77話 帰郷
(投稿が)遅い!
その代わりではないですが、長いです。
「いや、さっきは取り乱して申し訳ない。キリルの父のランド・ドラガリアだ。よろしく」
「同じくキリルの母、イアです。山登りで疲れたでしょう、ゆっくりしていきなさい」
「「はい……」」
両親の挨拶に、力なく答える二人。
最初にハイテンションな父さんを見たからか。そりゃ普段はまともだって。
「しかしキリル、帰るんなら一言言ってくれればいいじゃないか」
「連絡手段無いじゃん。こんな山奥に住んでるくせに文句言わないでよ」
伝書鳩すら届かねぇよこんなとこ。標高何千メートルだよ一体。
「まあまあ、落ち着きなさいな。折角お友達を連れて来たのに」
相変わらずふわふわした口調で母さんがたしなめる。聞いてると力が抜けてくるな……。
「まあいいや。二人とも、自己紹介」
「はい!キリルさんの下僕のエルです!龍人族です!」
「初めまして。キリルさんに護衛されている魔族、ラトニア=ヴィクトリオと申します。以後お見知り置きを」
「キリル、ちょっと話がある」
「はい」
スルーしてくれるかと思ったが、駄目だったか。
というわけで、ややこしい二人の事情を話した。
エルの事情とか大分前だから結構うろ覚えだな。最近元魔王軍とか意識しなかったし。
「成る程……中々面倒なことに巻き込まれてるみたいだな」
「違うわあなた、キリルから関わっていったのよ。ねぇ?」
「うん、まぁ」
全部自分から首を突っ込んでいったことだ。別に二人のせいにするつもりはない。
「ま、全員が納得してるんなら、俺から言うことは無いよ。出来ればキリルにはもっと平和に暮らしてほしいんだがな」
「むう……親から言われるとくるものがあるなぁ」
私としても、あまり危ない橋は渡りたくない。
でも放っとけないじゃん。そんなに冷酷にはなれないよ。
「お父さんは心配性ねぇ。キリルはあなたが鍛えたんでしょう?」
「それとこれとは話は別だ。そもそも俺が鍛えたからといって、絶対安心とは言えないだろう。そこまで自信は持てない」
んー、父さんはかなり強いと思うんだがな。さっきも竜狩ってたし。
「ご心配なさらずとも、キリルさんなら大丈夫ですよ。一緒に暮らしてますけど、とても死ぬような人ではありませんし」
「エルには私がどう見えてんの?」
化けもんか私は。
「危なっかしいのは確かですが、いつも何とかなってます」
「そうか……」
何か考え込む父さん。
「……側に居てやれない俺達が口出しすることじゃあないな。キリルが幸せならそれでいい」
「っ……」
め、面と向かって言われた……。こんなこっ恥ずかしいことよく娘に言えるな。
「とにかく、今日は泊まっていけ。夜の山は危険だし、体力的にもきついだろう」
「え、全然平気だよ?夜目も効くし」
答えると、父さんは「お前じゃない」と首を降った振った。
「ラトニアちゃんだよ。平静を取り繕ってはいるが、もう限界みたいだ」
横を見ると、ラトニアが寝息を立てていた。お嬢様に山登りはきつかったか。
「キリルさん、普通一日で山登りなんてしたら倒れます」
「しまった、言われて見ればそうだ」
すまんラトニア、後半はずっと抱っこしてたからそれで勘弁してくれ。
※
「キリルさんも寝てしまいましたね」
「昔から寝付きが良くてなぁ……その代わりに寝起きが悪いんだがな」
キリルさんもラトニアも寝てしまったが、私はまだご両親と話していた。
この人達は、私が知らないキリルさんを知っている。キリルさんのルーツを知っている。
出来れば、もっと知りたいのだ。あのよく分からない人のことを。
「エルちゃんは、キリルに助けてもらったのよね?」
「過程は違いますが、結果的にはそうですね」
最初は敵同士で、命を取られかけた。
今なら分かるが、あの時下手なことを言っていたら殺されていたと思う。キリルさんは変なところにこだわりがあるから。
「キリルは、人間に囲まれても上手くやっているか?」
先程とは違い、真剣な顔のランドさん。親としては気になるものなんだろう。
「はい。町の皆さんとも仲が良くて、毎日楽しそうですよ」
お二人を安心させるように笑って告げる。実際キリルさんはいつも自由に、冒険者業を楽しんでいる。
