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我らは英雄だ‼  作者: ケシゴム
七章
122/186

他力本願

 ジャンと始まった心理戦。一方は何もさせないため、一方は何もして欲しくないため。言ってみればお互い“何もするな”という意思の下始まった心理戦だが、実は両者目的は一致しているという訳の分からない戦い。

 そんな意味の分からない戦いは、さらに意味の分かっていない俺のせいで、無駄に熱を帯び始めていた。


「…………」

「…………」


 両者睨み合ったまま、上空高くジャンを軸に俺が飛び回る。そこに会話は無く、互いに相手の僅かな動きを見逃せない緊張感があった。


 ジャンは俺にアレをさせないために、俺はただ時間を稼ぎたいために、一定の距離を保ちつつゆっくりと降下していく。


 おそらく地上では、マリアたちは合流している。そして多分、マリアたちもアレが何なのか分かっていない。でも多分、仮に俺がアレが出来たとしても……


『リーパーは大丈夫でしょうか?』

『大丈夫。だけど何をしようとしているのかは知らないけど、駄目だった時の事を考えて、私たちでもジャンを倒す方法を考えよう?』

『そうだね。どのみちリーパーがやられても、ジャンを倒さなきゃムーさんが危ない。だから私たちの方でも何か準備しよう』

『そうだね。だってリーパーだから』


 みたいな感じで、俺がやられたときの事を考えて何か準備しているはずだ。


 あくまでマリアたちを合流させるための作戦だったが、そう考えるとまだまだ時間稼ぎをする必要性は十分あり、睨み合いは俺からの動きが無いため膠着状態に入った。


 そうして出来た時間は俺たちに味方したようで、ジャンと睨めっこをしたまま、俺も考える時間を得ることが出来た。


 魔法ではフウラがジャンを上回る。防御、攻撃力ではツクモがジャンを上回る。そしてマリアはフウラの魔力を半永久的に回復させられる。

 つまり三人が固まれば、ジャンを圧倒するだけの戦闘力を持つ。


 しかし三人が固まれば、連携を維持するために互いに離れることが出来なくなり、フウラもマリアもツクモも機動性を失う。

 不壊の固定砲台と爆撃機。局地的な面で見ればフウラたちが圧倒するだろうが、ウリエル様の力が加わった魔法を使う戦いでは、全局面をいくらでも作り出せる。

 あの三人がジャンと戦うには、ほぼ無いと言える機動力は致命的だった。


 そこでやはりこの戦いの鍵を握るのは自分だと気付くと、ジャンが恐れるアレを見つけ出す必要があった。


 実際今もジャンは、俺が『準備は出来ている』と言った嘘のせいか、下手に手を出すことが出来無くなっており、その言動からアレが如何に局面に影響を与えるかが窺える。下手をすればアレだけでジャンを倒すことが出来る可能性があるだけに、ここは何としてもアレを知る必要があった。


 ジャンは俺が空高く昇るのを見て何かに気付いた。そして『アレはさせない』と言い追って来て、現在に至る。

 そのことから、多分アレはある程度の高さが必要であり、さらに発動までかなり大きな隙を作る何か。そして一度発動すればあのジャンですら勝ち目が無くなると思ってしまうほど強大な何か。


 今こうしてジャンと睨み合いながら考察してみると、意外と多くのヒントを得ている事を知り、ある程度の高度が必要という事から、あまりのんびりとはしていられない事も分かった。


 そうなると俺の脳はさらに回転力を上げる。


 高さ、大きな隙……待てよ……ジャンはああしていれば俺は何もできないとも言っていた。つまりアレをするには、その動きだけで直ぐにそれだと分かってしまう技……まっ、まさかっ⁉


 考えた末に辿り着いた答えは、本当に、まさか本当に驚きの、元気玉だった。


 魂をかき集めて不死を実現、言葉以外で生物と会話出来るアズ様の力。さらに空高い位置、両手を上げる大きな隙、元気を集めるまでの時間。あの魔人ブウを一撃で葬ったほどの威力がある元気玉なら、さすがのジャンも恐れる。間違いなかった。


