溝
二日目。
前日は様々なトラブルがあったが、最後にはあの二人以外とは仲良くなり、かなり良い感じのクラスに満足した俺たちは、欠員なしの五人全員で今日も元気に登校していた。
「昨日私、お城の人に言って扇子を買って貰ったんです!」
「扇子? そんなの何に使うんだよ?」
昨日、どうやら前日の疲れもあり、夜七時前に寝たというリリアは、今日も朝から元気で、自慢気に扇子を頼んだことを伝える。ちなみに俺が寝たのも同じくらいの時間。
「水色の超可愛いやつなんですよリーパー!」
「そうなの?」
「はい! ここってなんかお洒落な人が多いので、私も少しお洒落をしようと思い買いました! もちろんヒーも一緒ですよ!」
「はい。私は桜色をお願いしました」
「そうなんだ」
「はい」
「届いたらリーパーにも見せてあげますよ!」
「はいはい」
ここでは、頼めばなんでも買ってくれる。ただ取り寄せになるので、頼んでから三、四日掛かる。俺ももちろん利用しており、後日スーファミのドラゴンアースというカセットと、DSのポピュラスという神ゲーが届く予定。
本当はスーファミのポピュラスが欲しかったが、神ゲー過ぎて手に入れるのが難しいようで、それが来るまでの間の練習用にDS版を頼んだ。
「フィリアやジョニーはなんか頼んだのか?」
「はい。私は、私がデザインしたオープンフィンガーグローブと、ウォーターバック。それと木人と割る用の瓦と藁巻きを頼みました。あと練習用の靴ですね」
フィリアは徒手格闘という、ボクシングや空手のような素手で戦う格闘技を趣味……というか家の都合上昔からやっている。大会とかではほとんど優勝とかいう実績は無いが、特に拳による打撃はイカれていて、オリジナルの猫やウサギが描かれた可愛いグローブから繰り出されるパンチは普通にレンガブロックを粉砕する威力があり、狂気の沙汰である。
「俺も靴や部屋で使うダンベル、サプリメントとプロテインを頼んだ。それと修練場に打ち込み用の木人を頼んだ。ここは色々設備が整っているからな、とてもありがたい」
世界有数の名門と呼ばれる学校だけあって、建物内にはジムやプールなど、様々な施設がある。俺たちも一応そこを利用する事は可能だが、俺たちは超VIPだから、城の方にあるもっとプロ向けの施設を利用することもでき、フィリアたちは学校が終わるとそっちを利用して汗を流していた。
「まぁな。でも英語多くて困るよな?」
「はい。もう少し私たちに配慮してほしいです」
世界共通語は日本語だが、表記やビジネス的には英語の方が主流のようで、英語の読めない俺とリリアには、多くの施設があっても地図が分かりづらく、嫌がらせのような環境にあまりそちらの方には出歩かない事の方が多かった。
「リーパーたちは少し英語を勉強した方が良い。これから俺たちはどんどん国際社会へ出ることが多くなる。少しずつでも勉強してみたらどうだ?」
「え~」
「そうですよ二人とも。もし英語が共通語だったらどうしてたんですか?」
「日本から出ないから大丈夫だ。なぁリリア?」
「はい。それに言葉が通じなくても意思疎通は出来るので大丈夫です!」
『ねぇ~』
「全く……」
そんな他愛もない話をしながら登校していると、突然ヒーが何かに気付き言葉を発した。
「あ……」
「どうしましたヒー?」
「あれを見て下さいリリア。猫です!」
「猫⁉ ……あっ! 本当です! 猫です!」
「えっ? どこだ……あっ! 本当だ! 猫だ!」
突然ヒーがおかしな事を言い始め、まさかこんな高貴な城の廊下にそんなはずは無いと思い視線を向けると、そこに本当に猫が座っていてビビった。
「あ~、あれは皇太子さまが飼っているという猫ですよ」
「皇太子? 誰だそれ?」
「キャメロット王の長男の事ですよ。前に来たとき挨拶に来ませんでしたか? 長髪で眼鏡を掛けた偉そうな人?」
そうだっけ? あの時はもう訳分かんなくなってたから覚えてねぇや……
「そうなの?」
「はい」
あ、フィリア。今これ以上話しても無駄だと思って適当に返事した。
「でも良いのかよ、あんな放し飼いして?」
前足から肩にかけて白いキジトラの猫は、飼われているというだけあって毛並みは綺麗だ。だがこういう所はペットだとかは『不衛生だ』とか言って五月蠅そうなのに、それを放し飼いにしているのは有りなのかと疑問に思った。
「なんでも皇太子さまは既に加護印をお持ちの方のようで、それでいてとても自然に優しいお方らしいです。その上瘴気についても世界的な研究の第一人者のようで、誰も逆らえないらしいです」
「あ……そうなんだ……」
フィリアは皇太子さまの事をとても褒めているようだったが、最後は超偉いから何でも許される的な事を言い始め、結局皇太子さまの事をどう思っているのかは、さっぱり分からなかった。
「名前は何と言うんですかフィリア?」
「あ~……確かミニアとか言うらしいですよ?」
「ミニア! おお! なんか可愛い名前ですね!」
「そうか? でもまぁ、確かに可愛いな」
「はい!」
「でも下手に触っては駄目ですよ三人とも。一応皇太子さまの猫ですから、どんな罪を着せられるか分かりませんから」
名前はどうか知らないが、皇太子さまが飼っていると聞くと、なんだかミニアがとても高貴な猫に見えた。それはリリアとヒーも同じようで、いつもなら動物大好きの二人は見つけるや否や追いかけるのに、珍しく眺めていた。
そんなミニア。やはり下手に触れるのはマズいようで、対面から歩いてきた貴族っぽい女性三人が近づくと、足を止め『おはようございますミィア様』と頭を下げ、触れることなく通り過ぎた。
猫相手に様付け⁉ って言うかミィア⁉
初めて見る光景に、俺たちがおかしいのか、この城にいる人がおかしいのか分からなくなった。しかしあれを見てしまった以上やらないわけにはいかず、俺たちはミィアの横を通り過ぎる際、真似るように『おはようございますミィア様』と頭を下げ、良く分からないまま教室へ向かった――
「さぁ、今日は前のドアから教室に入りましょう! 今日は私がドアを開けます。リーパーは勝手に開けないで下さいよ~」
「好きにすれ」
教室の前に着くと、リリアが元気に前の扉に駆け寄ってそう言う。そのテンションの高さに、朝から疲れた。
そんなリリア。三年生の教室は余程神聖な物らしく、手を合わせ一呼吸置くと慎重に扉を開けた。
俺言うのもなんだけど、こいつ本当に英雄候補なのかよ? 世界大丈夫なの?
