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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
130/186

聖刻者バトル

 夜明け前の暗い山は、スクランブル交差点のように生き物たちの声で騒めく。黒い空は羽ばたく鳥たちでさらに黒く染まり、木々は風も無いのに葉を揺らす。昆虫たちは息を殺すように静まり返り、少しでも遠くへと地面を這いずり回る。


 純粋なアズ様の聖刻を賭けた戦いは、純粋故に死神の力がぶつかり合い、俺たちが支配する領域は、俺たち以外の生命から生殺与奪の権利を奪った。

 この支配から逃れるために生を望む者は我先に逃げ出し、今この時においては、ここは地獄と化した。


「ピィィィイイイッ!」


 互いに領域を確保すると、鹿は高々と雄叫びを上げて先制攻撃を開始する。支配圏の植物に強制的に生命を与え、急速な変化をもたらし俺を襲う。


 地中の樹木を急成長させた槍のような幹が、一直線に俺に向かってくる。そのどれもが巨大で、石を巻き上げて突き上がる幹は大木と変わらず、少しでも触れれば肉体は原型を留めている事は不可能。迫り来る速度も速く、土石流が迫って来るような感覚がした。


 この攻撃に対し、俺はすぐさま支配圏を凝縮して濃度を上げ、領内に入った樹木から生命を奪う。樹木は急成長と死を短時間で受けた事で、分子レベルで崩壊し、砂のように消えて行く。


 これにより俺の支配圏は一時的に縮小したが、より堅固な支配力を発揮し、鹿の先制攻撃を防ぐ。

 しかしこれはあくまで目くらまし。鹿は樹木の攻撃を利用して死角に回り、そこから俺を角で狙う。


 鹿が角に纏う死神の力は、実際どれほどの威力を持つのかは不明だった。だからこそあの角だけには絶対に触れるわけにはいかない。例え同じアズ様の聖刻の力を持っていても。

 そこで脚力を限界以上に強化し、上空へと退避した。

 

 この時の俺は、一切余計な事は考えず咄嗟に戦っていた。それが本来の力を引き出したようで、上空へと飛び上がる脚は、自然とバッタのようなジャンプに適した形に変化していた。

 そんな想像以上の実力を発揮していても、今はただ鹿を倒す事だけに集中しており、喜ぶ間もなく応戦を開始した。


 周りの木よりも高く飛び上がった俺は、そこから落下に入ると腕を死神の鎌と化すイメージで力を集めた。それも今回はジャンの時のかぎ爪とは違い、右腕全体を大きな刃物と化す。すると右腕は鹿の角と同じように青白い光を纏った。

 その鎌を使い、重力を利用して鹿を空から狙う。


 鹿はそんな俺に対し真っ向から受けて立つようで、振り抜く鎌に角で対抗してきた。


 二つの死神の力がぶつかると、沢山の怨嗟のような音と魂の光がはじけ飛んだ。それでも俺の手には鹿の角に触れたというような感覚はなく、すり抜けたように軽かった。


 このぶつかり合いは鹿にも同様な手応えだったようで、交差すると不思議な感覚に互いに距離を取る程だった。


「何だったんだ今の……痛ってぇぇぇ! なんだこれ⁉」


 不思議な感覚に驚いていると、突然右腕に激痛が走り、感覚がなくなった。

 打撲、火傷、創傷、骨折、神経痛、麻痺。もっと分かりやすく言えば、殴られた、熱したアイロンを触った、カッターで切られた、ガラスで刺された、骨が折れた、神経が引っ張られた、熱い、冷たい、電気、挟まれ……とにかく痛いと思える全ての痛みが一気に右腕に襲い掛かり、痛みを体の異常というシグナルとしか認識しない俺が、冷や汗を流すほどの苦痛を感じるほどだった。


「こ、これがアズ様の力か……」


 おそらく今のは、魂を斬られた痛み。腕から届く信号は何が起きたのか分からず大パニックを起こしており、間違いなかった。


 俺は直ぐに繋ぎ直して解消されたが、魂にまで届く痛みを受けてもなお戦おうとしていたジャンが、どれほど凄い人物だったのかを思い知った。

 もちろん鹿も同じダメージはあるはずだが、どうやら角はまた別らしく、異変は感じていたようだが、ちょっと頭を振る以外の変化は見られなかった。


「さぁ仕切り直しだ。今度はこっちから行くぞ!」


 鹿が操る植物の攻撃は、かなり厄介だった。そこで今度はこちらから距離を縮める作戦を取った。


 鹿が植物を変化させるには、僅かだが変化までの時間があった。その隙を利用して一気に距離を縮めると、鹿は角を向けて守りの姿勢を見せた。だがあれだけタックルを喰らった俺には動かない角など躱すには温く、するりと抜けて無防備な鹿の横に入った。


