88話 魔界令嬢は思い悩む
やっとラトニア回
ラトニアの家、ヴィクトリオは魔界では古くから存在する大貴族だ。
そんな偉い立場なのだが実は元が商人の家系で、主に魔王軍の資金の調達を担っている。
その家に生まれたラトニアは、戦争を身近に感じずに育った。
魔界と人界はずっと冷戦状態であり、勇者と魔王が現れた時だけ激しく争う。
しかし両軍共に長い戦いで疲弊しており、戦火は内地までは飛んでこない。
ラトニアは世間に対して無知だった。
だが詳細もよく知らない戦争に自分の家が関わっていることに、思うことなど無かった。
何も思わない程、戦争に関心を持たなかった。
しかし、家に賊が入ってきたことでラトニアは戦争を知ることになる。
反魔王勢力と名乗ったその賊は、こんな無駄な戦争は終わらせたいと言った。
ヴィクトリオ家からの資金援助が無くなれば、魔王軍は現状を維持しづらくなり、規模は小さくなる。だから令嬢であるラトニアを襲ったのだと。
結局ラトニアを拐おうとした賊は捕らえられたが、戦争になんの先入観も無かったラトニアは賊の言葉が忘れられず、思案に暮れていた。
戦争を嫌う人がいる。自分も無関係ではない。
じっとしていられなかったラトニアは、お忍びで街に出掛け国民が戦争をどう思っているか調べた。
人間は敵と言い、戦争を応援する者。
身内が軍にいて、不安から戦争に反対する者。
自分の環境が変わらないなら、戦争の結果なんてどうでもいい者。
中には魔王を疎ましく思う者もいた。
人と接していく内に、ラトニアは戦争によって悲しむ人が大勢いることを知った。
そして、人間も例外ではないのでは?と思うようになった。
その後彼女は自分が反魔王勢力に狙われていることを利用し、彼らとコンタクトをとった。
最初は人質としての立場だったが、彼らと話をしていく中で双方の考えは変わっていった。
ラトニアは戦争を何とかしようと決意し、反魔王勢力はラトニアが自分達側だと知り、ヴィクトリオ家を取り込む為にラトニアを仲間に引き入れた。
ラトニアは親にそのことを話したが、父は反対することなく協力を了承した。
何故あっさりと受け入れたのかはラトニアには分からなかった。
あの時どこか遠い目をしていた父は、何を思っていたのか。どうしても分からなかった。
暫くして、人間側の戦争反対派と連絡がついた。
同じく戦争を嫌っているというだけで、ラトニア達は希望を見出だした。同じ考えが出来るなら、きっと分かりあえると。
それから1年後、時期を見計らってラトニア達は会談の為人界へと赴いた。
今回の会談で状況が劇的に変わるとは思っていないが、重要な一歩だ。
これで戦争を終わらせる手立てが見つかるはずだと、緊張しながらも浮かれていたラトニアは、すぐに現実に叩きのめされることになる。
会談の場所が過激派に襲撃され、魔界側も人界側も殆ど殺されたのだ。
人間の罠かと思ったが、奴等は反対派を皆殺しにした。人間、魔族問わず。
仲間が盾になってくれたことでラトニアは逃げられたが、和平への道は閉ざされてしまった。
立て直そうにも、魔界に帰るのは絶望的。ラトニアは死を覚悟した。
あの日、キリルに出会うまではそう考えていた。
何の得も無いのに自分を助けると言い放った、普通ではない転生者に出会うまでは。
※
魔界への帰還を目指した旅も、もう数ヶ月になりました。
襲撃やトラブルは何度かありましたが、私もキリルさん達も問題無く旅を続けられています。
「キリルさん、平気なんですかそれ?」
「へーきへーき。こんなのへっちゃらでぐぼぉっ」
……キリルさんは、毒キノコに中ってしまっていますが。血を吐いているのは内臓が破壊されているかららしいです。
エルさんは毒耐性があるので効かないそうです 。致死性の毒も無効化できるなんて、龍人族はどんな構造をしているのでしょう。
あ、私はキノコを食べていません。お二人の毒見の時点で毒だと分かったので。
でも……。
「あの、食べる前に毒だって分かってましたよね?」
「まあね。見抜けないような間抜けじゃないよ私は」
じゃあ何で食べたのか……。
「どうせ死なないし、毒耐性をぐはっ、獲得出来るからね。この前毒でやられたからげぼぉっ、事前策を立てておきたくてさ」
「キリルさんって、体張るの好きですよね」
笑顔での吐血はちょっと怖い。きっと痛いんでしょうが、表情は全く苦しそうではありません。
「ドMですからね」
「だーれがドMだ。わたしゃノーマルだ」
