おばあさんとリンゴの木
リンゴがおいしい季節になりましたね。
ある田舎町の古びた家の庭先に、見事な実をつけているリンゴの木がありました。
「あぁ、今年もうまそうだねぇ、ヒヒっ」
頭にほっかむりをした、腰の曲がったおばあさんは、毎年リンゴができるのを楽しみにしていました。
若いころは、アップルパイやコンポートを作って、家族にふるまっていましたが、一人暮らしになってから、おばあさんの口に入るより、あまる方が多くなりました。
ところが……
「この木は、私の木だ。だれにもやるもんか!」
おばあさんは、村人が「立派になりましたなぁ」とか「色づきましたね」というだけで、ほうきを振り回して怒りました。
ある日、茶色の髪を緑のリボンで結び、リンゴ色のほっぺの赤いドレスを着た娘が、リンゴの木を見上げていました。
「そんなに見つめていたって、お前さんにはやらないよ」
おばあさんは、女の子に言いました。
「その木は、私のものだからね」
むすめは、こくんとうなづくと、
「リンゴを食べてみてください」と言いました。
おばあさんは、
「へんなむすめだねぇ」と言いながら、ちょうど喉が渇いていたので、自分の木から一つもぎると、入れ歯が全くない馬のような丈夫な歯でかぶりつきました。
リンゴの汁が、したたり落ちます。
「うん、うまい!さすが私の木だ!」
それを聞くと、娘は心底喜びました。
次の日も娘はやってきました。
そして、「りんごを食べてみてください」と言いました。
おばあさんがリンゴをおいしそうに食べるたび、娘は喜ぶのです。
その次の日も、また次の日も、娘はやって来ました。
最初は「変な娘」としか思わなかったおばあさんも、不思議がりました。
「むすめ。あんたはこのリンゴが欲しくないのかい?」
むすめは、こくんとうなづくと、「食べ残しの種をください」と言いました。
おばあさんは、ふきげんになって言いました。
「いやなこった。この木は、種まで私のものだよ」
むすめは、悲しそうな顔をしました。
でも、また次の日も娘はやって来たのです。
「私の夢は、このリンゴの木の子供を畑一面に植えることです。きっと、春は白い花が美しくさきほこり、そのトンネルをたくさんの人が行きかうでしょう。そして、秋は甘い香りが広がって、美しい赤い実が人々を喜ばせるのです」
おばあさんは、それを聞いて遠い日を思い出しました。
このむすめと同じとしのころ、若かったおじいさんといっしょにそのような場所に行ったことがあったのです。
おじいさんは、「きれいだなぁ。ぼくは、こういうばしょがすきだ」と言いました。
おばあさんも、「きれいねぇ。わたしもこういうばしょがすき」と言いました。
ふたりは、とてもしあわせでした。
そして、おじいさんは、落ちているリンゴをひとつ拾って、「このリンゴの種をぼくら二人の家の庭に植えよう」とプロポーズしたのです。
おばあさんは、うれしくて「えぇ、植えましょう」とそのリンゴにほおずりしました。
おばあさんは、むすめにリンゴをひとつ渡しました。
「持っておいき」
むすめの顔がぱぁと輝き、リンゴよりほほが赤くなりました。
それから、むすめはぴたっと来なくなりました。
そして、おばあさんはときどきあのしあわせなばしょが、この世界に増えることをよろこぶ夢をみるようになったのです。
おばあさんはリンゴの木の下にこんな立札を立てました。
『このリンゴは最高です。欲しい方は、お声をかけてください。そして、良かったら、種を植えて育ててください』
おわり
最後までよんでくださって、ありがとうございました。