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学芸会本番です!
学芸会の日がやってきた。
セリフもバッチリだし、動きもちゃんと把握している。大丈夫、私は出来る。そう自分に暗示をかけると、少し緊張がほぐれた。今日は朝から不安の為か寒気がしていて、食欲も湧いてこなかった。お父さんは「ちょっと顔色が悪いよ。風邪でも引いてるんじゃない? 」と言っていたが、喉も痛めていないし違うと思う。
私達の劇は四幕目なので、それまで他の学年の劇を見る事になった。
第一幕目は六年生の劇で、羽山先輩が出ていた。先輩達のやる劇はかぐや姫で、先輩はお付きの女中Aといった脇役だったが、それはもう綺麗だった。十二単の様な衣装を着た先輩がかぐや姫に成ればよかったのにと思うほどだった。
しかし、先輩は兵士(この世界では昔から女も兵士になっていた)に成りたかったと縦割り活動の時に言った。何故成らなかったのか聞くと、やはり強制的に配役を決められたらしい。嫌だと言ったらしいが「十二単着た女子って良いよなー」という船橋先輩の言葉を聞き、受け入れたという。
(先輩は船橋先輩のこと好きなんだろうな)
そんな事を考えていると先輩達の劇は終わった。
それからも劇は進み、遂に私達の番になった。
「あー緊張するよ〜、雄大はセリフが少なくて良いなー」
「僕はセリフの多い由美が羨ましいよ」
羨む由美に、ワカメの役になった雄大はそう返した。海藻はユラユラゆれるだけでセリフがあまり無いのだ。
そんな二人を尻目に私は台本を読んでいた。よし、バッチリだ。それを閉じようとした時、一瞬文字がグニャリとして見えた。
(どうしたんだろう、私)
そうこうしているうちに配置に着く様に言われ、幕が上がった。
『昔々、ある海に人魚の姉妹が住んでいました。姉妹はとても美しかったのですが、その中でも末っ子の人魚姫はとびきり綺麗でした』
ナレーションが流れる中で私は舞台の真ん中にある岩の上に座り、たまに尾ひれを動かしながら黙っていた。
「皆んなただいま! 海の上には色々な物があって素晴らしいわ! 」
「おかえりなさい! 海の上にはどんなものがあったの? 」
「空飛ぶ鳥に、涼しい風、大きな雲に、明るい太陽。どれも本当に素晴らしかった」
「良いなーお姉さま。私も海の上に行きたいわ」
「人魚姫はまだダメよ。海の上に行けるのは十五歳の誕生日からなんだから! 」
『こうして人魚姫は海の上に興味を持ち、十五歳に成るのを楽しみに待ち続けました』
ナレーションの間、暗転している中でセットを変える。結構キツイが、私はそれ以上に無事最初のセリフを言えた事にホッとしていた。
「人魚姫! 十五歳の誕生日おめでとう! これで海の上に行けるわね! 」
「はい! お姉さまたち。それでは私、行ってきます! 」
行ってらっしゃい!と言われながら私は、左の方へ走っていく。そこには船のセットがあって、その上にはアダムくんと乗客役の男子たちがいた。
「今日はおーうじの誕生日でーす!みなさーん今日は飲んで飲んで飲みまくりまSYO!」
「イェーイ⁉︎ 飲むぞー⁉︎ 」
「バッカヤロー!(?) 」
皆んなしっかりバカをやっている。ヤケクソも入ってる感じだけど……
アダムくんを見ると、彼は王子なので他の男子ほどバカっぽくしていないが、本当に楽しんでいる様に演じている。
(凄いなー……)
「あぁ、なんて凛々しいお方なのでしょう。彼に一度でいいから触れてみたい」
そう行った瞬間、嵐の音が流れた。船の上にいた男子たちは「船が転覆する〜助けてくれ〜」と名演技をして状況を説明し、アダムくんは「あっ!」と言いながら舞台袖に引っ込んだ。これは海に落ちた事を表現している。
「彼が海に落ちてしまった! 助けなければ! 」
一度暗転して、今は砂浜の上に王子を寝かせる場面だ。
「これで大丈夫。助かって良かったわ。……人が来る! 隠れないと! 」
私は人が一人隠れられるサイズの岩に身を縮こまらせる。
「まぁ! 人が倒れてるわ!大丈夫ですか?」
「うっ……ここは浜辺? 貴女が助けて下さったんですか? 」
