観光地
マリアたちを残しミカエル様の祠を後にした俺たち。必ず生きて再会することを約束して次に向かった先は、何とハワイだった。
「おおっ! ここがハワイですか! 見て下さいヒー! 外国人が沢山います!」
「本当です! これがハワイですか!」
あのお正月の芸能人と言えば一番に出てくるハワイに、専用機でしかも専用の搭乗口という超VIP対応で俺たちは到着した。そこは正に芸能人が一番選ぶというだけに温かく、あり得んほどの青空に大きな白い雲が佇み、日本では味わえないハワイの香りがし音がし色がして、匂いも音も色もハワイだった。
空港の専用ロビーから見下ろす景色には、金髪やら銀髪やら色とりどりの髪の色をした人たちが、赤やら青やら派手な夏服に大きな荷物を持ち、サングラス率がやけに多いそこは、正に観光地だった。
そんなキャメロットとはまた違う景色に、大変大事な用事があって来た俺たちだったが、かなり観光気分になった。
「おい見ろよリリア! あれ絶対有名人だぞ!」
「どこですか⁉」
「あそこだ! あのめっちゃ人だかり出来てる真ん中の人! 皆スマホとかで写真撮りまくってる!」
「あっ! 本当です! あれは誰ですか⁉」
「知らん!」
「マジですかっ⁉」
キャメロットやアルカナにいたから、海外は初めてじゃないが、なんかよう分からん国とは違い、これぞ観光地と言えるハワイの景色は否応なしにテンションが上がった。
「お前ら観光に来たんじゃないんだぞ? ちょっとは落ち着け」
「分かっていますよエヴァ! だけど善は急げです! 先ずは一旦カフェに行き休憩を取り、作戦を練りましょう!」
「それを言うなら急がば回れだろ? 急ぐんなら休憩なんてしねぇよ」
「どちらにせよ作戦会議は必要です!」
分かる。リリアの言い分は良く分かる。確かに俺たちは遊びに来たわけじゃない。だけど作戦会議は段取り八部と言うし、先ずはハワイアンジュースを飲みながら作戦を練る必要性は十分あった。
「ったく。まぁ、ここまで来たらそう急ぐこともねぇし、リリアの言う通り少し作戦を練るか……」
なんだかんだ言ってもエヴァもハワイというワイハには勝てないようで、珍しく素直にリリアの案に賛成した。しかし!
「車で移動しながら」
OH NO!
こうして折角ワイハに到着した俺たちだったが、結局カフェテリアなんて所には行く余裕はなく、すぐさま移動を余儀なくされた。
――キラウエア火山。そこはハワイにある火山。周囲は広大な荒野が続き、普段は火山活動が活発な事から人気の観光名所……らしい。
もしこれが観光旅行として来ていたのなら、俺はもっとキラウエア火山について話せただろう。しかし先を急ぐ旅。麓の町じゃめっちゃお土産屋とかあったがそれら全てスルーして、ワイハシャツすら手に入れられないほど速足で進み、人気ラーメン屋くらい行列を成す山を登山させられる状況では、なんか臭っえ臭いと荒野くらいしか分からなかった。ただ、清々しさすら感じる気温と美しい青空はさすがハワイで、思い出としては悪い気はしなかった。
「やっと頂上か」
聖刻を貰うための第一試練だったが、普段は立ち入り禁止区域のはずなのに、アズ神様の祠が開いたという事で観光客なのか加護印を持つ人なのか分からないがとにかく人だらけで、全然試練感が無いまま噴火口まで辿り着いた。
