相性
氏名、年齢、職業も分からない男。聖刻の導きにより出会った、多分新たな仲間。何故俺たちは引き付け合ったのかは分からないが、その男は夜遅くまでパチンコ屋にいて、もう駄目そうだった。
それでも神々の導きを信じ、とにかく俺は言われた通りパチンコ屋の入り口の前で男を待っていた――
夜も更け、道路を行きかう車も少ないパチンコ屋の前は、街灯も少ないということもあり、夜の寂しさで溢れていた。まだまだ春真っ盛りの夜風は肌寒さを感じさせ、どことなく聞こえてくる虫の音が静かさをより寂しくさせる。
男はトイレに行くと言うため待っていたが、この僅かな時間は忙しさを忘れさせてくれるようで、意外と悪くは無かった。
そこへウンコでもしていたのか、やっと男が現れた。しかし人を待たせることに罪悪感が無いタイプのようで、やっと出てきたと思ったら何も言わずに直ぐ灰皿の所へ行き、普通に煙草をくわえて、普通に銀色のジッポで火を点けた。
「ふぅ~……」
パチンコ屋の灯りを背景に、左手をポケットに入れたまま、片手で紫煙を燻らせる男は、完全に俺からの言葉待ちだった。すると不思議な物で、タバコなんて吸ったことない俺も、男と同じように息が出た。
「ふぅ~……」
それでも男は何も言わない。だから仕方なく俺から先ず声を掛ける事にした。
「あんた、誰の加護印持ってんだ?」
男に加護印があるのは感覚的に分かっていた。そんな俺に対して、男はタバコを一吐きしてから答える。
「分からねぇ。ただ……」
「…………」
本来ならここで、『ただ?』と聞き返すのが礼儀だろう。だが腐魚にはその必要は無い。
「俺は運が無いからな」
夜空を見上げながら男は言う。
やはり必要なかった。っというか、質問に対しての答えとしては全く意味が分からなかった。
そしてなんか言い切ったみたいにまたタバコを吸って、また俺の質問待ちみたいな態度を取る。
「……ふぅ~……なんでこんな所でパチンコなんてしてんだ? 俺なんか待ってないで、先に聖刻貰いに行けば良いだろ?」
男はまた煙を吐く。質問待ちする癖に、いちいちこの間を作る男には意味が分からなかった。
「フッ」
煙草を吐いてからの鼻笑い。余程面白い事があったらしい。
「呼ばれる先は海の向こうだ。海を渡るには金が要る」
「…………そうか」
どうやら金が無いらしい。だから頑張ってパチンコで儲けて旅費を稼せごうとしていたらしい。
そして今日は、見たところ負けている。
あまりの駄目っぷりに、返す言葉が無かった。それでも俺から喋らなければ、会話は続かない。何故なら、奴は質問待ちだから。
「…………」
「…………」
「…………」
「はぁ~……そんなの警察とかに言えば良かっただろ? 自分は加護印が出たって」
祠の開錠は、世界的なニュースになっていた。それは全くニュースを見ない俺にでも情報が入るくらいで、ここのパチンコ屋のテレビでもその話題が流れているほどだった。
煙を上げた男は、言う。
「それじゃあ駄目だ。その力は神々の力なんだろ? ならば自力で手に入れられなければ意味が無い。そうだろ?」
煙草を持った手で俺を指し、男は言う。
やはり男は、俺が既に聖刻を持っている事に気付いている。それもアズ様の聖刻だと。だけど自分で尤もらしい事を言ってて未だに旅費も稼げてない事や、多分四大天使の誰かの聖刻者なのだと思うと、この三大神様の聖刻を持つ俺に対しての無礼の連発は万死に値するほどだった。
そんでも優しくしてやらないと、ここまでの苦労が水の泡になってしまう。
「あんた、今いくら持ってんだ?」
これは決して嫌味で聞いたわけではない。“多分もう少しで旅費が貯まるのだろう? よく頑張った”そういう意味で聞いた。だがどうやら男は何か勘違いしたようだった。
「これは済まない“大将”。ちょっと付いて来な」
そう言うと男はタバコを消し、突然歩き始めた。左手をポケットに入れたまま。
これには意味が分からなかったが、付いて行かなければ多分奴とはここで一生の別れになると思い、仕方なく黙って付いて行くことにした。
「大将。歳はいくつだ?」
「齢?」
「あぁ」
既に不死の力を持つ俺には、年齢などという物は意味を成さなかった。それは名前も同じ。だから腐魚の名前にも年齢にも興味は無く、こんな事を聞く理由も分からず適当に答えた。
