75話 山賊と猿芝居
繋ぎ回。話進まない……。
ガダの森北部、ノルト山脈の麓。そこには一つの山賊の集まりがあった。
名はボベア一家。構成員二十人にも満たないその山賊は、ここら一帯を縄張りとしていた。
普段は追い剥ぎをしたり、モンスターを狩って生活している彼らは、今日も獲物を探していた。
「やっぱ人いないですね、頭」
「寒くなってくっからなぁ……近くに町もねぇし、暫く追い剥ぎは出来ねぇか」
夏も過ぎ、季節は秋へと移り変わっている。
いくら実りの秋とはいえ、こんな森の深くまで来る者はあまりいない。
「いい加減場所変えましょうよ。聞けばガルムルクとカイトの間の森を根城にしてたバラード一家が取っ捕まったそうじゃないですか。そこ行きません?」
「馬鹿野郎!俺らにだってプライドはあるんだ、簡単にここを離れるわけねえだろ!」
頑固な頭に頭を抱えたくなりながら、下っ端は見張りを続けた。すると……。
「頭!人が来やしたぜ!」
「何!どんなだ!?」
この時期の獲物は貴重だ。何としても物にしたい。
「女が三人、冒険者みたいですが、一人は子どもですね」
報告を聞いて、頭の頬がにやける。
女だけなのは不自然だが、いいカモだ。
「全員出てこい!仕事だ!」
頭の号令に応じ、山賊全員が飛び出し三人を囲む。
三人はそれを見て歩みを止めるが、武器を出すなどの戦闘体制はとらなかった。
「おうおう嬢ちゃん達、こんなとこを通るなんて変わってるなぁ」
ナイフを見せながら頭が現れる。女が誰も騒がないのは気になったが、今は山賊業を優先する。
(おほっ、近くでみたらかなりの上物!こりゃあ掘り出し物だな!)
下卑た笑みを隠そうとせず、わざとらしく大股で近づく。すると、茶髪の女が前に出た。
「なんだ?言いてえことがあんなら今のうちだぞぉ?」
その口から出るのは命乞いか、はたまた抵抗の意思か。女の返答を待った頭だったが……。
「ああん!?てめぇらどこのもんじゃわれぇ!私らにちょっかいかけてただですむと思うんじゃねぇぞこらぁ!!!」
「な、なぁ!?」
女……キリルの口から出た予想外の言葉に、頭は驚くしかなかった。
「て、てめぇ!この状況分かってんだろうな!?」
「それはこっちの台詞だぁ!お嬢の足止めるたぁ、覚悟できてんだろうなぁ!」
見た目からは想像もできない荒い口調で捲し立てるキリルに頭は困惑したが、女に迫力負けしてたまるかというプライドが彼を支えた。
「俺たちゃ泣く子も黙るボベア一家!ここを通りたきゃ、通行料を置いてってもらおうか!」
「舐めたこと言ってんじゃねぇぞ、この山猿どもが!大人しく道を開けろ!」
頭が脅すが、キリルは気圧されることなく言い返す。
両者の気迫がぶつかり、その迫力で他の山賊は動くことが出来なかった。
「エル、お前も言ってやれ!この馬鹿共を小便ちびっちまう程びびらせてやりな!」
「あ、はい……。えーっと、お、大人しく森へ帰れ田舎者ー。さもなくば生きたまま腸引きずり出してそれで首を絞めてやるぞー」
まるで読み上げるような棒読み加減だったが、少し混乱している頭は気にならなかった。
「今すぐ退くなら見逃してやる……お嬢が気分を害さない内に尻尾巻いて逃げるんだな、愚か者」
「お嬢?その後ろのガキか……。こんな狂暴な奴を連れているとは、ただもんじゃねぇな」
睨んでも全く意にかえさないラトニアを見て、頭は確信した。
(こいつら、かたぎじゃねえ!俺らと同じ、裏の世界の人間だ!)
女達の度胸に戦慄していると、キリルがまた前に出て頭のナイフを掴んだ。
「っ!手袋とはいえ、平然と!?」
そのままナイフを砕いたが、キリルの手袋には傷一つ付いていなかった。
「このナイフでお嬢に傷でも付いたらどう責任とるつもりだ、ああん!?」
「い、いやその……」
目の前でキリルの異質さを見せられ、頭はプライドを忘れ怖じ気づく。
「よしなさいキリル、その男に構うのはお止めなさい」
そこを制したのは、ラトニアの凛とした声だった。
「しかしお嬢、こいつら舐めてますぜ」
「そのような小物に時間を割く暇などありません。もう戦意を無いようですし、素通りさせてもらいましょう」
正面から侮辱されたが、下手に手を出したらこっちがやられる。山賊達はそう思った。
「わ、分かった……もう関わらねえから見逃してかれ……」
「ええ。ただし、二度は無いですよ」
氷のように冷たい温情を受け、頭は冷や汗が止まらなかった。
「お前ら、退くぞ!絶対に手ぇ出すなよ!」
絶叫に近い頭の指示に、山賊全員が素直に従う。
それは当然だ。もしかしたら皆殺されていたかもしれないのだ。
「それでは、ごきげんよう」
「命拾いしたな、けっ!」
「さ、さようなら~」
優雅に、余裕たっぷりな姿で三人は山へと向かっていった。
「……世の中、やっぱ広ぇなぁ……」
強い者に出会った頭は、自分の世界が広がったような気がした。
※
「結構上手くいくもんだねぇ」
山賊から十分離れたところで、私はぽつりと呟いた。
「キリルさん、迫真の演技でしたね。どこであのような言葉を覚えたのですか?」
「市民にはそういう機会があるんだよ」
私の返しに、ラトニアは感心したように頷く。あの、今のは適当だから真に受けないで。
「対人ならあれでいけって言われたからやりましたが、二人ともよく出来ますね……私は無理です」
「エルには似合わないしね。ま、噛まなかったらいいよ」
あんな棒読みじゃあ意味は無いだろうが、その分私が啖呵をきるから問題無い。
「ていうか、相手びびらせる必要あります?さっきは山賊だったから良かったものの、一般人には適さないような……」
「こーんな森にいる奴が一般人?ないない、そりゃないよ」
この季節に山に行く奴は、相応の実力があるか、ただの馬鹿。どっちもまともじゃない。
「それに、私らの弱点はラトニアだからね。あれなら得たいの知れない、って感じで弱くは見られないでしょ」
「それでもお嬢は無いと思います」
いいじゃん、ヤクザっぽくて。正直楽しかったし。
「ま、もうすぐ入山だ。エルも姫ちゃんも気合い入れろよー」
「人に会わないならさっきのような真似はしないで済みますよね……」
「私、お嬢なのか姫なのかどっち何ですか」
キリル「スッゾコラー!」
エル「ザッケンナコラー!」
ヤクザめいている。実際コワイ!




