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栄と別れてから、考え事をしながら歩いていると、いつのまにか自分のアパートの前にいた。
部屋に入ると、ベッドへダイブした。そして先程、栄の言っていた持病について再び考えた。
(いつ悪化してもおかしくない持病…栄が就職出来なかったのは、それが原因だったのか)
栄は面接で落ちては「あーまたダメだったー」と嘆いていたので、俺は「永盛グループの子会社だったらすぐ内定もらえるんじゃない」と言った。彼女は何も言わずに苦笑いで返事をしていた。
栄の親は、彼女が就職するのに反対していたのかもしれない。娘がいつ死ぬかも分からないのだ。そんな危険な状態で働いて欲しくなかったのかもしれない。
しかし、栄は自力で就職先を見つけた。契約社員としてだが、採用されたと報告してきた彼女は幸せそうだった。
(俺は栄のことを何でも知っている気になっていたが、何にも分かっていなかった。栄が辛く悩んでいたことも知らなかった)
その夜夢を見た。
俺は子供で死んだ両親と手を繋いでいた。
しかし二人はいつのまにか消えていて、俺は大人になっていた。
周りには誰もいなくて孤独で不安になった時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、そこには彼女がいた。俺は安心して栄の元へ走っていく。
あと少しで手が届く、その瞬間
彼女が消えた。
飛び起きた。息が荒くなっていた。目からは涙が流れていた。
俺の中で栄はとても大きな存在になっていた。結婚したいと思うくらい。
しかし、持病の話を聞いて、俺より早く死んでしまうということを知って、また一人になると思ったら不安で仕方がなかった。
嫌だ、栄がいなくなるなんて嫌だ。一人にしないでくれ
声を殺して泣き続けた。
それからも俺と栄は付き合い続けた。あの日のことなんてなかった様に。
いろんな所へ行った。日帰りでないと親がうるさいと栄が言うので、あまり遠くへは行けなかったが。
その日もそんな風に二人で日帰り旅行をしていた。
どこへ行こうか車に乗りながら話し合っていたら、菜の花が咲きごろだということを知ったので、菜の花畑にいく事になった。
菜の花畑では、黄色い花があたり一面に咲き誇っていた。
「わー!きれーい!」
栄は感動してそう言うと、菜の花畑の中へと入っていった。
それをただじっと眺めていたら、彼女が「茂もおいでよー」といってきた。菜の花の中にいる彼女は輝いていて、死ぬかもしれない病気を持っているなんて信じられなかった。
俺は彼女に向かって歩き出した。菜の花が邪魔で中々彼女へと近づけなかった。
「前さ、プロポーズしたじゃん」
菜の花を避けながらいった。その言葉に彼女の顔から笑顔が消えた。
「返事っていつしてくれるの?」
俺は彼女へと近づいていく。逆に彼女は離れていく。
「だから私持病があって…」
「俺は栄に持病があっても結婚したい」
あの日からずっと考えていた。いつか俺より先に死んでしまうとしても、彼女と結婚したいか。
考えて考えて、でもやっぱりしたかった。
彼女と結婚したら、彼女の人生の最後の瞬間まで一番近くにいられると思ったから。
家族を作るなら彼女としかできないと思うほど愛おしかったから。
「私、派遣社員だから贅沢させられないよ」
「贅沢なんてしたいと思ってないし、俺も稼ぐから大丈夫だよ」
「私、残念ってよく言われてて、恥ずかしい思いさせちゃうかも」
「そんなの今更だよ。そう言うところも含めて好きなんだよ」
「私が倒れたら、入院費とか払わなきゃ行けなくなるよ。それなのに結局すぐ死ぬんだよ。いいの?」
「いいよ。そう言うの全部ひっくるめて栄と結婚したいんだ」
やっと栄のいる場所まで行けた。彼女は綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
俺はそれを隠すために彼女を抱きしめた。そして改めて「結婚してくれますか」と言うと、「はい」と答えてくれた。
「そんなの認められません」
そう言ったのは、栄の母だった。今、俺は結婚を認めてもらう為に栄の家に来ていた。
しかし、予想通り簡単には認めてはもらえなかった。
「あなたは、栄の病気の事も覚悟して結婚すると言いましたが、小説家なんてそんな安定していない職業の方に娘は渡せません」
「だから私も働くって言ってるじゃん」
「病気持ちのあなたが稼ぐお金なんてあてにできません」
その言葉に栄はキレた。
「お母さんはいつもいつも何かあれば病気を持ち出す‼︎もう何も頼まない!今後一切私に関わらないで!」
そう言うと、栄は俺の腕を引っ張り「行こう」と言った。
栄の父親は、ただそこに居ただけで結局最後まで何も言わなかった。
栄は両親とほぼ絶縁して俺と籍を入れた。
結婚式はお金がかかるのでしなかったが、友人達に結婚する事を言ったら、店を貸し切って祝ってくれた。
それからは色々な事があって時には喧嘩をしたりもした。でも、お互い罪悪感が出てくるとどちらともなく謝って仲直りした。
そして舞を授かった。
舞という名前は栄が付けた。最初に妊娠した事を告げた時、目を丸くして「ここに赤ちゃんがいるんだ…」と言いながら嬉しそうにお腹を撫でてきた。
本当に幸せだった。二人で名前を考えたりして、家族三人で暮らせると信じて疑わなかった。
「栄、お腹の子は女の子だったよ」
寝たきりになった栄に届くかどうかわからないがそう告げた。
妊娠した事を告げた数日後、栄は倒れた。持病が悪化したのだ。
覚悟はしていたが、こんなに早くこの時が来るとは思わなかった。
「女の子だったら舞だったよね。元気に育ってるよ」
栄は何も言わない。意識がないのだから当然だ。
先生によると、もういつ亡くなってもおかしくないそうだ。
どんな事があっても後悔しないと誓ったはずなのに、もし俺と結婚しなければ、栄は親と絶縁せずにもっと良い治療を受けられたかもしれないと思ってしまう。
栄は幸せだったのだろうか?
「茂」
耳がおかしくなったかと思った。なぜなら栄の声が聞こえたのだから。
栄の方を見ると、その瞳が開いていた。
「私、幸せだったよ」
そう言うと再び瞳を閉じた。もう二度と開かれる事は無かった。
あれから四年が経った。
今、両親と栄の墓の前にいる。そろそろ掃除をした方がいいと思ったのだ。
「舞、お爺ちゃんとお婆ちゃんとお母さんに挨拶して」
「こんにちは」
舞は素直に挨拶をする。見た目は栄にそっくりなのに性格はしっかりとしていて、どこか抜けていた彼女とは正反対だった。
栄、舞はこんなに大きくなったよ。そっちはどう?僕の母さんはいいけど、父さんは気難しくて大変でしょ。でも君の事だから直ぐに仲良くなったかな?
そんな事を考えていると、舞が所在なさげに石を軽く蹴り始めた。
(そうだ。早く掃除しないと)
俺は舞と一緒に掃除をし始めた。
お読みいただきありがとうございました。
次からは本編に戻ります。