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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
132/186

べっぴん

 エモと別れ、同じ北海道の山の中。俺たちはラファエル様の気配を放つ加護者を探し彷徨っていた。


「おい何処だよ。なんでいねぇんだよ」


 気配を追い草むらを彷徨い、岩だらけの小川を上流へ向けて歩くと、かなり気配の近くまで辿り着いた。しかしいくら周りを見渡してもそんな生き物の姿など見当たらず、山菜でも探す爺さんのように同じエリアで四苦八苦していた。


「もうここまで来たらお前らでも感じるだろ? なんか分かんねぇか?」


 おそらく百メートル以内には加護者はいる。だけどアズ様の力を使って探しても良く分からず、もう気配を隠すのが上手いとかそういう次元のレベルじゃなかった。


“分からねぇなダンナ。もしかして間違いじゃないのか?”


「そんな訳ねぇだろ? チンパンだって感じるだろ?」


“あぁ。だけどダンナ、これだけ探しても見つからないのなら、そう思うしかない”


「そうだけどよ……」


 俺とは違う感知能力を持つチンパンですらも分からない相手。そう思いたいのだが、俺たちがここまで探しても見つからないとくれば、チンパンの言う事が正しいような気もした。


「やはり木か。大将、俺たちは動物という観念に囚われ過ぎているのかもしれない」

「…………」


 カスケードはどうやっても木を仲間にしたいらしい。そこに何を見出しているのかは分からないが、パチンカスの考える事は理解に苦しむ。

 そう思っていたのだが、発想の柔軟性はあるようで、カスケードはあることに気付く。


「なるほどな。そういう事か」

「何か分かったのか?」

「あぁ。やはり俺たちは観念に囚われ過ぎていた」

「どういう事だよ?」

「平面ではなく、立体で考えるんだ」

「はぁ?」


 そう言うとカスケードは、地面を指さし、空を指さした。


「そういう事か! お前やる……な……」

「ふっ」


 つまりそういう事。俺たちは地上の目に付く所にいると思っていた。だけど相手は大天使様に選ばれる存在。人間的な考えは捨てなければならない。地上に居ないのなら空か地中。一気に仲間に加える気が失せた。


「おい~……せめて鳥にしてくれよな……」


 ミミズは勘弁してもらいたかった。


“まぁダンナ、折角相棒が気付いたんだ、先ずは会ってみよう。もしかしたらべっぴんかもしれない”


「はぁ~……そうだな……」


 チンパンは別嬪さんなら誰でも良いらしい。こいつにとっての“べっぴん”というのが何なのか分からないが、チンパンにとっては例えダンゴムシでも別嬪になり得るらしい。


 何はともあれ、折角ここまで来たんだし、チンパンの言う通り先ずは相手と会ってみるしかなかった。

 そこで見方を変えて捜索を始めたのだが、それでもやっぱり見つからない。これはもうスコップが必要になってきた。


 そんな感じで、なんかそれっぽい所を見つけては、各自穴を掘ったり木を登ったりタバコを吸ったりして、何も無い時間だけが過ぎた。


 ――夕刻。


 山に赤焼けた空が広がり、暑さもだいぶ落ち着き始めた。そろそろどこかから秋刀魚を焼く匂いがしてきそうな時間はどこか哀愁があり、さすがに今日の捜索にも飽きてきた。それでも一向に手掛かりさえ掴めぬ状態に、諦めにも似た雰囲気が流れ始めていた。


「駄目だな……」

「あぁ……」


“そろそろ腹も減って来たぜ……”


 川辺の岩に腰かけ項垂れる俺たちは、言葉にこそ出さないが“今回は諦めよう”という暗黙の承諾に満ちていた。


「だがこの気配は一体何なんだ大将?」

「知らねぇよ。お前らも感じてるんだから気のせいじゃないだろうけど、俺にも分からねぇよ」


 俺だけならまた導きセンサーがぶっ壊れたで済む。だが三人共が感じているだけに、気のせいという事は絶対になかった。もしくは三人共ぶっ壊れているかのどちらか。


“こりゃ余程のべっぴんに違いねぇ”


「そんなわけあるか! べっぴんなら自分から自慢しに出て来るだろ!」


“分かってねぇなダンナ。真のべっぴんというのは、自身の容姿に気付きながらも、奢らず、過信せず、謙虚なものなんだ。きっと心まで清らかだから、恥ずかしがって出てこれねぇんだ。俺たちはハンサムだからな”


 何かサウザーの『引かぬ! 媚びぬ! 省みず!』の三原則みたく言ってるけど、それはただの人見知りの激しい奴じゃねぇのかと思い、自分たちをハンサムというチンパンには、ただの悲しいモンスターじゃねぇのかと思ってしまった。