「えっ、まぁはい。私が貴方を助けました。」
「心優しい女性よ。助けて下さりありがとう。私は貴女の事を愛してしまった様だ」
アダムくんのこのセリフの後に、「がーん」という音が流れた。そして舞台は暗くなり、スポットライトは私に集まった。
「彼を助けたのは私なのに! 」
『人魚姫はそれから毎晩泣き続けました。そして何故彼の前に姿を表せられないのか考え始め、遂には自分が人魚でなければいいのにと思い始めました』
暗転から開けると、魔女の家に訪れるシーンになっていた。
「ここの魔女なら私を人間にしてくれるかもしれない」
そう言った後にドアをコンコンと叩く。
「なんだい? 」
「すみません、貴女は魔女ですか? もしそうなら私を人間にしてください」
魔女役の子は少し考えるふりをすると
「いいだろう。ただし条件がある。……あんたの声をくれ」
私は仰け反る。
「えっ! 」
「しかも人間になれるこの薬、期限以内に愛する相手と口付けが出来ないと、お前は泡となって消える……それでもなりたいかい? 」
私は不安に満ちた顔をして、溜めて溜めて…遂に「はい」と言った。
それからは人間になって、王子の近くにいられる事になって、でも王子の心の中には違う女性がいると知って諦めて、けど姉たちが自分の髪を魔女に与えて短剣を持ってきた事に驚く。
「この短剣で王子を刺しなさい! そうすれば貴女は助かるわ! 」
由美が迫真の演技でそう叫ぶ。でも私が演じる人魚姫はもう決断している。
「いいえ、お姉さま達。私には彼を殺す事は出来ません。綺麗な御髪を切らせてしまったのにごめんなさい。でも、あり……」
また視界がグニャリとした。思わずセットの手すりに体重をかけてしまう。しかし手すりはしっかりと釘を刺していなかったのか、外れた。
(落ちる⁉︎ )
真っ逆さまになる前に「危ないっ! 」と叫んで誰かが後ろに引っ張ってくれた。そのおかげで落ちずに済んだが、バランスを崩してその子の上に押し倒す形で乗っかってしまった。
この状況は周りから見たらキスしている様だったと後から言われた。
助けてくれたのはアダムくんだった。アダムくんは小声で「よかった。無事で」と言ってくれた。その後の事は記憶にない。
「ばっかじゃないの‼︎ 熱があるのに気づかず劇に出るとか‼︎ アダムくんが居なきゃあんた大怪我してたんだよ‼︎ 」
私は現在、保健室にいる。37.9も熱があった。由美に般若の如く怒られて、私は「ごめんなさい」としか言えなくなっていた。
「そんな怒んなよ。水谷も反省してるし」
アダムくんが助け舟を出してくれた。これで由美は少し落ち着いたので、私が気を失った後どうしたのか聞いてみた。
「あの後皆んな固まって、困惑してたんだけど、雄大が舞台の真ん中に出てきて『こうして人魚姫は、あの時助けてくれたのは彼女だと気づいた王子とキスをして、幸せに暮らしましたとさ』って締めくくってくれたんだよ」
そんな事をしてくれたのか。
「雄大、ありがとう」
「いやいや、僕も目立つ事が出来て良かったよ。それにあの手すりがちゃんとしてなかったのもいけないんだし、あまり気にしなくてもいいよ」
雄大は優しくそう言った。
「じゃあ、私達荷物取って来るね! 」
そう言って由美と雄大は行ってしまった。保健室には私とアダムくんしかいない。(保険の先生は、お父さんを呼びに行った)
「水谷、ごめんな。俺があんな事言ったから、もっと頑張らないとってプレッシャーになったんじゃないか? 」
その言葉に私はブンブンと首を振る。
「そんな事ないよ!アダムくんのあの言葉が無かったらここまで頑張れなかったし、結果的に失敗しちゃったけど……」
「失敗なんてしてないよ。水谷の演技本当に上手かった」
アダムくんはそう言ってくれた。私の努力をお世辞でも褒めてもらえた事が嬉しい。
「ありがとう」
私はそういった。
「でも、次からは少し手を抜いた方がもっといいと思うぞ! 」
少しおどけたようにアダムくんが言うと、私は笑ってしまった。
この穏やかな時間はお父さんが来るまで続いた。
キスシーンを見て
父「舞が……俺の舞が……どこぞの馬の骨かも分からないやつと……許すまじ」
アダムは無事なのか⁉︎