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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
127/186

母なる大地

 我がふるさと北海道。聖刻の旅を続ける俺たちは、導かれるままこの地へと舞い戻った。


「…………」

「…………」


 俺たちはぶっ壊れた導きセンサーにより、迷いに迷い各地を転々とした。その間特に聖刻の奪い合いがあったり、新たな仲間と出会ったりなんてことは一切なく、あっち行きこっち行きを繰り返し、東京に着いてからもあっち行きこっち行きして何も収穫が無く、何だかんだで函館に着いて、そこからずっと車で北を目指し高速道路を移動していた。

 ここに至るまで大体一か月を費やした。不毛な旅は、チンパンジーとパチンカスの絆を深めるくらいには役に立ったのかもしれないが、全く収穫が無い旅はそりゃとても長く感じた。

 だがそれも、広大な大地を持つ北海道を前にしては、とても些細な物でしかなかった。


 車に乗り、ただひたすら感覚を頼りにひた走る。それは既に四時間を超えており、景色も山ばかりとなるとさすがに感覚も狂い始め、今この時がこの旅で最も遅い時の流れを感じさせた。

 それはカスケードにもチンパンにも同様のようで、眠るわけでも会話するわけでもなく、さらに死んだ目で車窓を眺めるだけだった。


 現在、北海道のどこを走っているのかは不明だった。夕張という標識を最後に見た後は、もう山と小さな村くらいしか見えず、俺自身一体どこへ向かっているのかさえ不明だった。

 しかし聖刻はさらに奥へ進めと信号を送り、気付いた時には俺たちは完全に山の中だった。


 地面は砂利道、周りは緑だらけ。もう夏なのか蝉もわんわん鳴いており、山は生命で溢れかえっていた。気温は木陰なのか標高なのか分からないが涼しく、どこかから聞こえる川の音と眩しい太陽は、ハイキングをするには最高の景色だった。


「また随分と良い場所に来たな大将?」

「あぁ。コンビニは無いしパチンコ屋も無いし、プラモデル屋も無い。こんな所で出会うのは熊か鹿ぐらいしかいねぇ」


 まだここに呼ばれた理由が敵と会うためなのか味方と出会うためなのかは分からない。だがこんな所に人なんて絶対居ない。もしここで新たな仲間に出会えるなら、俺たちのチームはそのうち桃太郎みたいになるだろう。

 例え俺が英雄になれないただのモブ的立場だとしても、それだけは勘弁してもらいたかった。

 

 そんなおとぎ話を知らない、現在サル役のチンパンは、やはりおとぎ話には出られなかった。


“くま? しか? それが何なのかは分からねぇが、俺はべっぴんなら歓迎だぜダンナ”


 葉巻が良く似合うチンパンは、俺たちの中で一番ハードボイルド。だけど見た目てきにはどう見ても下っ端チンピラ。言えることはただ一つ、たばこは吸うな!


「それには同感だぜ相棒。そろそろ花の一つでも欲しいところだな」


 長かった不毛の旅中、俺はマリアのように、他生物の意思を周りにいる他者に伝えられるようになった。これはどうやらノンバーバルコミュニケーションという、アズ様やガブリエル様の聖刻者が使える能力らしく、意外と役に立つらしい。だけど我がチームに置いては、ニコチン中毒者の“タバコ吸う?”の合図にしかならず、この大自然をただ公害汚染する副産物にしかなっていなかった。


「とにかく行くぞお前ら。今回はかなり厄介な事になりそうだ。煙草吸ってる余裕見せてると死ぬぞ」


 奴らがくっせぇ煙草臭を放ち肺を破壊している間気配を追うと、いくつかの聖刻の気配を感じた。しかしチンパン同様その気配はとても感知しにくい。これはどうやら野生環境に近い生物ほど気配を消すのが上手いらしく、特に他に同化するような気配は聖刻の気配まで隠すようで、この先にいる聖刻者が動物のチームである可能性があった。


“相手は敵なのかダンナ?”


 この三人の中では、聖刻の能力なのか俺が最も感知、探索能力に優れている。チンパンですら未だ気配すら捉えていない所を見ると、かなり警戒が必要だった。


「それは分かんねぇ。だけど……一人は多分俺と同じアズ様の聖刻者だ」

「一人? 相手はチームなのか大将?」

「それも分かんねぇ。全員相当気配を消すのが上手い。下手すりゃ全部動物かも知れねぇ」

「おいおい。こいつは敵じゃない事を祈るぜ」

「そうだな」


 野生動物であるチンパンの能力の使い方はヤバイ。バリアを鎧のように纏う。爪や牙をバリアで覆い、鋼鉄を超える強度を持たせる。空中にバリアを張りどこでも登る。バリアを尖らせ槍のように使う。雄叫びを上げて五月蠅い。口臭が凄い。屁も凄い。素手で股間やケツの穴を掻く。自分のウンコを触る。常にフルチン。

 やはり野生生物は、人間と異なる思考プラス脅威の身体能力があるため、戦闘においては驚異的な実力を持つ。それは戦い慣れしている“はず”のカスケードにとっても脅威となるため、出来れば戦闘は回避したかった。


