聖力枯れの私と無理矢理婚姻した悪党男爵家を王太子と国王陛下が黙ってませんよ?
初めての投稿です。お手やわらかにお願いします。
◆ 最悪な男爵家の日常
「 もうすぐ朝陽が昇るのね。 冬の澄んだ空気のお陰で心が慰められるわ... 」
段々と移ろいゆく空の鮮やかな美しさを眺めながら私は暫し昔の思い出に思考が流されていた。
3年前、私は突然ガイオール男爵家に嫁がされてしまった。
私の家族は当然反対したし抵抗もしてくれた。 けれども借金の形として攫われるようにして、このガイオール男爵家に連れて来られたのだ。
本来なら私は今世の正式な聖女になる筈だった。そしてあのお方の...
私は軽く頭を振って目の前にある仕事に気持ちを切り替えた。
今の私は誰よりも早く起きる事を強要されている。氷の張った桶の表面を叩き割り、冷えた水にそっと雑巾を浸した。
「っつ……めた…… 」
手の感覚がみるみるうちに奪われて身体の芯から痛みが湧き上がってくるのをひたすら耐えるしかない。 3年経った今でも冬の水仕事に慣れる事は無かった。
3年前から当たり前のように虐げられている私。
「ふふ... 」
それでも小さくそっと漏れ出てしまうくらい嬉しい言葉が口を吐いた。
「やっとね…… 長かった… もうすぐ嫁いで3年になるわ… 」
当時、まだ14歳になったばかりの子爵家長女の私は今や下働きがやるメイドの仕事から、当主の実務代行まで、当たり前のように熟していた。
《 プラチナのように光り輝く髪と深く澱みない透き通る碧き瞳の聖女。 アンジェリカはあまりに優秀だった。 それが王国中に知られている周知の事実だった筈なのだ 》
( さてと…… )
私は慣れたように頭の中で急ぎ、今日の予定を組み立てると身体は自然に動き始めていた。
暖炉に火をくべたら掃除をして、後は朝食の支度が終わると夫レイトンの執務机に、昨日渡された書類を置いておくのも日課になっていた。 起きてこない、小姑エンヌにも声だけは掛けておく。
(どうせ、エンヌ様は起きて来ないでしょうけど )
名ばかりの教育係であるエンヌに私は思わず溜息がこぼれていた。
(この家で、もっとも私に暴力を振るい罵詈雑言を浴びせるエンヌ。 私を無視する夫と姑も大差は無いけど、叩かないだけマシなのでしょうね )
朝からくるくる働いていると…
( あ、ここは愛人の部屋の近くだわ。無意識にこんな所にまで来てしまっていたなんて )
平民出のリリーは、前ガイオール男爵が亡くなった4年前から、この部屋を賜りレイトン様と同じ歳で私より5つ年上とか。
興味すら湧かないわーー
3年前、強制的に嫁つがされて簡素な婚儀式を挙げた後…… それ以降に名ばかりの夫レイトンともまともに顔を合わせていなかった。
当時14歳の育ち切らない幼い私に全く興味が無かったようで、そこだけは常識的だったレイトンに感謝してもいいかしら。本当にそこだけね。
昼頃になってようやく起きてきた小姑のエンヌは、食事の支度が出来ていないテーブルを見るやいなや激昂した声で私を呼びつけた。
「アンジェリカーー!! 」
朝から働き通しの私は内心、
(しまった!)と思っても慣れてしまった習慣で歯を食いしばっていた。
パシーーッ!
乾いた音が響き渡り、エンヌの左手が頬に飛んでくる。 目の奥がチカチカしたけれど倒れてしまっては次にお腹を蹴られてしまうので耐えるしかなかった。
「くっ……… 」
小さな声が漏れるが、顔を上げるや否や待ち構えていたようにバシッ!と次が飛んで来る。次に胸倉を掴まれて何度も何度も頬を笑いながら叩くエンヌに容赦は無かった。 私は口の中に鉄の味が広がってゆくのをただ受け止めるしかなかった。
エンヌは片方の口元だけを器用につり上げ掴んでいた胸倉をバンッと突き放すと倒れた私を見ながら嘲笑った。
「私が昨日、舞踏会で遅かったのは知っていた筈よね? 当然、食事の時間が遅くなると考えておくべきではなくて? 本当に気がきかない嫁だこと…」
私は理不尽だと思っていても今後の事を悟られるわけにはいかない。
( 今はまだ、耐える時よ…… )
「 ただいますぐに…ご用意いたします」
下を向きそそくさとその場から退場しようとしたが、容赦ない怒声が追いかけて来て投げつけた花瓶が私の横に落とされた。
「あんた! 婚儀をあげて三年も経つのに未だ子も出来ぬ石女を置いてやってるのよ!それだけでも多大な恩恵だと感謝を示すのが当然だと思いなさいよ! 」
(はぁー )
その瞬間、私の心に寒々とした感情が湧き上がってきた。
(ああ… なんて的外れな事を… そういう貴女こそ誰よりも知っている筈よね? これが『白い結婚』だという事を… でも良いの。『白い結婚』のままが…… )
この王国では3年間の《白い結婚》が立証されると離婚が合法で認められているーー
私は何としても『白い結婚』制度に縋りたかった。 絶対にこの3年間を守りたかった。
それになんと言うことだろう!
まさか……この3年間で私の枯渇したと思われた癒しの聖力が完全に蘇っていたのだ!
