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86話 選手交代

遅れ過ぎた…。申し訳ありません。

「一旦落ち着いて下さいキリルさん!」

「へぶほぉっ!」

エルの平手打ちを食らい、思考が少し冷静になった。

「そ、そうだね……怒るなんて私らしくない」

「そーですよ、キリルさん短気なのに激しくは怒らないのが取り柄なんですから」

「え、私もっといいとこあるよね?」

てか短気扱いすんな。

熱しやすく冷めやすい、そんな感じだから多分。いや短気だなそれ。


「まあそれは置いといて、エルはラトニア連れて他の魔族見てきて」

「た、たまには私だって戦いますよ!」

いやそうじゃない、別に油断はしてないさ。

「あんたまで戦ったら誰がラトニアを守るのさ。言っとくけどそんな余裕は無い相手だからね」

最初の攻撃見えなかったし。

「随分私のことを評価してくれるのねぇ。あまり人を褒めるタイプには見えないのだけれど」

「調子に乗んなクソあま。私一人なら余裕だっつーの」

私の挑発に、女の眉がぴくりと動く。

お、こいつはあれですか?チョロい女ってことですか?

「……ふん、いい度胸ね。どのみちあなたを突破しなければ目標を始末出来そうも無いし、あなたから相手してあげるわ」

「それはこっちの台詞だ。あんたの人生最後の相手なんだから、しっかり味わえよ」

お互いが臨戦態勢に入り、殺気をぶつけ合う。

さっきまでは顔合わせ。勝負はここからだ。


「「……」」

動かず、女の出方を見る。

しかし同じ考えのようで、開始早々膠着状態になってしまった。

まあ私らしくないし、こっちから攻め……

「っと!」

「!くっ!」

目の前に来た何かを当たる寸前で掴む。

あぶねぇ、先に食らっといて良かった。

「まさか二度目で見切るなんて……!」

「生憎目はいいんでね。攻撃の正体は糸か」

手を開き、細い糸を女に見せる。かなり細いが、簡単に切れる気配も無い。何製だ?

「しかし正体が分かっても対処しづらいな。どうやってんのかは知らんが、お前は糸を自在に操れるんだろ?」

手元の糸を引きちぎる。結構力いるな。

「それは冥土の土産でも教えられないわね。必殺の武器は秘匿しておくものなのよ」

つまり私を生かす気は無いってことだな!実にシンプル!


「あなた……殺気の割に、明るい表情をするのね。戦いが楽しいの?」

「んな訳あるか。それなりに平穏を望む、平和主義者だよ私は」

争わないに越したことはないだろ。

だから私は戦いの種を潰す。戦いを最小限にする為に。

ま、その時の気分だけどねー。なんか潰したい気分の時は率先して潰すし。

そして今がその時。私の気分を害したこいつは絶対に殺す!


「ふはははは!死ねぃ!」

「情緒不安定なの、あなた?」

「ちゃうわい!とっとと死ねぇ!」

さっきのように膠着しないよう、今度は私から突撃する。

まあ多少のダメージじゃ死なないし、糸も防げない程じゃない。

耐久力にものを言わせたごり押し。基本これで勝てる!

「馬鹿ね、無防備に突っ込むなんて!」

女は余裕の表情だが、そこら中に糸のトラップを張っているのは見えている。そう、龍魔眼ならね。

「見え見えなんだよぉ!」

二刀を用いて糸を切っていく。

ちょいと硬いが、龍素材の剣なら容易く切れる。

「ちっ、やるわね」

女は罠が通じないと見るや、恐らくこれも糸であろう、空中に飛び上がった。

ワイヤーアクションか。腕から糸が出てるんだろうが、相変わらず見えにくいな。

「グラヴィティ!」

「くっ、あ!?」

まあ逃がさんがな!叩き落としてくれる!

「重力魔法とは、珍しいわね……!」

しかし糸は切れていないようで、女はゆっくりとだが上昇する。

「こらぁ逃げんな!腰抜け!尻軽!」

「退くのも戦法よ!後適当なこと言うんじゃないわよ!」

うっせぇ巨乳!どうせ揉まれてでかくなったんだろ!


「こんの、しつこい小娘ね!」

「そっちが逃げるからだババア!さっさと殺されに降りてこいバーカ!」

周辺の木々を薙ぎ倒しつつ女を追う。

糸は木に引っ掛けているのだから、平地にしてしまえば機動力を削ぐことが出来る。

とはいえ環境破壊はあんまりしたくない。植物は私の分野でもあるし。

女は、グラヴィティの範囲外を維持しながら糸のカッターでちょっかいをかけてくる。まじうぜぇ。

そしてその糸が無駄に威力高くてほんとにむかつく。操作も自在っぽいし。

龍の甲殻ならノーダメージで済むが、一部でも龍化すると遅くなんだよなー。

長距離射撃は……駄目だな。岩弾飛ばすくらいか。

植物魔法は調整に時間かかるし、グラヴィティブレスは人の体じゃ安定しないし体壊れる。

完全龍化?相手は冷静な判断の出来る奴だ。下手に力を見せたら逃げる恐れがある。

何にせよ、遅いのが難点だなー私。追いかけっこが辛すぎる。

「……」

今視認されてるから隠密も効果薄い……他、なんかないか……?