「とにかくどうするよ? こんだけ探しても出て来ねぇんじゃどうしようもないぞ?」

「なるほどな。そういう事か大将」

「あ? また何か閃いたのかカスケード?」


 俺としては、誰か『もう諦めよう』と言ってくれるのを待っていた。それは多分皆そうなんだろうけど、責任を取りたくないのか誰もやめるとは言わない。それどころかまた、なんかそれらしいけどやっぱり違う事ばかり言うカスケードは何か閃いたようで、聞いてもどうせ駄目だろうが期待を持たせる。


「あぁ。チンパンの言う事が確かなら、俺たちが探していること自体が間違いだ」

「あ? どういう事だよ?」

「“彼女”が別嬪なら、恥ずかしがっているのだろう。だからここは待とう。向こうから声を掛けてくるのを。それが男というものだろ?」


 もう相手は女性で間違いないの⁉ それを信じて待ってても本当に大丈夫なの⁉


 どうやらカスケードはこの状況に頭が逝かれたらしい。奴は既に幻想の世界にまで踏み入っていた。

 

“さすがは相棒だぜ! それに気が付かなかった俺はまだまだだった!”


「いや、俺もチンパンの言葉で気付いたんだ。お前のお陰で俺はまた一つハンサムになれた」


“俺たちの間違いだぜ、相棒”


「ふっ。そうだったな相棒」


 この二人はもう……駄目だった。それを証明するように、まだこの下らない話は続く。


「さぁ相棒、これを使え」


 そう言いカスケードはサングラスを作り出した。


“気が利くじゃねぇか相棒。感謝するぜ”


 そう言いチンパンはサングラスを受け取り掛けると、葉巻に火を点け、そのまま火をカスケードに近づけた。

 それを受けてカスケードは煙草に火を点け一服すると、無言で俺にもサングラスを渡そうとしてきた。


「…………」


 だからしょうがないから、俺もサングラスを受け取り、掛けた。


 小川の岩に腰かけ、サングラスワイルドな男が三人。今宵の山は、煙草と葉巻の香りで包まれる。最も虚無な時間だった。


 こんな無駄な事をしている時間は無い。しかしここまで精神肉体共に疲労するとこの時間も心地良く、無駄だった。その無駄が奇跡を起こす。


“あ、あの~……”


「はっ!」


 聞こえた。確かに聞こえた。これは間違いなく幻聴じゃない。小川の音に浸り夜を待っていると、遂に相手からのアプローチがあった。


「あ、あ……ど、どちら様でしょうか?」


 ここは細心の注意が必要だった。もし本当に人見知りの激しいべっぴんなら、返答を間違えれば一生姿を見せないだろう。ここは絶対に失敗は許されなかった。


“あ、あの~……そ、その~……”


 このどんどん声が小さくなる喋り方。間違いなく陰キャだ。それに女性だ。馬鹿にしていたが、チンパンの野生の勘の鋭さには目を見張るものがあった。


「…………」


 ここは相手からの言葉を待つ。あくまで相手に会話の主導権があるように見せ、信頼を得るのが先。多分聖刻を貰ってから、一番緊張した瞬間だった。


“あ、あ……初めまして……”


「は、初めまして……」


 何故聖刻を持つ俺たちがここまで彼女を見つけられなかったのか。この喋り方を聞いて、その理由がはっきりと分かった。この子は間違いなくヒキニートだ!


“わ、わ……私は…………そ、その~……”


「良かったら、俺とだけ話しませんか?」


“えっ⁉ えっ!”


「俺はアズ様の聖刻者です。貴女を迎えに来ました。先ずは貴女との信頼関係を築きたい……です。その方が貴方も喋りやすいですよね?」


 阿保二人がサングラス掛けて煙草を吸っているから、余計に怖い印象を与えているのだろう。何より彼女が悩んで悩んで悩んだ末に、勇気を出して声を掛けて来てくれた感が凄い伝わる。その健気さが可哀想になり、出来るだけ彼女にストレスが掛からないようにしてあげたかった。


“えっ、えっ……”


「良いですか?」


“あっ、はい……”


 彼女の“はい”は咄嗟の返答。だけどこのまま三対一で話すよりは彼女の不安も減ると思い、ここは多少強引でも二人きりになることにした。


「んじゃ悪いけど、カスケードとチンパンはあっち行っててくれるか?」

「分かった」


“了解だダンナ”


 三人の中じゃ、俺が多分一番コミュニケーション能力が高い。それは二人も分かっているようで、素直に席を外してくれた。もしくは、失敗した時の責任を取りたくないのかもしれないが、とにかくここは俺が勝負するしかなかった。


 二人が離れた事で、俺たちは一対一になった。それが良かったのか、僅かながら彼女から感じる気配からストレスが減ったような気がした。

 そしてここからが、ある意味聖刻を賭けた本当の戦いだった。


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