( 戻ってきた神聖力! まさか枯渇したと思っていた聖力が戻ってくるとは思わなかった。だけど私の聖力復活をこの男爵家の誰にも教えるつもりは毛頭無いわ )
小姑のエンヌから見えない所まで来ると私は絶妙な調整で聖力を操り身体の痛みだけを治していった。
(ま、今はこんなものかしら…… この身体の傷や痣こそが、この男爵家が私にした数々の仕打ちを世間に知らしめてくれる証拠になるのだから…… もう、3年前のただ心が美しいだけの私は消えてしまったのよ)
私の瞳には冷酷な光が宿り僅かに口端が上がるのをそっと消し去ったのだった。
◆ 王太子アンドリューの苦悩
2年半の停戦調停を無事に終えた王太子アンドリューは怒りと絶望で父である国王陛下に向けて抑えきれない激情をぶつけていた!
「 父上! アンジェリカが男爵家に嫁いだとはどういう事ですか!? 何故アンジェリカが男爵家など! 何故だ!」
アンドリューは執務机を激しく両手で叩くと肩を震わせていた。
国王陛下は、いつもは冷静な王太子を宥める事しか出来なかった。
「 アンドリューよ、許せ。 お前が遥か遠い彼の国へ停戦の交渉に出向いていた時、この王国は流行病と悪天による災害が同時に襲ってきて未曾有の大惨事だったのだ。 朕一人で舵を切る事がとても難儀であった時に... 」
アンドリューはただ黙って、ことの成り行きを聞いている。
「…… そんな時、アンジェリカ嬢が病の蔓延を防ぐ結界を張り大地を蘇らせ民達の病を癒してくれた…… 」
アンドリューは、彼の国に届かなかった情報に愕然としていた。まさか2年半の歳月をかけ帰城を果たしてすぐに、こんな大事を聞かされるとは夢にも思っていなかった。
「 私の元には…… そのような話は、届きませんでした…… 」
アンドリューの肩に手を置きながら、国王陛下は続けて話す。
「ああ、お前が王国から旅立って間もない事だったからな。文を届ける余裕など全く無かったのだ。この王国が復興を果たすまで一年も掛かったが、その隙にアンジェリカ嬢が男爵家に借金の形として連れて行かれた事を後に知ったのだ……」
アンドリューは、国王陛下の手をバシッと払い退けた。
「 父上! それはあんまりではないですか!この王国を救った、その大きな一助はアンジェリカです! 私は今からアンジェリカを救いに参ります!」
「待て!!アンドリュー!」
「 くっ! 何を待つと言うのですか!? この王国の一番の大惨事を救ってくれたアンジェリカを直ぐにでも救うのは当然ではありませんか!?」
国王陛下は腹の底から深い息を吐いて、苦しげに話す。
「分かっている…… 分かっているだ、アンドリューよ。朕とて歯噛みする思いなのだ。だがしかし幾ら国王の立場であっても表立って…… 問題の無い家門に、口出しなど出来ぬのだ!」
アンドリューは、国王陛下が苦渋する姿に少しの冷静さを取り戻した。目にはドス黒い怒りが込み上げている。
「父上、問題が無い家門で無ければ良いのですね? 」
国王陛下も黒い笑顔で返す。
「そうだ、問題が無い家門で無ければ良い。この王国もやっと落ち着きを取り戻し各貴族達の動向に目を向ける余裕も出来たようだしな。何よりアンドリューお前が帰って来たのだ。 お前のやりたいようにすれば良い、正攻法ならばな 」
「 分かりました。 アンジェリカは2年半も前に嫁いだのですね…」
国王陛下はアンドリューに聞いた。
「 アンドリューよ、アンジェリカ嬢はもう... 一度は人のモノになってしまったのだぞ? 良いのか? 」
アンドリューは国王陛下を睨んで、冷淡に微笑んだ。
「 何を仰るのですか? アンジェリカはアンジェリカです。 それが何だと言うのです? 」
国王陛下は一つ頷くと
「…… そうか……ああ、そうであったな。アンジェリカ嬢は元はお前に一番相応しい婚約者候補だったな。またお前の隣に戻った暁には盛大に祝おうではないか 」
アンドリューは国王陛下の言葉を感無量で聞いていた。 そして、
「父上、それでは私は色々と手筈を整え…… 。問題が無いか調べていきたいと思います」
国王陛下はニヤリと笑う。
「ああ、アンドリューよ。 徹底的に調べなさい。 徹底的にな 」
「 勿論です…… 」
アンドリューが調査に当たって、丁度半年が過ぎようとした時だった。
アンドリューの手元には男爵家の隠しきれない数々の不穏な証拠が積まれていた。 アンドリューがいざ行動しようとしていた時だった。
攫われて婚儀を挙げたまさしく3年目にアンジェリカ本人から王家と実家である子爵家に聖力が込められた密書が送られて来たのだった。
《ご無沙汰しております。手短に要件を。 私は3日後の朝4時に男爵家から逃げる算段でございます。どうか馬車の手配をお願い致します。そして神殿と貴族院に審議の手配も出来るようお願い致します。
アンジェリカ 》
「アンジェリカ...」
アンドリューは、手元にある密書の字を見ながら嘗て文通していた頃のアンジェリカの字を懐かしみ震える手でなぞっていた。
( まだアンジェリカの優しい聖力が微かに残っている…… )
アンジェ… 私は早く君に会いたいよ…
◆ ガイオール男爵家から逃げる。