「それにしても人多いな。なんでこんなに人いんだよ? 全員聖刻貰いに来たのかよ?」
登る最中あの状態なら、当然頂上付近は人だらけ。それこそ全然火口なんて見えない状態で、無駄にお祭り騒ぎだった。っというのも、アズ神様の祠が開くとキラウエア火山の溶岩は祠の高さまで下がるため、その歴史的景色が原因だった。
「知らん。よっぽど呑気な馬鹿か、俺たちみたいに聖刻貰いに来たチームだろ?」
これから起こる魔王復活という大災害。まだ正式に情報は出ていないようだが、祠が開いた時点でその可能性は非常に高いのにも関わらず集まる群衆には、さすがのエヴァも呆れたように言う。
「でもどうすんだよこの人だかり。これじゃあ俺たち祠まで行けないぞ?」
人だかりどころか、犬とか猫とか鳥とかまでいる噴火口付近は凄まじく、とてもかき分けて進めるような状況ではなかった。
「そう焦んなリーパー。これも試練だ」
「試練って言ったって……」
寧ろこの状況が試練! 辿り着くまで途方もない苦難を乗り越えるという意味では、ある意味試練だった。
「しかしどうするんですかエヴァ? これが全て聖刻を貰うため来ている人たちなら分かるんですが、どう見ても観光客も混ざっています。あまりのんびりはしていられませんよ?」
俺たちはきちんとした理由があってここに来た。それなのにまるで自分には関係ないという感じで来ている観光客には、フィリアもだいぶご立腹だった。
「何人か突き落としましょうか?」
フィリアー! お前やっぱり影なんじゃないの⁉
言葉は穏やかだが、言っている事が狂気じみているフィリアは、聖刻を貰い増々邪悪さが増していた。
そんなフィリアにエヴァは言う。
「その必要はねぇよ。火口を覗けば飽きるほど落ちる奴見れる」
こわっ!
なんでも、アズ神様の祠はかなり深い位置にあるようで、そこまでは普段は溶岩の中だった火口を降りて行かなければならないらしい。そしてアズ神様の祠は溶岩ギリギリくらいの高さにあり、もうそこはほぼ灼熱地獄と変わらない温度らしい。
そうなると当然そこに行くまでもあり得ん熱さで、資格の無い者は普通に熱さに耐えきれずに溶岩に落ちて行くらしい。
ただこれは資格がない者の話で、資格のある者は熱さをそれほど感じずに直ぐに分かるらしく、落ちて行くのは見栄やアズ神様の力を求める強欲な人ばかりらしい。
「とにかく焦ってもしょうがねぇ。まだ列は動いてるし、もう少し前に行けば観光客と聖刻を貰いに来た奴らに分かれるはずだから、大人しく付いて行くしかない」
せっかちなエヴァの事だから、『多少は突き落としても良いから進むぞ』と言うかと思ったが、意外な事に落ち着いていた。
それに少し疑問を感じたのだが、さらに進んでエヴァの言う通り列が分かれると、なんとなくその理由が分かった。
やっと行列から抜け出し、いよいよ火口が見える位置に来ると、のぼりを掲げた変な人たちが並んでいた。その人たちは観光客とも聖刻を貰いに来た人たちとも明らかに違い、近寄りがたい異彩を放っていた。
「どうかアズ神様よ、我らを救いたまえ!」
なんか変な人達いた!
「あれってまさか……」
「やっぱり居やがったなあいつら」
「知ってんのかエヴァ⁉」
「あぁ。ありゃ人生諦めた哀れなアズ神様の信者だ」
やっぱりか!
