旅
「おい~、早くしろよ~。日が暮れちまうよ」
「旅というものは、急ぐものじゃない。風を感じながら歩んでいくものだ」
「オメェが歩くの遅いだけだろ! 大人しく足治させろ!」
「それは駄目だ。自分の足で歩いて行く。それもまた旅だ」
「だったらもっと早く歩け! 途中でぶっ倒れてもオメェ置いてくぞ!」
カスタードと始まった旅は、先ずはカスタードの聖刻を手に入れるため、次なる祠を目指し進んでいた。
その次なる目的地とは、本当に合っているのかどうか知らないが、カスタードの感覚を頼りに進むとまさかの砂漠に迷い込み、まさかの砂漠真っ只中だった。
「そう思うのなら先に行ってくれ大将。俺は一人でも大丈夫だ。あっちで落ち合おう」
「それが出来るならもうとっくに置いて行ってるよ! オメェ一人なら絶対死んじまうだろうが!」
この“カスケード”という男、どういう人生を歩んできたらこうなるのか知らないが、とにかく頭がおかしかった。
あの夜、パチンコ屋で出会った俺たちは、その後カスケードが一回家に帰りたいとか言い出し、仕方なく帰ってやると、なんか『死ぬつもりは無いが、忘れ物があると前を向けない。俺は前だけを見て生きていきたい』とか言って家片付けるとか言い出すし、“そんな時間無いからアルカナの人に頼め”と言えば、『世話になった大家に挨拶がしたい』って言って朝まで待つ羽目になるし、待ったら待ったで大家と仲悪いし、なのに何故か最後に『クソお世話になりました』ってサンジみたいな事言い出すし、マジで迷惑人間の集大成みたいな奴で、完全に外れ枠だった。
その上なんか知らんが、左足は義足で歩くの遅いくせに砂漠行くって言うし、治してやるって言っても拒否るし、もうここで干乾びてくれたら良かった。
「そうなったらそれも俺の運命だ。俺には聖刻を貰う資格が無かっただけだ。気にするな大将」
「俺が気にするわ! ここでオメェが聖刻貰えなかったら、無駄にした時間どうしてくれんだよ!」
広大な砂漠は見渡す限り砂しかなく、雲一つなくずっと晴れててめちゃめちゃ青空のくせに殺意を持ったかのように暑い。そのくせ夜はめちゃめちゃ星が綺麗なのに、こっちも殺意を持ったかのように寒い。もちろん水も食料もコンビニもある訳もなく、いるのは俺とカスケードと、ラクダ二頭。
砂漠に入る当初は車移動も考えたが、この広大な砂漠では直ぐに使えなくなるらしく、さすがにカスタード……? だったかカスケードだったか……とにかくこいつに付き合っていては命が幾つあっても足りないと思ったのか、折角ゼロとゼロワンっというコードネームを教えてもらうほど仲良くなったマキマさんたちまでいなくなってしまい、こうなってしまった。
おまけに俺は一切必要無いが、人間のカスケードのためだけに食料や水を運ばされるためにラクダまで犠牲になり、歩くのは遅ぇし、意味分かんねぇことばっか言うし、何をしたいのか意味分からんし、俺の時間は奪うしで、奴は正に聖刻を授かるに相応しいクズ野郎だった。
そんな愉快な仲間と進む砂漠三日目。“カスタード”は頭だけでなく体まで化け物のようで、このクッソ暑い砂しかない砂漠を本当に合ってるのかどうか知らないが延々歩き続けていてもまだまだ健康そうで、健全だった。
「おい! オメェ煙草吸ってる暇あるなら歩け!」
こんな砂漠でも意外と命はたくさん溢れており、ラクダに関しては気を使って何度か回復を施していたが、カス……カスタードクリームに一度も、本当に一ミリもな~んもしていない。それなのにまだプカプカ煙草を吸えるほど余裕があるようで、普通に足を止めて普通に煙草に火を点け、ふつ~うに一吸いしていた。
「風を追っていた」
「風?」
吐いた煙草の煙を追い、空を見上げるカスタード……カスケー……カス……カスクリ……パチンカスは、祠の位置でも探っているのか炎天下の砂漠の中でも涼しい顔をしている。当然左手はポケットの中。
「今日は七の付く日だったと思ってな」
「どういう事だよ? 七が付く日ってなんだよ?」
「七日、十七、二十七。七の付く日は、パチンコ屋の日だ」
「え?」
「スリーセブン、ラッキーセブンと言うだろ? だから七が付く日はパチンコ屋が力を入れるんだ」
もうこの人帰ってくんねぇかな!