そして断罪へ
このガイオール男爵家は、レイトンしか男がいない。
執事や庭師や調理師など、以前には沢山の男性使用人達がいたはずなのだ。しかし前男爵主人が亡くなるや否や、レイトンと義母が男性使用人たちを一人残らず辞めさせてしまったのだ。
私はレイトンが亡き男爵主人の高圧的な激しい教育と暴力のせいで男性恐怖症になっていたことを後から知った。
( でも彼に同情なんてしないわ… 以前の私ならいざ知らず )
子爵家の一人娘であった私が、なぜ爵位の低い男爵家に嫁ぐことになってしまったのか…… 当時を思い出すと、私は悔しさとやるせなさで思わず唇を噛んでいた。
( この王都を襲った流行病と大洪水と…… )
あの頃は… 子爵領や王領内の幾つもの場所で予期せぬ未曾有の天候不良と流行り病が蔓延して大混乱をきたしていた。
本来なら国王陛下に報告をして指示を待つはずだった。 だけどタイミングが悪く、たった一人の王太子は外交で他国に旅立った後だった。
国王妃亡き後、国王陛下がたったお一人であの難局の舵を切るには、余りに王国が大混乱をきたしていたのだ。
当時、次代の聖女であった私は…… 『回復』と『結界』を張る為に膨大な聖力を酷使していた。
まずは領内と国王陛下がいらっしゃる王都に結界を張った。そして流行病で生死を彷徨う数多の民衆達に『癒しの聖力』を使い、天変地異で荒れた大地をも甦らせた…その代償で私の聖力はすっかり枯渇してしまったのだ。
それでもまだ領内には病気や飢えに苦しむ民達がいる。
いまだ混乱している王家の支援を待つには時間が無かった。 目の前で苦しむ領民達を救うことに我が子爵家は戸惑い迷うなんて出来なかった。
目の前の民を一人でも救う事を選んだ我が家は子爵家の金庫を開けて病の為の薬代や食料支援に領地の立て直しやインフラ整備にと領民達の再生支援へ惜しみなく使っていった。
…… でも例え幾ら優良貴族といったとて財源に底が見えてしまったのだ。
ーーああ、それが男爵家の〈魔の手〉に搦められたキッカケになってしまったーー
(ふっ、当時の私も両親も…… ただ、領民達を救いたかっただけ! この王都の子である民衆達を救いたかった、ただそれだけだったのに)
そんな未曾有な大惨事…… それを利用した男爵家は、狡猾に虎視眈々と狙っていたアンジェリカを借金の形として連れ去っていったのだ。
姑の男爵夫人は、持ってはならない野心を抱いていた…… 。
( 息子のレイトンは気弱で、領地経営も出来ない女好き、娘のエンヌも嫁に行けず… 困ったわ。でも隣の領地は今、借金に苦しんでいたわね。 領地の貧民の為に借金なんて馬鹿じゃないの? 前から、優秀なアンジェリカが欲しかったのよね。 男爵家でも借金持ちの子爵家くらいなら手が出せるじゃない。 聖女候補でオマケに頭の良いアンジェリカをモノに出来る絶好のチャンスだわ! ホホホホホ! 使えるわ。はした金の借金の形として永遠に我が男爵家に縛られれば良いのよ!! ああ…… 天が我らに味方したのね。 アンジェリカは《金のなる木》として精々我が男爵家の為だけに生きれば良いのよ! ホホホホホ )
王国の大混乱を利用して攫うようにして男爵家と強引な縁を結ばれてしまった私だったけど。
「どういう事だ!?お前、魔力はどうした? 」
男爵家は当てが外れたことに、怒号を浴びせかけてきた。
「魔力が枯渇した子娘なんか、何の役にも立たないじゃない! せめて労働対価くらいの誠意は見せなさい!」
(魔力じゃないわ… 聖力よ…… )
私の聖力が枯渇したと分かるや否や、見せしめの様に男爵家で雇っていた者を次々と辞めさせ嫌がらせとして労働を強いて暴力も振るわれていた。 食事を抜かされたことも数えきれない。
私の実家子爵はとても少ない借金だったはずなのに… ガイオール男爵家は有り得ないほどの馬鹿高い利子を吹っ掛けてきた。 なのに実家子爵は借金自体も高利子すら文句も言わずにキッチリと返済していった。
たった二年半で、子爵家は領地を復活させ借金は既に完済していた。 だが『婚儀後三年の白い結婚』の審議まで残念ながら半年も余ってしまい苦しい日々を過ごさなくてはならなかった。
( 労働対価は、とうに越えたわ…)
なのに私への態度の改善は無く、むしろ日を追うごとに酷くなっている。
当初は14歳だった私。
まだ幼く、日々の労働と虐待で痩せ細った私にレイトンは見向きもしなかった。 それは今も変わらない。
(まあ、私も態とレイトンに目を向けられないようにしているけど…… )
レイトンは、女だらけになった男爵家で、心地良さげにのんびりと過ごしていた。
時に姑とくつろぎ、時に恋人リリーとくつろぐために部屋に入り浸っている。
( 領地の仕事は、いつしているのかしら? 私の手伝いが、領地経営の役に立っているの? )
エンヌは30歳目前にして嫁ぐ相手もなく、鬱憤を弟の嫁に向け発散しているけど…… これが俗にいう、欲求不満という事なのかしら?
ああ、本当にどうしようもない! これが男爵一家なのだ。
だから私はいつもより慎重に過ごすのよ。
気を抜くと、溢れる喜びがバレてしましそうだったから……
いよいよね...
