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三山……
三山は何故私にあんな話をして来たのだろうか? そもそもあの話は本当なのだろうか?
「舞、どうしたの? 体調が悪いの? 」
現在食事中、箸を止めてしまった私を見てお父さんは心配そうに聞いて来た。
「嫌、そんな事無いよ! …お父さん、ここら辺でアパートの手すりが壊れて人が落下した事件ってあったっけ? 」
私は箸を進めながらお父さんにそう聞いてみた。三山とは六年になるまで同じクラスになった事は無いが、廊下ですれ違った事は一年の頃から何度もあった。という事は、三山は昔からこの学区に住んでいたという事になる。こんな近くで起こった事件なら、大人であるお父さんは知っているのではないかと思ったのだ。
「あー…そんな事あったなー。確か大晦日に起こった事故だったよ。ニュースでも少し取り上げられてたし。その人シングルファザーで一人娘がいたらしいし、俺と共通点が結構あって自分の事のように思った記憶があるよ」
……本当だったのか。
「知らなかったの⁈ 」
由美にも聞いてみると、そう返ってきた。当時、学校でも結構話題になっていたらしい。私は噂などに疎く、由美はあまりそういう事を口にしないタイプだ。雄大もそのタイプなので、私は必然的に噂を知る機会を失う。
「他の子に聞いたりしなかったの? 」
……それを言わないでくれ由美さん。当時は由美以外親しい友人がいなかったのだ。女子も男子も私が近づくと顔を赤くして逃げていくのだ。思い出すと切なくなる。
三山の家に行った次の日、彼女はちゃんと学校に来た。クラスの子は三山から距離を取っている。三山の取り巻き達も。
しかし、三山は気にもせずに過ごしていた。あくびはするし、堂々と昼寝をする。アダムくんに対する罪悪感も無さそうで、一周回って好感が持てるほどだ。
アダムくんはというと、何と三山の言った通りスカートを履けるようになった。ロングスカートだが、初めに見た時は驚きで目が飛び出るかと思った。何故履く気になったのか聞いてみると
「何でだろう。学芸会の時に色々吹っ切れたのかもしれない」
そうアダムくんは言った。結果的に三山のおかげで彼はスカートを履けるようになった。けれど動機が動機なので、三山の事は許せない。
あれから何日も経ち、冬になった。外は凍える程寒く、白い息が出るようになった。
三山はクラスで浮いていた。虐められはしないが、誰も彼女に関わろうとしない。結果的に三山の周りはいつも誰もいなかった。
それは縦割り活動でも同じだった。他の学年にも伝わっていたらしく、皆んな三山を遠巻きにした。しかし、三山は気にしていなかった。あの三山だ。自分が浮いていることに気づいてるはずだ。それで平然と過ごしているのだ。
気にしていたのはアダムくんだった。彼は三山によって散々な目にあったのに、三山の今の状況を改善したいと言ってきたのだ。
「……なんで? 自業自得だと思うんだけど」
私は自分でもよくこんな冷たい声が出せたもんだと驚いた。でも、これは本心だ。いくら過去が複雑だからといって、それにアダムくんを巻き込んでいいわけじゃ無い。人を傷つけようとする人間を助ける程、私は心が広く無い。
「でも、三山さん寂しそうなんだ。確かに性格は良く無いと思う。俺は彼女に嫌がらせを受けた。だけど、ドレスの事を言い訳をせずに正直に言ったのは三山さんだけだった」
まぁ、確かにそうだ。他の取り巻き達は罰が軽くなることばかり考えていた中、三山だけは何もかもを正直に言った。その為、みんなから引かれているが。
「どんな理由があってもいじめは良く無いが、俺は三山さんにとってどうしても許せない事をしてしまったんだろう。それは女性恐怖症が関係してるかもしれない。彼女を傷つけてしまった事を謝りたいんだ」
アダムくんは真剣な顔でそう言った。アダムくんに三山の話はしていないのに、彼は知っているのではないかと思うほど良く言い当てた。しかし、アダムくんは何も悪くない。三山が勝手に怒っただけだ。
「アダムくんは謝る必要ないと思う」
「……うん。でも三山さんの今の状況は改善させたいんだ。このままだとクラスの雰囲気も悪いままだし」
それは確かにそうだ。それで私は何をすればいいんだ?