 狙うは首。横から見る鹿の長い首は格好の標的だった。そこを狙い死神の力を纏った腕で、槍のように刺す。

 

 角度、タイミングは完璧だった。普通ならこれで決まる。だがやはり野生の動物は人間の常識では計り知れない身体能力を持っており、これだけ完璧に捉えても俊敏な動きで体を反転させ、全く触れさせなかった。それどころか反転する事を利用して攻撃態勢を整えるほどで、逆に思い切り角で突き刺された。


 距離が近すぎた事で、幸い鹿の角は防御した俺の右腕を貫くことは出来なかったが、力は強く、僅かな突進だけでも俺を吹き飛ばすには十分。ぶっ飛ばされた俺が立ち上がる頃にはもう次の攻撃が始まっており、痛みに対処している暇が無いくらい自力の差は圧倒的だった。


「くそっ!」


 離れ間際に来る樹木の槍は、右か左かで俺の行動を制限する。それだけでも厄介なのに、今度はそこに鞭のような蔦まで加わりさらに動きの幅を縮めてくる。


 避ければ角での攻撃。受けに回ればその場に貼り付け。喰らえば致命的なダメージ。ただ植物を操るだけの能力だが、ここまでの規模と動物の身体能力が合わさった戦術は完璧だった。

 だが逆にここまで完璧だと逃げるという選択肢は無く、真っ向から力で対抗するだけだった。


「うおおおぉぉぉ! 全開だぁぁぁ!」


 地面に手を付き、限界まで領土を圧縮。鎧のように自陣の魂を全て纏うつもりで濃度を上げ、触れるもの全ての命を奪うテリトリーを作った。


 限界まで圧縮した領土は、バルーンボールよりもまだ小さい球体となり、侵入した全ての植物を塵と化す。


 ここまで圧縮したテリトリーを作れば、例え同じ力を持つ鹿でも進入は難しいだろう。ここまで来たら後は一切距離を取らせないように追い掛け回し、ゼロ距離で削り合うだけ。

 そう思い準備していると、鹿は俺のテリトリーの狭さを利用して全域包囲からの植物での猛攻を仕掛けてきた。


 領土の上から領土を被されたことで、俺はもう魂は補充出来ない。密度から言えば同等の力を有しているが、残された資源だけではいずれは枯渇して負ける。絶体絶命の状況だった。

 鹿も当然この状況には気付いており、このまま力で押し切るつもりで手を緩めない。考えている時間は、降参するかこのまま死ぬかを即決するくらい。


 もちろん答えは、全部使いきって、限界までやって死ぬ。


 残された時間も資源も少ないのなら、その全てをさらに凝縮して、鹿に突っ込む。

 鹿に辿り着く前に燃え尽きるかもしれない。届いても倒せないかもしれない。そもそもこれ以上の凝縮は無理かもしれない。そんな事も考えられる余裕はない。今はこの瞬間に俺が今まで生きてきた全てをぶつける。


 もう脳では考えず、ただ心のままに本能で動いた。

 

 限界を超えてさらに凝縮した魂は、俺の体を青白い光で包む。体には温かい熱が迸り、青白い光は炎のように燃え盛る。っというかもうその時には走り出しており、砂のように崩れて行く樹木の中を駆けていた。


 鹿の位置なんて最後に見た場所しか分からない。だけど分かる。魂たちが導いてくれる。

 その声を辿り、樹木の壁の中から最後の一撃を鹿目掛け打ち込んだ。


 渾身の一撃は、樹木の壁の中から打ち込んだことで鹿も反応が遅れたのか、見事に額にヒットした。しかしその時には既に力を使い果たしていたようで、ただ俺の拳がヒットしただけだった。


「くそ……」


 拳の骨が折れるほどの全体重が乗った一発だった。だけど所詮素人の俺程度のパンチ力では固い鹿の額に傷一つ付けることも出来ず、完敗だった。


「俺の……負けです……」


 自然と口から出た言葉だった。それほど俺は限界を超える全力を出したし、力も使い切った。そして鹿のその強さに敬意も抱き、最後に手が届いただけで満足だった。

 