私はこの時を待っていた
《白い結婚》だったからこそ耐えられた。
我が子爵家の借金も全て返し終えた。 我が子爵家は例え理不尽な約束でも決してその約束を違えない。私の枯渇したはずの聖力も完全に復活した。
本当に私もしたたかになったものだわ。 きっちりと復讐の炎が心に宿ってしまった。
私の居ない男爵家。 次に会う時、果たして男爵家は……
油断しきった男爵家から抜け出す事は容易だった。 全てが眠っている。 まだ明けきれない暗い中を私は逃げ出した。
(お父様... お母様... )
屋敷の外で装飾を外し暗い外帆で覆って待機する子爵家の馬車を見つけた。私は嬉しくて一目散に向かって駆けていた。
私が勢い良く馬車に飛び込むと、父と母が涙を流して抱きしめてくれた。 3年ぶりの温かい腕の中だった。
「アンジェリカ! こんなにやせ細って…… こんなにケガも…… うっ、うう 」
母は耐えきれず、嗚咽を漏らしていた。 母の優しいぬくもりに包まれて、やっと安心できた。 でも私は、一分一秒も無駄にはしたくなかった。
「お父様、お母様。まだ落ち着いてはいられません! 先に片づけてしまいましょう」
父母は力強く頷いてくれた。
その足で急いで向かった貴族院とそれに付随する神殿へ赴くと聖なる儀式によって、私は正式に『白い結婚』であると証明をされた。
「 聖女アンジェリカ様! どうして…この様なお姿に…… 」
幼い頃からお世話になっていた司祭様が深い悲しみに打ちひしがれていた。
貴族院では宰相閣下も驚きの顔を隠せないでいた。
「なんという事だ!! この王国の救世主のお方に! 」
宰相はググッと拳を震わせて、怒りを耐えていた。
「司祭様、宰相様ご心配をおかけしました。 残念ながら私は男爵家から逃げ出すまで一度も外に出る事を許されなかったのです」
この三年間、男爵家から出る事が許されずひた隠しにされていた私の現状を知らなくて当然だ。
だからこそ敢えて哀憫を引く言い回しをする私。
「な、なんと... 」
司祭様は私の手をグッと優しく握り涙を流してくださった。
身体中の傷と痣に痩せこけた状態を鑑みて《白い結婚》と次いで《虐待判定》もなされて私は気持ちが昂っていた。
( ホッとした。 耐えた甲斐があった… これでやっと駒が揃ったわ。 絶対に中途半端に終わらせない! このまま…あの人達が仕切る男爵家が存在する事を許すわけにはいかないわ。 それこそ男爵領民達の為にも…… )
証明は直ぐさま、国王陛下のもとへ届けられたーー
国王は《白い結婚》の文字を凝視して、小さく口角を上げた。
「ガイオール男爵家よ、一分一秒ですらお前達のような薄汚い籍にアンジェリカを置いてはおけないな... 」
早速、その日のうちにガイオール男爵家は、速やかに王宮に呼ばれたのだ。
王城の謁見の場に呼ばれたレイトンや姑、小姑エンヌに初めて見る愛人のリリーもみな困惑し怪訝な顔をしている。
私は復讐の時を迎え、幕間で覗きながら声がかかるのを待っていた。
沈黙を破ったのはレイトンだった。 恐る恐る怯えた声で話し始めた。
「 あのう国王陛下、なぜ我々が…… 呼ばれたのでしょうか? 」
慌てて姑がレイトンの上着の裾を引く。
『 国王陛下が話すまで、喋っちゃダメでしょ! 』(ぼそ)
小声でも、静まり返った謁見の間では丸聞こえであった。
国王陛下が小さく咳払いをして、玉座から私を呼んだ。
「 アンジェリカ夫人、こちらへ参れ 」
「 はい 」
私は返事をして、待機していた幕間から姿を現し国王陛下の御前に立った。
そして国王陛下に向けて美しい所作で臣下の礼をした。
その時会場にいた貴族達は、小さな少女が聖女アンジェリカであった事にショックを受けていた。 尚も痩せ細った身体と顔や腕にある痣を見て更なる驚きを隠せないでザワザワと小さな声が飛び交っている。
ギョッと眼をひん剥き、驚いている男爵家達からいつものように怒号が浴びせられる。
「な、なぜお前がここに居る!?そういえば朝から居なかった!どういう事だ!?」
醜く歪んだ顔を扇子で隠しながら姑が言い放ってきた。
「なぜ借金させてあげた恩をこんな形で返すなんて恥を知りなさい!」
エンヌも謁見の間で他の貴族がいるにも関わらず、あり得ないほどに吠えて蔑んだ。
「 貴女には慎みというものが無いのかしら!? 子も産めぬ石女だと言うのに! 恥の上塗りでもするつもり?」
謁見の間にいる貴族達は《石女》という罵りに困惑していた。
場の空気を一変させるように愛人リリーが甘えた声でぐずり出した。
「クスン。リリーは屋敷のお部屋に帰りた〜い 」
アンジェリカは思わず拳を握りしめていた。 国王陛下の御前で男爵家が晒した醜態と貴族としての品位の無さに怒りが込み上げてきたからだ。
(この人たちはどうして… これがどうして貴族としてなり得るの?)
私はそれでもそっと視線を落とし、国王陛下から賜る一番欲しいお言葉を待っていた。
国王陛下は一旦、アンドリュー王太子と私を見て優しく微笑んで、すぐさま威厳に満ちた声で発布した。
「王命であるーー
レイトン・ガイオール男爵とアンジェリカ・イートン子爵の婚姻無効が証明された。 よって、婚姻の事実は認められない 」
「「えっ? なぜです!? 」」
顔色を変えて男爵家一同が声を揃えた。
( 今更? 何を驚いているの。 でもこれでやっと解放された )
私は安堵して静かな嬉しさが内心に湧き上がるが臣下の礼を崩さなかった。
「アンジェリカ嬢、顔を上げなさい。 相変わらず見事な挨拶だった 」
国王陛下はニヤリと含み笑いをした。
「 ではガイオール男爵家に聞こう。 子爵家より借金の返済は滞りなく終わっているな? 通常ではあり得ない膨大な利子も付けておったそうではないか? 」
男爵家は皆、気まずさそうに俯いた。
「は…… はい、陛下…… 」
陛下の不敵な笑みはより一層深くなる。
「そして嫁を嫁とも思わぬ所業… いや人間扱いすらしないとはな。 先程《石女》と申したか? おかしな話だ。 三年の『白い結婚』も神殿にて証明されたのだぞ? 一体、何をふざけた事を申しておるのだ? 」
ワナワナ震え、鼻水を垂らし泣きながら元夫レイトンは国王陛下に訴えた!