「俺に年齢はねぇよ。百歳になろうと思えばなれるし、いつでも生まれ変われるからゼロ歳にもなれる」
「そいつは粋だな! ハッハッハッ!」
何が楽しいのか、何が粋なのか分からないが、余程楽しい事があったようで、男は笑い、そしてまたタバコに火を点けた。だが決して左手はポケットから出さない。その上パチンコのし過ぎで膝でも壊したのか、左足の動きが鈍く、歩くのも遅い。
「なら酒は飲めるか?」
「え? 飲んだ事ねぇし、飲む気もねぇよ」
「そいつは良い事だ! 酒なんて飲むもんじゃねぇ!」
多分奴は酔っぱらっている。もしくはタバコの吸い過ぎでラリってる。多分そうじゃなきゃ、俺の導きセンサーはぶっ壊れている。
俺がおかしいのか、奴がおかしいのかは分からないが、暗い夜道をマキマさんたちまで道連れに付いて行くと、本当に何がしたいのか分からないが、男はコンビニやって来た。そしてまた俺たちに待ってろと言って一人でコンビニへ入って行った。
――待つこと五分。
またウンコでもしに行ったと思っていた男は、小さな瓶を持って出てきた。
「ほら大将。あんたから先に飲むんだ」
「え?」
「金が無くって安い物しか買えなかったが、俺たちには丁度良い」
そう言って男は瓶を俺に渡した。それはまさかの酒だった。
「な、なんだよコレ⁉ あんたさっき『酒は飲むもんじゃねぇ』って言ってただろ⁉」
「あぁ、酒は飲むもんじゃねぇ。だが、こうして出会えたんだ。祝いの席で酒を飲まないのは、大将に失礼ってもんだろ?」
待たせたり、大将って呼んでみたり、タバコ持った手で指さしたり、無礼に無礼を重ねる男は、もう無礼過ぎて無礼がデフォルトらしい。
「飲まねぇよ! 大体失礼ってなんだよ!」
やっぱり俺の導きセンサーはぶっ壊れていたらしい。どうやら彼とは一生分かり合えない存在らしい。
そう思い酒を突き返すと、男はそれを受け取った。しかし酒を受け取った男が蓋を開けようとやっと左手を出すと、この男がこんなキャラクターを演じている理由が何となく分かった。
「そう言わずに飲みな。大将が飲まなけりゃ俺は命を預けられない」
男の左手は、小指、薬指が無かった。
「その指……まぁ良い。飲めば良いんだろ?」
俺がそう言うと、男は満足そうな表情を見せた。
この男の過去に何があったのかは分からない。だけどこの男は、何度も死に目に合うような壮絶な人生を歩んできている。おそらく引きずるように歩く左足も何かしらの障害を抱えている。
こんな鬱陶しい性格をしているが、この男の本質が見えてくると、それ以上詮索する必要は無かった。
「うえっ! マジィ~」
初めて飲んだ酒は超苦くて、まるで病院にある消毒液を飲んだかのようで、超不味かった。それこそ舌を出して何度もぺっぺっするほどで、これを好んで飲む人間の気持ちが分からなかった。
「ほら、飲んだぞ」
男は酒を受け取ると、何も言わずに一口飲んだ。そして何故か今度はマキマさんたちに酒を渡した。
「あんたたちも飲みな。何者かは知らないが、大将に付いて来たんだろ? それにこれからも付いて来るんだろ?」
マキマさんたちに加護印は無い。それでも俺に付いて来ている以上仲間と認識しているようで、二人に酒を渡した。
「で、では……頂きます……」
マキマさんたち良い迷惑! だけど一応加護者から言われた以上断ることが出来ないようで、渋々二人は酒を口にした。
「良し。これで俺たちは仲間だ。これからよろしく頼むぜ大将」
どうやらこれが男にとっての儀式だったようで、皆が酒を一口ずつ飲むと嬉しそうな表情を浮かべ、なんか知らんけど残った酒を全部一人で飲んだ。
すると意外な物で、俺もなんかこいつもそうだけど、今までマキマさんと勝手に呼んでいた二人にまで仲間意識が芽生えた気がした。
そこで今の俺に名前なんて物は意味を成さないが、名前を聞きたくなった。
「俺はリーパー・アルバインだ。あんたは?」
「名なんてもんはもう無くなっちまったよ。好きに呼べば良い。俺も大将の事は好きに呼ばせてもらう」
名前に興味が無いと男は言う。それを聞いて俺たちが引き付け合った理由、相性という物はやっぱりあるんだと感じた。
「そうか……じゃあ、これからよろしく頼むよ、“カス”タード」
こうして新たな仲間と出会い、俺たちの旅が始まった。




