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悪夢と少女



「いや! だ、誰か! 誰か助けて!!」



 また、この夢か……。

 幾度となく見る恐ろしい悪夢。


 目の前の少女は恐怖に青ざめ、助けを求め“ナニカ”から必死に逃げている。

 

 夢に出てくる少女はいつも違う。

 見知った顔の者もいれば、全く知らない者もいるのだ。


 今回の夢に出てきた少女の顔には見覚えがある。

 いつもお世話になっている村の道具屋の一人娘だ。

 

 夢の中の俺は、こうして“ナニカ”から逃げる少女達を追いかけている。


 助けなくては。


 救わなくては。



「お、お願い、許し……て……」



 壁際に追い込まれ、逃げ場を失った少女は、その場にへたり込み震えながら“ナニカ”に許しを請う。


 何をしている!?

 逃げろ……、逃げろッ!!


 怯える少女に手を伸ばし肩を掴む。


 助けなくては。救わなくては。 




 そして俺は少女の白い柔肌、その首筋に“喰らいつく(・・・・・)”。



 

 腹が、減ッタ……。

 喉ガ、渇く……。


 チョットダケ……、チョット、かじ……るダケ。


 渇く――。

 引き裂いた少女の喉笛から溢れる鮮血を啜っても渇きは癒えない。


 腹が減る――。

 臓物を頬張り、骨を砕く。少女の太ももが喉元を過ぎても腹は満たされない。

 

 血ではない。肉でもない。ましてや臓腑でもない。

 その更に先、その奥の“レベル”こそが渇きを癒し、オレの腹を満たすのだ。


 ただの肉塊に変わった少女の瞳に映る俺の姿。

 肌は白く、血は通っていない。部屋の天井に届く巨躯の半分は頭部が占め、耳元まで口が裂けている。

 六個の目玉がギョロギョロと動き、手のひらが地面にべったり付くほど長い腕には関節が五つあった。



 少女を貪り喰う“ナニカ”がそこにいた。



 ―


 ――


 ―――



「ナローシュ! もうお昼だぞ! おっきろ~!!」


「げふぇ!?」



 悪夢にうなされている俺を目覚めさせたのは、愛らしい幼女が放つ、跳躍からの全体重を乗せた体当たりであった。



「ナローシュ、汗でべちゃべちゃ。また怖い夢見たの?」



 栗色のツインテールを揺らし、人の腹の上に着地した幼女は心配そうに尋ねて来る。


 幼女の言う怖い夢……。

 俺が化け物になって、村の若い娘を喰い殺す夢だ。

 もう何度みたか分からないが、村にきて二年、俺はこの悪夢にうなされている。



「ルル、もうちょっと優しく起こしてくれると俺は嬉しいんだがな」 



 俺は、人のお腹におでこを擦り付けゴロゴロと猫の様な声を出している幼女“ルル”に軽く注意する。

 


「ナローシュ、お姉ちゃんが呼んでるよ? 今日はおクスリの日だって」


「そうだ、すっかり忘れていた。急がないとな」



 窓の外を見ると日はすっかりと昇っており、自分が寝過ごしていたことに気づく。

 ウニャウニャといつまでもじゃれついて離れないルルを引きはがし、身支度を整え急いで部屋から出る。


 一階に降りるとルルと同じ栗色の髪をした女性が待ち構えていた。



「おはようございます、タニアさん。すいません寝過ごしました」


「おはようございますナローシュさん。今日はクーターさんの所に行く日ですよ」


 

