表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私の心を占めるもの

作者: 横山裕奈

「綺麗な絵だね。すごく好い」

 そろそろ卒業式の3月上旬だった。

「えっ、だれで……宮野みやの会長、ですか?」

「うん。部費のことで話があって来たのだけど……部長さんは?」

「あ、今ちょっと、先生に呼び出されてて」

「そっか。じゃあ少しここで待たせてね」

「はい」

 はい、の声が妙に震えた。人見知りの自分にとってこんなの苦行でしかない。

 相手がみんなの憧れ生徒会長なのも、拍車をかける。こんなとこ、クラスの女子に見つかったら。なに言われるか分からない。


「あれ、こっちの絵は飾らないの」

「それ、は……失敗作なので」

 何か違うと思って、仕上げも足りない気がして、そっと布で覆って隠してきた絵。勝手に見るなんて。

「俺にくれませんか? 画家先生」

「は?」

「だって綺麗だから」

 射し込んだ夕陽をバックに笑う会長は、なんだか儚かった。消えてしまいそうで、ゆったりとしていて。どこか、

 神々しくて。人間味のない、姿だった。


「ね、俺にくれない?」

「どこに飾るつもりですか、そんな悪趣味な暗い絵」

「俺の部屋に。ほら、見てよこれ。ずっと和室だったからね、さすがにフローリングがいいって変えてもらったんだ。そうしたら随分と部屋が殺風景に見えてしまって」

 必要最低限のものしかない、確かに殺風景な部屋だった。でもそれより距離感が気になる近い離れろ嫌だ。いくらイケメンでも嫌なもんは嫌だ。

 ああ、でも。私の絵を認めてくれるのは、いい人。少なくとも私にとっては、いい人かも。


「先輩なら……何色、足しますか?」

「さぁ……僕の美的センスは皆無に近いから。けれどそうだね、朝焼けの色がほしい」

「黒、なのにですか?」

 この絵は、とても暗い。自分で言うのもなんだけど、結構悪趣味。だってこの絵は、

「この絵はまるで、星空を黒で塗りつぶしたみたいな絵だね?」

 勢いよく会長の方に振り向いてしまった。だって、どうして、私の絵を見抜けたの?

「だから、夜明けを。夜を切り裂いて現れる太陽の色を。でも、太陽そのものは眩しすぎるだろう? だから、朝焼け」

 なにも言わずに、私は筆を手に取った。今なら絶対に、完成させられる。


 ああ、ここだ。ここで赤を足すのをやめて。そして僅かな黄色を混ぜて。端から包み込むように、夜空を覆う闇の上へ。夜空さえ見えないのは、私の上でだけ。他の人の目には星空、あるいは朝焼け、人によっては昼さえ映るのだろう。でも私は、闇だけ。いつか端に見える朝焼けに行けるように。

 そのために私は、私の世界を絵で表す。私が描くのは、そのとき私の心を占めるものだけ。


「素敵な絵になったね。前よりも、もっと、ずっと」

「先輩のお陰です。……それで、これ、ほしいんですか?」

「君がいいなら。今のその絵は、さっきまでよりずっとほしい」

「あげます。ここにいるより、先輩の殺風景な部屋で飾ってください」

「もちろん。大事にしますよ、画家先生」

 調子のいい人だなぁ。そう思いつつも、くすっと笑いそうになった自分がいた。


「あ、見て」

 突然かけられた声に、一瞬驚いた。よく見れば相手は宮野会長。

「はい」

「これこれ。……あ、僕がスマホ使ったのは内緒ね?」

「廊下ですけど、大丈夫ですか?」

「先生来なきゃ大丈夫。見て、飾ったんだ」

 本当に飾られた、私の絵。

「額縁をね、買おうかと思ったんだけど……。なんだか気取らない感じがするでしょ? こっちの方がね」

 イーゼルにぽんと乗せられている。なんだか作業途中のような気軽さがあった。

「今日、絵の具も買いに行くんだよ。もっとこう、『作業中』って感じにしたいから」

「へぇ……」

 興味がないわけではないけど、どう返せばいいのか分からなくなった結果の返答だった。

「また見せるね!」

「あ、はい」

 繰り返すけど興味がないわけじゃない。


「見て!」

 えらくテンションの高い人が来たな……ああなんだ会長か。部室には今日も私だけ。幽霊部員の多さがひどい。まぁ美術部が一番楽だもんね、描かなくてもなにも言われないし。部長は呼び出し。成績悪いもんな。

「できたんだ、飾る場所」

「うわ、すごい……」

 イーゼルの横には丸椅子が置かれ、そこにはパレットやペインティングナイフ、油壷も置かれている。本当に私の作業場そっくりだ。


「すごいですね」

 綺麗ですね、とか、ありがとうございます、とか。言うべきことはあるはずなのに。言葉が出ないもどかしさったら。

「ねぇ、お願いがあるんだけど」

「なんですか?」

 お願い? 私に?

「絵を描いてくれないかな? 君の思うようにでいいよ。なんの指定もしない」

「そんな抽象的だと、1年かかるかもしれませんよ」

「それでいいんだよ」

 くすくす、と楽し気に会長は笑った。

「僕の大学はここだからね。届けてくれないかな」

「え、いや、でも」

 彼の言う大学は、届くかどうか微妙なところだった。全力で勉強すれば、なんとか……。だとすると今からしなくちゃ。あ、でも。

「絵、描く時間なくなりますけど……」

「いいよ。いくらでも待つから。気は長い方なんだ、すべてにおいて」

「そんな感じします」

 くすくす、とまた会長は笑う。


 私の頭の中をよぎったのは、会長のことを絵で表したらどうなるかな、だった。

仲のいい人をイメージした小説でした。でも作中の人と会話する瞬間の緊張感的なものは、私が思ってることそのものですね(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