30話 銃声が響きそして────
数分前────
地下通路にて行われている駆け引きは終盤に突入していた。
波野を人質に取った篶成。
そして二人に向けて拳銃を向ける相葉。
相葉はジリジリと篶成に片付き、いよいよ拳銃に腕の力を込めた。
拳銃から鉛玉が発砲された瞬間、金属の擦れる鈍くも甲高い音と共に、硝煙を靡かせながら篶成の頭部へと音速で鉛玉は向かって行く。
明確な殺意を持って向かって来るその玉を、篶成は確かに────視界に捉えていた。
常人ならば絶対にあり得ない。
しかし、篶成という男に常識などという言葉を当てはまるのは間違いだろう。
篶成は目の前で人質として取っている波野という男をガード代わりするという選択肢も思い浮かんだが、死人を出すのはどうにも乗り気にならなかった。
いくらテロリストとは言え、殺してしまえば獲れるはずの情報も抜き取れない。
目の前の二人は話すことはしなさそうだが……
拘束して警察に引き渡すのが最も後腐れが無くて良いだろう。
コンマ数秒の世界でそんな事を考えた篶成は最終的に『避ける』という判断に至り、人間の身体的にあり得ないスピードで全身へ神経を巡らせる。
鉛玉が眉間を掠めようとした瞬間。
篶成は一瞬で頭のみを横に移動させ、見事に躱し切って見せたのだった。
ほんの一瞬の出来事だったので、相葉は何が起きたのかと困惑する。
────外した……?
────いや、確かに俺はあの男の眉間に目掛けて放った。この距離で外す訳が無い。
目の前で起きた理解不能の出来事に頭が追い付いていないのか、相葉の頭は混乱に陥っている。
────じゃあ何だ、避けられたのか?あのスピードを?
────仮に避けたとしてもだ……
────どうしてアイツは……あんなに平然とした顔をしているんだ。
これまで見てきた人間は威嚇射撃をすれば必ずと言って良い程焦り、戸惑い、恐怖などの感情を顔に表していた。
それなのに目の前の篶成という男にはそれらが一切見えない。
どこまで肝が据わっているんだと思わず相葉は心の中で思ってしまう程に。
そう思ってしまった時点で自身の負けとも気付かずに────
篶成は相葉の表情を見ると波野を一旦離し、一瞬で相葉の元へと足を向かわせた。
一瞬で間合いを詰めた篶成は相葉から楽々と拳銃を取り上げると、拳銃はすぐさま通路の端に捨てた。
そのまま相葉の腕を取り、その腕を後ろに組ませ、擬似的な拘束をすると相葉は特に抵抗する事も無く、篶成の腕の中に収まった。
それを見た波野もまた、抵抗する気など起きずにその場に座り込んでしまった。
するとタイミングよく通路の角から美鈴とプラトが顔を出し、篶成の元へと駆け寄った。
「コイツらの正体は一体何なんだ?」
「それを聞く為に意識までは飛ばさずに拘束した。これから警察に引き渡すまでお話しの時間だよ」
篶成の意図を聞いた相葉は口元にわざとらしい、そして自重気味の笑みを浮かべて言葉を吐き捨てた。
「俺達はテロリスト。それに変わりはねえ。目的はあの扉の向こうにあるハルネの景品とやらだよ。それ以外は何もねえ」
『NOT』の存在を認識させない為に吐いた嘘。
波野はそんな相葉の言動に、相葉也の仕事へのプライドがあるのだろうと感じ取っていた。
他の『NOT』のメンバーが正体を吐いてしまえば、相葉の存在は地に堕ちるだろう。
それを理解した上で相葉は嘘を吐いていた。
追分から貰った恩を仇で返すわけには行かない。
その一心で────
「はぁ〜あ。まぁ、顔的に義理堅い感じがするもんな。アンタ」
篶成はそう呟くと相葉をプラトに渡し、両手を自由にさせた後波野へ歩みを進めた。
波野は近付いてくる意図を瞬時に察したのか、冷や汗を浮かべながら言葉を投げる。
「俺の口から出る言葉も先輩と同じっすよ」
「さぁ、それを今から確かめるんだろ?」
篶成は指の骨をわざとらしくポキポキと鳴らしながら着々と波野へ近付いて行く。
戦っても勝てない相手。
それは波野が一番理解している。
恐らく逃げようとも相手は一瞬で追いつくだろう。
今のままでは。
────あんまし、勘繰られる様な真似はしたくないんすけど……
────怪我を負うリスクがあるってのは緊急事態って事で良いっすよね。マスター?
波野は心の中でそんな事を呟くとその場から立ち上がり、深呼吸をしながら集中力を研ぎ澄ませて行く。
「へぇ、やる気か!」
「おい、波野待て!勝てる相手じゃないぞ!」
相葉が急いで止めようと声を荒げるが、その声は今の波野には届いていない。
今の波野は篶成以外に意識を向けていないのだから。
「鈍っててくれるなよ。俺の身体」
波野は自身の足を拳で叩き、己を鼓舞すると完全な戦闘態勢に入る。
それを見た篶成はほんの少しギアを上げて波野へ急接近する。
先程までなら見えていなかった。しかし、今は見える。
目の前に篶成を捉えた瞬間、波野は利き足である右足を勢いよく振り上げて篶成の腹部へ叩き込もうとする。
しかし篶成はすぐさまその蹴りに反応し、腕を使ってその蹴りを防いで見せた。
「お前、本当にさっき俺の腕に収まってた器か?」
「あの時は力を抜いていたので」
篶成は防御していた波野の足を腕ごと払うと、勢いに任せてそのまま殴り掛かる。
しかし波野もまた見事に篶成の攻撃に反応してみせた。
瞬時に身体を横にずらし、篶成の拳をすんでの所で躱しているであった。
「面白いなお前。じゃあちょっとギアをもう一段上げるか?」
「勘弁してよ」
篶成は波野の苦笑混じりの言葉を聞くと、言葉通りに身体に力を入れる。
手を抜いていた状態から通常へ。
側から見れば篶成が本気を出したと錯覚する者もいるだろう。
しかし篶成にとってはあくまでただの運動程度に過ぎない。
そしてそんな状態だというのに拳の重さ、フットワーク軽さは常人を遥かに凌ぐ。
篶成は先程と同様に波野の正面から突撃を図る。
作戦なんてものは無い。ただ力でねじ伏せる。
それに対し波野は────