「そうか……それは良かった……」
ランドさんは心底安堵したような顔で息を吐いた。
「あの、聞きづらいんですが……どうしてキリルさんはああなんですか?」
「?」
我ながら漠然とした質問だが、これ以外の言葉は口に出来ない。
いくらキリルさんがおかしい人でも、もう私も同類だからだ。
「多分、エルちゃんはこう言いたいのよね。転生者とは言え、どうしてキリルは変わっているのか」
「!……ご存知なんですか」
驚いた、まさか知っているとは。
「いや、うんと小さい時にキリルから言ってきたんだよ。自分には前世の記憶があるって」
「何故!?」
これには思わず声を上げてしまった。
だって、黙っていたら分からないことなのに。それを自分の親に向かって「あなたの子どもは普通じゃない」なんて正気じゃない。
「理由を聞いたら、私は父さん達の子どもだから、だとよ。俺達と生活する上で、それを隠すのは嫌らしい」
「それはまぁ……律儀な」
それもこだわり、か。やっぱり変わってる。
「最初は戸惑ったが、いざ育ててみればなんてことはない。ただの子どもだったよ」
小さい頃のキリルさんを思い出したのか、ランドさんの頬が緩む。これ知ってる、のろけってやつだ。
「でも、お二人の教育が変だとは思えませんね。ああなったのは、転生者っていう理由だけなんですか?というか、何で転生者はおかしいんですかねぇ」
前から思っていた疑問だ。
キリルさんは何も言ってくれないし、結局転生者ってなんなんだろう。
「んー、俺もよくは知らないが、まともにならない訳は何となく想像出来るな」
「おお、凄いですね」
世間から離れているのによく想像がつくものだ。地龍は知力が高いらしいし、身内に転生者がいれば予想ぐらいは立てられるのか。
「恐らくだが、複数の世界を経験しているからだろう」
「すいません、もっと説明ください」
「異なる基準を持ってるってことだ」
私の情けない言葉にも、ランドさんは呆れずに説明してくれた。
「世界が違うってことは、相当なものだろう。今まで当たり前だったことや、無かったはずのものがあるとかな」
うぅむ、たまに出るキリルさんの変な言葉も、あっちの文化なんだろなぁ。
「そんな大きなギャップを受けながら生きれば、いくら順応しようが影響は出る。元の世界じゃこうだった、こんなことあり得ないってな。そもそも二度目の人生だ、普通にはならない」
「た、確かに……」
もしかしたらキリルさんも、ギャップに悩んだのかもしれない。
……いや無いな、あの人が苦しむ姿とか想像出来ない。絶対笑い飛ばしてる。
「幼少の頃のキリルも、そんなこと言ってたわねぇ。すぐに切り替えてたけど」
やっぱり……。
「でも、それだけで変わりますかね?少なくとも変人止まりな気がしますけど」
二つの知識があるといっても、それで頭がおかしいとまで言われるのだろうか。
「いや、思い付く理由はもう一つある。死んだ時の状態だ」
「死んだ……」
そうか、あっちの世界に原因があるかもしれないのか。
「転生には何か基準があるらしいが、それは知らない。だがそこまで心に影響を残す死に方となると、あれだろう」
「自殺、ですか」
そこまで言われれば私にだって分かる。
合っていたようで、ランドさんは重く頷いた。
「死を望んだはずなのに、別の世界で生かされる。やり直せると思えるなら楽だろう、だがそんな簡単に割りきれると思うか?」
黙って首を横に振る。
だって、私には無理だ。そんなことになったらまた自殺を選ぶと思う。
でも、多分自殺したらまた転生。
誰が仕組んだのかは知らないけど、目的はなんなんだろう。
「それらの要因が合わさって、転生者の精神はおかしくなる……ってのが俺の見解だ。イアとも話し合ってみたが、結構いい線いってると思うぞ?」
自慢気に語るが、私も正解じゃないかと感じた。
「……で、キリルさんもそうなんですよね?」
その、頭のおかしい連中の一人。
「……まあ、そうなんだろうが」
ランドさんは歯切れ悪く答えた。
イアさんは変わらず笑ってるけど、この人表情あるのかな。
「そう、キリルも転生者なんだが……あの子は普通だったんだ」
「え、そんな馬鹿な」
あの理不尽を体現したような人が、子どもの頃はまともだったのか?