 まぁそれでも行かなければ行けない俺たちは行くしかなく、車を降りると後は俺たち三人だけで北海道の山奥へと進んだ――


 しばらく歩きやすい砂利道を進むと、気配は突然昔は道があったか、獣が作ったのか分からないが、結構草ぼうぼうの小道の方からして来た。その道は緩やかな登りとなっていて、その先はもう暗いほど木が影を作る、行きたくない道だった。


「この先か」

「……あぁ」


 完全にボスへと続く道。ここまで来るとカスケードでも気配が分かる程相手は近い。それも相手はどうやらアズ様の聖刻者のようで、向こうもこちらに気付いている。ただ不思議な事に、近くには他の聖刻者の気配を感じはするがはっきりとは捉えきれず、罠の可能性も十分あった。


「どうする大将? 俺たちが偵察に行くか?」

「いや、三人で行こう」


 チンパンの隠密能力は高い。だが不明な聖刻者が二人と被った場合乱戦となる可能性もあり、離れ離れになるのは非常に危険だった。


「チンパン、いつ攻撃が来るか分かんねぇから、いつでもバリア張れる用意しとけ」


“任せてくれダンナ。先に見つけたときは、こちらから仕掛けても問題ないか?”


「いや、先ずは話し合いだ。できれば急な戦闘は避けたい。やるなら一対一じゃなきゃ、ここじゃ誰かが死ぬ可能性もある。相手がお前らよりも礼儀正しいなら代わりに貰うが、そうじゃなきゃただでさえ損してるのに、お前らと一緒にいた時間がもっと無駄になっちまう」


“そりゃ厳しい言葉だぜダンナ”


「そりゃそうだろ」

「世知辛いぜ大将」

「うるせぇよ。とにかく行くぞ」


 そりゃこっちも厳しくなる。許可なく煙草は吸うし、屁もこく。敬語は出来ず常に死んだ魚の目をしている。おまけに中途半端にハードボイルド気取るし、口を開けばギャンブル、煙草、酒、女。スマートさの欠片もない。もっと仲間が多ければ、彼らは間違いなく一生出番の無いリザーブだった。


 とにかくそんな彼らだが、折角時間を費やした以上無駄には出来ず、慎重に俺たちは奥へと進んだ。


 奥に進むにつれ、アズ様の気配はより強まった。それは相手が警戒態勢を強めたに他ならず、暗い森は一層重々しい気配を放ちだした。そして暗い道を抜けると見晴らしが良い林に辿り着き、そこで遂に俺を呼んでいた張本人が姿を現した。


「どうも初めまして。一体どうやってアズ様の聖刻手に入れてここに来たんだよ?」


“ここは私の土地。私は初めからここに居た”


「何言ってんだこいつ?」


 今回の相手は、鹿。額には聖刻が輝き、角の無いところを見ると雌のようだった。


「他の仲間はどこだ? あんたと一対一で勝負したい」


“仲間? ここにいるのは私だけだ”


「嘘付くなよ。気配で分かる」


“ならばそれは、お前の敵ではない。ここに居るのは私だけだ”


「ほんとかよ?」


 ここに来てもまだ、他の聖刻者が誰の聖刻を持っているのか分からないくらい感じ取れない。


“私と戦いたいのだろう? 気にする必要は無いだろう?”


「それは一対一でやるって事か? まぁ、邪魔するならこっちもこいつらが参戦するだけだ。それでも良いなら俺は構わないぞ?」


“私は三対一でも構わない”


 そう言うと鹿は、前足を強く踏み付け大きな音を立て、支配圏を広げた。俺も空かさず支配圏を広げ縄張りを主張する。


 最近分かってきたことがある。それはアズ様の聖刻者同士の戦いは、個としての喧嘩ではなく、群れ同士の戦争だという事。アズ様の力は周りから魂を集めて自分の力に変える。つまりどれだけ大きな領土を確保することが重要となる。領土=魂の数だからだ。


 鹿が広げた領土と俺の広げた領土は、ここは自分の土地だと言うだけあって、残念ながら鹿の方が広かった。だが俺が確保した領土も戦うには十分。最初の領土争いは、互いに十分な成果をもたらした。


 とは言った物の、本当の戦いはここから。相手の戦術を理解し、確保した資源をいかに早く奪うかが勝敗を分ける。

 支配圏の広さから、鹿もおそらく俺と同じく聖刻レベル2。戦略を立てて戦わなければ、今までのようなラッキーで生き残るのは難しそうだった。


 それを本能的に理解しているのか、鹿は先手を打ってきた。鹿はおそらくマリアと同じ遺伝子操作を扱えるようで、雄鹿の立派な角を頭部に出現させた。

 その角は日本鹿が持つ最大級クラスの物で、角先をこちらに向け構えると、巨大な重機を思わせた。


 これに対して特に武器など持ち合わせていない俺は身構えるしかなく、後手に回るしかなかった。

 それでも相手が能力の先出をしてくれたお陰で得意系統や戦術が分かり、この戦いはまた泥仕合になりそうな雰囲気だった。


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