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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
128/186

シシ神様

「おわっ!」


 聖刻を賭けた鹿との戦い。互いに聖刻レベルの高い戦いは、案の定物理的な泥仕合へと発展していた。


「のわっ!」


 聖刻の力を使い、角を出現させた鹿。それに対して、身体強化はしているが生身で対抗する俺。鹿は執拗に角を使った頭突きで攻め立て、俺は何とか角の間にすっぽり収まり、頭突きを喰らい吹き飛ばされる。それはまるで駄目な闘牛士のようで、逆にそれを繰り返されるから下手に動けず、膠着してはいないが膠着状態だった。


「ぶぅるわっ!」


 鹿は俺をぶっ飛ばすと一度下がり、じりじり間合いを詰めてから再び頭突きをしてくる。その間合いの詰め方のせいで、闘牛士のようにひらりと躱すことが不可能。何とか角を躱し最小のダメージで領土を削らないようにしているが、この調子で続けられれば、いずれ根負けして十年後くらいには俺は負ける。

 どうやら鹿は俺の回復力を理解していないようで、このまま押し切ろうという考えらしい。


「おお、おい! もうそれは止めろ! そんな事してても俺は倒せねぇぞ!」


 鹿にしてみれば、手ごたえは十分あるため無駄には感じないのだろう。それを証明するように、いくら俺が叫んでもじりじり詰め寄り、再びタックルをかましてくる。


「ぶわっ!」


 動物の考える事は良く分からなかった。確かに自分の攻撃は一方的に当たり、手ごたえも十分あれば必勝と考えてもおかしくはない。だがいくら吹き飛ばしても平然と立ち上がる相手を見れば、普通なら何かおかしいと気付く。

 そう感じずひたすらタックルをかましてくる鹿には、知性を感じなかった。


「おお、おいおい! もう良いだろ! オメェのタックルがすげぇのは良く分かった! だけどいくらやっても俺は全然平気だ! もっと違う……ぐはっ!」


 タックルか足で蹴るくらいしか鹿には出来ないのは分かる。それでもこれは神聖な聖刻を賭けた戦い。こんななんちゃってマタギみたいな戦いをしていては、さすがにカスケードとチンパンの視線も痛い。

 かと言って戦闘素人の俺がこの攻撃を見切る技量も、臨機応変な多彩な戦術も無い。どうにかして鹿に別の戦術を選択してもらえなければ、魔王が倒されるか人類が滅ぶまで続く。

 

 ほとんど聖刻を使わない、ただの人間対ただの鹿の戦いは、誰も得をしない不毛な戦いだった。


「くそっ! ……ぐわっ!」


 あのブロリーを倒した俺が何をしているんだと思うかもしれない。だが野生の鹿はブロリーとはまた違った力強さがある。特にあの突進力は異常で、角を除けて首を押さえてやろうと思っても、まるでトラックにでも衝突されたのではないという堅さと力があり、とても俺の筋力と体重だけではどうしようもない。それに良く考えてみれば、俺は力では一切ブロリーには勝てていなかった。


 おそらくカスケードに剣でも作ってもらえば楽勝だろうが、それも“大将”としてみっともなく、自力でこの無量空処から抜け出さなければならなかった。しかし……


「なろっ! ぶわっ! うわっ! うわっ! 止めろっ!」


 自力突破を狙い力比べを挑むが、案の定ぶっ飛ばされて、転がった所を角でガシガシやられ、挙句には前足でめちゃめちゃ蹴られる。それはもう人が鹿に襲われるただの事故で、普通に鹿にさえ勝てない自分に涙が出そうになった。


「くっそー! もう許さんぞこの鹿っ!」


 こんな惨めな思いをさせられれば、さすがにキレる。そこで本気でこいつを仕留めてやろうと思った。すると不思議な物で、自然と突破口を見つける。それは……


「かかって来いっ! この鹿っ!」


 奴の攻撃はあくまで直線的だ。それも相撲取りのぶちかましのように下から来る。ならばそれを防ぐには木に登ればいい。そうすれば奴の攻撃は俺には届かず、ガラ空きの背中を狙える。