「きれてるのか冷静なのか、よく分からないわねぇ……」

考え事をしている間にも、女の攻撃は続く。

あっちは糸を放ち、私はそれを防ぐ。それの繰り返しだ。

勿論傷は付くが、そんな程度はすぐ治る。

私の生命力が尽きるまでに、打開策を見付けないとな……時間はあるけど……。

と、程よい緊張感を持ちながら悠長に構えていると急に体に違和感を覚えた。

「?……何か苦し……がはっ!?」

痛みを感じた途端、口から血が吹き出た。

「あははは、やっと効いてきたわねぇ!」

「てんめぇ、毒仕込みやがったな!糸か!?糸にか!?」

毒とか卑劣な手を……!しかも私が血を吐くなんて相当なもんだぞ……。

そういや糸からも殺気を感じたが、あれは毒塗りだったからなのか……くそ、まんまとかかっちまった。

「ぐぅ、意識が遠退く……!」

「毒耐性は無いみたいで安心したわ。だってあなたの肉体タフなんだもの、こんな手段でいくしかないじゃない」

くそぉ、こんなことならエル使って毒耐性上げときゃ良かった。


毒の効果は、内臓の破壊と昏睡か……。

内臓は生命力でカバー出来るが、どんどん意識が薄れていく……!

「くそっ……たれ……」

女のしたり顔を睨み、私の意識は深く沈んだ。


(こっちは無事だけどね)


私の中の、不快な声を聞きながら。



「即効性の毒なのに、あんなに粘るなんて予想外ね」

女は倒れ伏したキリルを見ながらそうぼやいた。

能力ではこちらが劣っていると思い、とにかく自分のペースを崩されないよう徹したのだが、こうも上手くいくとは。

「見た目は人間よね。亜人でもなさそうなのに、何でこんなに丈夫なのかしら」

疑問は尽きないが、あくまで目的はヴィクトリオの娘。

キリルのことは考えず、止めを刺そうと女は糸を引き絞ったが……。


「うう~ん……」

「え!?もう起きた!?」

先程まで毒で眠っていたはずのキリルが起きたことで、女は激しく動揺した。

(確かに毒は効いていたはずなのに、何で……?)

今毒耐性を獲得した可能性もあるが、即席では耐えられない程強力な毒だ。それは有り得ない。

「あ、あなた!何で動けるのよ!」

思わず声を荒げてしまうが、キリルは気にもせずに体を起こした。

そして、調子を確かめるように手足を動かす。


「んー、若干違和感はあるけど、このくらいなら大丈夫かなー」

女を無視して意味の分からないことを言うキリルに、女は益々気分を悪くした。

「無視するなんていい度胸ね!毒はまだまだ抜けてないわよ!」

戸惑ってしまったが、相手が毒に侵されていることに変わりはない。

そのまま女は糸を放とうとする。だが、


「『グラヴィティブラスト』ッ!」

キリルの手から超重力の波が放たれ、女の下半身を捻切った。


「!?ああっ、何!?何なのっ!?」

足が無くなったことで女は木から落ちる。

木に糸を引っ掛けて落下を防ごうとしたが、その木も重力で折れていたので叶わなかった。

「あぐっ!」

女は背中から落ち苦痛の声を出すが、今は痛みを気にしている場合ではない。


「あっははー、やーりぃー!ヒットヒーット!」

グラヴィティブラストの反動でひしゃげた左腕を振り回しながらキリルは愉快げに笑う。

「あれ、まだ生きてる?下吹っ飛んでるのに?まさかお前は上半身で出来てるの?まじで?え?」

「……何言ってるのかよく分からないけど、私の下半身は別にあるのよ!」

女はそう言うと、残った上半身から蜘蛛の体を生やした。


「きもい!あれこれ知ってるアラクネって奴だ、まじきもい!そっか糸と毒は蜘蛛のやつかーそうなのかー!」

「さっきから煩いわね!この体を見られた以上絶対に生かしはしないわ!覚悟しなさい!」

八本の足を動かしながら女は激昂する。

当然だ、普通の感性ならこの蜘蛛の体は醜く見える。

彼女のとってこの体は忌むべきものなのだ。

例のごとくキリルも気味悪がっているようだが、そのふざけた態度に女は憤った。


「私は魔王軍所属、アラクネのエウラ。これから殺す相手として、せめて名前ぐらいは教えてあげるわ」

一度冷静になる意味も込めて名を名乗るが、それを聞いてキリルは爆笑した。

「あっはははは!丁寧!角ばってるみたい!よーしここはこっちも名乗ってやるかー!」

既に完治した左腕をぶん回し尚もおちゃらけた口調で名乗り返す。


「私は元・東京第三帝国学園高等部一年十三組!檜山彼方、享年16歳!体を得て超ハッピーなので、存分に殺してやろう蜘蛛野郎!」


キリルでは見られない無邪気な笑顔を浮かべ、彼方は短剣を構えた。

久し振りの肉体の感覚を、確かめながら。


タンクポジのくせに耐性の無いキリル。

やたらHPと防御高いのに割合ダメージで楽に倒せる感じ。脳筋め。

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