恐らく失礼なことを言ったエルさんが締め上げられ幸せそうにしていますが、もう見慣れた光景です。
(ドMって何でしょう)
大人は知らないことばかり話しますが、キリルさん曰く汚いことが殆どだそうです。偏見が入っていそうですけど。
「そういえばキリルさんは、人を殺すのに躊躇は無いんですか?」
「……は?」
道中、そんなことを聞いてみます。
内容が内容なので、それなりに心構えをしての質問だったのですが、間抜けな声をあげられてしまいました。
「何でそんなこと思うの?」
かなり失礼なことだと思いましたが、キリルさんは何とも思わなかったようです。
「その、あっさりと殺してしまいますし……。無感情でやっているように見えるんです」
誤魔化しても仕方ないので、正直に話します。
「そうか……そう見えるのか」
頭を掻きながら、考え込むキリルさん。
「楽しんでる訳ではないですよね?」
「当たり前じゃん。あんなの何が楽しいんだよ」
ほっと胸を撫で下ろす。どうやら殺人鬼ではないようです。
「何も感じてないって訳じゃあないんだよ。人殺しなんてことをしてるのに、心を無には出来ないよ」
「一応、命の重みは感じてるんですね?」
「そりゃね。どんな命だって尊いし、価値なんて付けられないものだ」
割と道徳観があるようで驚きました。いつも虫のように人を殺しているのに。
「うっそだぁ。キリルさんにとっては人も虫もゴミも同価値な癖に」
エルさんが不満気な顔をしながら文句を言いますが、この人は臆病なのか根性があるのか分かりません。
「馬鹿はほっといて、真面目に答えてあげよう。ラトニアだしね」
「放置ですかそうですか。せめて殴って下さいよ」
エルさんって変態なんでしょうか。
しかし、キリルさんは妙に私に優しい。
元から子どもには優しいらしいのですが、相対的にエルさんが不憫に見えてしまいます。
こんなに温かい目をしておられるのに、どうして人を殺せるのか。私には理解出来ません。
襲撃してきた過激派の方々はとても冷たく、怖い目をしていたから、死の恐怖を感じた。
でもキリルさんはいつもの調子で、当たり前のように殺人を行う。
人殺しの目と私を守ってくれる目の両方を持っているキリルさんは、私にとって未知の存在です。
「私はさ、自分なりに殺しの線引きをしてるんだよ。無差別で殺ってるんじゃあない」
「基準はなんなのですか?」
今までの人は、その基準を満たしていたのでしょうか。
「殺したいと思ったら殺す。そんだけ」
「そんなアバウトな……」
キリルさんの回答は至極シンプルなものでした。
いやそれ、その時の気分次第では……。
「殺意を持つにしても、理由があるのでは?」
「いやぁ、特に無いんだよね、いつも。腹が立つからってのもあるけど、大概は何となくで殺意が湧いてくるんだよ」
まあ理由は想像つくけど、とキリルさんはぼやきます。
「そんな曖昧な気持ちで人を殺すなんて、私には出来ません……」
「曖昧?」
私の言葉に、キリルさんは何故かきょとんとします。
「いや、殺意はあるんだから理由としては十分じゃん。むしろ他に要る?」
「要りますって!人はそんなに単純に出来てません!」
「生き死にぐらい単純でいいと思うけどなー」
し、死生観が違い過ぎる……。
「人の命に価値は無い。金で買うことは出来ないし、損得勘定にも含まれない。利用するもんじゃあないんだよ」
利用って、人質等でしょうか。
「理屈でどうにもならないなら、後は感情でしょ。殺したいという思いがあれば、他は要らない。自分がしたいことなんだから、後悔もないしね」
「っ……」
つまり、キリルさんは望んで殺しをやっていると。殺意は本物だと。
「だから私はあんたを守る。和平を阻止するなんて事務的な理由で殺されようとしているあんたを」
「……キリルさんの理屈では、殺される人が不憫過ぎます」
「殺られる方が悪い。それに殺意を持って殺してくれるんだから恵まれてるだろ。自分の命は、ちゃんと殺されたんだって思えるんだから」
弱肉強食は真理だよ、とキリルさんは続けます。
「無差別殺人を容認するわけじゃあないけどね?やっぱ自分の行動には正義がないと」
「弱者は、虐げられるもの……ですか……」
強い人はそう考えられるのかもしれません。でも大半の人は弱者です。
私はその人達のために動きたい。傲慢な考えかもしれませんが。
「ラトニアは強いからね。きっと正義を貫けるよ」
「え?」
私が、強い?