 すると不思議な物で、俺の体から自然とアズ様の力が鹿に流れ始めた。


 おそらくこれは、俺が心底負けを認めた事で、アズ様の力がより相応しい相手を選んだのだろう。

 それが分かると、俺はガーディアンと呼ばれる従者になったのだと知った。


 これで俺はこの鹿の従者となり、魔王を倒すために御供する。元々主人公ではない事は知っていたが、まさか鹿の従者になるとは、ちょっと面白いネタになって良いな、と悪い気分じゃなかった。


 そう思っていたのだが、なんかまた変なことが起こり始め、何故か鹿に流れていたアズ様の力が、逆に俺の方に流れ始めた。


“私の負けだ……”


「え?」


 突然鹿が訳の分からない事を言うと、シシ神様のような角がドサッと落ち、槍の森が一気に崩れ始めた。


“お前の、勝ちだ……”


「え? どういう事だ? 俺はもう……おい?」


 何が起きたのかは分からないが、鹿はヨロヨロすると前足を折り跪き、そのまま倒れてしまった。


「おいっ! どうしたっ!」


 跪いた時は疲れて座ったのかと思ったが、倒れるとベロを出し、足を痙攣させ、目玉は暴れまわっていた。


「おいっ! どうしたんだよ! おいっ!」


 何が何だか分からないが、ヤバイ事だけは分かった。そこで咄嗟に体に手を当てて治療することにした。


「なっ、なんだこれっ! おいっ! しっかりしろっ! 今何とかしてやるっ!」


 魂がスカスカの体。それは本当に綿菓子みたいな感じで、生き物として存在出来るような状態じゃなかった。それでもここで何とかしなければ終わるに終われなく、なりふり構わず鹿の体に魂を吹き込んだ。

 すると何とか生命維持まで持って行くことができ、鹿の容態もかなり安定した。


「おい、大丈夫か?」


“ありがとう”


「ありがとう? 何言ってんだよ? あんたは俺に勝った。俺はあんたの従者だぜ? 当然だろ?」


“いや。私の負けだ。私は魂を使い果たした。お前の助けがなければ、私は死んでいた”


「はぁ? アズ様の聖刻者がたま……そういう事だったのか……」


 おそらくこの鹿は、俺のような回復はほとんど出来ない。にも関わらず遺伝子操作や、生命に無理矢理魂を与える力を使っていた。これはじいちゃんが言っていたが、回復系はアズ様の力の中では特殊で、魂を一度純粋な物に変えなければならないことにある。

 それが出来ない鹿は、多分一度自分に取り込んだ魂を上手くろ過出来ず、己の魂まで引っ張られていたのだろう。だからさっき体に触れた時スカスカだった。

 あの状態になれば、いくら回復力に長ける俺でも蘇生は難しい。結局互いに死力を尽くして戦っていたのだと知ると、増々鹿に対して敬意を抱いた。


“私はエモ。其方の名は何という?”


「え? 俺の名前?」


“そうだ”


「俺は……もう名前なんてねぇよ」


“そうか……それは残念だ”


「ただ、俺の兄弟は俺の事リーパーって呼ぶ」


“そうか……そうだったのか……私を助けてくれてありがとう。また暮らせる……”


 そう言われて、いつの間にかエモの家族が近くで見守っている事に気付いた。


「そうか……良かった。俺が助けるまで生きていてくれてありがとうな」


“いいえ。其方に感謝します、リーパー”


 エモは涙を見せた。そしてこの戦いは、やっと家族たちがエモに寄り添えた事で終わりを迎えた。


 エモは、死に際にアズ様に選ばれたことで、魂だけが祠に行っています。そのため言葉通り肉体はずっとこの山にいました。そしてこの山で過去に遺伝子操作を扱う鷹と聖刻を賭けて戦い、勝ちました。その戦いの中でエモは植物を操る力を身に付け、鳥から遺伝子操作の能力を受け継ぎました。

 本気を出しても同じような戦術を取った事や、自身に合わない力の使い方をしていたのは、人間ほど知能が高くないという、動物本来の個性として描きました。

 あと、これ以上卓越した戦術を使えば、最後は三対一という卑怯な戦いになり兼ねないのでこうなりました。そう考えると、ジャンが異常に強すぎました。

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