 全ての点と点が繋がり答えが分かると、出来る出来ないは二の次として、どうやって元気玉を作る時間を稼ぐかを軸にして、作戦を練る。


 地上では今、マリアたちがジャンを倒すために準備をしている、はず。その作戦には間違いなく俺は入ってはいない。ならば俺はマリアたちの作戦の中で、もう一度空へ打ち上げてもらうだけ。だがジャンはもう俺を絶対に無視できない。

 例えマリアたちがジャンを倒すことが出来る秘策を思い付いても、俺に釣られてジャンが離れれば全てが台無しとなる。

 

 ジャンをマリアたちに引き付けつつ、俺がこっそりと空へ上がる。そしてそこで俺は何とかして元気玉を作り、尚且つそれをジャンに当てる。これが理想的な展開だった。


 しかしながら、ジャンの機動力を前にしては、その理想はかなりハードルが高く、ほぼ不可能に近かった。


 それでも頭の良いジャンが、そこまでの条件があるにも関わらず俺を追ってきた。元気玉は元より不可能だったかもしれないが、それ程までジャンを警戒させるという事実は、元気玉を知るよりも価値があった。


 そこで、あくまで元気玉は最終手段として考え、とにかく、一回降りて、先ずはマリアたちの作戦を見て、あわよくばそれでジャンを倒してくれることを期待して、駄目なら元気玉を囮にして俺が注意を引き付け、その間にフウラの魔法でジャンを倒してもらう。という作戦で行くことにした。


 そのためには、何はともあれ、先ずは無事地上に降りることが重要だった。


 高度はかなり落ちたが、降下速度は、砂漠の地熱のせいかかなりゆったりとしている。この調子ならおそらくまだ十分以上掛かる。ジャンがこのまま本当にただ見ているだけなら全く問題ないが、そんなことは今まで見たアニメや映画でも絶対ありえなく、元気玉を作り始めても直ぐに対応できる高さまでくれば、間違いなくジャンは仕掛けてくる。


 無事に地上に降りる事。もしかするとこれがこの作戦で一番難しいタスク。そう思い気を引き締めていると、本当にジャンは何もせず、本当に安全に、しかも俺は見事なまでの美しい着地を決め、最も難しいと思われた関門を簡単にクリアできた。


 これがリアル。アニメなら絶対ありえない。おそらくアニメで今の場面をどうしても使わなければならないなら、間違いなくあそこでオープニングかエンディングが流れる。それくらい傍から見れば何だったのか分からない時間だった。


 まぁそれでも、マリアたちは目的通り合流できたし、色々考えられたし、決して無駄ではなかった。ただマリアたちにはやっぱり無駄な時間だったようで、俺とジャンが普通に戻ってくると、なんかざわざわしていた。


 そんな俺たちとは違い、さすがは歴戦の戦士のジャンは、平然としていた。


「さて、仕切り直しです。私を倒す方法でも見つかりましたか?」


 また定位置の空高い所で言うジャンは、すっかり左腕の傷も治り、仕切り直しというよりも振り出しに戻ったと言った方が正しかった。すると、マリアはジャンの言葉を本当に真に受けたのか、俺を呼ぶ。


「ちょっと待って! 今リーパーにも作戦伝えるから! リーパーちょっとこっち来て!」


 多分マリアは、これをスポーツか何かと勘違いしている。普通こんな殺し合いをしている中で、『タイム!』は通用しない。しかし、どうやらジャンにとっては俺たちとの戦いはスポーツと変わらないようで、手のひらを見せ、まさかの“どうぞ”が出た。


 これは絶対ジャンの罠。ジャンは俺たちが集まった所を叩くつもりだ。だから俺は、マリアたちがちゃんと俺の意図を読み取り作戦を考えてくれていたことが嬉しくて、ジャンに『あ、どうも』と頭を軽く下げ、マリアたちが考えてくれたジャンを倒す方法を聞きに行った。


