87話 彼方、いきまーす
彼方「肉体があるからやれるのさ!」
(さーてさて、どうしよっかなー)
正体を現したエウラに軽く引きながら、彼方は戦いかたに悩んでいた。
この体はキリルのものである為、自分では満足に動かせない。
龍化も出来るか怪しいし、植物魔法等の高度な魔法も使えないだろう。
結局は同一人物なので、やれないこともなさそうなのだが。
「まあいいや。さっきみたいにゴリ押しでいっちゃおう」
考え事を止め、思考を戦闘モードに切り替える。彼方はキリルと同じく馬鹿なのだ。
「何で動けるのかは分からないけど、毒が消えた訳じゃないわよ!解毒剤も無いから毒は消えないわ!」
口調は荒げようと思考は冷静。エウラは自分がまだ優位であると思っていた。
「毒?確かに苦しいけど、対処は簡単だよ?」
「何ですって?」
「体のどこが毒に侵されてるかは魔眼で分かるもんねー」
言うやいなや彼方は短剣で自分の頸動脈を掻き斬った。
「まず血中」
「!?」
続けて手首も斬り出血を増やす。
「後は糸を掴んだ腕とー、内臓かな」
更に片腕も切り落とす。出血は依然増えるばかりだ。
「毒があるならそこを捨てればいいって……馬鹿じゃないの、その前に死ぬわよ!?」
「馬鹿とはよく言われるけど、死にはしないよ」
殺人奇術を使い駄目になった内臓も切除していく彼方。
「こんなのすぐ回復する。高い生命力ってこんな風に使うもんだと思うんだよねー。キリルは甘ちゃんだからやらないけど」
全ての毒を取り除いた後、血だまりを作りながらも彼方の体は全快していた。
一度血を抜いたので全身が変色してしまったが、それも次第に血色の良い体に戻っていく。
「内臓いる?私のモツって変な栄養あると思うよ」
「いるわけないでしょう!あなた頭おかしいんじゃないの!?」
「そんなことないよぉ」
自分の内臓を放り捨て、すっきりとした顔で彼方は笑顔を作る。
「私は『私』を見失ってない。おかしいところなんてどこにもないよ」
そして改めて短剣をエウラに向ける。
「さっさとやろうよ。あなたを殺さないと収まりがつかなそうなんだ」
最初よりも強くなった殺意を受け、エウラは彼方を問い詰めることを諦めた。
どうせ目の前の敵は殺すのだ。変な行動をとろうが自分が知ったことではない。
「……そうね。私だって怒りが抑えられそうもないもの」
「恨まれる覚えは無いけど、その気になってくれて嬉しいよ。じゃあ死ね!『グラヴィティブラスト』!」
「同じ技が通用するもんですか!」
エウラが八本の足で跳ねたことで、彼方が放った重力波は地形と彼方の腕を破壊するだけに終わった。
「やっぱ人の体だともたないか」
「余裕こいてる場合じゃないわよ、また毒を食らいなさい!」
エウラの指先から毒が付与された糸が放たれる。
そのまま掴んではさっきの二の舞になるので、彼方は腕を土で覆ってから糸を掴んで止めた。
「毒なんて諦めた方がいいよ!私はそんなに馬鹿じゃないからね!」
そのまま糸を引っ張ってエウラを引き寄せようとするが、エウラは直ぐ様指から糸を切り離した。
「ちっ、小細工は効かないか。ならっ!」
エウラの手から糸が鞭のように放たれ、木々を切り倒しながら彼方に襲い掛かる。
彼方は毒が無いことを確認し、土の壁でそれを防ごうとする。
が、糸は壁を容易に切り裂き彼方に直撃した。
「あっ!?意外と強いっ!」
庇った腕と胴を裂かれ、彼方は態勢を崩す。
「うへぇ、体切れちゃったよ。結構脆いなぁ」
重症なのだが、彼方は回復魔法も使わずに自然治癒力だけで治す。
腕も瞬時に生え、胴もぶちまけた中身ごと再生した。
「龍化しないと無理かなぁ。人状態だとスペック低すぎでしょー。もっと鍛えてよキリルー」
「さっきから変なことばかり言ってるわね。まさか別人になったとでもいうの?」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。真実はCMの後だ!乞うご期待!」
「……もういいわ。狂ってる奴には何言っても無駄ね。終わらせてあげるわよ」
「?」
エウラが腕を上げると、彼方の周りから糸が包むようにつり上がった。
その何本もの糸は自在に動き、彼方の体を拘束する。