世界には多くの宗教はあるが、英雄である三大神とルキフェル様を含めた五大天使は宗教とすることを認められてはいない。それは代行者である英雄たちは、現世を生きる者たちが世界を任されているという使命のもとに、代表として聖刻を与えられるからだ。だから他力本願とならないため、英雄たちはそれを禁止している。
ちなみに、特に法律的には罰則は無く、英雄にバレればどうなるかはその英雄次第らしい。
そんな恐れを知らない超クレイジーなアズ神様信者を前に、ここに来て最大の関門を迎える。
「どうすんだよエヴァ? あの人たちの前通らないとあっちに行けないぞ?」
祠のある火口へ降りるには、彼らの前を通らなければいけない。それはつまり自分たちはこれからアズ神様の聖刻を貰いに行くという事を伝える事と変わらず、ボルテージ最高の彼らに近づくのは非常に危険だった。
「良いかお前ら、良く聞け。あいつらの前を通るとき、声を掛けてきてもとにかく無視しろ。俺が何とかするから絶対に返事するなよ。分かったか!」
一応俺たちはエリート貴族。気の強いクレアやフィリアが居ても、ああいった輩の扱いが分からない。ここは素直にこういう事は得意そうなエヴァを信じて進むしかなかった。
すると案の定近づくと彼らは俺たちをロックオンし、声を掛けて来た。
「おお! これからアズ神様の元へ向かうのですね! どなた様がアズ神様の代行者になられるのですか!」
こっちはもう火口へ降りる道しかない以上、彼らがそう尋ねることには問題は無い。ただ、手を合わせてまるで『アズ神様のとこに行くなら、どうか私たちの命を救うよう伝えて下さい』というような事を伝えろ的な魂胆が見え見えで、これから魔王が復活したなら人類全体どころか生物全体で戦わなければいけない時代が来るのに、未だ寝ぼけている彼らには少しムッとした。
だがここはエヴァの言われた通りぐっと堪えて、全員が無視した。
すると彼らは余程必死なのか、前へ行かせぬように道を塞いで俺たちを止めた。それでも俺たちはエヴァを信じ、無視を続けた。それがいけなかった。
「もしや貴方様ですか! それともそちらのお嬢様ですか!」
彼らはただアズ神様がちょっと熱狂的に好きなだけ。ただそれだけ。そんな彼らがこれからアズ神様に会いに行く人に声を掛けただけなのに、エヴァはいきなり胸ぐらを掴み、耳元に顔を近づけて低い声で小さく言った。
「突き落とすぞ」
完全にベテランだった。あの下から突き上げるような睨みと、落ち着いた低い声は完成されており、とても練習しても身に付けられるものではなかった。そのうえ挨拶が終わっても相手の返事を待つくらい手馴れており、異様な睨みは五秒ほど続いた。
その無言の時間を、ファウナが破る。
「申し訳ありません。彼は挨拶が苦手なんです。私たちは先を急いでおりますので、どうか道をお譲り下さい」
そう言ってファウナは、エヴァが掴む信者の首元に小指をナイフのように当てながら、エヴァとは反対側の顔に対して同じような距離で、同じように睨みを利かし、甘い吐息を吹きかけた。
お前もかよ⁉
二人は幼い頃より世界を救うため育てられた。だからこそ神頼みの宗教には苛立ちを感じるのだろう。それでもここまでする二人には、正直ドン引きだった。
そんな二人の恫喝は、虎に睨まれるよりも恐怖を与え、彼らは大人しく道を開けてくれた。しかしやはりクレイジーな信者たち。去り行く俺たちに罵声を浴びせる。
「こんなことしてアズ神様はお許しにはなりませんよ! 貴方たちは地獄に落ちるといい!」
自らの力で戦う事を諦めた彼らは、俺から見ても哀れみさえ感じるほど惨めだった。
この先始まる地獄の日々を思うと、とても彼らは生き残れるとは思えない。だからこそ今の彼らの言葉はとても虚しく、可哀想という言葉の意味を深く感じた。
そんな彼らを後に、俺たちはアズ神様の祠を目指し歩を進める……はずだったのだが、エヴァにとっては可哀想などという言葉は存在しないようで、罵声を聞くと血相を変えてまた絡み始めた。
「何だコノヤロー!」
近づくといきなりの蹴り。その姿は世界の北野武並みだった。
「テメェ突き落とすぞ!」
やはりエヴァはアウトレイジの世界の住人だったらしく、なかなかの威勢で彼らに絡む。それはまるで、この先の時代を生き抜くための厳しさを教えているようで、ただのチンピラだった。
まぁ結局、俺たちは全て任せろと言ったエヴァを信じ、それをほんの少し眺めるだけだったが、世界を救うという使命があるため、その後は自らの進む道を見据え、エヴァを置いて先を急いだ。