 二コニコと天使の様な笑みを浮かべるこの綺麗な女性は“タニア”さん。先程俺を起こしに来たルルの“姉”だ。

 タニアさんは俺の頬にそっと手を当ててきた。



「顔色が悪いですよ? また見たのですか?」


「ええ、まぁ……」


『精霊よ、古の契約に従い我が願いを叶えよ。癒しの光【ヒール】』



 タニアさんが“魔法”を唱えると、辺りがポゥと光る。

 背中にはねを生やした手のひらサイズの小人がどこからともなく現れた。

 小人はうっすらと透けており、その存在はひどく虚ろだ。



「俺に魔法は効きませんよ(・・・・・・)。タニアさん」



 精霊の小人は、タニアさんの詠唱に応え現れたまではいいが、俺に近づくことはせず困った様にオロオロと周囲を飛び回るだけで何もしなかった。

 やがて辺りの光は収まり、半透明の精霊もそのまま消失する。



「そうでしたね」


「では行ってきます」


 そう言うと俺は、村医者クーターさんの所へ向かう為、家をでた。



「あ~、ナローシュ! アタシも一緒にいく~」


「ダメ、ルルはお家でお留守番!」


「ヤー!!」



 俺に付いて来ようとしたルルは、タニアさんに捕まり駄々をこねていた。



 ◇



 のどかな風景だった。

 村と言うには少し規模が大きめなこの集落は、果物の産地として王都でも有名らしい。



「おーい、ナローシュ! クーターさんとこ行くのか? よかったらこれ食いながら行け」



 果樹園の甘い香りに鼻をくすぐられながら歩いていると、作業していた人達に声を掛けられ果物を放られる。

 この村特産の“熊林檎”だ。

 普通の林檎より一回り大きく、かじると口いっぱいに甘酸っぱい味が広がる。



「ありがとう、すごくおいしいよこれ」



 俺にはこの村に来る前の記憶がない。

 二年前、魔物の住む村近くの森で行き倒れていたところを旅の傭兵団に拾われたのだ。

 傭兵団は俺を村に置いて行ったのだが、そんな怪しい奴を村の人々は受け入れるはずもなく、すぐに追い出されそうになった。

 村人達の反応は至極当然なのだが、あの姉妹が記憶もなく身寄りもいないのにそれは可哀想だと、俺を一緒の家に住まわしてくれた。


 今こうして村に馴染めているのも二人のおかげだ。いくら感謝しても足りないくらいである。



 しばらく歩いていると、道具屋の前に人だかりが出来ていた。俺もタニアさんからのおつかいでよく利用する店だ。

 嫌な胸騒ぎがする。

 昨晩の夢の事もあるので、俺は少し立ち寄ることにした。



「どうかしたんですか?」


「ん? あ~、ナローシュか。道具屋のイテムの娘が昨晩魔物に喰い殺されたんだってよ」


「え……」



 道具屋の娘を喰い殺す夢を見た日に本当にその娘が死ぬ……。

 偶然だと思いたいが、今回の様なことは“初めてではない”。

 俺は過去に何度もこの村の若い娘の死を事前に夢で見ている。


 

「今日はどこか出かけるのか?」


「健診を受けにクーターさんのところへ……」


「道中気をつけろよ。まだ化け物は見つかってねえんだ。特にお前さんは“魔法”が使えないんだからよ」


「わかりました。ありがとうございます」



 心のモヤモヤは取れないままその場を後にした。



 ◆



 クーターさんの家は村はずれにあり、人の気配もなくなってきたという所で“ソレ”は現れた。

 


「ギャオオオオ!!」



 体躯は俺の数倍はある。鋭い牙に爪、パッと見た感じは狼に似ているが、表面は甲虫の様な殻に覆われている。


 “魔物”だ。


 まさか本当にいるなんて……。


 俺は無駄だと分かりつつも全力で逃げる。



「ギャオオオ!」


「ッ!?」



 しかし、狼の魔物が一瞬にして間合いを詰めてくる。

 ただの突撃で俺の体は大きくふっ飛ばされてしまい、なすすべなく地面に転がされた。


 

「クソ、ここまでなのかよ」



 魔法でも使えれば結果は違ったかもしれないが、それは今言ってもしょうがない。

 魔物は前足で俺を痛めつけてきた。

 いとも容易く肉を裂かれ、骨は砕かれる。すぐに止めをさしてこないのは遊んでいるからだろうか?



「オイ! 大丈夫か? お前」



 どれくらい転がされただろうか……。

 俺はどうやら一人の少女の足元まで飛ばされたみたいだ。


 恐ろしく存在感のある女性だ。

 腰ほどまである鈍い色の金髪に所々鮮やかな深緑色の髪が混ざっている。髪はボサボサで特に手入れをしている形跡はなかった。

 顔立ちはすごく綺麗なのだが、目つきは鋭く猛禽類の様であり、深紅の瞳は瞳孔が開きっぱなしで女性がしてはいけない表情をしている。

 

 服装もかなり異質だ。

 サイズの合っていない恐らくは男物の服を数種類適当に組み合わせて着ている。金属の鎧もその辺で拾いましたと言わんばかりに適当に装備していて防具としての機能があるのか疑問である。

 ジャラジャラと血でさび付いた鎖でそれら全てを巻き上げ無理やり身に着けている。



「返事も出来ねえのか。アァ?」


「に……逃げろ」


「ギャオオオ!!」



 何とか声を振り絞り、逃げるように促したが狼の魔物が追い付いてきてしまった。

 せめてこの少女だけでも逃がさないと……。



「いいもん持ってんじゃねえか。助けてやるからソイツを喰わせろ!」



 逃げるどころか、少女は俺の手から“熊林檎”を奪い取った。

 魔物に襲われた衝撃で手がぐしゃぐしゃに潰れ、離れずくっついていたのだ。

 熊林檎は俺の食いかけで泥だらけで返り血塗れ、手から引きはがした時にくっついた生爪のオマケ付きである。


 とても食えたものじゃないはずなのだが、少女はそれにガブリとかみついた。



「うげぇ……」



 見てて気持ち悪くなる光景だ。

 少女は無心で熊林檎にかぶりつき、ジャリジャリバリバリと果物を食べる音とは程遠い異音を発しながらそれを完食した。



「ギャオオオ!」



 そんな悠長なことをしていたら、しびれを切らしたのか狼の魔物が飛びかかってきた。

 人の目では追えない驚異的な速度での跳躍――。


 しかし、次の瞬間。



 ドォン!



 と、視界一帯に爆炎が広がった。

 一瞬の出来事で理解が追い付かなかったが、狼の魔物は爆発し消し飛んだのだ。



「い、今……、どうやって……」



 少女は間違いなく“無詠唱”で魔法の“様な”力を使った。

 呪文も唱えず、精霊も現れなかったのに手から直接炎が現れたのだ。



「飯の礼はしたぞ。……いや、こいつもオマケだ。とっておけ」



 そう言うと少女はまたしても無詠唱で、精霊もいないのに“白い炎”を出現させる。

 そしてその炎を俺に“浴びせた”。



「ぐあああああ!!」


「ガタガタ喚くな!! そいつは“癒しの炎”だ。目が覚める頃にはその傷も癒えている。だから今は寝ていろ。じゃあな」



 炎に包まれ意識が遠のく中、俺は立ち去る少女の背中を見守ることしかできなかった。






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