「お、お、お?」
四肢を絡めとられ、彼方は身動きが取れなくなった。
「固い……んっ、んぅっ」
「動くのは止めときなさい。バラバラになるからね」
エウラは彼方の前に降り立ち、手から糸を出して彼方の首に巻き付けた。
「これを引けばあなたは終わりよ。機動力が無いのは辛いわねぇ?」
「そればっかりは種族上どうしようもないんだな、これが」
煽りはするが、エウラは油断していない。
魔法を使える相手には拘束した程度で安心できはしない。
しかし彼方が魔法を使おうとしないのは、それよりもエウラが自分の首を飛ばす方が速いと分かっているからだ。
「……どったの?早く殺りなよ。相手に慈悲なんかいらないでしょ?」
「さっぱりしてるわね。死ぬのが怖くないの?」
「だってこれキリルのだし。私は死んでるもーん」
意味の分からないようなことを口にする彼方だが、エウラには思い当たることがあった。
「まさか、転生者?どうりで……」
そう、魔王軍ではそれなりに知られている転生者だ。
(だから頭が変なのね。納得)
「おーい、今失礼なこと考えただろー。怒らないから言ってみなさい」
「何でそんなに余裕なのよ。今から死ぬのよ?平気なの?」
こんなに追い込まれても全く態度を崩さない彼方にエウラは疑問を抱く。
転生者でも、こんなのは見たことがない。一度死んだ分、むしろ死ぬことに恐怖しそうなものなのだが。
「いやぁ死なないよ、死んでたまるもんですか」
しかし彼方は平然として答える。まるで自分は死ななくて当然だというように。
「いや、死ぬわよ。私の手で」
「駄目だよ」
呆れて返答したエウラだが、続く彼方の言葉で止まった。
「私は死なないから。殺されないから。だって今動いてるもの、生きてるもの。折角転生してこんな風に生きてるのに、途中で終わる訳ないじゃん」
「……なに言ってるのよ。あなたは今ここで……」
彼方の言葉の意味が分からず、エウラはつい手に力を込めてしまう。
糸が締まったことで彼方は血を吐くが、苦しむ素振りも見せずに話を続ける。
「私はさ、今喋れてるんだよ?キリルだってそうだよ。苦しい時とか辛い時とか、私はいつだって耐えてきたんだから。そんなに頑張ってる私を殺すなんて、キリルが許さないよ。だから殺しちゃ駄目だよ。私を殺そうとするあなたが死ななきゃ、駄目じゃない。私を不快にさせるあなたが私に殺されないと、終わらないもの」
「っ……あっ、あなたが死になさいっ!」
「あっ」
彼方から謎の威圧感を感じたエウラは、咄嗟に手を引いて彼方の首を切断した。
それでは飽きたらず、全身を糸で切り刻み彼方をバラバラにした。
「し、しまった……こいつを人質にしてヴィクトリオの娘を誘き出すはずが……。私としたことが、何を恐れたのかしら。あんな狂人に……」
言い訳のようなことをぶつぶつ呟きながら、エウラは取り敢えず当初の目標を追うことにした。
「時間をかけすぎたわね……。全く、転生者が相手なんて運が無いわね、私。」
彼方の死体に背を向け歩こうとした時、自分の足が八本の蜘蛛の足になっていることに気付いた。
「……人の足が治るまではこの足か……。我ながら気持ち悪い体だわ」
エウラは自分の蜘蛛の体を嫌っていた。
他の種族なら気味悪がる体は、その感情を受けるエウラにとっても不快だったからだ。
「本当に、嫌な相手だったわ」
顔を歪ませながら再び歩こうとするが、何かに足を掴まれる感触を受けまた足を止めた。
「……?何かしら」
妙に強い力だが、植物での絡みついたと思って振り返ったエウラだったが、
「え……?」
それは人の右腕だった。
今さっきバラバラにした、彼方の。
「なっ、何よこれ!何で動いてるのよ!」
振り払おうとするが、右腕は力強くエウラの足を掴んで離さない。
それだけでなく、左腕までもが掴みかかってきた。
「あいつのスキル?いや、死んでからも消えないなんてあり得ない……まさか、死んでない?」
驚いて彼方の死体の方を見るが、切り離されたはずの部位は独りでに動き、首は目を見開いてエウラを見ていた。
そして、生きている時と同じように口を開いた。
「どこにいくの?私が殺すのに、逃げる気なの?」