「陛下! 困ります!! こいつが居ないと領主の仕事が出来なくなります! 屋敷のメイドがやる仕事だって誰も出来きません! こいつを返してください! 帰ったら我慢してすぐに抱きますから! 母様、僕は、僕は男の人が怖いのにどうすれば良いの? 」
今の言葉に会場中の貴族達が一斉にガイオール男爵家に呆れと怒りの視線を向けた。
姑はギョッとする。
「ホホホ…レイトン! こんな所で何を言うの? 帰ってから話しましょう、ねっ?」
焦る姑、いや元姑か。
「フー、フー… 」
顔を真っ赤にして鼻息も荒くわたしを睨みつける元小姑エンヌ。
「レイトン様、ひど〜い! 私がいるのに〜〜」とイジける愛人令嬢の対比たるや。
謁見の間は、かつて無いほど澱んだ空気を醸していた。
この場で威厳の声を静かに発する国王陛下。その目は侮蔑と怒りを湛えている。
「安心せよーー 其方たちが帰る場所など既にある訳が無かろう? まともな婚約期間すら無く攫うように始まった婚姻で夫婦関係も築けず……フン、まあそこは僥倖であろうか...
アンジェリカ嬢は、この王国きっての聖女となる筈だった。それ即ちこの王国の《聖なる宝》だったのだ。 それを其方達は… あの時の!国家の大惨事を利用してアンジェリカ嬢を娶ったのだ! 其方達が聖女を蔑ろにし虐げた事は生涯許されることなど決してないと思え!そして何より領主の仕事も出来ぬ貴様らに帰る場所などあってたまるか!」
謁見で全ての事実を聞いていた貴族達も、男爵家の悪虐に怒りをあらわにした!
「あの大惨事を救ってくださった、アンジェリカ様になんて事を!」
「許せん!そんな暴挙は!!」
「男爵家に断罪を!」
「断罪を!!
謁見の場にいた貴族達の声がザワザワとうるさくなった時、そこへキーンとつんざく声が響いた。 全ての声を遮ってまでも元姑の必死の嘆願であった。
「親愛なる国王陛下! 聞いてくださいまし! 私たちはアンジェリカを虐めて蔑ろにした訳ではありませんのよ。躾だったのです! あの子は婚儀後何も出来ない子だったのですわ! 私達の行き過ぎた愛情だったのです! 領主の仕事は今後もっと息子レイトンが励んで参ります! どうか今一度… ご温情を! 陛下! 」
(このままじゃ、マズイわ! )
元姑は必死に懇願している。男爵家で元姑だけが、事の大きさを理解していた。本来、息子がする筈だった領主の仕事をしなかった事も…… 聖女を蔑ろにした事も……
そんな男爵家に、陛下は可笑しそうに笑った。
「 ククク…… お前にアンジェリカと呼び捨てに出来る権利など既に無いではないか。ほう、それに行き過ぎた愛情か? 今更だな。男爵、一つ良いことを教えてやろう。アンジェリカ嬢はな、元々… 我が王太子アンドリューの幼馴染であり婚約間近であったと知っていたか? 聖女であり王太子の婚約者を虐待していたのだぞ! 貴様らはな! 」
国王陛下は、怒気を隠しもしなかった。
「ひぃぃ!」「えっ!」「うそ?」「そんな 」
国王陛下の怒りの迫力に、男爵家の者たちは焦って声を漏らした。
「なっ、なんで、こんなガリガリで暗いやつに? 」
驚きのあまりエンヌは筒抜けの声を隠す事が出来なかった。
( 一体、誰のせいだと…… )
私の心は、どんどん冷えていく。 隠しきれない怒りの聖力が、身体から漏れそうだった。
でも、その時だった。
「陛下、一言よろしいでしょうか 」
愛人リリーは、アンドリューを見て頬を染めた。
「やだ、素敵。 本物の王子様 」
リリーを無視して、国王陛下はアンドリューに微笑みかけた。
「おお、アンドリューよ。良き、申してみよ 」
王太子アンドリューは怒りで冷え冷えとした声と視線を男爵家に向けた。
「 貴様たちの性根はどこまで腐っているのだ? アンジェリカ嬢を無駄に折檻し虐待をした事に対して謝罪もないのか? ましてや、躾だと? 虫唾が走るわっ! 調べはついている!どんな言い訳をしようとも犯した過ちの反省もない貴様らに酌量の余地はないと思え! アンジェリカ嬢に行ったこの非道な仕打ちに対する処罰を覚悟せよ! 」
「「 ひぃい!」」
男爵家一同の絶望が王城内に響き渡った。
私はアンドリュー様の怒りがより激しく燃え盛ろうとしている様子をなんとか宥めようとした。
(アンドリュー様! 皆んなの前ではいけません!! どうか怒りをお鎮めください!!)
