2
私は今、お父さんの両親とお母さんが眠るお墓の前にいた。
お父さんの両親は、とっくの昔に死んでしまっていたのだ。
「舞、花そこに置いて。線香に気をつけてね」
「うん」
私は言われたとおりに花を置いた。
今日、私とお父さんは、お墓を掃除しに来ていた。ここで初めて祖父母が死んでいた事を知った。
お父さんが、「お爺ちゃんとお婆ちゃんとお母さんに挨拶して」というので、私は「こんにちは」とお墓に向かって言った。
お父さんはしばらく黙ってじっとしていたが、その後黙々と掃除し始めた。
そして現在、お墓は綺麗に蘇った。
最後に手を合わせて帰った後、私は思い切って祖父母やお母さんについて聞いてみた。
祖父母はお父さんが、高校卒業間近の時に交通事故でいっぺんに死んだらしい。
お父さんは少しの間親戚の家でお世話になって、高校を卒業した後一人暮らしを始めたらしい。
その後、大学でお母さんと出会って結婚したらしい。
お婆ちゃんは、優しいけど少し天然な人だったらしい。
お爺ちゃんは、逆に厳しくて何度も怒られたらしい。
お母さんは、見た目に反して、豪快な性格だったらしい。
その他にも色々話してくれたけど、全てほのぼのとした幸せなものだった。
それだけに失ってしまった時はとても悲しかっただろう。
そして、今お父さんの生きている家族が私しか居ないのだと思ったら、なんだか長く健康に生き続けなければならない使命感が出てきた。
話は変わるが、この世界の育児は基本的に男性がやっている。
産まれたばかりの頃は、母乳の出る女性がする場合もあるが、子供が乳離れをするのがこの世界では6カ月なので、それ以降は男性が主にやる事が多い。
子供を産んだ方が面倒を見るべきだという固定観念が、この世界にもあるらしい。
実際、幼稚園に送り迎えをするのは男親が多い。私の親友由美ちゃんもお父さんに送り迎えをしてもらう事が多かった。(たまにお母さんの時もある)
由美ちゃんの親は共働きだった。しかも結構忙しい仕事をどちらもしているらしく、中々早く帰る事が出来ないようだった。
なので、由美ちゃんは幼稚園が終わった後一番最後まで残る事が多かった。
私のお父さんは小説家なので、早く迎えに来てくれる。
それを見た由美ちゃんが「舞ちゃんは直ぐ帰れていいなー」と言ったので、「一緒に帰る?」と聞いた。家も近くなので、由美ちゃんの親が帰ってくるまで私の家に居るのはどうかと思ったのだ。
由美ちゃんは満面の笑みでイエスと言い、両家の親もいいと言ってくれたので、私達は現在幼稚園が終わった後も仲良く私の家で遊んでいる。
私の家で二人で楽しく遊んでいる時、由美ちゃんがある事を言った。
「あたし、男子きらいー」
「どうして?」
「だって虫とか渡してくるんだもん」
私が理由を聞くと、渋い顔をしながら彼女はそう言った。
なんでも私が風邪で休んでいた時、由美ちゃんは外で泥遊びをしていたらしい。
彼女の美的センス際立った作品が出来上がる直前、目の前に違うクラスの知らない男の子が現れた。
「由美ちゃん、これあげる」
男の子の手から出て来たのは、綺麗な色合いの玉虫だった。
いくら綺麗でも虫である。大半の女子が嫌いなそれに、由美ちゃんも拒否反応を示した。
「なにそれ気持ち悪い‼︎近づかないで‼︎」
その言葉に傷ついた男の子は泣き出し、それを聞きつけた周りの子が「あ〜泣かした〜」「いけないんだ〜」と責めてきて、最終的に先生にも怒られたらしい。
「先生ったらアタシのことばっか怒ってさ、絶対嫌がらせだよ。虫なんか渡してくんの」
由美ちゃんはその時の事を思い出したのかプリプリと怒り出した。
そんな彼女に私は、玉虫について説明する事にした。
「由美ちゃん、男の子が渡してくれた玉虫は、この国の甲虫の中で一番綺麗だと言われてるんだよ」
「一番綺麗…」
私の説明に、由美ちゃんは少し驚いていた。
「それに、私が休んだ日ってバレンタインデーだよね」
「あっ…」
この国のバレンタインデーは、男子から女子に贈り物をする日だった。
その男の子は由美ちゃんの事が好きだったから、おそらく宝物であった玉虫を渡そうとしたのだと思われる。
由美ちゃんは罪悪感からか、バツの悪そうな顔をしていた。
「さっき言った事忘れて。明日、謝ってくる」
そういうと、彼女は黙々と何かを作り始めた。
次の日、幼稚園に着いた由美ちゃんは、私と一緒に男の子のクラスへと向かった。
男の子の名前は、城島 雄大くんといい、虫が好きで少し内気な子らしい。由美ちゃんに呼ばれたので、近づいてきた時も引きずっているのか泣きそうな顔をしていた。
「なに?」
彼がそう聞くと、由美ちゃんはポケットから桜の折り紙を出した。
「これ、あげる。今日ホワイトデーだから」
そう今日は3月14日のホワイトデーなのだ。結果としては何ももらっていないが、自分の誤解のせいなのだと反省した由美ちゃんは、謝罪の意味も込めて桜の折り紙をお返しとして渡す事にしたのだ。
「アタシ、桜の花が一番好きなの。でも、今はまだ咲いてないから折り紙で作った。この前は本当にごめん。でもアタシ本当に虫が苦手で、あの時は嫌がらせだと思ったからあんな事言っちゃったんだ。」
本当にごめんねと由美ちゃんは最後にもう一度言った。
雄大くんは、桜の折り紙を受け取ると
「こちらこそ、由美ちゃんの好きなものも苦手なものも知らずにプレゼントしちゃって本当にごめんね。後、桜の折り紙ありがとう」
嬉しそうに笑いながらそう言った。
それからは雄大くんも加わって三人で遊ぶことも多くなった。
雄大くんは手先が器用で、細かい作業がうまかった。三つ編みを複雑にした髪型もパパッと作れてしまう。
由美ちゃんと雄大くんは私の髪で、どちらがより上手く結べるか競うようになって、友達や恋人というよりもライバルのような関係になっていった。
私はそんな二人の間で、今日も平和だと思いながら髪をいじられていた。
お読み頂きありがとうございました。
次は、舞のお父さんとお母さんのお話を書くつもりです。