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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
138/186

切り札

 ラファエル様の祠を目指す豪華客船の旅。もう何日経って、後何日で辿り着くのか分からないが、俺の訓練は続いていた。


「ぐはぁっ!」


 おじさんたちとの楽しい訓練は、あの日以降一気に難易度が上がった。いよいよ本気を出し始めたおじさんたちは、もう手が付けられないほど強く、後十年くらいは終わりそうな気がしなかった。


「良し交代じゃ。早く傷を癒せぃ」

「う~……」


 どいつもこいつも、俺が不死な事を良い事にフルボッコにしてくる。その中でも特にこの爺さんは酷く、死なないギリギリでフルボッコにしてくる。それもいつの間にか腕を折られてたり、筋を切られてたりして、非常に陰湿なデバフを掛けてくる一番嫌いな相手だった。


「大分動きは様になって来た。そこまで出来るようになれば、その辺のプロ相手でも負けはせんじゃろ」

「そ、そうっすか? ……じゃあ、もうこの辺で……」

「これならもう少しギアを上げても問題ないじゃろ」

「ええ~?」


 今のところ爺さんもそうだし、全員の底は知れなかったが、まだまだ余力があるのは分かっていた。だけども、これ以上やる必要も無かった。

 確かに体術は、自分でも分かるほどかなりレベルアップした。下手をすればフィリアを相手にしても善戦できそうな自信があり、素人相手には負けないくらい強くなっただろう。

 だけど肝心な聖刻は全く成長していない。扱い方に関しては部分的な治療は上手くなったのかもしれないが、攻撃面は船に乗る前のままだった。


「もう十分だろ爺さん? 俺は別に格闘技のプロになりたいわけじゃないんだぞ? 結局聖刻の扱いが上手くならなければ意味ないんだよ?」

「お主の爺さんは、儂よりも強かったぞ?」

「え? じいちゃんって事?」

「そうじゃ」

「まさか~」


 家のじいちゃんは、一応軍隊に入っていたらしいからそれなりに格闘技も出来るだろう。だけど、天下一武道会優勝者揃いみたいなラクリマ直属部隊で、それも一番強そうな爺さんよりも家のじいちゃんが強いというのは、信じ難かった。


「この船に乗ったとき、一度だけ手合わせを願った。その時は手も足も出んかったわ」

「どうせ聖刻でも使われたんでしょ? いくら爺さんたちが強いって言ったって、聖刻使えば俺でも勝てるよ」


 加護印すら持たない生物なら、例えどんなに強くても一発で魂を引き抜ける。それどころか、領域内にいれば魂に干渉して感覚も、肉体の自由も奪える。


「ただの“人”相手に、力を使うお人じゃない。いや、儂相手には使う必要も無かったと言った方が正しいじゃろう。豊富な技量に打ち負かされたんじゃ」

「豊富な技量ね~。俺には爺さんの方がよっぽど経験豊富に見えるけどな」

「死ぬような思いは何度もしても、儂は一度も死んだことが無いからな」

「一回死のうが、二回死のうが、何回死んだって同じだよ」

「死んだ数の話じゃない。どう生き、どう死んだかが肝心なんじゃ。例え短くとも、一生によって得られる経験は、百年修練を積んでも得られるものじゃない。生きた数が違い過ぎた」


 生きた数が違う。それは死なないからという単純な理屈ではない。何度も生まれ、何度も死んだ俺だからこそ、如何にじいちゃんが強かったのかが分かった。


「そのお主の爺さんが、何故にそこまでの格闘技術を得たのか。今のお主なら分かるのではないのか?」

「何となく……」


 じいちゃんは何度も“聖刻は強さではなく使い方”という事を言っていた。そのためには聖刻に頼らずに戦うスキルが必要な事は良く分かる。だけど結局最後は聖刻が物を言うだけに、未だに真の意味は理解してはいなかった。


 そんな俺の返答に対し、やっぱりきちんと理解しなければいけないようで、爺さんはヒントをくれる。


「お主、ポーカーやカードゲームはしたことはあるか?」

「え? ま、まぁ、ポーカーとは違うけど、似たようなゲームは良くするよ?」

「ならば、切り札という言葉は知っているな?」

「あぁ。ピンチの時とかに逆転するようなカードの事だろ?」

「ん~……それは少し違うな」


 まぁ言葉的には違うかもしれない。“切る”ほどだから、寧ろバンバン捨てられそう。


「戦局に影響を与える、重要なカードという意味じゃ。それはつまり、お主にとって最も得意とする戦術という事でもある。お主が最も得意とする戦術はなんじゃ?」

「え?」


 俺が最も得意とする戦術。それは…………


「…………」


 過去、ブロリー、ジャン、エモという強敵と戦ってきた俺。誰もが強くて必死だった。だからこそ、何が決め手となって勝ったのかは全然分からない。っというか、全部ボコボコにされていて、それでも勝ち残った事を考えると、俺の得意戦術は一つだった。


