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可愛くも切ないおねだり

本作は、アンリさま主催「私の神シチュ&萌え恋企画」参加作品です。

 セダンは音もなく静かに(ひびき)のマンションの前に止まった。

 運転手の塚本(つかもと)が後部座席左手のドアを開ける。


「響。また明日、な。」

 北條ほうじょうしょうは、今、夢中になっているシベリウスの『ヴァイオリン協響曲』の総譜(スコア)に目を落としたまま、そう呟いた。


 北條匠と相田(あいだ)(ひびき)は、同じ『(しゅう)(ほう)音楽学院』の高等科に通う先輩・後輩。北條は三年生、響は二年生に進学したばかり。

 二人の交際は、もうすぐ約半年を迎える。

 北條は、昨年高等科二年の時は生徒会長を務め、響は一年生書記として陰に日向に北條を支えた。

 ヴァイオリン科首席の北條とピアノ科首席の響は、学内演奏会でもそれぞれがトリを務め、そして、去年の「降誕祭(クリスマス)演奏会」で北條のヴァイオリンに響がピアノ伴奏という共演を果たしたことにより、お互いの想いを確かめ合ったのだ。


 国内でも有数の大企業『北條グループ』本家子息である北條は、どこか浮世離れしたところがあって、学内では『王子』キャラで通っている。

 大企業の御曹司とはいえ北条は三男であり、また文化・芸術を支援するという企業イメージをアピールしたい北條グループの思惑もあり、北條が好きなヴァイオリンの道に専念することは親族公認である。その為、北條はその才能を伸び伸びと遺憾なく発揮している。

 そんな北條にはファンクラブらしき存在があり、ふたりが付き合い始めた当初、響は随分陰湿なイジメを受けたものだ。

 しかし、二人の交際は真剣そのもので、また、響のピアノの腕の確かさは揺るぎなく、実力だけがモノを言う学院内で、今では響を軽んじる者はいなくなった。

 加えて、明るく、無邪気で天真爛漫な天使のような響の性格も大きく寄与したのは言うまでもない。


 毎朝、北條家の執事見習いである塚本が送迎する車で北條は響を自宅まで迎えに行き、帰りも響を送って帰るのだが、しかし、今日の響は、車から降りる気配がない。


「匠先輩……」

 響は、いつになく思いつめたような顔をしている。

「……どうした? 響」

 北條はようやく、総譜から意識を響に転化した。

「明日の、土曜日……」

 響は、言おうかどうか最後まで迷っていたが、

「明日、私につきあって下さい!」

 思い切ってそう言った。

「何か欲しい物でもあるのか?」

「い、いえ。先輩とご一緒したいところがあって……。でも。ダメですよね……。もう『東京国際音楽コンクール』が目前なのに」

 響は、しょんぼりと言った。


「いいだろう」

 しかし、果たして北條の返答は響の誘いに応じるものだったのだ。

「え……?! よろしいんですか?!」

「では、明日午前十二時に迎えに来る」

「あの……先輩……」

「何だ?」

「車じゃ、なくて……待ち合わせはダメ、ですか?」

「待ち合わせ?」

 いつもデートは、車でドアtoドアの北條は響のお願いに訝る。

「はい……『港本町交差点』北側のアーケードの入り口で、明日、お昼十二時にお待ちしています」

 響は一方的にそう言い切り、「失礼します……!」と一礼し、車を降りてマンションの中へと走り出していった。


「匠様。如何なさるんです?」

 含み笑いをしながら、塚本が問うた。

 北條はひとつ溜息をつく。

「行かないわけにはいかないだろう。塚本。というわけで、明日はお役御免だ」

「承知致しました」

 塚本が恭しく頷いた。



 ◇◆◇



 翌日は、初夏の陽気の晴天だった。


 響が指定した通り、『港本町交差点』の北側アーケードの入り口付近で、五月の眩しい陽射しをよけながら、北條は響を待っていた。

 北條の今日の装いは、仕立ての良いグレーのオックスフォード長袖シャツの上からネイビーのジャケットを羽織り、首には黒のチョーカーのリングネックレスをさりげなくかけている。黒いレザーのバッグを背中に斜めがけにして、白のスリムパンツに靴は黒のプレーントゥシューズ。綺麗目のトレンド感を押さえている北條は、生来の品の良さと大人っぽさを醸し出している。


「匠先輩!」

 その北條の許に、響が慌てて駆け寄ってきた。

「早くにいらしてたんですね。すみません……! 私がもっと早く来ていれば……」

 はあはあと息を弾ませながら、響が言う。

「問題ない。約束の十分前だ」

 左手の腕時計を見ながら、北條が言う。

「いつからいらしていたんですか?」

 その響の問いに、

「女性を先に待たせるものではないだろう?」

 と、生真面目に答えつつも北條はふむ、と言い澱んだ。


「どうかなさったんですか?」

「いや」

 そう言いながら、北條は響の私服コーデをしげしげと眺めている。

 響は、ウエストを絞った膝丈の白ワンピの上からスモーキーピンクのニットカーデを羽織り、そして、白いリボンの装飾が華やかでヒール高7㎝のミュールサンダルを履いて、籐製の生成り色の籠バッグを手にしている。

 ミディアムロングの髪は丹念にハーフアップに結い、臙脂色のリボンであしらっている。

 輝くように透き通っている素肌には軽くお粉とオレンジ系のチークがのせられていて、その小さな形の良い口唇にはコーラルピンクのリップスティックがほんのり色づいている。

 北條の視線にきょとんと響は少し小首を傾げた。


 そんな響に、

「響。今日も可愛いな」

 北條は先程までの生真面目さが嘘のように微笑んだ。

「え、そんな……」

 その北條のストレートな言葉に、響はボン!と顔から火を出した。


 交際半年の二人は、まだ充分に初々しい。


「俺をこんなところに呼び出したということは。どこか行きたい所があるんだろう?」

「はい! 先輩。お昼はもう召し上がったんですか?」

「いや。十時にブランチを食べてきたが」

「良かったあ。今から昼食(ランチを食べにいきましょう! 私、良い店を知っているんです」

 響が嬉しそうに、そう言った。

 響のその華のような笑顔を見て、北條が更にフッと笑みをこぼす。

「いいだろう。案内してくれ」

「はい!」

 というわけで、二人は並んで歩き出した。



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