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公序良俗に反する写真

「僕たちは、柊朋高等科の学生なんです」

 北條は言った。

「彼女は二年生ですが今、柊朋のピアノ科一の腕前です」

「しょ、匠せんぱい……」

 響が恥ずかしそうに北條を制したが、

「成る程! 道理で!」

 と、彼は大袈裟に頷いている。

「お嬢さん、失礼ですが。お名前は?」

「相田響と申します」

 響は彼に向かって小さく一礼した。

「相田響さん……お名前、覚えておきます。貴女なら近い将来、必ず有望な若手ピアニストになられるでしょう」

 そんな二人のやりとりを、北條は満足そうに見守っていた。


「あなたもヴァイオリンを試し弾きなさってみませんか?」

 彼は北條の持つ楽譜にも気付いて、そう言った。

「いいんですか?」

「今、適当なモノをお持ちします」

 そう言って彼はすぐに、一つヴァイオリンを持参した。

「こちらは如何でしょう。『Artida(アルティーダ)』という『YAMAHA』のシリーズの一つです」

「では、お借りします」

 何を弾こうと暫し逡巡した北條だったが、そのヴァイオリンを構えると、ゆっくりと弾き始めた。


 それは、モンティの『チャルダッシュ』だった。

 陰鬱な雰囲気の冒頭から始まり、曲の中盤になると、目にも止まらないほどの速さの運指が必要とされるこの曲は、『酒場風』という意味のハンガリー音楽ジャンルの一つで、明るく陽気に堂々としたラストを迎える。

「さすが先輩! ハーモニクスも完璧ですね。ジプシー風の表現を必要とするこの曲の音楽性を見事に表現されていらっしゃいました」

 北條が弾き終わると同時に、響がそう言いながら拍手した。

「いや、お二人ともお見事です!」

 思わず唸るように言うと、彼は呟いた。

「さすがは、天下の『柊朋』の学生さんだ」


「どうも有難うございました」

 北條と響の二人が、その店員に頭を下げる。

「いえ。職業とはいえ、こちらも今日は非常に良い音を聴かせて頂きましたよ。またいつでも遊びにいらして下さい」

 彼は至極上機嫌で答えた。

「お二人仲良く、ね」

 そう付け加え、その言葉に響は真っ赤になった。



 ◇◆◇



 それから二人は、新しい機種のプリクラが流行っているという響のおねだりで、ゲームセンターにやってきた。

 スマホで自撮りすればいいんじゃないかという北條の言葉は、そんなに密着して撮るのは恥ずかしいという響によって却下された。

 しかし、

「で。どんなポーズで取ればいいんだ」

 北條は機械の前で響に問うた。

「ポ、ポーズだなんて……。普通に、写って頂ければ」

 響は自分が言い出したことなのに、またも真っ赤になっている。

 その時。

 北條に閃くものがあった。


「響」

 北條は響の背後に立つと、後ろから響を抱き締めた。

 身長178㎝の北條の両腕の中に小柄な響がすっぽりと収まった。

「せ、先輩……!」

 その距離感に響はわたわたと惑う。

 しかし、北條は落ち着いて呟いた。


「愛しているよ」


 北條のハスキーボイスで、響の耳元で響の耳たぶにほとんど触れそうな距離でもう一度、北條は囁いた。

「愛してる……」

 北條はそっと両腕に力を込める。


 その瞬間を機械は捉えた。


 結果、撮影されたその問題の『耳つぶ』写真が四コマでプリントされて出てきた。


「先輩……恥ずかしいですう!」

「響が撮りたかったんだろう?」

「こ、こんな公序良俗に反する写真じゃ……!」

 そう青くなったり、紅くなったりする響を北條は笑って見ていた。



 ◇◆◇



 その後。

 二人は『港本町本通り』を通り抜け、海沿いの『中央港公園』を散歩することにした。

 波風に晒されながらいつしか二人は無言だったが、北條も響も先程のプリクラが入ったバッグの中にばかり意識が行っている。

 響はこの写真は誰にも見せないと心に誓い、北條は早くその写真の中の可愛い響を思い切り堪能したいと思っていた。


「あ……!」

 その時。

 響が急にその場にうずくまった。

「どうした?! 響!」

「左のミュールが……」

 響はうずくまったまま、ミュールを脱いだ。

「捻挫してないだろうな?!」

 北条が気色ばむ。

「いえ…大丈夫です。実は……初めておろしたサンダルで……マメが」

「なんでそんなものを履いてくるんだ」

 憮然と北條は呟いた。

「だって、これが一番可愛くて──────すみません……」

 響は言い訳を途中ですぐ止めて、謝った。

 北條が本気で響を睨んだからだ。


「仕方がないな。響。靴をちゃんと持って」

「え?……きゃっ!!」

 北條は軽々と響をお姫さま抱っこしたのだ。

 そして、近くのベンチへと歩いて行く

「先輩! 一人で歩けます!」

「その足では無理だろう。我慢するな」

「こ、この格好の方が無理ですっ!」

 響が切実に叫んだが、こういう時の北條は何を言っても無駄だということも響は知っている。

 ああ。神様!

 北條の腕の中で、言葉にならない言葉を響は心の中で叫んでいたが、幸いにも周りにほとんど人通りはなく、そして北條は石造りのベンチの上へと響を下ろした。


「見せて」

 響の前にかがむと、北條は響の左の素足に触れた。

「い、痛……!」

「よほど靴が足に合わなかったんだな。小指のマメが潰れている……」

 北條はどうしたものかと少し考えていた。しかし、

「ちょっと待っていろ」

「あ…、先輩……」

 響は思わず声をかけたが、そんな響を一人残して北條はどこかへ足早に立ち去った。

 後にぽつんと残された響は、やっぱりいくら可愛いからって、デートに初めてのサンダルを下ろしてきたのは失敗だったのね……と、シュンとなっていた。

 北條と待ち合わせたのは、お昼時だったが陽はもう沈みかけている。辺りは瑠璃色に染まった黄昏時で、いかにもロマンティックな港の風景だが、五月の夜風は肌に冷たい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 公序良俗に反するというから、一瞬もっとスゴイのを想像しちゃいましたが、至って普通でしたね。 いや、こんなセリフを普通に吐けるのは普通じゃないですね^^ イケメンの特権ですわ。あ~甘い!
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