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“化け物”



「いや~、それにしてもタニア君の料理はおいしいな。毎日食べているナローシュ君が羨ましいよ」


「ふふ、お上手ですね。クーターさん」


「ルルも! ルルも毎日食べてるよ!!」



 帰路は特に何事もなく、無事に家に着いた。

 日もすっかりと沈み、今はタニアさん、ルル、クーターさん、俺の四人で食卓を囲んでいる。


 俺を送り届けてすぐにクーターさんも自分の家に帰ろうとしたのだが、せっかくだから夕食を食べていってほしいとタニアさんが引き留めた。

 


「ナローシュ君、君が魔物に襲われたことは二人には黙っていたほうがいい。余計な心配をさせてしまうからね」


「分かりました」



 ルルが野菜を食べたくないとゴネて騒いでいる時に、クーターさんが俺に耳打ちしてきた。

 確かにもう魔物は倒されているし、わざわざ話題に出して不安にさせることもないだろう。



「そんなわがままを言う子にはデザートは出しません~」


「う~、ヤダヤダ食べる」



 デザートと聞いて観念したのか、ルルはしぶしぶ野菜を食べきった。

 タニアさんは偉い偉いと、ルルの頭を撫でデザートを持ってくる。しかし、それは……。



「はい、デザートの“アップル”パイです」



 思わず顔が引きつる。

 魔物に襲われ血に塗れた熊林檎、そしてそれを食べた悪魔の様な笑みを浮かべる少女を思い出したからだ。



「ナローシュさんどうしたんですか? アップルパイ苦手でしたっけ?」


「そ、そんなことないですよ!」



 タニアさんが心配そうに声を掛けてくる。

 俺はアップルパイを一口頬張りおいしいとアピールしたが、林檎の風味が鼻を抜けるたびに吐き気が込み上げてきた。

 まずいわけではないのにどうにも体が受け付けない。自分が思っている以上に魔物に襲われた件は、俺の中でトラウマになっているらしい。

 


「ルルが食べてあげようか!?」



 吐き気を堪えながら食べ進めるか悩んでいると、早々に自分の分を終えたルルが俺におかわりを所望してきた。

 普段なら、そんなに甘いものばかりたくさん食べると一角豚みたいにまんまるになるぞ~とからかうのだが、せっかく作ってもらったお菓子を無理やり胃袋に押し込むよりは断然いいかと思い素直に譲った。

 しかしアップルパイをルルに譲ったところで、俺の吐き気が収まるわけではない。何だか頭もフラフラしてきた気がする。

 今日はもう休んだ方がいいな。



「すみません、何だか少し疲れがあるみたいなんで今日は部屋に戻らせてもらいますね」


「おや、大丈夫かい? ダメそうならいつでも診療所においで、診てあげるから。私はこのデザートを頂いたら帰らせてもらうよ」



 俺は足早に自室に戻り、服も着替えずベッドに横たわる。

 一眠りすれば体調も戻るだろうと思い、襲ってくる強烈な睡魔に身をゆだねた。



 ◆



 気が付くと俺はまだ食卓にいて、タニアさんとルルと一緒にアップルパイを食べている。

 しかし自分の意思では体が動かせない。

 俺はこの状態を知っている。いつも見る“悪夢”だ。



 夢の中の俺は次々とパイを口に運ぶ、その手は止まらない。



 それにしてもハラが減ったな……。


 ――腹が減る? なんでだ、今こうして食べているのに。


 少女二人の白く柔らかそうな肌に自然と目が行く。


 ――何を考えているッ! やめろッ!


 放った“魔物”も討伐されてしまった、何者かは知らないが私の事を狩りにきた奴がいるのだろう、もうこの村には長居できそうもない。それならいっその事……。



「どうされたんですか?」



 目の前の少女の声がひどく遠くに聞こえる。

 自然と私は唸り声をあげ、全身に力が駆け巡る。

 体から高温の蒸気を発し、肉体が変異する。

 骨がミシミシと音をたて筋肉と共に肥大するのが分かる。



「キャアアアア!!」



 少女達は化け物に姿を変えた私を見て、恐怖で悲鳴を上げる。

 今はそれがたまらなく心地いい。

 女の泣き叫ぶ声は“魂”の味を格段に良くする。



「そろそろ“デザート(・・・・)”を頂くとしよう」


 

