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3分読み切り短編集

フォール

作者: 庵アルス

 放課後の教室で、(かえで)がうなだれている。

 テスト用紙を落下させた⋯⋯のではなく、赤点を取ってしまった。

 よりによって後期中間テストである。一科目、自信のなかった英語が、あと一問というところで赤点になってしまった。

 楓の通う高校では、六十点未満が赤点となり、補習を受けなければならないのだ。

 小島(こじま) (かえで)と書いた氏名の横、赤ペンで書いた五十九点。その下に『close(惜しい)!』と書き添えてある。

「補習やだー!」

 思わず呟く。

 誰もいない教室で。

 なにが悲しいか、英語で赤点を取ったのが、楓ひとりなのである。

 窓の外では陸上部が、ロードワークで校門から出ていったところだ。本来なら、部員である楓も今頃走っているはずだった。

 秋風を切って走りたい。乾いた落ち葉を踏みしめて、カサカサと鳴らしたい⋯⋯そんな妄想が広がる。

 だが、現実は無情に訪れる。

「俺だってやだよ」

 教室の入り口で、教師の松前(まつまえ)が立っていた。

 英語の教科担任で、陸上部の顧問。若く、飾り気がなく、おまけにイケメンなので、生徒からえらく人気がある教師だ。

 友人に英語の補習を知られたとき、うらやましいとからかわれた程だ。

 だが、松前の授業は、厳しいことで有名だ。厳しすぎて、皆、補習恐ろしさに必死に勉強したのだ。イケメンと一緒に過ごせるからとて、厳しい補習を受けたいと夢見る者はいなかった。

 楓とて必死に勉強した口だ。だが、努力はあと一歩で実らなかった。

「はい、いやーな補習を始めます」

 松前はつんと言い放つ。

 楓は、自身の顔がさっと青褪めるのを感じた。独り言のはずが、聞かれてしまった以上、取り返しがつかない。誰でもいいから道連れが欲しかったのは言うまでもない。

 松前は授業用のタブレットを操作している。楓は沈鬱な面持ちで教科書を開いた。

 ところが、

「あぁ、いい。教科書仕舞え」

 松前がそう制したかと思うと、黒板の上からスクリーンを引き下ろした。天井のプロジェクターからなにかが投影されている。西陽のおかげで見えないでいたが、松前がカーテンを閉めると、見たことのある映像が現れた。

 アニメだ。楓もよく知る、世界的に有名なネズミが出る番組だ。

 ただひとつ記憶と異なるのは、音声が英語で、日本語字幕付きだということ。

「先生、これは⋯⋯?」

 戸惑う楓に、松前は答える。スクリーンがよく見える席に腰掛けながら。

「小島さんが落としてるの、ほとんどリスニングなんだよ。耳が英語に慣れてないんだろうなって」

「でも、なんでこの番組?」

「それはほら」

 松前は振り向いて、楓のペンケースを指さした。

 そのファスナーについたキーホルダーは、件のネズミである。

「筆箱についてるから、好きなんだろうなって」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 見られていた。

 頬がふわりと熱くなる。顔を見られたくなくて、慌ててスクリーンに向き直った。

「⋯⋯好きですよ」

 テストを落とした。

 その上、落ちてしまった。

 恋に。

2020/09/28

小島さんと松前先生、地名から名付けています。

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