「水谷にはコレをして欲しいんだ」
「今日は皆んなの秘密を言ってもらいます!」
私は縦割り活動の昼休み、そう宣言した。皆んなの頭には「? 」が浮かんでいる。
「この箱には、皆んなの名前が書かれた紙が入ってる。水谷が紙を引いて、そこに書かれてる名前の奴が自分の秘密を言うゲームだ」
そうアダムくんは私の持っている箱を撫でながら、言った。みんなは「そんなゲーム聞いたことねーよ」とか「秘密なんて無いよ〜どうしよう〜」と言っている。
「じゃあ引きまーす。えー、みずたに。…私だ」
私はトップバッターになった。
「じゃあ言います。……実は今年のスポーツテストの50メートル走のタイム、1秒早く走ったことにしました」
私は、今年やってしまった重い罪を告白した。体育委員に嘘の報告をしたのだ。「副班長ダメなんだー」とか「いや俺も足遅いし、そうしたくなる気持ち分かるよ」と私の罪を擁護する声が聞こえた。
その後も着々とゲームは進んでいき、大小様々な秘密が飛び交った。中々盛り上がった。そろそろいいだろう。わたしは一枚だけ触り心地の違う紙を引いた。
「田中 アダム」
「…俺だな」
アダムくんはふーと深呼吸をした。
「俺は女性恐怖症だ」
アダムくんはそう切り出した。皆んなは薄々気づいていたようで「やっぱりそうなのか」と顔に書かれていた。
「それと俺はスカートが履けなかった。あることがきっかけで、自分の足が醜く思えるようになったんだ。でも今は履けるようになった。今日も履いてるだろう」
アダムくんの言う通り、彼はロングスカートを履いていた。足も少しだが見える。
「ずっと誰にも足を見せてなかったんだ。家族にも。自分で言うのも何だけど「足が綺麗」ってよく言われてたんだ。でもある時からそれが苦痛になって、そう言われる度にどんどん自分の足が醜く見えるようになったんだ。だから、学芸会の時にドレスを着るのが苦痛だった。しかも足がよく見えるあんなドレス」
三山を盗み見た。三山がどんな反応をしてるのか気になったからだ。彼女は頬杖をついて聞いていた。
「でも、出てみると意外と平気だった。俺の足は「鹿みたい」なんだと分かったんだ」
小さい子の言葉が、アダムくんの心を救ったのだ。
「三山さん、俺のせいで傷つけてしまってごめん。後、三山さんのおかげで俺はスカートをまた履けるようになったんだ。ありがとう」
アダムくんがそう言い切ると、クラスはしんと静まり返った。その空気を破ったのは、三山だった。
「は? 何この茶番」
笑えるんですけど〜と言ってケラケラと笑いだした。
「田中〜あんたおめでたい頭してるよー。嫌がらせをしてきた人間によく御礼なんて出来るね〜感心するわ〜」
三山に対して怒りが湧き上がった。アダムくんは冷静に返した。
「確かに、俺はおめでたい頭をしてるよ。しかも縦割り活動の昼休みにこんな話をするなんて自分でもどうかしてると思う。けど、どうしてもこの事を皆んなの前で三山さんに伝えたかったんだ」
「三山さんのことを怖く思えなくてごめんなさい」
三山は無表情になった。そして私を見た。
「あんた、あの事言ったの? 」
「うん、秘密にする義理も無かったし」
三山の問いかけに私はそう答えた。他の子は何の話か全くついていけてないようだ。
「……まぁ、いいよ。言ったあたしが馬鹿だったんだ。本当に何で言っちゃったんだろう」
三山は力無く笑った。罪悪感を感じて、胸が少し痛くなった。
「水谷は悪くない。俺が聞き出したんだ。」
アダムくんは私を庇った。
「……うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい‼︎ なんなの⁈ あんたムカつくんだよ存在自体が‼︎ 親父と同じ目して他のやつ見んなよ‼︎ それはあたしだけのものなんだよ‼︎ せっかくまたその目で見てもらえると思ったのに、立ち直り早すぎんだろ‼︎ 本当はそんなに傷ついてなかったんじゃないの⁈ 女性恐怖症も嘘っぱち……」
「黙れ‼︎ 」
私は叫んでいた。これは二人の問題だ。私が入るべきでは無いのに。
「水谷、大丈夫。ありがとう。三山さん、俺は貴女のお父さんじゃ無い。だから貴女を見るこの目はお父さんと同じでは無いはずだ。俺は貴女の事を怖いとは思わない。可哀想だと思う。ずっと寂しかったと思うから」
アダムくんの言葉に、三山は震えだした。
「なんで、なんでだよ……」
涙声でそう言い、三山は机に突っ伏した。押し殺そうとして失敗した声が静かな教室に響いた。
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、昼休みは終わった。私は三山が泣いた姿をこの日、初めて見た。
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