そんなことを思いながら教室に入ろうとすると、何故かリリアは驚いたような表情を見せ扉の前で棒立ちになった。
「ん? どうしたリリ……はっ!」
「どうしましたリーパー? 早く……!」
何かに気付いたリリアに首を傾げ、何かあるのかと教室を覗くと、そこにはまさかのあの二人の姿があった。
クッ、クレアとキリア⁉ こいつらもう来ないと思ってたのに何でいんの⁉
昨日あれだけ騒いで教室を出て行った二人が、まさか登校してきてることには全員が驚いた。それこそ俺たちは、あの二人はもう来ないだろうという話をしていたくらいで、もし来ても俺たちは帰ると言っていたほどだった。
そんな二人の姿に、朝一から教室は超気まずい空気に包まれた。
「おはよう。今日も良い朝だ」
このまさかの状況に、先陣を切ったのはジョニーだった。ジョニーは小洒落た挨拶をすると、普通に教室へ入った。それに今度はフィリアが続く。
「おはようございます」
フィリアも普通に挨拶すると教室へ入った。それを見て、俺たちはフィリアを盾にするようにして教室へ入った。だが、キリアの横の席のヒーはやはり近寄りがたいのか、自分の席には行かず、鞄を持ったままリリアと共に二人から一番遠い俺の席にやって来た。
「ど、どうしますかヒー?」
「は、はい……」
席は俺たちで決めた。それにあの席はヒーも納得して自ら選んでいた。しかしヒーもまさかあの二人が今日来るなどとは思ってもいなかったようで、珍しく解決策が見当たらないようで言葉も出なかった。
「フィリアとジョニーに席替わってもらうか?」
席を替わってもヒーとリリアは後ろにずれるだけでそれほど距離は変わらないが、それでも真横にキリアがいないだけでも違うと思い提案した。
「で、ですが……席はもう昨日の時点で決まりました。ここで私たちが勝手に移動すれば、他の人に示しが付きません」
「良いんだよ別に。先生も言ってただろ? このクラスは自分たちで考えて自分たちで判断すれって。だからいくらでも変えても良いんだよ」
「それは私たち全員が納得すればの話です。これでは私たちの独断になってしまいます」
どこまでも真面目なヒー。こんな状況でも調和を大切にする。
「でもよ……」
そんな状況に困り果てていた俺たちの声でも聞こえたのか、ここで突然クレアとキリアが立ち上がり、フィリアに近づいた。
これはマズいと思った。俺たちのせいでまた喧嘩が勃発し、今度こそ殴り合いの喧嘩に発展する。そう思っていてもどうする事も出来ず結局ただ見ていただけだが、意外な展開に発展する。
二人の接近に気付いたフィリアとジョニーも立ち上がり、身構えたように見ていたが、二人はフィリアの横で止まると、昨日とは打って変わって全く違った対応をした。
「昨日は済まなかった。私とした事がつい熱くなってしまった。どうか許して欲しい」
そう言い、軽く頭を下げるクレアは、とても落ち着いていた。するとフィリアも思う所があったのか、丁寧に返す。
「いえ。私たちの方こそ、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」
そしてキリアも謝罪を口にする。
「済まなかった。俺も子供のような事をしてしまい、嫌な思いをさせた。どうか許して欲しい」
キリアもそう言うと、クレア同様頭を下げ、二人に謝罪した。
「いや。俺たちも悪かった。申し訳ない。これからは同級生としてよろしく頼む」
ジョニーもなんだかんだ言って特に気にしていないようで、二人が謝ると仲直りをするように手を差し伸べ、それを見てフィリアも握手を求めるように手を伸ばした。
それを見て二人は、握手による仲直りという習慣が無いのか、一瞬困惑したように逡巡したが、直ぐに意味を理解したようで、四人は仲直りの握手を交わした。
あ~良かった。これで少しはこの学校生活も楽しくなりそうだ。危うくもう帰るところだった。
こうして俺たちの教室は、やっとクラスと呼べるようになった。そしてこれからもっと友情を育み、より強い絆を気付いていく……そう思ったのだが、どうやらまだまだ先は長いようで、仲直りの握手をしたはずだが、クレアとキリアは席に戻るとまるで話し掛けるなという感じで背中を向け、なんか貴族様が出すプライドみたいな雰囲気に、やっぱり近寄りがたいままだった。