自身の剣の鞘に手を掛けていたアンドリューだがアンジェリカの必死の懇願を見て平常心を保つ事が出来た。 (くっ! )
「何よ! たかがこんな…アンジェリカ如きのせいで…… ぎゃっ!! 」
エンヌの放った言葉で近くにいた近衛兵が大きな盾で顔を殴った。
国王陛下が咄嗟に指示を出したから。
盛大に吹っ飛び鼻血を垂らしながらエンヌが呻いた。
「な、なんで? だってたかがアンジェリカでしょ? 」
続けざまにエンヌは騎士達から顔や腹を殴られる。 罪人として。
「其方は今の、何倍も何万倍も我が聖女を殴ったのであろう? 今の一撃二撃くらいでは、とても溜飲を下げる事は出来ぬのう…… 」
「ひぃぃ」
(エンヌ、貴女は最後まで私への配慮なんて無いのね。 殴られて当然、貴女を許せる私にあった優しい心は死んだのだから…)
心の声が漏れそうだった… そんなことを思いながら私の目にはうっすらと涙の膜が張っていた。
(これで…… 少しは…… 可哀そうな3年間の私は救われたかしら…… )
王家からは、ガイオール男爵家に三つの罪状が述べられた。
それは聖女となるはずだったアンジェリカに暴力と虐待… そして日々の労働をしいたこと。そして領地経営すら丸投げにした事は、男爵家の存在そのものとして許されることでは無かった。
最後に私利私欲のために、イートン子爵家へ貸付けた最低限の金に、膨大で過分な利子をでっち上げた、横領詐欺も発覚した。
よって、ガイオール男爵家たちは貴族席を剥奪され、平民となり地下牢に即刻投げ込まれることになった。
一方、アンジェリカの実家であるイートン子爵家には、隣地のガイオール男爵領を与えられあの王国大惨事の時に領地を守った功績が称えられ侯爵家へと陞爵された。
それほどに子爵家は、過分な利子を支払っていた。それは男爵領が二つは買える程の金額だった。
イートン子爵家は王家より何度も陞爵の話をいただいていた。だが、アンジェリカを守れなかった禍根で辞退をしていたのだった。
男爵領を賜ったとしても払ってきた利子の全額にも満たないのだが大切な娘を守れなかった贖罪としてイートン侯爵家はアンジェリカが過ごした元ガイオール男爵領を新たな領土として発展させてゆくだろう。
◆ そしてフィナーレへ
男爵家が連れて行かれた後の謁見の場は、静まりかえっていた。
いくら男爵家を罰しても傷つき枯葉のように痩せきったアンジェリカの姿に皆、心を痛めていたからだ。
私は小さく笑って周りを見渡して声を発した。
「 皆さま、ご心配はいりません。 もうこのような姿でいなくても構いませんね 」
謁見の場は眩い光で包まれた。暖かく優しい光……それは聖なる光...
まずは回復の魔力を放ち、痩せ細り痣だらけだった身体を綺麗さっぱりと治した。
そして止まっていた成長を一気に進め本来の18歳のアンジェリカへと戻ったのだ。ブカブカだったドレスには均整のとれた美しい肢体が収まっている。
それはそれは溢れる美しさを湛える姿に。
私は3年かけ枯渇した聖力が全回復したことを国王陛下や王太子アンドリュー様、そして今は侯爵家になった家族達に告げた。
ホッと安堵の息が謁見の間に溢れ人々はアンジェリカを囲んで共に喜びあった。
「アンジェリカ…… 」
「で、王太子殿下…… 」
(アンドリュー様…… )
「アンジェリカ… 身体はもう… 良いのか? つらくは無いか? 」
「はい、もう大丈夫です 」
ここまで話すや否や、王太子アンドリューが突然! 私の手を握り王家の庭園へと誘ったのだった。
手を握るアンドリューも握られるアンジェリカも頬を染めている。
それを見ていた国王陛下や家族達、貴族達も…… みんなの顔は穏やかで微笑ましく見守っていた。
そこはもう、何年も来ることはなかった場所だった。
(もう二度と王家庭園に来る事は出来ないと思っていたのに…… ここはアンドリュー様との楽しい思い出が詰まったかけがえのない場所だった…… だからあの辛かった日々も…この場所とアンドリュー様の思い出があったからこそ私は乗り越えることが出来たのだわ )
私の心は過去を思い出し胸が締めつけられていた。
突然、アンドリュー様が私の前に立ち膝まづかれた。 それはそれは苦しそうな顔を向けて。
「アンジェリカ… すまなかった!本当は貴女をすぐにでも救い出したかったのに!」
私は胸が一杯になってアンドリュー様を優しく見つめた。
「 殿下…… 良いのです。 だって、我が王国の為に停戦調停という難しいお務めを全うされたではありませんか」
「しかしアンジェリカ… 君の大変な時に私は何も出来なかった… 私は…」
頭の中で、目まぐるしく言葉が浮かぶアンドリュー…… だが、その全てが『言い訳』だと気付き、言葉がすぐに出せなかった。
しかしそれでも……
それでも前に進みたい…… この国に戻ってからの半年は身を引き裂かれるほど苦しかった。
「アンジェリカ… いや昔の呼び名のアンジェとまた呼ばせて欲しい。どうか… 私と婚姻してくれないか!? 今度こそアンジェを守りたい! 止まった時間を進めたいのだ!」
「 殿下…… 」
頬に熱いものが流れる。私も本当は前に進みたい……
すぐに返事が出来ない私に、アンドリューが優しく手を握り、熱い眼差しを向けた。
「アンジェ、貴方の清い心が好きだ。 どうか私と… この国の未来を共に守っていって欲しい… ありのままのアンジェで良いのだ。 幼き頃からずっと愛しい... 愛しているのだ アンジェ 」
殿下は私の手に、そっと唇を落とした。
その手は温かくて、私は縋ってしまいたくなる…だから?