「何なのよ!あなたは!どうして死んでないのよ!」
感情のままに叫ぶエウラだが、彼方の腕は腰まで這い上がってきている。
「死なないものは死なないし、殺されるものは殺されるよ。それだけじゃん」
エウラは糸で彼方の首を切ろうとするが、足が飛んできて腹を蹴られてしまい出来なかった。
「ぐはっ!?」
そのまま倒れてしまい、腕を掴まれ組伏せられる。
「まあ逃げるよね。だから捕まえるんだけど」
腕に続いて足と胴までもが集結し、エウラの体の上で組みあがっていく。
「んー、頭だけだと動きにくい……。なんか魔法も使えないけど、バラバラだからかな?」
頭はその場で蠢いていたが、真下の地面を突き上げ撥ね飛ばされることで体のところに落ちた。
「あ、ちょっとは使えた。この距離ならっ、と」
ついに頭も合体し、彼方は完全な形となった。
「そういや蜘蛛の足嫌いなんだっけ。取ってあげるよ」
「あぐあっ!」
短刀を抜き、短剣と合わせて振るいエウラの下半身が切り取られる。
「ほら、笑いなよ。笑えないなら……笑いなよ?ん?どうなんだろ。どうなんです?」
エウラの口の端を両手で掴み問い掛ける彼方。
何か言い返そうとするエウラだが、口を掴まれているので呻き声しか出ない。
「で、転生者って魔王軍に結構いるんだよね。あなたこんな裏の仕事任されてるなら情報とか持ってないの?」
「は、はひゃひははひっ!」
「え?聞こえないよ。なにさ反抗的な目ぇしてさー」
彼方はどんどん力を込めていき、エウラの顔から骨が砕ける音が鳴りはじめる。
「あ、ああああっ!」
やがて、エウラの口は彼方の手によって裂かれ顔をぐちゃぐちゃにされながらエウラは絶命した。
「おーい。白目向かれたら怖いじゃん。現実から目を背けちゃ駄目だよ、強く生きてから殺されなきゃ。死んだ奴を殺したって意味なんて無いんだから」
(いや、そいつ死んでる死んでる)
「あ、ほんとだ」
暫く死体となったエウラを揺らしていた彼方だが、キリルの声で戦闘が終わったことに気付いた。
「いつ起きたの?」
(お前が起きた時)
「あれ、なのに体くれたの?優しーじゃん」
(たまにゃお前もストレス発散させた方がいいと思ってね。私は頭冷えたし)
「あっははー、お気遣いどーも」
(んじゃ返せ、彼方)
「代わるよ、キリル」
彼方は目を閉じ、すぐに開いた。
「代わったよ、私」
「返したか、私」
キリルは体の調子を確かめるように肩を鳴らす。
「なんかだるいな。無茶しすぎだろ」
(生命力に頼ってたからねー。多分寿命とか縮んでるかも)
「ふざけんなよ。ちゃんと減るんだからなそういうのー」
(めんごめんご)
「ったく……。で、発散できたか?」
(微妙。次は悲鳴だけあげるのがいいかな。また貸してね)
「労って使えよ」
脳内で彼方と会話しながらキリルはエウラの死体を細切れにして土に埋める。念のための処置だ。
「キリルさーん、お疲れ様でーす」
「おー、お疲れだぞ私はー」
遠くからラトニアを背負ったエルがキリルに駆け寄っていく。
「ラトニア、なんか顔色悪くない?」
「ああ、あの蜘蛛殺したとこ見てからこんな感じなんですよ」
ラトニアは青い顔でエルの背中にもたれかかっている。
「……へ、平気ですから……。村にも異常はありませんし、先を急ぎましょう」
「……?ならいいけど。しんどかったらちゃんと言いなよ?」
「は、はい……」
「そういえば、なんでバラバラになっても動けるんですか?」
「ほら、トカゲの尻尾って切っても動くじゃん。あれと一緒」
「そういう問題ではないような……」
今日も敵を倒し、キリル達は魔界を歩く。
しかしラトニアの胸には、キリルへの疑念が生まれていた。
(どうして、あんな風に人を殺せるのでしょう……)
その答えは、まだ分からない。キリルでさえも、彼方でさえも。
だが、理解出来ないからといってキリルから離れることはしたくなかった。
普段は温かい目を向けてくれる、自分を守ってくれる存在だから。
(はあ、人の心はよく分かりません……)
ラトニアの心中は、疑問で埋まるばかりだった。
彼方はハイテンション系の狂人。キリルはサイコキラー(ただし殺しは好きじゃない)。別種です。