 ◇



「やめろぉおおお!!」



 力いっぱいの叫び声を上げ、俺は目を覚ました。

 辺りを見渡せば寝る前と何も変わらない光景が目に入る。寝汗で不快感があるくらいだろうか。


 また、あの悪夢だ……。


 しかも今度はタニアさんとルルの姿を見た。

 今回は夢の途中で目覚めたおかげで二人を食べずに済んだが……、汗が止まらない。嫌な予感がする。


 どれくらい眠っていたか分からないが、とりあえず二人の安全を確認しよう。

 ベッドから降りようとした所で突然、ダンッ! とまるで地震でも起きたかのように強い衝撃が起こり、俺はそのままベッドから転げ落ちた。



「な、なんだ!?」


「キャアアアア!!」


「この声はッ、タニアさん!?」



 悪夢と同じ悲鳴が聞こえ、俺は急いで部屋から飛び出した。



 ◆



「う、嘘だろ……」



 俺は目の前の惨状に言葉を失う。

 一階の食卓まで来てみれば、辺りは血の海と化していた。

 ルルは気を失っており、タニアさんが覆いかぶさるように抱きかかえている。



「タ、タニアさん!」


「ナローシュさん……逃げてッ」



 俺はタニアさんと気絶しているルルの元に駆け寄り声を掛ける。

 そしてすぐにその異変に気付く、タニアさんの背中には巨大な獣の爪で引き裂かれたような傷があるのだ。

 傷口がバックリと割れ、血がとめどなく溢れている。彼女は瀕死の状態だった。

 消え入りそうな声で必死に逃げろと声を出している。

 自分が今にも死にそうだというのに、この人はこんな時まで他人の心配をしているのだ。

 

 

「と、とにかく手当をしないと! クーターさんは今どこにいるんだ」


「呼んだかい? ナローシュ君」



 意識が朦朧とし始めているタニアさんに話しかけていると、不意に後ろから声が掛かる。

 振り向くとそこには、返り血で真っ赤に染まったクーターさんが、いつもの人当たりの良い笑顔で立っていた。



「ク、クーターさん……その血……」


「おや? タニア君の背中、ひどい怪我じゃないか。私が診てあげようか?」



 クーターさんはいつもと何も変わらない調子で話かけてくる。

 普段ならすぐにでも治療を任せたい所だが今回それはできない。


 クーターさんの右腕は今、床に引きずる程に長く、関節は複数あり、手には鋭く巨大な爪が生えている。


 彼の右腕は“化け物”の腕に変化しているのだから。



「あ~、君を襲った狼の魔物ねぇ。アレは私の“眷属”だったんだ。もう狩られてしまったみたいだが……」


「クーターさん、あなた一体何を」



 クーターさんは、“まだ”人間の腕である左手をあごに当て、う~んと頭をひねる。



「君を助けた少女も、もうちょっと具体的な情報が得られれば対処もできたのだがね。リスクを負ってまでこの村にいるのは危険そうだし、適当に村人を喰い殺して私はこの村を出ることにしたよ」



 そう俺に告げると、クーターさんだったモノはその姿を変貌させた。

 バキバキと音をたてて骨格が変異し、巨大化していく。

 服が破け、中からは隆起した筋肉と血の気が一切ない白い肌がむき出しになる。

 天井まで届きそうな頭部は巨大な角がいくつも生え、ギョロギョロとした目が六個に耳まで口が裂けていた。


 悪夢でいつも見ていた怪物がそこに現れた。



「ふ、二人には手出しさせない! うおおお!!」



 状況が全然飲み込めない。

 なんであの化け物が目の前にいるんだ。

 とにかく何とかしないと。


 二人を守る為、俺は化け物に飛びかかる。

 この状況でタニアさんとルルを抱えて逃げる事なんてできない。

 一か八か、倒すしかないのだ。



「ッ!?」



 しかし、そんな考えは甘かった様だ。

 化け物はその長い腕を鞭のように振るい俺を地面へと叩きつけ、その巨大な口で俺の右腕に噛みついた。 


 グシャリと牙が肉と骨にめり込み、ブチブチと音をたてて引き裂いていく。

 頭をハンマーで殴りつけられたみたいに衝撃が走る。

 もう、痛いとかそんな話ではない。

 意識が遠のき、視界が暗転しそうになる。



「――ッ!!!」



 俺は本能のままに声にならない叫び声をあげる。



 ◇



「う~ん、やはり男の肉は筋張っててあまり旨くないな」



 口からダラダラと血と唾液を垂れ流しながら俺の腕を咀嚼する化け物。

 只々その光景をみて、俺は死にたくない、と恐怖すると同時にひどい空腹感を感じていた。


 今まさに喰われようとしているのにおかしな話だが、滴り落ちてくる血がうまそうに感じるのだ。



 ――腹がヘッタ。



 唐突に湧いた食欲に抗えず、俺は自分の動脈から溢れ出た血だまりを啜り始める。

 どうしたというのだろう。恐怖のあまり気がふれたのだろうか。



「ナローシュ君、どうしたというんだね? その“右腕”」

 


 気づけば俺は“両手”で血だまりの血を掬い取り、狂ったようにかき集めていた。

 化け物は俺を抑えつけていた腕をどけ、後退りする。



 体が熱い。

 ――腹がヘッタ。



 そして、体の奥から湧き出てくる衝動に俺は身を任せた。



「お前を、“喰いたい(・・・・)”ッ!!」



 俺の体は高熱を発しながら変異し、“化け物”へと姿を変えた。






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