「根性」


 カッコ良く言えば、諦めない心。だけど今思い返してみても、とてもそんな綺麗な物じゃなかった。


「もっと良い表現は無いのかの~? お主は仮にも聖刻者じゃぞ? もっと見栄を張らんか」


 見栄が何なのかは良く分からないが、こういう時はカッコ良く言った方が良いらしい。


「それに根性だけで勝てるほどこの世界は甘くはない。何度も立ち上がる。そう言わんかい」

「ま、まぁ……じゃあそれで」


 根性、諦めない心、何度も立ち上がる。結局全部気持ちの問題。結局爺さんの理論なら根性。


「お主の聖刻の不死の力は、それだけで戦局に大きな影響を与える」


 まぁそうだろう。殺しても殺しても死なないで襲ってくる相手なら、寧ろ誰も戦いたくはないだろう。


「だがその力も、それだけならいずれは対処が可能になる。経験豊富な相手なら、下手をすれば直ぐに攻略されるじゃろう」

「それはもう経験した。不死でも動けなくされたら意味ないから」


 ジャンの氷漬けは、正直戦った中で一番怖かった。封印される対策は、絶対に必要だった。


「なかなか良い経験をしておるな」

「まぁね」

「ならば、何故その時は動きを封じられた?」

「え? そりゃ、相手が頭良かったから」


 ジャンは多分、ハーバード大学とかの超一流大学に行っていた。実際アズ様の聖刻者についても調べていたし、普通に頭が良かった。


「それは違うな。お主、その相手に不死の力を何度見せた?」

「え? 何度って言われても……何回だろう?」

「相手の身動きを封じることは、相手を殺す事よりも遥かに難しい。不死の力を持つ者に対しては尚更じゃ。余程の準備が必要になる」

「あ……確かに。“とっておきだ”みたいな事言ってた」

「そうじゃろ。相手を制圧しようと思えば三倍以上の戦力が必要となる。多大な労力が必要じゃ」


 ジャンはアズ様の聖刻者の不死を知っていた。だからこそ氷の魔法を準備していた。さらに言えば、凍らせるために真っ黒な雲を作り、大雨まで用意した。そこからさらに氷が解けないように管理まで考えると、俺一人のためにどれだけ苦労するかが良く分かった。


「そんな非効率な事は、誰もしたくはないじゃろう。だけどお主を押さえるにはそれが必要になる。だが逆を言えば、それは相手にとっては正に切り札じゃ。戦いにおいては、切り札は使わせないが定石じゃ。素早く、効率よく相手を無力化する。相手が切り札を使ったのは、お主が勝てないにも関わらず、無闇に切り札を使いすぎたからじゃ」


 漫画とかで、必ず最後は必殺技で主人公たちが勝つ時、いつもなんで最初に使わないのかと疑問に思っていた。そうすれば直ぐに決着する。だけど爺さんの言葉に、実際は使えない状況を作り出されていたんだと分かると、元気玉は別の奴が戦っているときに、離れた所からこっそり作れば良いんじゃね? とも思ってしまった。


「お主の不死の力は、一度だけじゃ」

「一度だけ?」

「一度だけ。見せるときは相手に止めを刺すときだけじゃ。聖刻を奪いに来るのなら、必ず最後に相手はお主に近づく。そうすればお主の勝率は格段に上がる」

「なるほど」


 俺の必殺技。俺が死んだと思った相手が、油断して近づいた隙をついて倒す。正に卑怯!


「爺さん。俺それは何か嫌だ。なんかいい必殺技教えてくれよ?」

「そのための訓練じゃ。お主の守りの技術が上がれば、相手は間違いなくお主の不死の力には油断する。もっと自分が傷を負う事を恐れるんじゃ。そうすれば自ずと、良い必殺技というものが身に付く」


 負傷する事を恐れれば、相手は間違いなく死なないという事に気が付かないだろう。生き物は死を恐れるから危険を回避し、死に直結するから障害を恐れる。そのための基礎訓練だったと分かると、なんかやる気が出てきた。


「そういう事だったのか! 格闘技は覚えておいて損は無いとは思ってたけど、そういう事ならやる気が出てきたぜ! 爺さん、もう手加減なんかしなくても良いから、本気でやってもらっても良いぜ!」

「今まで理解しないでやっておったのか……まぁ良い。ならば、ここからは全力でやらせてもらう。ただし、これは身を守る術を身に付ける訓練じゃ。それを忘れずしっかり勉強せい」

「ああ! よろしくお願いします!」


 こうして、やっとこの訓練の意味を理解した俺は、ここから一気に成長していく。だが、やはりいきなり全力訓練は無理があったようで、先ずは殴られ方から上手くなっていった。


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