 奴が突進してきたら背中に飛び乗り、後は首を絞めて窒息させて終わり。このピンチに遂に俺は覚醒した。

 そう思っていたのだが、どうやら鹿もかなり戦闘経験豊富なようで、俺が木に登ると突然突進を止め、距離を縮める事すらしなくなった。それどころか勝ち誇ったように顎を上げ、下にいるはずなのに憎たらしい目で俺を見下すような態度を取った。


「テメェこの野郎!」

「ブヒッ!」

「ブヒッじゃねぇよ! なんだその態度!」


 もう完全にバカにしていた。鹿の癖に豚みたいに鳴いて、喧嘩が弱いのに見下す事だけは上手いガリヒョロみたいな態度には、完全に頭にきた。


「上等だよテメェ! 直ぐにはく製にして、その角メルカリで売ってやんよ!」


 一点集中の一撃。あのブロリーでさえ怯んだ必殺パンチで、突進してくる奴の脳天を勝ち割ってやろうと思った。そこで直ぐに木から降りて、今度はあっちが先に仕掛ける前に殴りかかった。

 すると鹿はズルいから、ここでまさかの真の力を見せてきた。


「テメェこの野郎―! 今ぶっ飛ばしてやん……なっ! なんだこれっ!」


 鹿は俺が木から降りて殴り掛かりに行っても、顎を上げてあの憎たらしい目でこっちを見ていた。それに増々腹が立ち近づくと、突然目の前の草が伸び始め、辺りは一気に俺の腰位の高さの草ぼうぼうになった。


 一気に伸びた草は、山を鬱蒼とさせた。特に笹が多く、固い茎は俺の行動範囲を狭め、速度まで落とす。下手をすれば方角を見失い遭難するレベルだった。


 これがこいつの力か⁉ こいつマリアと似たような力の使い手じゃねぇ!


 鹿の力は、遺伝子操作の肉体改造で、そこそこの治癒力を持つ俺と同じ回復系だと思っていた。しかし今見せた力は全く逆の力。強引に魂を与え寿命を奪う。この鹿は間違いなくブロリーと同じ、攻撃特化の死神の力だった。


 伸びた草は、最終的には俺の背丈を超える高さに育った。そうなると目視での確認は出来ず、野生生物特有の同化で気配も追えなくなる。頼れるのは領土内の魂からの情報しかなくなる。

 だがそれも、どうやら鹿はずっとここに居たと言うだけあって、ここら一帯の魂は全て手なずけていたようで、例え俺の領土にいる魂でも協力的ではなく、正確な位置までは教えてくれない。


 こいつはブロリーと同じ系統だと思っていたが、それ以上に力の使い方が上手いらしく、おまけに支配力も強い。ただのくそ鹿だと思っていたが、こいつはかなり手強い相手だった。


「くそっ、どこに行った……」


 伸びた笹のせいで、完全に視界を失った。笹の動きと音だけで鹿の動きを探るしかなく、距離感も分からない。次に鹿がどう仕掛けてくるのかも不明で、どうすることも出来なかった。

 そこへ鹿の攻撃が来る。


「どわっ!」


 視覚を奪った鹿の次の攻撃は、まさかの先ほどと同じ、突進だった。それもちょっとパワーアップしていて、角がヘラジカのような形になっていた。ただやっぱりやっている事は同じで、逆にヘラジカのような角になったせいで余計に俺の体にはヒットしづらくなり、角で本気度を上げた感じにはさらにイラっとした。


 それでも笹の森を利用し、気配を消してのいきなりの奇襲攻撃はかなり厄介で、戦術としてはほぼ必勝に近い。漫画とかなら地味で弱そうな攻撃に見えるが、実際やられると野生動物の恐ろしさを感じさせた。


「くそっ! どこだ! ……ぶわっ!」


 あっちは完璧に俺の位置が分かるらしい。それも姿勢や体制まで分かるらしく、突っ込んでくる方角、タイミングは神がかっている。仮にその両方を察知しておびき寄せても、下からの突き上げや左右の角振り、上からのフェイントなど、意外と斎藤一の牙突並みに打ち分けがあるようで、無駄に技術が高い。

 こいつはもうただの鹿だとは思わず、シシ神様を相手に戦っているのだと認識を改める必要があった。


 まぁそれでも、例えそう思っても俺になんか出来るはずもなく、暫くはシシ神アタックを喰らい続けた。

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