61話 キリルと彼方
今回の掛け合いは書いていて非常に楽しかったです。
(やっと思い出してくれたかー。時間かかり過ぎでしょ、ふつー)
彼方が文句を言ってくるが、脳内に直接語り掛けてくるので非常にうざい。
「だって前世のことなんて興味無かったし……」
(それよ、それ!不自然って思わなかったの!?)
んなこと言われても。
(まったく、我ながら能天気過ぎるわ。記憶残ってるはずなのに前世のことを覚えてないなんて、誰だって違和感持つわよ)
さっきから好き放題言いやがって。死んだ人間の癖に。
「で、あんたは何なの?檜山彼方っぽいけど、魂は一緒なんだからいるのおかしくない?」
何かの拍子で魂が分離した、とかなのだろうか。
(あー、何て言えばいいか……。ほら、私ってさ、ずっと割り切って生きてきたじゃない?)
「あー、そうっぽいね。学校じゃあ猫被ってたんだよね」
(一応素だったから、本心だよ。ま、家でのことを無理矢理忘れてた感じ?)
雑いなー、こいつ。
(そうやってるとさ、感情のスイッチを切り替えるのが上手くなってくんのね。二重人格ってーの?)
「ふーん。で、それがどうしたのさ」
(わっかんないかなぁ。これだから義務教育受けてない奴は)
無茶苦茶腹立つ。煽りスキル高いな、流石元私。いや、逆か。
(私はさ、転生したときにあんたが切り離した部分なの。お得意の割り切りで、前世のことを全て忘れた気になってさ)
「……つまり、別の人格か。あんたに記憶を押し付けて、私は檜山彼方を捨てたってことか」
(ぴんぽーん。だから、あんたは私であって私じゃないのさ。もうこの世界の住人、キリル・ドラガリアなの)
そいつは……いい知らせだ。
だって、私が彼方じゃないのなら、あの記憶は過去じゃない。
あくまで、前世。別の人間の思い出だ。
(冷たいねぇ。このドライモンスターめ)
「嫌なことは忘れるに限るよ。人生楽しいことだけ覚えておきたいじゃん」
(うわー、ゆとり思考。これも彼方の影響かな?)
この世界じゃあ咎められることもないから、ゆとりでいいんだよ、ゆとりで。
「てゆーか、結局あんたは私の妄想なんだよね。前世を捨てる為の分かりやすいイメージってだけで」
(そうなるね。こうやって話してるけど、殆ど幻聴だよ?うわ、痛い人だー。くわばらくわばら)
引くなよ、一応同じ人間だろ。
魂は一緒だし、只の妄想に過ぎないんだから。
「厳密には、あんたも彼方じゃないんだ」
(そうそう。あんたが彼方ならこんな感じだろう、と思って自分でイメージしてるの。実際は一人語りだよ。あ、この台詞もね)
うっわ、なんかやだなそれ。
イメージっつっても、完全再現できてるだろ。
(普段は大人しくしてるって。私はあんたの色んな部分を押し付けられてんだから、あんまり表に出ない方がいいでしょ?)
「え、前世のとこだけじゃないの?」
私そんなに闇深いの?
(いや、前世見てるでしょ)
「えー、あれで?」
(そういうとこがまともじゃないんだよ。あんたのその性格も、私っていう都合のいい存在がいるからだからね?)
そりゃどうも、お疲れさん。
(ったく、先が思いやられるよ)
「ま、これですっきりしたかな」
前世のことも理解できたし、よかったよかった。
(えー、全く解決してないような……)
「前世なんてどうしようもないじゃん。性格も、自分では問題無いと思ってるし」
頭がおかしいとか、私はそうは思わない。自分だもの、そんなことで悩みたくない。
(ま、あんたがいいならいいよ。その辺は私の仕事だからね)
「おー、これからも感情の処理よろしく。精々私を楽させてね」
(最低ー。このクズ、私のことも考えてよ)
「だってあんたも私だもん。苦労を分かち合ってるだけだよ」
便利な妄想だ。どんどん利用していこう。
(むー、次に会ったら今日の倍の文句言ってやる)
「それも私の自由だね。切りたくなったらいつでも切れるから、残念でした」
(畜生、覚えてろ!)
捨て台詞を吐き、彼方は引っ込んでいった。
いやー、不思議体験だった。妄想も大概にしないとね。
「それにしても、あんなのが私の中にねぇ」
俄には信じがたいが、確かに不自然な記憶だったしなぁ。
逆に考えるなら、私は辛いことや悲しいことを全部あいつに背負って貰えるって訳だ。うわー、楽。
「問題はいつ出てくるか分からないことだけど……コントロールできるか、私?」
いや、無理だな。
そもそも自分の感情を整理できず、仕方無く切り離したのがあいつなんだ。
すぐに放り投げる辺りは流石私だが、表裏がある前世だったのがここで活きてくるとは。人生何があるか分からんね。
「んんっ、眠くなってきたな」
随分話し込んでいたか。いや、幻聴相手って、会話でいいのか?
「まあいいか。エルんとこ戻るかー」
酒飲み過ぎてちょっと気分悪いし、早目に寝るか。
色々あったなー、今日。収穫はあったからいいけどさ。
「お休み、彼方」
一応、あいつにも言っておいた。
聞こえてるよな、おい?
彼方 (ファミチキください)
キリル「こいつ直接脳内に…!」




