36話
輝とは、何でもないような話をした。
今日の天気の話とか、昔の話。
貴重な時間のはずなのに、もう二度と来ない時間なのに…
それでも、すごく楽しかった。
輝と話すのが楽しかった。
「兄貴…もう…しゃべれなくなりそう。だから…」
「輝…」
「兄貴…大…好き。大好き」輝はそう言って笑った。
僕は笑いたかったけど、笑うよりも先に涙が溢れ出した。
「輝…輝…」
「兄貴…何で…泣いてるの?」輝はそう言って、震える手で僕の涙を拭った。
「何でだろうな…そうだ輝。僕のお願い聞いてくれる?」
「いいよ」
「輝が小さかった時みたいにさ、僕のことお兄ちゃんって呼んでくれない?」
「うん!お兄…ちゃん、大好き。僕からも…ひ~かって呼んでよ」
「そうだな。ひ~か、僕も大好きだよ」僕は笑顔で輝に話した。
輝は、ずっと
「お兄ちゃん大好き」って言い続けた。だから僕も、
「ひ~か、大好き」って言ってあげた。
それから輝はだんだんろれつが回らなくなってきた。
それでも、丁寧に丁寧に一文字ずつ紡いで、僕に『大好き』って伝え続けた。
その姿が可愛くて可愛くて仕方なかった。
輝は、声が出なくなっても、ずっと笑顔だった。
だから僕もずっと笑った。
なのに、輝は笑えなくなった。
それと同時に輝は目を閉じて、一筋の涙を流した。
その涙は止まることを知らず、ベッドを濡らし続けた。
「ひ~か、僕の顔見てよ。そんなに泣かないで」そう言うと、輝は涙を止めて潤んだ目を僕に向けた。
「ひ~か、ひかはやっぱり可愛い。僕の希望の輝だよ」僕は目に涙を溜めて、精一杯笑った。
そして、輝を優しく抱きしめた。
僕は輝に見えない位置で静かに泣いた。
「ひ~か、空呼ぼうか」そう言って僕は空を呼んだ。
空が来るまでの間、僕は輝を抱きしめながら、
『大好き』って言い続けた。
「灯、泣いてるのか?」
「泣いてねぇよ。なぁーひか?」
「……」輝に意見を求めたけど、輝の瞼は固く閉じられていて、少し辛そうだった。
「ごめん、この姿勢きつかったかな?」僕はそう言いながら、輝をベッドに寝かせた。
「灯、もう準備したからさ…輝くんに呼吸器つけようか…」
「うん。ひ~か、もう辛くなることないよ。だから安心して」僕はそう言って輝の頭をなでた。
「お兄…ちゃん、お願い。毎年桜の…花、買って来て…ね」輝は、瞬きを繰り返して、僕にそう伝えた。
「うん。ちゃんと買って来るよ!」
「じゃあ輝くん、呼吸器つけるから別の部屋連れて行くな…」そう言って輝を抱き上げて、ストレッチャーに乗せた。
戻って来た輝は、沢山の管が付けられていて、眠っていた。
僕は、そんな輝に
「頑張ったな、ひか。もう家に帰ろうな」そう言って額にそっとキスをした。
「空、輝もう帰っていいよな?家に帰っていいよな?」僕はそう言って泣いた。
空は僕の背中をさすりながら、
「うん。輝くんも灯も頑張ったな。お疲れ様」そう言ってくれた。
それから、輝の体調が安定したので、家に帰ることになった。
「ひ~か、家帰れるな♪嬉しいだろ?」
「……」
輝はもう何も言ってくれなかった…
看護師さんや、他の医者たちもお見送りをしてくれたが、みんな明るい顔はしていない。
だってみんな退院の理由を知ってるから…
病気が良くなっての退院じゃ無いから…
その中で、空だけがにこにこしながら、輝に花束を渡した。
「輝くん、退院おめでとう」って…僕は輝の代わりにそれを受け取って、
「ありがとう」って言った。
これからやっと家に帰れる。
輝が待ち望んでいた僕の家に…