だからこそ怖くても聞かなくてはならない。
「…殿下、私で… 良いのですか? 一度は嫁いだ身です。それでも… 良いと申されますか? 」
アンドリューの瞳にも涙が溢れていた。
「当たり前だよ! 私の傍にアンジェが居て欲しいのだ! 」
アンジェリカも無償の愛を捧げてくれるアンドリューの温かさに堪えきれず…… あとからあとから涙が溢れてくる。
「 ア、アンドリュー様…… うっ、うう…」
「 やっと、アンドリューと言ってくれたね 」
「 ア、アンドリュー様... 」
ただただ涙を流した。
痛かった……
苦しかった……
怖かった……
幾ら気丈に振る舞っても辛かったのだ! 領地の仕事だって裏方だと思ったのにガッツリ実地でやっていた。 それだけ忙しかった。 もう一杯一杯になっていたんだ。
でも心の隅に追いやっていたアンドリューとの思い出だけがいつも支えになっていた。 婚儀をあげてしまった後ろめたさで何度もアンドリューを忘れようとしたのに一層輝きを放って甘い安らぎを与えてくれたアンドリューとの思い出たち。
「アンドリュー様... 怖かった...」
「ああ、アンジェ... 」
「私……本当は痛くて...辛くて...」
「アンジェリカ!」
アンドリュー様は私を強く抱きしめてくれた。暫くお互いの熱を分け合うとアンジェリカは恥ずかしげにアンドリューから身体を離した。
私は互いに見つめ合う、アンドリュー様の瞳に映る自分に問いただした。
(最後に会ったあの時から私のアンドリュー様への想いは万に一つも色褪せていない…… 寧ろより深まって鮮やかになっている。 一度は嫁いだ身でも……それでも良いのなら……
それでも許されのなら……
目の前のアンドリュー様は、私を求めてくださる。そのままの私で良いと…… )
アンジェリカは涙を拭うと、やっと… これからの未来を決める事が出来た。
「アンドリュー様… 私も本当はアンドリュー様をお支えしたいです。もし少しでもお力になれるのなら、こんな私でも良いのならどうかお傍に… お傍に私を置いてくださいませ ! 」
「アンジェ! 」
アンドリューは、再びアンジェを力強く抱きしめた!もう離したくなんかなかった!
「 っつ! ありがとうアンジェ!これから先、どんな事があっても離さない! 私が必ず幸せにすると誓おう! 」
謁見室の玉座から庭園が見えた。
国王陛下はやっと叶った、王太子の初恋にそっと胸を撫で下ろした。
「良かったな… アンドリューよ。 それにしても…… 」
アンドリューを、半年前から宥めすかし、男爵家からアンジェリカを奪還する算段が漸く実を結んだのだが。 だが本当のキッカケはアンジェリカの聖力で送られてきた手紙……
( 全くアンジェリカは聡い子だ…… さぁ、お次といくか。男爵家如きが… 簡単に死ねると思うなよ… )
国王陛下は断じて男爵家の所業を許すことは無い。 その眼差しには、冷淡な影が落ちていた。
◆◆◆ 地下牢にて ◆◆◆
「母様、何でこんな所にいなくちゃダメなんですか! 母様の言った通りにしたのに… 僕はリリーさえ、いれば良かったんだ! 結婚だって本当はしたくなかったんだ!」
キッと、息子を見据えた元姑は
「 元はと言えば… お前が男性恐怖症で無能なのがいけなかったのよ! だからアンジェリカを娶るしか道が無かったんじゃないの! 借金だらけの子爵ならギリギリ手が届いたのよ! それなのに… 天は確かに私達の味方だったはずなのよ。 忌々しい、あんたが『白い結婚』などせず一度でも抱いておれば良かったのよ〜!! それにエンヌ!お前はなんでもっとキッチリと骨の髄まで抵抗出来ないように仕込んでおかなかったのよ!だから逃げ出したんじゃないの! 」
いつもすました元姑は、鬼の形相で喚き散らしていた。
エンヌの手がワナワナと震えた。
「はあ?…… なんで私ばかりなの? 偉そうに!お母様が息子ばかり溺愛してやりたい放題だったじゃ無いの! そもそも愛人を許すから悪いのよ!ああ!アンジェリカのクセに腹が立つ!ちびのガリガリが人を馬鹿にした様な目で見てきてさ! いつも気に食わなかったのよ! ああ、もっと殴っておけばよかった!もっと徹底的に!」
「お姉様〜怖い〜、リリー泣きそう〜〜、お屋敷に帰りた〜い 」
グスグスと泣き出した。
「うるさい! そもそもあんたも悪いのよ! リリー、あんたもね! 」
エンヌはとうとうリリーを激しく叩いた。
弾け飛ばされたリリーへ急いでレイトンが駆け寄った
「やめて! 姉様! 僕のリリーを叩かないでよ! 」
コツコツと、複数の足音が近づいてきていた。
最初に気配に気付いたのはエンヌだった。
「誰か来るわ!」
宰相の顔が、小さな灯りからうっすらと見えた。
「随分と騒がしい罪人達だ 」
「あ、あのう。宰相様! どうか悔い改めますので、お情けを…… 」
元姑の懇願を、嘲る様に笑った。
「ハッ。 ふざけた事を…… 其方達は大切な自領の民の為に汗をかくことなく爵位が上のアンジェリカ様を我がものの様に扱かった。 あまつさえ虐待までしたのだ。 アンジェリカ様は《真の聖女》になられる方だったのだ… お前達の申し開きなど今更だろ? 既に調べはついておるし貴族の席もない平民ゆえ裁判なく判決を下す」
そこまで私言を話した宰相の懐から判決文を取り出し無情に読み上げた。
「お前達は、全員死罪だ 」
「そっ、そんな…… 」
「………… 」
男爵家は揃って、愕然としてブルブルと震え始めた。
続けて宰相は話す。