「不思議な顔をしてるな……いや、キリルは普通の子どもだったんだよ。ちょっと大人っぽいところはあったが、それでも常識の範囲だった」
信じがたいことだが、事実らしい。
キリルさんが高度な演技を出来るとは思えないし、かといって頭はおかしいはずだし……。
「そんなに悩まないでエルちゃん。推測を前提にしているのだから、想定外だってあり得るのよ」
そ、そうかなぁ。
「まぁ、だからといって本当に普通とは思っていない。実際、キリルは悲しみを知らない」
「悲しみ……?そういえばそんなキリルさん見たことないですね……」
でもよく怒ってるから、感情は豊かな方だ。
「なんだろうな……あの子は泣かないんだよ、悲しみでは。でも他人の悲しみは分かるらしい」
分かった上で無慈悲だよね、あの人。
「自分が普通じゃないことに、あの子は気付いてしまっているのよ。そして自分で手を打った」
「どんな手ですか?」
「それは分からないわ」
適当な……。というか分かってても打てる手なんだろうか、それ?
「エルちゃん、キリルに何かあった時は、頼む。どうかあの子を一人にしないであげてほしい」
「頼まれなくても離れませんが……とうしてですか?」
一人でも平気そうな人なのに。
「あの子は純粋なんだよ。極端にね」
「純、粋?」
単純ではあると思う。
「一見普通ではあったけど、それでも育てている内に気づいたんだよ。この子の心には何か違和感があるって」
言いたくなさそう話だと思うのに、ランドさんは表情を曇らせてはいなかった。
「でも、自分の子だ。嫌いになんてなれない。だから懸命に育てた。せめて後悔の無い人生を送れるように」
その真剣な顔に、思わず後退りそうになる。
これが、父親の顔なのか。子を想う父の。
「久しぶりに顔を見たが、キリルは明るい顔をしていた。それを見てほっとしたよ、後悔してないようで」
「でも、キリルさんは……」
「人を殺した、だろ?」
!?何で分かったんだこの人!?
「顔と、匂いで分かる。経験がある奴と無い奴じゃあ全然違うからな」
なんて洞察力……。じゃあこの人は、人殺しをした娘にいつも通り接してたってこと!?
「人間の社会において、殺人は重いことなんだろう。でもあの子は後悔してない。真っ直ぐに、誰にも恥じない生き方をしている。それが分かれば十分だ」
「私達は人から離れている龍人族だから、叱ろうにもどう言えばいいか分からないのよね」
「そこは深く考えなくてもいいと思います」
私だって、何で殺人が駄目なのかは分からないけど。
「キリルは自分の道を突っ走るタイプだけど、頑固じゃあないからな。誰かが道を示せばそっちに曲がる。そしてそれを自分の道にしてしまう。まあ、そんな子に育った」
その通りです、お父さん。あなたの娘はわが道を征く人です。
「だから、いざという時は道を創ってやってくれ。ただ従うだけでもいい、あの子は一人じゃ駄目なんだ」
ランドさんは、私に頭を下げた。
勿論断る理由も無いし、親公認となれば私も動きやすい。でも……。
「私の言うこと、聞いてくれますかねぇ」
「大丈夫だ、君はキリルに好かれているからな。好意には好意で、悪意には悪意で返すキリルなら君の言うことを無下にはしない」
「自信無いですね……」
というか今の言葉を聞いて不安になった。
悪意には悪意で返すなら、この旅はどうなるんだろう。どれだけの屍が築かれるというのか。
「安心してエルちゃん。なんなら私が事前に言い聞かせておくわ」
「なんだか怖いんですけど!?」
イアさんから謎の威圧を感じる。
結局、子は親に似るのか……。
エル「ご両親への挨拶も済んだ、許可も貰った……ふ、ふふふ……」
ラトニア「私、ほとんど寝てましたね」