「今こうして歩いてるじゃん。挫折を味わったのに動けるなんて、弱者のやることじゃないよ」
「でも私は、誇れるものなんて……」
「そんなの志一つで十分でしょ。もっと自信を持ちなって」
自信……。
「エルを見てみ?あんなふにゃふにゃ根性無しでも何だかんだ付いてきてるでしょ?誰だってやれば出来るんだよ」
「流れるように貶してくる!」
そっか、強い……か。
「その言葉だけでも有難いです。なんだか励ましてもらったみたいで、すみません」
「気にすんな。私もエルもラトニアが大好きなんだから、どんな頼みだって聞いてやるよ」
「あ、私の頼みも聞いてくれます?」
「ぬかせ駄龍」
エルさんを冷たくあしらいながらも、二人には確かな絆が見えるような気がします。
しかし、こっちが質問していたはずなのに何故か励まされる形になってしまいました。
さっきまで価値観の違いに戸惑っていたのに……ここがキリルさんの不思議なところですね。
身内には優しいのに、敵には一切の容赦が無い。
二面性があるわけでもなく、単純な性格。でも言葉では言い表せない。
自分の気持ちに正直に生きるこの人が、ちょっぴり羨ましく見えます。
人殺しは……まだ抵抗がありますが。頑張って割り切りましょう。
「……なんかラトニア、表情が明るくなりましたね」
「年頃の娘には色々あるんだよ、きっと」
あなた方も年頃の娘なのでは。
※
「あっれー、何かある」
森を越えた先に、砦のような建築物があった。人工物見たの久々だな。
「あれ、魔王軍の紋ですよ。つまり砦ですね」
「ふぅん?物騒なもん見ちゃったな」
スルースルー。君子危うきに近づかずだ。
「あれは……ドルトゥーク様の紋ですね」
「お、ラトニアの知り合い?」
紋が掲げられてるってことは、この砦の総大将かな?
「戦争賛成派でもかなりの重鎮です。魔王の直属の部下で、偉いお方ですよ」
「大物だな……」
しかし、戦争賛成派か。じゃあラトニアの敵じゃん。
「和平への大きな壁です。あの方をどうにかしないと、私の目的はどうにもならないでしょう」
「じゃ、殺っとく?」
私の発言に、二人が止まった。
「私は嫌です!面倒事は御免です!」
「邪魔だからといってすぐに排除しないでください!」
「お、おう。今のは軽はずみだったな」
でもラトニアの敵って時点で殺意が湧いてくるんだけど。
「あの砦、今戦ってる?」
「確か遠方に人間の砦でありまして、そこと戦闘中のはずです。魔族は大分押されてますからね」
そうかそうか。
「……ラトニアよ。ドルトゥークとやらは厄介な奴なんだな?」
「え、はい。そうですが……」
「ならば今対処しておくのが最善ではないのか?」
「でも、ただでさえ交戦中なのに、砦に入るのは無理だと思います。ドルトゥーク様なら私の情報も得ておられるでしょうし」
ふむふむ、ラトニアの命を狙っているのか。そいつはメチャ許せんな。
「ラトニアよ、正義の為に動きたいと申すがよい。さすれば我が力となってやろう」
「口調が……。それにいつも力になってくれているでしょう」
そこは突っ込まなくいい。ノリだよノリ。
「で、答えは?」
「……出来れば、何とかしたいです」
よし、その言葉だけで十分だ。
「あの!私は嫌ですからね!遠くから見守っておきますから!」
「あんたの役割は後で教える。諦めて動け」
心底嫌そうなエルは放っておいて、砦か。
「攻城戦とは、面白そうじゃん」
ラトニアの為、いざ出陣!
ラトニア回と見せかけてキリルの説明回。こいつの心情の解説が難しい……。