「良し、分かった。お前の加護印このラクダに渡せ。そんでお前は一人で歩いて日本へ帰れ!」
ずっとこんな感じ。なんで左足を失ったときに命まで失わなかったのか残念で仕方がない彼との旅は、日を追うごとに過酷さを増していた。
――そんな旅も四日目を迎えた朝。やっと目的地に着いた。
昨夜、このままではいつまで経っても地獄は終わらないと思った俺は、ラクダたちに無理をお願いしてまで眠るこの男を簀巻きにして引きずって歩き続けた。その甲斐もあり、朝日が昇る涼しい時間にやっとこの男から待ち望んだ言葉が出た。
「大将、近いぞ」
今まで阿保面かいて寝ていた男は、誰のお陰でここまで進めた以前に、自分が今どんな状態になっているかなんて考えもしないようで、蓑虫状態でも平然と言う。そしてこういう奴はやっぱり凄い特技を持っているようで、蓑虫状態でも普通に手を出し煙草に火を点ける。
「どうやら第一関門突破、と言ったところだ」
正直こいつは何もしていない。なのにまるで“俺たち”の努力の結晶だみたいに言う姿には、呆れて物も言えなかった。
まぁそれでも、コイツの分け分からん直感でパチンコ屋に連れて行かれるよりはよっぽどましで、とにかく何とか目的地まで辿り着いた。
砂漠の真ん中に、ぽつんと立つ祠。それはまるでマイクラのイグルーのようで、砂岩で作られた祠は砂に同化していて、ピンポイントで進まなければ見つけるのは困難を極めると言っても過言ではない姿には、正に第一試練突破という感じだった。
ただ、一定距離まで近づけば俺でも感知出来た。それを考えると、聖刻を持つ者であればある程度感知できる。こいつのせいで苦労した分そう思えたが、もしかしたら試練とまでは言えないのかもしれない思いがあった。
そんでも無事辿り着いたのなら、後は貰った物だと思っていたのだが、やはり聖刻はそう易々と手に入る物ではなかったようで、不穏な人物が佇んでいた。
「あれは……ウリエル様の聖刻者」
一人だけ、ターバンで顔まで隠し、不自然に祠の傍で誰かを待つかのように佇む男。だが祠から感じる気配はウリエル様の物。
既にウリエル様の聖刻を持つ者が、ウリエル様の祠の前で誰かを待つのは不自然極まりなかった。
そんな男を見て、カスケードは何かを感じ取ったようだった。
「なるほど。聖刻狩りというやつか」
「聖刻狩り? 狩るって言ったって、出て来たばかりの奴から聖刻奪ってもほとんど意味ないだろ? 赤ん坊相手に喧嘩するようなもんだぞ?」
「それでも聖刻は聖刻だろ、大将? RPGで、最初の町でレベルアップさせられる弟だって、いるっていう話だ」
それは俺もリリアにさせたことあるけど、その例えはおかしいだろ!
仮にそうだったとしても……いや、そんなはずは絶対なく、コイツの分け分からん例えのせいで、もう何が正解か分からなくなってしまった。
「とにかく気を付けて行こう大将。俺の読みが確かなら、俺が祠から出てくるまでは何もしてこないはずだ」
「ま、まぁ、それはそうかもな……」
「安心しろ大将。俺はこう見えても、伊達にパチンカスをやっていたわけじゃない。俺の勘は当たる」
自分でパチンカスと言っちゃってるし、“黄泉”なのか“患”なのか、何を言ってるのか分からないせいで、絶対当たることは無さそうだった。
それでも流石頭の半分黄泉に住んでいるだけあって、意外と言う事は正しかったのか、その後カスケードをすんなり祠へ黄泉送りにすることが出来た。
これで後はカスケードが地獄の釜でゆで上がるのをのんびり待つだけ。奴は一体どれくらい熱せられればゆで上がるのかは知らないが、とにかく待つだけとなった俺は、ラクダと楽しい時間を過ごそうと思った。だがやはりパチンコ脳の勘は信用してはならないようで、何故か俺が被害を受ける。