 その間ジャンは本当に何もしてこず、紳士的な態度に、なんか、好感が持てた。


「大丈夫だったか三人とも?」

「ムーさんもいるから四人だよ?」

「あ、そうか、すまんすまん」


 合流すると、三人……四人はあの爆発を受けても怪我一つ無いようで、元気そうだった。特にマリアはこんな状況でも普段と変わらず笑顔を見せ、狂っていた。


「それより、作戦って……」


 案の定だった。俺たちが集まり、これから作戦会議を始めようとした矢先、突然ジャンから攻撃が来た。

 この攻撃はツクモのバリアで全員無事だったが、今回はマジで俺の勘が的中したようで、ジャンはここから怒涛の魔法攻撃を仕掛けてきた。


「お、おい! どうすんだよ! コレはマジでヤバイぞ!」


 こんなのは分かり切っていた事だった。ジャンにとって最も厄介なのは、俺、ツクモ、フウラたちが離れ、三方面から攻撃されること。俺はアレが出来ないが、ジャンにとってはどの三人も驚異的な殺傷能力を有しているため、攻撃は届かなくともそれが一番嫌なはず。ジャンにとって最も戦いやすいのは全員を一カ所に固め、そのままゴリ押しする事。

 んな事は、俺でも簡単に分かっていた事なのに、ジャンの巧妙な策略に嵌められた。


 やはりジャンはとんでもない強者だった。


 そう思っていたのだが、やはり三人……三人と一匹いるからアレだけど、やはり三人揃えば文殊の知恵だったらしく、全員が集まるのがこっちの作戦だったらしい。


「安心してリーパー。これはフーちゃんが考えた通りの作戦だよ」

「マジか⁉」


 一応言っておくが、今ツクモのバリアの外は、物凄い事になっている。ジャンは巨大な水の塊を魔法で作り出し、それを高速で打ち出している。それは正に水の爆撃と変わらない数と威力で、ツクモのバリアで音まで遮断されているが、頭を低くしてしまうほどだった。


「でもこれで本当に大丈夫なのか⁉ これじゃあ何も出来ないぞ⁉」


 衝突した水の塊は、砕けると周りに池を作り、このままバリアの中に籠っていたら、いずれは辺り一帯が水没して、水中に閉じ込められる可能性がある程容赦ない。そうなったらまたジャンはあの氷魔法を使ってくる。

 超不安で、全然、全く、マリアたちの作戦が信用ならなかった。そんな俺にフウラがきちんと理由を教えてくれる。


「ジャンは、私が炎の魔法が得意な事を知っています。そして炎での魔法では私には勝てない事も知っています」

「そうなのか⁉」

「はい。彼は私との最初の魔法のぶつかり合いで負けています。にも関わらず再び炎の魔法を使い、確認までしています」


 最初はフウラの炎の竜巻からの矢の消滅で終わっている。あれは俺的にはどっちの勝ちかなんて分からないが、確かに次のジャンの炎の龍は違和感があった。

 あれにはそういった理由があるのかと知ると、やっぱり魔法は良く分からなかった。


「それに、ウリエル様は水の扱いに長けた天使である事も加味して、次にジャンが選ぶのは水性だと思っていました」


 四大天使様にはそれぞれ得意な属性があった。ミカエル様は土、ウリエル様は水、ラファエル様は風、ガブリエル様は氷というように、多分これで合っていると思うが、そんな感じ。

 これは史実ではそうなっており、さらに過去の英雄たちもそれに伴う属性を得意としていたため、実際はどうか知らない。


「何より彼は、リーパーが単独で動くことを気にしていました」

「え? そうなの?」

「はい。余程リーパーが持つアズ神様の力が怖いようです」


 全然そうは見えなかったが、あれだけの魔法のぶつかり合いをしたフウラにはそう感じたらしい。なんかツンデレみたいなジャンに、好感が持てた。

 

「この事から、ジャンは水性魔法を使い、私たちを一カ所に固めて来るのではないかと思っていました」


 やはり魔法に精通しているだけあって、フウラはジャンが選びそうな戦術を理解していた。リリアたちと同じ顔をしているが、中身はやっぱりエリートだった。


 これにはかなりの期待が持てた。


「そこでマリアが考えました」

「え?」

「ジャンが私たちを拘束したいのなら、逆らわず敢えて拘束されようと」


 フウラはエリート。ツクモは達人。ムーさんは蛇。だけどマリアはクソガキ。なんでエリートがそこまで分かっているのに、ここでマリアが作戦を立てたというのは天変地異以外の何物でもなかった。