「だが、アンジェリカ様の温情で死刑は免れた。とんだ強運だ、ハッ」
それでもかなり重たい処罰を読み上げていった。
「元男爵家の女共は、最北の修道院へ処す。入院後はあまりの寒さと飢えで長く生きる事など叶わない極限の場所だ。 過酷な労働も待っている。姦しい喧嘩などしている暇もないだろう。一体どれほどもつか分からぬが後悔の日々を過ごせ 」
そこまで話すと宰相はレイトンに絶対零度の視線を向ける。
「そしてお前は重労働施設に収容する事と処す。 大好きな男達に囲まれながら汗水たらし稼いだ金は取りすぎた子爵家に返済しながら生涯を終えるのだ 」
レイトンは不敬にもすぐさま反論した。
「嫌だ!!俺は行きたくない!!」
宰相はレイトンの絶叫など無視して尚も話を続けた。
「 刑はまだあるぞ。 お前達は平民だろ? この王国では貴族に無礼を働いたら軒並み鞭打ちが待っているのは常識だろ。 後から処罰人が来るので待っていろ」
刑罰を言い終えた宰相は顔色を無くした平民達に冷笑を浴びせ元来た道を帰って行った。
「「そ……そんな…… 」」
レイトンもエンヌも愛人リリーも、初めて自分達が聖女を貶めた重大な罪に気づき始めていた。
「それほどの事だったなんて…… 」
「長く生きられないって…… 」
「やだぁ〜、レイトンと離れたくない 」
元姑だけは死罪で無かったことに首を傾げていたが力無く笑った。
( まさか… 最後まで聖女様のお情けなんてね……)
一瞬、そう思ったが、
( もしかしたら死罪よりじわじわと苦しめるために……!? )
そう考えに至ると、寧ろゾッとした元姑だった。
レイトンはこれから男達の群れに放り込まれる事実に呆然として半狂乱の様に首を振って嫌がった。
「やだ! やだ! やだああああ!」
ビシッ! ビシッ!と壁や廊下をムチで打つ音が聴こてきた。
牢屋の扉をギギギと開けて3人の大きな男達が入ってくる。
「はっ! 随分と軟弱そうな奴らだな」
「こいつらが我が聖女様に悪虐をしていたのか」
「俺は初めて処罰人になって良かったと思ったよ。はははははは」
元男爵家の者達は一様に顔色を無くし歯をガタガタと震えあがらせていた...
翌日の昼間、早速地下牢から罪人として送致されようとしていた。元男爵家は歩く事もままならずズルズルと引きずる様にして連行される。 着ている服でさえ身体が擦れるたびに激しい痛みが襲い呻き声を抑える事が出来なかった。
アンジェリカは元男爵家の処罰に対して意見を求められていた。
考えた挙句の願いは一つ。ただそれだけ叶えて欲しいと申し出ていた。
それは庭園で、わざわざ見えるところで王太子との茶席を設けてもらうことーー
王太子アンドリューも意図を理解してくれる。だがしかし
「アンジェ、こんなに小さな復讐で良いのか?」と。
劣悪な環境へ連れ去られようとする元男爵家に対して今の歴とした18歳の美しく成長した可憐なアンジェリカが王太子と楽しく幸せそうに過ごす姿を直接見せつけて悔しがらせ後悔させたかったのだ。
それがアンジェリカの考えた小さな復讐だった。
聖力が戻った時、私が直接手を下す事こそ最後の手段と考えていた。 しかし王国の正当な裁きを受けた男爵家相手に貴重な聖力を使うのは勿体無いと思ってしまった私。
それでも… ほんの小さな意趣返しくらいなら…… 。
死刑を免れた元姑の勘繰りなんか、当のアンジェリカは考えていなかった。
だがアンジェリカだって悔しくて怒っていた。 なのにこんな小さな仕返しくらいしか思い浮かばなかった。
平民と化した元男爵家達が連行されようとした、その時ーー
「ね、あの声は…… もしかしてアンジェリカの?」
元男爵家の者たちは微かに聞こえた声を探した。
今度はハッキリと、庭園からアンジェリカと王太子の笑い声が聞こえてきた。
罪人となった元男爵家の者達は驚いて小さな声を上げていた。
「あれが… 本来のアンジェリカなのか? 」
あまりにもアンジェリカが美しかった! 透き通るほど美しい陶器のような肌。神聖な輝きに満ちた蒼白の髪に清廉な湖のような蒼き瞳まで。
最高の品位と気高さに恐れすら抱かせるほどだ。
罪人達は魔力が回復したことを隠していたアンジェリカに酷い憎しみと怒りで腹をたてたが、すぐに元来の眩しいほどに美しく変貌を遂げたアンジェリカの本来の超人離れした魔力の凄まじさに恐れ慄いた。 到底自分たちが御して扱える代物では無かったのだと思い知ったのだから。
元夫のレイトンは惜しいものを逃した欲のこもった目を向けた。
「 美しい… 」
( 僕はあんなに美しい女を逃したのか? あんな綺麗な女だと知っていたら抱いたのに! あの女は僕の手の中に確かにあったはずなんだ… リリーなんかより、遥かに美しい女だったなんて…… ああ、なんて惜しいことをしたんだ! )
女達は悔しさと虚しさと絶望だけを味わっていた。
( あの女の美しい素養を潰したかった! 初めて見た時から美しかったあの女が汚れていく様が楽しかったのに! 爵位が上のあいつをひれ伏せたかった! なのに! くそっ! くそっ! くそっ! 私があの女に負けたなんて…… )
頬を腫らしたエンヌには黒く塗りつぶされた思考回路を変えることなんて出来なかった。 認めてしまえばきっと正常ではいられなかったから。
天の神は欲にまみれた男爵家に当然味方などしなかったーー
まずは数ある小説の中からこの小説を見つけてくださってありがとうございました♪
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