始した。なのに……
「ヤー!」
“ポッ!”
“ボコンッ!”
「痛っ!」
「ヤーッ!」
リリア、全く話を聞いていなかったのか、俺が打ち込むとほぼ同時に俺の頭を力一杯引っ叩き、違う意味で声を上げる。
「ちょっ! リリア! 先生の話聞いてたか?」
「え? 聞いてましたよ? リーパーが私の盾を叩いたら、今度は私が叩けばいいんですよね? リーパー油断し過ぎですよ? このくらいのスピードでやらなければ意味が無いじゃないですか?」
「ま、まぁ……そうだな……悪い」
「いいえ。ではもう一度お願いします」
一応リリアは真面目にやっていたようで、練習だからといってふざけていた俺が悪かったと少し反省した。
「じゃあもう一度行くぞ?」
「はい、いつでもどうぞ」
「ヤー!」
“ポッ”
“ボコンッ!”
「ヤー!」
「何すんだテメー! 俺が打って、盾を構えてからここに打つんだよ! それに『ヤー』って掛け声は打つ時ゆーんだよ! 卓球の“サー!”じゃねーんだよ!」
「何を言ってるんですかリーパー! これは命がけの戦いの練習なんですよ! 練習だからと言って油断しているリーパーが悪いんです!」
「何が命がけの戦いだ! オメーほんとにそれで戦うのか!」
「私は本番ピストルを使うのでこれは使いません!」
「ピストルは駄目だって言われただろ!」
完全にわざとだと分かる程まさか二度目も同じことを繰り返し、謝りもせず屁理屈を言うリリアに腹が立った。その上あまりにも一撃が強烈だったことで我慢できず、一撃お見舞いした。するとリリア、華麗に盾でガードする。
「リッ、リーパー! 不意打ちとはズルいです! このっ!」
「こっ! 止めろこのやろう! このっ!」
「ちょっ! やめっ! ……このっ! このっ! このっ!」
「このやろう!」
完全にリリアが悪い。だから負けじと打ち返した。それでもリリアは反省する事もなく打ち返してくるから、遂には盾を放り投げ、頭を掴んで抑え込んで上からケツを思い切り何度も叩いた。
「このっ! このっ!」
「ちょっ! やめっ! やめろっ!」
ここで遂にリリアが切れ、珍しく乱暴に『やめろっ!』と声を上げると俺の足を掴んで押し倒した。そして尻餅を突いた隙にリリアはヘッドロックを外し、俺が落とした剣を拾って猛攻を仕掛けて来た。そうなるともう揉みくちゃの喧嘩。リリアにタックルをかまして押し倒して剣を奪う。リリアも隙をついて俺の指を捻る。
そんな子供のような喧嘩に、ここでフィリアが止めに入る。
「もう何をしてるんですか二人とも? 止めなさい!」
「痛いっ!」
「痛いですフィリアッ!」
流石武道の天才。揉みくちゃになる俺たちに近づくと、引き離すわけでもなくいきなり腕を捻り黙らせた。
「何をしているんですか二人とも? これは剣の訓練ですよ? プロレスしてはいけません! ちゃんとやりなさい!」
「は……はい……すんません……」
「す、すみませんでした……」
「違いますよ二人とも! ほら先生にも謝って!」
「は、はい!」
『すみませんでした先生!』
まぁ~俺たちにとってはいつもの事。結局最後はいつも通りフィリアに怒られて終了した。
そんなフィリア。俺たちの喧嘩が片付くと、次はヒーと打ち込みの練習を始めた。だがフィリアもこのクラスにいるだけあって、俺たちに負けず劣らず、なかなかの剣技を披露する。
「ハイヤッ!」
ヒーが相手でも猛然と打ち込むフィリア。しかしその剣は空を切り、何故か最後は横を向いて、何故か蟹股になった自分の足元の床を打つ。そして何故かグラップラー並みの鬼の形相。
フィリアは、拳による打撃に関しては、威力、テクニック共に超一級品。だけど道具を持たせるとあり得ないくらい下手で、そのエイム力は何故か九十度横に体ごとずれる。それだけじゃなく、蹴りも超下手で、動いていないサッカーボールを蹴られないほど精度が悪く、本当に格闘技やってるの? って思うくらいフォームもヤバイ。って言うか力み過ぎ。
これには先生も驚いたのか、空かさずアドバイスを飛ばす。
「フィ、フィリア様……もっと力を、お、お抜き下さい。剣はその重さを利用して攻撃する物ですので、もっと重力を感じて下さい……」
「え?」
「い、いえ……申し訳ありません!」
フィリアは先生のアドバイスに普通に返事をしたつもりらしいが、床を叩いたまま鬼の形相で踏ん張る姿に先生もビビったのか、命乞いをするように謝りだした。
「い、いえ、先生。頭を上げて下さい。アドバイスありがとうございます。もう一度やってみます」
フィリアも先生たちが俺たちにビビっているのを知っていただけに、申し訳なさそうに謝罪すると、素直にアドバイスを聞き入れた。
「では、もう一度行きますよヒーちゃん。準備は良いですか?」
「はい。いつでも構いません」
ヒーは結構気が強い。というか真面目だから、例えフィリアが鬼の形相で打ち込んできても、授業である以上それを真摯に受け止めようとする。何よりヒーは頭が良いから、おそらくフィリアの攻撃は当たらないと踏んでいる節があり、一撃目もあれだけの勢いで打ち込んできても全く怯む素振りも見せていなかった。
「では行きます。セイヤッ!」
“ドゴンッ!”
そしてまた自分の足元を打つ。だけど流石武道を極めているだけあって、かすりさえしないのに、全く同じフォームで同じ場所を打つ。そして鬼の形相。
ダミだ~、センスねぇ~。
そんなフィリアに、ヒーだけが平然と応える。
「ではフィリア。次は私の番です」
ヒーって優しいよね~。俺ならもうやめるもん。
ここがヒーの良いとこ。だけど悪いとこ。たまにブスッと刺さることを言うヒーだが、相手の気持ちを考え、時に冷酷にそっとしておく。だが今のフィリアにはとても良くない。
「分かりました。それにしてもヒーちゃん、なかなかやりますね。私の攻撃がかすりもしないとは……私も少し剣術を練習していたんですよ? もしかしてヒーちゃん、私の知らないところで剣術を習っていました?」
「いえ。初めてです」
「そうですか! ではヒーちゃんは剣術の才能がありますよ! 流石はヒーちゃんです!」
「そうですか? それはありがとうございます、フィリア。私も自信が付きます」
ほらっ! 全然自分が悪い事に気付いてない! 寧ろヒーが凄いみたいになってんじゃん! っていうか、あれでも一応練習してたんだ⁉
「では、次は私が打ちます。準備は良いですかフィリア?」
「私はいつでも構いません」
「では」
結局この日、俺たちは全く上達しなかった。
いいね! ありがとうございます。リリアたちがウホウホ言って喜んでいます。どうやらいいね! はたくさん集めるとジャンボいいね! になるらしく、それを目指しているようです。いいね! 100目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。それと、いいね! は意外と大きいようで、三十万円貯まる五百円玉貯金箱はすぐ一杯になるようです。意外な雑学にびっくりです。