「だだだ、大丈夫なのか⁉」


 現在ツクモのバリアのお陰で、俺たちは安全だ。しかし既にジャンの嵐のような水魔法で、辺り一面は膝位まで水没していた。


 そんなピンチでも、マリアは自信満々。


「大丈夫、任せて!」


 親指を立てて、ヒーロースマイルをマリアは見せるが、全然大丈夫じゃなかった。


「大丈夫って、この後どうすんだよマリア⁉」

「人間ってね、飛ぶのは難しいけど、泳ぐのは簡単なんだよ」

「どういう事だよ⁉」

「こういう事」


 そう言うとマリアは、河童のように水かきが付いた手を見せた。


「私の力使えば、皆どの魚よりも早く泳げるようになるよ。もちろんムーさんも」

「泳いでどうすんだよ⁉」

「決まってんじゃん。ジャンが水魔法使うなら、それを利用してフーちゃんが海作ってくれるから、私たちは浮力を利用してジャンを捕まえるの。そしたら後はツクモでもリーパーでも、私でも、ムーさんでさえ毒あるから、ジャンを倒せるでしょう?」


 ムーさん毒あんのかよ⁉


 蛇だからあってもおかしくないが、まさかの猛毒持ちと分かると、急にムーさんが怖くなった。だが飛びついてしまえばムーさんでも勝てるのなら、体が小さい分一番活躍しそうだ。それに、俺たち五人の高速魚雷作戦は、俺がジャンの立場だったら超怖い。


 もっとこう、なんというか……もっとバンッ! というフウラの魔法で決着みたいな作戦を期待していたが、これはこれでかなり陰湿なため、俺たちには寧ろピッタリな作戦だった。


「よ~し! なら後は上手くジャンがこの辺を海にしてくれるのを期待するだけだ!」


 ここまで上手くシナリオ通りに話が進むと、一気に勝利を手繰り寄せた気がした。しかしあのジャンがそんな簡単に倒せるはずもなく、ここでフウラとツクモが良からぬことを言う。


「まだ安心しないで下さいリーパー。今は思惑通りに進んでいますが、ジャンのあの姿はヴァリーです」

「ヴァリー?」

「大天使様の力の一端を使う力! アニー先生に習ったでしょう! リーパー! あの翼見たでしょう! 感じなかったのウリエル様の強い力!」


 ヴァリー。ルキフェル様も含めた大天使様の聖刻者は、一定以上のレベルに達することでその力を解放することが出来る。いわゆるスーパーサイヤ人みたいな感じ。

 俺はずっとそれをヴァルキリーモードと勘違いしていて、ツクモに怒られて初めてそれがヴァリーというのだと知った。


「まだ完全に扱えてるわけじゃないみたいだけど、かなりヤバイよ! もしマリアの作戦が成功しても、即死させる気で行かないと失敗するわよ!」


 ウリエル様の強い力はヒシヒシと感じる。だけどその力がどれほど強いのかは良く分からない。ただ言えるのは、マジで殺す気、無慈悲に命を奪う気で行かないといけないという事だけ。


 俺は散々命を奪い続けてきた。だけどそれは決して殺していたわけではない。俺はあくまで助けてもらっていた。そう思い感謝していた。それはブロリーにも言えた事で、結果的には殺してしまったかもしれないが、尊敬もしているし、感謝もしている。だから意外と楽しめた。実際今だってジャンに対して憎しみはあるかもしれないが、本気で殺してやろうとまでは思っていなかった。


 だけど今ツクモの言葉を聞いて、残された僅かなチャンスでジャンを確実に殺さなければならないことを知らされた。

 

 俺としては、今でもジャンを殺すまでは必要は無いと思っている。聖刻さえ使えなくさせればそれで良いと思っている。でもさ……ここまで来たんだし、折角の機会だから初めて人を殺すという感覚を味わってみたくなった。


「リーパー……?」

「いや、何でもない。ただちょっと、俺も本気でアズ様の力使ってみたくなっただけだ。折角だからマリアの作戦で行こう」

「…………」

「どした?」

「い、いや、何でもない……」

「良し。じゃあマリア頼む」

「分かった……」


 覚悟が出来たわけじゃない、ただ入れた事が無いギアを入れただけ。それがとても心地良く、一気に心が静かになった。


「あ、それと、もう一つ頼む」

「な、何?」

「あのさ~……」


 降り注ぐジャンの魔法は、もう俺たちが逃げられない高さまで水位を上げていた。そして水位が完全に俺たちの体を沈める高さまで上がると、魚雷策戦が始まった。


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